【短編】魔王が可愛い

しろねこ。

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魔王と(偽)勇者

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「お前が魔王か?」
 案内された場で見た魔王は、あまりにも印象が違い過ぎた。

「はい、私が魔王です」
 俯いて返事する者を見て懐疑的な目を向けた。

 瘴気で満ち溢れる禍々しい森を抜け、辿り着いたのがここ魔王城。大きな門に大きな城。とても立派な建物だ。

 なのに魔物の姿は見あたらず、どうぞ入ってくださいと言わんばかりに開けられた入口。

 中に入ると閉じられた事から罠かと警戒したが、一向に襲ってくる気配もない。

 そうしていると青白い顔をした魔物が手招きをし、まるでついてこいとばかりに男を見てきた。

 長い廊下を歩き、階段を上り下りし、ようやく着いた先にいたのが、目の前の人物だ。

 立派な玉座にその体躯は不釣り合いに感じられる。

 目の前の人物は仮面を被り、フードとマントで顔も体も隠しているが、明らかに小柄な体型で、そして声も若く威厳はない。

 しかし周囲に控える者達の様子から、この者が間違いなく魔王なのだろう。

 落ち着かないのか始終そわそわしている。

「すみません。最近就任したばかりで慣れていなくて」
 新人魔王といったところか。こちらとしては討ちやすそうで都合がいい。

「それは良いが、こんなに簡単に城に入れていいのか?」
 男性は剣を携え、鎧を着用している。

 明らかに戦う為の格好をしていた。

「えっと、この城の手前にある瘴気の森を抜けてきたという事は、かなりの力をお持ちだとお見受けしました。ということは普通の人ではない、ならば皆が傷つかないように私が出た方がいいかなって。もしかしてあなたが勇者様ですか?」

「……あぁ」
 しばし迷い、黒髪黒目の人物は頷いた。

「では人払いをしていて良かった。下手にあなたに手を出して、皆が傷つくのは嫌ですもの」
 勇者の持つ力は魔物に対してとても有効だ。

「それで、勇者様が私に何の用です?」
 問いかけられ、一瞬躊躇うが言い放つ。

「魔王を討ちに来た」
 悪いことをするような者には見えないし、周囲の目が魔王に何かしたら許さないと殺気立っている。
 それでも本当の目的は言わなければ失礼に当たると思った。

「やはりそうですよね。ですが、何故あなた一人で? 聖女様や他の仲間の人は?」
 魔王は首を傾げている。

「他の者に手柄を渡したくなかったのでな」
 勇者は剣を抜いた。

「そうなのですね。てっきり聖女様と共に来るかと思ったのですが……ちなみに勇者様は何故私を討ちに? そんなに私が憎いのでしょうか?」

「憎いというか、魔王は諸悪の根源だろう。瘴気の発生がこのところ著しい。他にも病気の蔓延、天変地異が頻繁に起こる。それらは全て魔王のせいだと」

「私も昔はそう思っていましたが、違います。それらは全て誤解なのです」

「どういうことだ?」

「私も最近魔王になった為知ったのですが、魔王と言うものは魔力がこの世で多いものが就任する者の事で、瘴気を生み出したり、天変地異を引き起こす力はありません」

「そう、なのか? しかし魔物と呼ばれるものを統治し、人を襲うではないか。やはり害為す者として討たねばならない」

「それを言えば人間でも悪い人はいます。魔物も同じです。元来魔物は穏やかな者が多く、外見こそ人とは異なりますが、とても優しいです。人に手を出す多くの者は人に襲われ止む無くの者、もしくは魔獣と呼ばれるもの達です。私達とは違います」

「そもそも瘴気とか病気とか、そんな世界を揺るがす力を自由に扱えていたのならば、その力を使ってもっと早くに世界を手中に収めて、生活を豊かにしていますよ」
 確かに。

