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3 魔法学校の聖人候補
389 少しだけ先にきっと……
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389
それから私は、暫くの間図書館の主と化した。
貴重な書籍のある書架の近くの机にどっかりと座り、朝から晩まで書物を取っ替え引っ替え。
この場所は、許可なく閲覧することはできない貴重な蔵書の書架しかないため、ほぼ人がおらず、主のように張り付いていてもあまり目立たないのが救いだった。
とはいえ、毎日ずっと図書館にいる私の姿は、それなりに噂にはなっていたようだ。
〝グッケンス博士の新しい研究の準備のための文献収集らしい〟とか
〝お掃除魔法について論文を書いて最年少の国家認定魔法学研究者になるらしい〟とか
〝魔法使いになることを諦めて、古文書研究家になった〟とか
授業にも最小限しか出なくなって、クラスメイトとの接点もほぼなくなっているので、噂だけが一人歩きしている。
教室でトルルと会ったときには、ちょっと個人的な興味で始めた研究が面白くなっているだけだ、と弁明はしたのだけれど、その内容については詳しく話すわけにもいかないので、どうにもごまかしている感じが拭えないのも確かだ。
でも、あの備忘録を読んでから、目立たないようにしようとか、どうでもよくなってきている。
そんなことを気にして《白魔法》の再現が遅れることこそ憂うべきだ。
私には、この研究ができるのはこの世界で自分だけだ、という確信が不思議なほどはっきりとある。色々な符号を考えると、はっきりと私にしか無理だと思えるのだ。
あの難解な古文書を解読することが可能で、ありえないほどの膨大な魔法力を持ち《聖魔法》が使える、これだけの条件が揃った人間は、この世界にまずいないだろう。
(もう、これ私がやるしかないじゃん!)
私はまず備忘録の内容の裏付けを取ることにした。
大変古い個人の備忘録なので、欠損部分もあり、内容が前後している箇所も多く、年代も曖昧なため、まずは文献に当たって史実に照らし合わせ、時系列をはっきりさせつつ、備忘録だけでは不十分な情報をできる限り補った。
《火の竜》を退治した英雄王については、多くの記述が残されていたため、古い文章で読みづらいものが多かったものの、かなり詳細に知ることができた。
英雄王は大変《白魔法》を重要視していたようだ。
〝彼〟が残した弟子たちも重用し、また、終生〝彼〟を探す手を緩めることはなかったという。
皮肉なことだが、この大事にされ過ぎた弟子たちは、《白魔法》を囲い込み、伝える相手を極端に制限し始める。
最初は〝彼〟への尊敬や神聖視する傾向から始まったもので、その難しさから習得を諦めるものが多かったせいでもあった。
だが、選ばれたその少数精鋭の弟子たちに《白魔法》を引き継ぐうちに、選民思想に支配され始め増長したり、逆に《白魔法》を私欲のために利用しようとして堕落して聖性を失い、結果その力を弱めていくことになった。
しかもすでに医師としての真摯さを失っていた彼らには、《白魔法》の効果が弱まり続ける理由は分からず、ただなす術なく衰退するに任せ、尊大な心のまま《白魔法》を使い続けた。
その頃から、文献には《白魔法》使いの悪事や失敗についての話が増えていく。
命を人質に取るような最低な行為をしたとされる悪徳医師の話も、ひとつやふたつではない。
この頃には《白魔法》使いを騙る者も出始めており、評判の悪化に更に拍車がかかっていた。
(ああ、これはもうダメだ……)
調べながら、私は暗澹たる気持ちになっていった。
だが、それと同時に、これは仮に《白魔法》が復活できた場合、それをどう広めていくかの貴重な失敗例でもある。
これを教訓に生かさなければ、長い時を超え、この魔法を復活させる意味がない。
1ヶ月程かけて座学をまとめ上げた私は、《白魔法》習得のための実験を始めることに決めた。
絶対に人に見られるわけにはいかないので、セイリュウのいる霊山の山頂にある聖域に暫く籠るつもりで、興奮気味にグッケンス博士に、《白魔法》実験を始めたい、と告げたところ、博士は私にこう言った。
「その猪突猛進はあまり感心せんな。良いか、メイロード。お前のしようとしていることは、長い年月誰もなし得なかったとてつもなく難しい技術の復活なのだ。確かにお前さんには有り余る魔法力はある。だが、技術面ではまだまだ知らぬことが多すぎる。
今すぐ実験を始めても、時間ばかりが掛かり効率が悪いと思わんか」
「でも……」
不服顔の私に、グッケンス博士は笑いながらこう言った。
「数千年も前に一度は滅んだ魔法じゃ。今更、数年の遅延を気にしてどうなる。
それにな、滅びた魔法を再び作り上げるのはそう簡単なことではないのだ。
