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2.北の街
彼の想い
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夜に移動を終え、東の村近くの森に私達は降り立った。静かな夜の森は、時折風に揺られてザワザワと音を立て、どこか不気味だ。私が本能的な恐怖に震えていると、リヒトが翼で私の全身を包み込んだ。
ふわりとした感覚が肌から伝わり、くすぐったいような感じだ。でも、ほんのりと温かみを感じて少し安心する。
私の震えが収まったのを見て、リヒトは翼を広げたまま、私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?やっぱり人間には寒かったかな…」
彼は、私の震えが夜の寒さだと思ったらしい。夜の、しかも空高くを飛んでいたのだ。寒くないといえば嘘になるが、私の震えの原因はそれではない。それを正直に打ち明けると、リヒトは軽く驚きつつも、納得してくれた。
「そうか、怖かったんだね。大丈夫、君のことは僕が守るよ。何者にも奪わせないから」
リヒトはそう言って、私の瞼の上に手をかざした。眠れという意味のようだ。リヒトは人間のように睡眠を必要としないらしいが、私は既に眠気に襲われているところだ。なので、彼に身を預けたまま、素直に瞳を閉じた。
そうして、森の静けさの中に、シェリマの小さな規則正しい呼吸音が加わった。腕の中で気持ち良く眠るシェリマを見下ろして、リヒトは少し複雑そうに呟く。
「うーん、信頼されてるのは分かるけど、ここまで無防備なのも…」
けれど、愛しい少女が自分の腕の中にいるのだ。充分幸せだと自分に言い聞かせて、リヒトは少女の頬を撫でる。
天使の中でも、心の汚い者は多い。どれだけ見た目が麗しくとも、その心は直視できるものではなかった。
天界のそんな状況に耐えられず、人間界に降りてきたところだった。一際目立つ白い塔で、涙を流していた彼女を見つけたのは。
彼女は自分が泣いていることに全く気付いていなかった。しかし、悲しむ彼女の心は今まで見てきた中で、1番美しく純粋だった。だから、つい接触してしまった。
本来、天使が人間界に不要に関わるのは禁止されているが、そんなことはすっかり忘れていた。それほど彼女の心は、荒んだ僕の目には色鮮やかで魅力的だった。
それに、一緒に過ごしてみると、彼女の性格も段々掴めてきた。彼女は優しい少女だ。それに責任感も強い。例え、特異な力を持っているからといって、皆が皆正しく使おうとは思わない。
あの治癒の力だって、到底人間業ではない。それを逆手に、人々からお金を巻き上げることもできるし、塔の中でずっと安全に豊かな日々を過ごすこともできた。しかし、彼女はそんな甘い誘惑を断ち切り、自ら苦労の道へ突き進んだ。
そんな必死な彼女を見ていると、庇護欲がかきたてられて仕方がない。治癒の力を持つとはいえ、彼女はまだ16歳の少女であり、決して一人旅ができるような知識も装備も充分ではなかった。
当然、僕が彼女を途中で見捨てられるわけもなく、彼女を手助けするようになったわけだ。
「シェリ…君の心はようやく僕が見つけた光だ…。僕の力が必要なら全てを差し出してみせよう。君は僕という存在に依存して、離れられなくなってしまえばいい…」
目を離すと何をするか分からない少女の心を自分が求めるように、彼女もまた僕の心だけを欲してくれたら良いのに。
考え出したら欲が止まらず、リヒトは自己嫌悪の溜息をついた。そう、自分も天使でありながら、これほど醜い恋情を抱えている。そんな自分がシェリの側にいては悪影響ではないかとも思った。けれど、他の人間、他の男に渡すことはどうしてもできそうにない。
彼女のことを知ってしまったら、もう離れられなかった。それはまるで中毒性のある薬のように。
「…こんな僕でも、光だと思ってくれた君に感謝しているんだ…。この名前が僕の醜い心の戒めになることを願っているよ…」