 最果ての地と言われるここは緑もなく瘴気に塗れている。

 魔物たちは普通に過ごせているが、家畜や作物はそうは行かない。
 なかなか、家畜増やそうとしても作物を育てようにも、瘴気のせいで土が痩せていて、思うように数が増えていない。

 魔王城を通った時もところどころ傷んだ部分があり、お世辞にも裕福な場所とは言えなかった。

「他の場所に移り住まないのか?」

 魔物にとっても瘴気が害になるのならば別な場所に行けばいいのに。

「既にここを出た魔物も多くいます。しかし、世界には人の方が多く、見た目の違う私達は迫害される事も多いみたいで、結局ここに戻ってきてしまう。人に近い魔物が身分を隠し、交易を何とかしていますが、国を豊かにする程の余裕はなく……何とかこの地を豊かな場所にしたいと瘴気を払っていたのですが、私の力では足りないのです。魔物の皆さんには申し訳ないと思っています」
 魔王が頭を下げて謝っている。

 魔物からは擁護や励ましの声が聞こえる。だいぶ慕われているのが感じられた。

「聖女様に力を貸して、といって浄化してもらえればいいのですが、そうはいかないでしょう」
 瘴気の浄化は聖女の得意分野だ。

 だが人が魔物に手を貸すなど考えられない、魔物は討伐対象だ。

「俺もできるぞ」
 勇者が声を上げる。

「聖女には及ばないが、多少祓える。魔力をもらえればもっと広い範囲もできるはずだ」

「本当ですか?!」
 魔王は喜んだ。

「お礼ならばいくらでもします。ですからぜひ手を貸してもらえませんか?」

「お礼、か。そもそも俺は魔王を討ちに来たと最初に言っただろう。その首をもらってもいいのか?」
 どよめきが生まれるが、迷うことなく魔王は頷いた。

「瘴気がなくなるのであれば構いません。私の命でよければ」
 その声に迷いはなさそうだった。

「元より長く生きる気はありませんでした。家を勘当され行く宛もなかったところを先代魔王様に拾われ、後継になっただけですもの。この国を守られるならばいいですよ」
 魔王は顔を引き締める。

「お願いします、勇者様。私の魔力を上げますので、ここを豊かにしてください。その後でなら首は差し出せます」
 真摯なその態度に罪悪感を覚え、男性は目を伏せた。

「俺は勇者ではない」

「えっ?」

「しかし魔王を討ちに来たのは本当だ。望まない婚姻を断る為に」

「望まない婚姻? あなたは一体誰なのですか?」
 単身この魔王城に乗り込めるほどの実力者だ。普通のものではないのは確かだが。

 黒髪が金色に、そして瞳も綺麗な空色に変化した。

 急な変身に魔王は息を飲む。

「俺は聖王国ラルジュの王子だ」

「王子……」
 只者ではないと思ったが王子様とは。

「魔王を倒したら聖女と結婚するという事になっている」

「では、聖女様といち早く結婚するために、私を倒しに来たのでしょうか? いえ、先程望まないと言っていたような、あれ?」
 魔王が混乱したような声を出す。

「そう、俺は聖女と結婚したくないから一人でここに来たんだ。魔王を倒した者へは褒美が出るからな、それで婚約を撤回したい」

「ですが、聖女様の瘴気を祓う力は貴重ですよね? その力を王家に取り込むのは有意義な事です。瘴気は今までの歴史でも一度もなくなったりはしていない、時間が経てば復活しますから」

「あぁ。だから何代か前にも聖女の力を王族に取り込むためにと婚姻が結ばれた。だから俺も少なからず祓う事が出来る。俺だけではない、聖女ではなくとも祓える者は何人もいるんだ」
 確かにそうだ。

 聖女や勇者はその力に秀でてはいるが、他の者が全くできないわけではない。

「聖女は俺との結婚に乗り気だとは言うが、俺は断じて受ける気はない。なのにそんな下らない事の為に、幼い頃から決められていた婚約を許可なく破棄された。俺の相手はただ一人、彼女だけなのに。なのに、聖女との婚姻話が上がった直後から彼女とは会えなくなった」

「……」
 魔王は何も言わない、何とも返事がしづらいのだろう。
 魔物達も静かに聞いてくれている。

「……しかし、聖女様との結婚は、名誉ですよね。ラルジュ国では昔から聖女様に対し、敬意を示してきた国で、彼女との結婚を望むものはごまんといますから」
 何とか言葉を絞り出したのだろう、その声は掠れていた。

「名誉? そんなものはいらない。そんなものの為に好きな人と引き離されたなんて、許せない。突然に、断りもなく、大事な人を奪われたんだ。この恨みは忘れない!」
 男性は激昂した。

「婚約破棄を知った時、急ぎ彼女の家に向かった。しかし侯爵からは娘はもういない、死んだと言われた。ふざけるな、そんなわけあるはずがないと、それからは足取りを探し、方々を巡ったのに、見つけることも出来ず……」
 その時を思い出してか、拳を震わせていた。

「俺は魔王を討ちに来たといったが、死んでもいいと思ったから単身でここに来たんだ。途中で誰かに会えば止められるかもしれないと勇者の姿を借りてな。彼女がいないなら、生きている意味はない。魔王を許せないとも思った事もあるが、逆恨みなのはわかっている」
 憎むべきは魔王ではない、聖女と、そしてそれを不必要に崇める周囲の者だという事も理解していた。

「先程願いを叶えるといったな。ここの瘴気を祓ったら、彼女の元へと送ってくれないか? 最後に誰かの役に立って死んだのならきっと彼女も喜ぶ……って何故泣く?」

「だって」
 泣く魔王に魔物たちがおろおろとしながら慰めたり、ハンカチを差し出している。

「私のせいでそんな事を」

「魔王のせいではない。全てはラルジュ国が悪いんだ」
 聖女の我儘を許した国と、そして彼女をあっさりと切り捨てた侯爵が悪いのだ。

「でもあなたを殺すなんて、私には出来ない。テオフィル様」

「何故俺の名を知っている?」
 名乗った覚えはないし、魔王がラルジュ国の王子の名など知らないはずだ。

「無論存じております、だって、私は……」
 仮面とフードを外したその姿に、テオフィルは驚いた。

「まさか、そんな……」
 忘れるわけがない。

 その優しげな双眸も長い銀髪も、夢にまで見たものだ。

 ずっと会いたかった。

「フランソワ」
 死んだとされていた婚約者の名を呼び、涙を流す。

「はい」
 震えながらも頷くのを見て、思わずテオフィルは駆け出した。

 止めるものもおらず、そのまま近づいて、フランソワを抱きしめる。

「フラン! 会いたかった」
 テオフィルは涙を流しながらもフランソワを抱きしめる。

「私もです、テオフィル様。会いたかった」
 フランソワも泣きながらテオフィルを抱きしめる。

 周囲の魔物も目を潤ませながら二人を見守っていた。

「良かった、君が生きていてくれて。一体、何があったんだ?」
 フランソワは経緯を話していく。

「私はテオフィル様がいない時に、国王陛下に呼ばれました。国が弱り、生活が徐々に苦しくなっていた折に、勇者様と聖女様が現れたという話をされました。彼らは瘴気を払える数少ない者達で、この国に取って大事なもの達だと」
 つまりフランソワよりも彼らの方が大事だという事で、テオフィルとの婚約解消を命じられた。

「王族であるテオフィル様に相応しいのは、聖女であるカトリーヌ様だと言われたのです。カトリーヌ様はテオフィル様は本当は私の事を嫌っているのだと言われましたの。テオフィル様が心から愛しているのは私ではないと」

「そんな事を俺が言うはずない!」

「えぇ。私もそう思って、テオフィル様に直接会って話がしたいと言ったら、王家に対する反逆罪、及び聖女様に危害を加える恐れがあるとされ、牢に入れられたのです」
 まるで最初からそうだと決まっていたようで、すぐさま兵士に取り押さえられた。