リヒトは眠るシェリマの額に軽く口付ける。彼女が目覚めるまで、あと数時間。それはリヒトにとって、とても長いものに感じた。
ふわりとした感覚が肌から伝わり、くすぐったいような感じだ。でも、ほんのりと温かみを感じて少し安心する。
私の震えが収まったのを見て、リヒトは翼を広げたまま、私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?やっぱり人間には寒かったかな…」
彼は、私の震えが夜の寒さだと思ったらしい。夜の、しかも空高くを飛んでいたのだ。寒くないといえば嘘になるが、私の震えの原因はそれではない。それを正直に打ち明けると、リヒトは軽く驚きつつも、納得してくれた。
「そうか、怖かったんだね。大丈夫、君のことは僕が守るよ。何者にも奪わせないから」
リヒトはそう言って、私の瞼の上に手をかざした。眠れという意味のようだ。リヒトは人間のように睡眠を必要としないらしいが、私は既に眠気に襲われているところだ。なので、彼に身を預けたまま、素直に瞳を閉じた。
そうして、森の静けさの中に、シェリマの小さな規則正しい呼吸音が加わった。腕の中で気持ち良く眠るシェリマを見下ろして、リヒトは少し複雑そうに呟く。
「うーん、信頼されてるのは分かるけど、ここまで無防備なのも…」
けれど、愛しい少女が自分の腕の中にいるのだ。充分幸せだと自分に言い聞かせて、リヒトは少女の頬を撫でる。
天使の中でも、心の汚い者は多い。どれだけ見た目が麗しくとも、その心は直視できるものではなかった。
天界のそんな状況に耐えられず、人間界に降りてきたところだった。一際目立つ白い塔で、涙を流していた彼女を見つけたのは。
彼女は自分が泣いていることに全く気付いていなかった。しかし、悲しむ彼女の心は今まで見てきた中で、1番美しく純粋だった。だから、つい接触してしまった。
本来、天使が人間界に不要に関わるのは禁止されているが、そんなことはすっかり忘れていた。それほど彼女の心は、荒んだ僕の目には色鮮やかで魅力的だった。
それに、一緒に過ごしてみると、彼女の性格も段々掴めてきた。彼女は優しい少女だ。それに責任感も強い。例え、特異な力を持っているからといって、皆が皆正しく使おうとは思わない。
あの治癒の力だって、到底人間業ではない。それを逆手に、人々からお金を巻き上げることもできるし、塔の中でずっと安全に豊かな日々を過ごすこともできた。しかし、彼女はそんな甘い誘惑を断ち切り、自ら苦労の道へ突き進んだ。
そんな必死な彼女を見ていると、庇護欲がかきたてられて仕方がない。治癒の力を持つとはいえ、彼女はまだ16歳の少女であり、決して一人旅ができるような知識も装備も充分ではなかった。
当然、僕が彼女を途中で見捨てられるわけもなく、彼女を手助けするようになったわけだ。
「シェリ…君の心はようやく僕が見つけた光だ…。僕の力が必要なら全てを差し出してみせよう。君は僕という存在に依存して、離れられなくなってしまえばいい…」
目を離すと何をするか分からない少女の心を自分が求めるように、彼女もまた僕の心だけを欲してくれたら良いのに。
考え出したら欲が止まらず、リヒトは自己嫌悪の溜息をついた。そう、自分も天使でありながら、これほど醜い恋情を抱えている。そんな自分がシェリの側にいては悪影響ではないかとも思った。けれど、他の人間、他の男に渡すことはどうしてもできそうにない。
彼女のことを知ってしまったら、もう離れられなかった。それはまるで中毒性のある薬のように。
「…こんな僕でも、光だと思ってくれた君に感謝しているんだ…。この名前が僕の醜い心の戒めになることを願っているよ…」
リヒトは眠るシェリマの額に軽く口付ける。彼女が目覚めるまで、あと数時間。それはリヒトにとって、とても長いものに感じた。
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