「しかし私は悪い事はしていないし、こんな事許されるはずがないと思いました、きっとすぐに出されるだろうと思っていたのですが、お父様が多額のお金と引き換えに私を切り捨てたのです。籍を外され、ただのフランソワとなった私は弁明することも、裁判にかけられることも許されず、すぐさま処刑すると言われ……」
「処刑だと?!」

 言葉の途中でテオフィルが遮る。

「そんな事をしようとしたのか?! 俺のフランソワに!」
 そこまでして聖女と結婚させたかったというのか。

「絶対に許せない」

「剣が振り下ろされる直前、抑えられていた体が不意に軽くなったのです」
 気づいたら魔の森にいた。

 それからは死にもの狂いで歩いた。あてはなかったが、ラルジュ国から追手が来るかと思ったのだ。

 死にたくなかった。

「気づけばこの城にたどり着き、彼らに労られました。そして先代魔王様に次の魔王にふさわしいと任命されて、ここに居ることになったのです。魔王となればここの魔物たちは何でもいう事を聞いてくれるし、守ってくれると」
 憐れんだのもあるだろう、魔王はとても優しかった。

 己の地位を譲ってまでフランソワを守ってくれた。

「先代魔王様は私の境遇に同情してくれて、ラルジュを滅ぼそうとしました。ですが私はそれを拒んだ。それでは根本の解決にならないと。でももしラルジュがこの国に攻め入ってきたとしたら、そうは言っていられないでしょう」
 今はまだでもいつの日か争いが起きてもおかしくはない。

「私は魔王、そしてあなたは聖王国の王子です。どちらにしろもう一緒にはいられません。最後に会えてうれしかった。どうかこの事を忘れて、ラルジュへお戻りください。安心してください、あなたには手を出さないようにと命じておきますから」
 次に会うときは敵同士だ。

「勇者様と聖女様はきっとそう遠くない内に、私を討ちに来るでしょう。国の平和のために」

「ここに来るという事は、少なからず森の瘴気も晴れるので、願ってもないこと。ラルジュにも平穏が訪れるので、悪い事だけではありません」

「そんなの本当の事を言えばいいじゃないか。瘴気が祓えれば魔王を倒すことなどしなくていいと」

「罪人とされた、そして魔王となった私の言葉を、誰が信じてくれれるというのですか? 何十年、何百年と魔王は悪だとされ、民衆にもその考えが広まり、そうして討ち倒されてきました。長年の皆の心に沁みついた思いを覆すというのは相当なものです」
 昔からの慣習のようなものだ。

「私が勝ってもまた新たな勇者様と聖女様が攻め入ってきます。魔王を倒した、という実績がない限りは、瘴気が晴れて生活が落ち着いても、戦いは終わらないでしょう」
 害あるものがいて、倒せるものがいるというのに放っておくはずがない。
 疑わしきものは罰せられるだろう。

「私が、魔王がいる限りはこの戦いは終わらないのです」

「そんな事はない」
 テオフィルは頭を振って否定した。

「俺がその誤解を解く。聖王国の王子が言うのだ、ただの世迷言として切り捨てられるだけではないだろう」

「どうでしょう。あなたまで気が触れたとされるだけでは?」

「もちろん根回しをしてからだ。妹も力を貸してくれるだろう。あいつも勇者との無理な結婚を迫られていたからな」
 妹も婚約者との仲を引き裂かれた。

 次期騎士団長という立場の婚約者も大いに憤慨している。

 彼もきっと、手を貸してくれるはずだ。

「フラン、俺と結婚しよう」
 突然の事にフランソワは固まった。

「そうすればラルジュとここの繋がりが出来る。妹がラルジュを治め、俺はこの地でフランと共に頑張るから。悪い話ではないだろう?」
 そっと手を取られた。

「愛している、フランソワ」

「うぅ」
 顔を真っ赤にし、呻くぐらいしかできない。

 周囲をみれば魔物たちは祝福するような優しい顔をしている。

(いえ、私もテオフィル様をお慕い、いえ愛していますが、でもこんな急に)
 何も言葉が出ないまま、テオフィルは愛の言葉を囁き続ける。

「ずっと幼い頃から好きだったんだ。優しくて自分の事を後回しにする君が愛おしいが心配で。婚約を結べた時、どれだけ嬉しかったか。これで俺がこの手で守ってあげられると思ったんだ。あの日の喜びは今も忘れられない。それなのに、突然君を奪われ、どれだけ怒り悲しんだか。俺はただフランが隣にいてくれたらそれでいいんだ。何でもするから側に居させてくれ」
 そっと指先に口づけされ、フランソワは倒れそうだ。

「あの、テオフィル様……!」

「嫌なら振り払っていいからな」
 そっと指輪を示される。

「俺は君の為に、君は、今後は俺の為に生きて欲しい。自分の命を軽々しく投げようとしてはいけない」
 先程首を差し出そうとしたことを怒っているようだ。

「あなただってそうじゃありませんか」
 単身魔王の城に乗り込んできたのだ、命を投げだす行為をしたのはテオフィルも一緒だ。

「そうだった。では俺達は似た者同士という事だな」
 テオフィルがふっと微笑む。

「このまま、俺と将来を誓っていいか?」
 フランソワはテオフィルの為すがまま、身動ぎもせずにその様子を眺めていた。

 フランソワの指には結婚指輪が嵌められる。

「これで君は俺の妻だ。さて二人の未来の為に、勇者と聖女を滅ぼしてくる」

「えっ?!」

「フランは何も悪い事はしていないのだから、ラルジュが考えを改めるべきだろ」

「待ってください。滅ぼすなんて、そんな物騒なことはしないでください」

「あぁ滅ぼすのは言葉の綾だ。勇者と聖女の力は有用だ、命は奪わないさ。だが、聖女は問題だな。先にあちらがフランの命を奪おうとしたんだ、それなりに報いは受けさせる」
 テオフィルは企むような、蔑んだ笑みを浮かべている。

「落ち着いたら式をあげよう。早く花嫁衣装に身を包んだ君が見たい。お前らも今後は俺以外の人が来たら全力で追い返せ。フランの為にな」

「待って!」
 テオフィルの言葉に魔物も準備を始める。テオフィルの言葉に従うようだ。

 どうやら王配として認めたらしい。

「大丈夫、何もなければ穏便に終わるさ。少し離れてしまうが、俺を信じて待っていてくれ。心配するな、瘴気を祓う力しかない勇者と聖女に、俺が負けるはずがない」
 テオフィルは名残惜しそうにしながらも、ラルジュ国へと帰っていった。







 やがてラルジュ国は、魔物の国ルボワと同盟を結ぶこととなった。

 テオフィルがラルジュ国の者を脅迫、もとい説得したのだ。

 瘴気を発生させているのは魔王ではないと懇々と話し、戦うのは互いに多大な犠牲を払うだけだと訴える。

 そして勇者と聖女の特別視を非難した。

「確かに彼らは瘴気を祓う力がある。だが、それだけだ」
 テオフィルは報酬を出すからと瘴気を祓える者を国内外を問わず、募集した。

 そうしたところ、力は弱いもののそこそこの人数が集まり、充分祓う事が出来ると証明される。

「少ない力でも集まれば大きな力になりますから」
 瘴気を祓ってくれれば報酬を渡す。聖女も同等の扱いとし、そうして王家に血を入れる程ではないと見せつけた。

 そもそも聖女も昔ほど力はない。

 聖女であるカトリーヌはテオフィルの妻の座を諦めきれず異議を申し立てたが。

「俺はもう結婚しましたので」
 と、手袋を外し、自らの手に嵌めた指輪を見せながら皆の前で宣言した。

 元婚約者で、現魔王であるフランソワと婚姻を結んだことを話した。

 そして聖女と国王が結託し、フランソワを不当に拘束した事を暴露する。フランソワの父が多額のお金と引き換えに籍を切り離し、見捨てた事もだ。

「フランソワを傷つけようとしたことは許していない」
 テオフィルの言葉を受けてカトリーヌと国王は青褪めた。

 テオフィルの背後には無数の魔物たちが付き従っている。

「俺が魔王の王配になったことを示す為に来てもらった。何もしなければ彼らも何もしない。これ以上フランソワに危害を加えようとしたら、俺はもちろん魔物たちもお前らを許しはしない。覚えておくんだな」
 カトリーヌには王城への出入りを禁止し、王へは退任を要求した。

 長年間違った認識で血を流してきたので、貴族達もそれを容認する。

 戦争の犠牲になるのはいつだって弱いものだ。

 必要のない戦などすることはないし、それを強要しようとした王への信頼度は下がっていた。

 見た目こそ人と違うが、接してみれば魔物たちは心優しく、そして愛情深かった。

 そしてとても器用で、技術持ちが多かった。繊細な技術を持つ者も居れば、力持ちの者も居る。

 少しずつだが人の世に溶け込むことが出来るようになった。






「ようやくだ」
 白い衣装に身を包んだフランソワを愛おし気に見つめ、テオフィルは幸せそうだ。

 同盟の為、長年の悪習に立てつき、人々の説得に時間を要した。
 人と魔物の間に問題があればテオフィル自らが行って話をし、瘴気が噴き出した話を聞けば、人を派遣し抑えてきた。

 魔物の国と同盟を結んだことで、他国からも関心を寄せられた。さすがに妹と義弟に任せるばかりでは申し訳ないので、そちらにも顔を出すこととなる。

 式の準備はなかなか進まなかった。

「こんなに待たせてすまない」
 本当はもっと早くに式を挙げたかったのにとぼやく。

「私は気にしてませんよ」
 ふわりと笑うフランソワは本当に気にはしていないようだが。

「いや俺が気にする。三年も先になるなんて、もっと早くにフランの花嫁姿が見たかった」
 テオフィルは悔し気に呻いた。

「いいではないですか。こうして無事に挙げることが出来るのですから」

「それに遅くなったのは、テオフィル様ばかりのせいではないですよ」
 フランソワは顔を赤くし、今は静かに寝ている我が子に目を向ける。

「いや、やはり俺が悪い。もう結婚したのだからと思ったら、我慢できなかった」
 テオフィルは息子の寝顔にちょっと拗ねる。

「あの子の会えたのはいい。だが、たまに嫉妬する。俺よりもフランといる時間が長いからな」

「息子への嫉妬はお止めくださいな」

「男と言うものはそう言うものだ。息子だろうが男だ、妻を盗られたくはない」
 ややまだヤキモチを妬きつつも、時間となった為フランソワの手を引き、テオフィルは皆のいる元へと向かう。

 二人が姿を見せるとたちまち祝福の歓声が上がった。

 懸命に国を駆けまわった、テオフィルの顔を知るものは多かった。

 フランソワも時に彼に付き添い、皆の前に顔を出していたので知るものは多数いる。

 穏やかな性格の彼女を最初魔王だと思う者は誰もおらず、今ではテオフィルが魔王と言われている。

 観衆に向け二人は笑顔で手を振った。

 人と魔物が入り混じっており、垣根がだいぶ無くなっているのを感じられて嬉しい。

「この後は、久しぶりに二人だけで過ごしたい」
 小さい声でそう言われ、フランソワはやや赤くなりながらも小さく頷いた。

 白い衣装を纏い、二人は手を繋ぎ、お互いを見つめ合った。

「愛している、フランソワ」

「私もです、テオフィル様」
 何度なく交わした口づけだが、人前では恥ずかしい。

 目を瞑ると柔らかく温かい感触。ひと際大きい歓声が上がり、花弁が舞った。

 新たな歴史が紡がれていく。






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