遠回りに見えるかも知れんが、今は技術を積むことが、一番の近道になるのだよ」
自らも研究者であるグッケンス博士の言葉は重く、その道の険しさを私に自覚させてくれた。
(ああ、私はそれを学びたくて、この魔法学校へ来たんだった……)
「反省しました。精進します……」
私の《白魔法》熱は、博士の言葉で冷め、冷静さを取り戻すことができた。今はここで力をつけ、魔法創造に足る技術を身につけてから、挑戦することにしよう。
そう、それもそう遠い未来じゃないはず。
それから私は、暫くの間図書館の主と化した。
貴重な書籍のある書架の近くの机にどっかりと座り、朝から晩まで書物を取っ替え引っ替え。
この場所は、許可なく閲覧することはできない貴重な蔵書の書架しかないため、ほぼ人がおらず、主のように張り付いていてもあまり目立たないのが救いだった。
とはいえ、毎日ずっと図書館にいる私の姿は、それなりに噂にはなっていたようだ。
〝グッケンス博士の新しい研究の準備のための文献収集らしい〟とか
〝お掃除魔法について論文を書いて最年少の国家認定魔法学研究者になるらしい〟とか
〝魔法使いになることを諦めて、古文書研究家になった〟とか
授業にも最小限しか出なくなって、クラスメイトとの接点もほぼなくなっているので、噂だけが一人歩きしている。
教室でトルルと会ったときには、ちょっと個人的な興味で始めた研究が面白くなっているだけだ、と弁明はしたのだけれど、その内容については詳しく話すわけにもいかないので、どうにもごまかしている感じが拭えないのも確かだ。
でも、あの備忘録を読んでから、目立たないようにしようとか、どうでもよくなってきている。
そんなことを気にして《白魔法》の再現が遅れることこそ憂うべきだ。
私には、この研究ができるのはこの世界で自分だけだ、という確信が不思議なほどはっきりとある。色々な符号を考えると、はっきりと私にしか無理だと思えるのだ。
あの難解な古文書を解読することが可能で、ありえないほどの膨大な魔法力を持ち《聖魔法》が使える、これだけの条件が揃った人間は、この世界にまずいないだろう。
(もう、これ私がやるしかないじゃん!)
私はまず備忘録の内容の裏付けを取ることにした。
大変古い個人の備忘録なので、欠損部分もあり、内容が前後している箇所も多く、年代も曖昧なため、まずは文献に当たって史実に照らし合わせ、時系列をはっきりさせつつ、備忘録だけでは不十分な情報をできる限り補った。
《火の竜》を退治した英雄王については、多くの記述が残されていたため、古い文章で読みづらいものが多かったものの、かなり詳細に知ることができた。
英雄王は大変《白魔法》を重要視していたようだ。
〝彼〟が残した弟子たちも重用し、また、終生〝彼〟を探す手を緩めることはなかったという。
皮肉なことだが、この大事にされ過ぎた弟子たちは、《白魔法》を囲い込み、伝える相手を極端に制限し始める。
最初は〝彼〟への尊敬や神聖視する傾向から始まったもので、その難しさから習得を諦めるものが多かったせいでもあった。
だが、選ばれたその少数精鋭の弟子たちに《白魔法》を引き継ぐうちに、選民思想に支配され始め増長したり、逆に《白魔法》を私欲のために利用しようとして堕落して聖性を失い、結果その力を弱めていくことになった。
しかもすでに医師としての真摯さを失っていた彼らには、《白魔法》の効果が弱まり続ける理由は分からず、ただなす術なく衰退するに任せ、尊大な心のまま《白魔法》を使い続けた。
その頃から、文献には《白魔法》使いの悪事や失敗についての話が増えていく。
命を人質に取るような最低な行為をしたとされる悪徳医師の話も、ひとつやふたつではない。
この頃には《白魔法》使いを騙る者も出始めており、評判の悪化に更に拍車がかかっていた。
(ああ、これはもうダメだ……)
調べながら、私は暗澹たる気持ちになっていった。
だが、それと同時に、これは仮に《白魔法》が復活できた場合、それをどう広めていくかの貴重な失敗例でもある。
これを教訓に生かさなければ、長い時を超え、この魔法を復活させる意味がない。
1ヶ月程かけて座学をまとめ上げた私は、《白魔法》習得のための実験を始めることに決めた。
絶対に人に見られるわけにはいかないので、セイリュウのいる霊山の山頂にある聖域に暫く籠るつもりで、興奮気味にグッケンス博士に、《白魔法》実験を始めたい、と告げたところ、博士は私にこう言った。
「その猪突猛進はあまり感心せんな。良いか、メイロード。お前のしようとしていることは、長い年月誰もなし得なかったとてつもなく難しい技術の復活なのだ。確かにお前さんには有り余る魔法力はある。だが、技術面ではまだまだ知らぬことが多すぎる。
今すぐ実験を始めても、時間ばかりが掛かり効率が悪いと思わんか」
「でも……」
不服顔の私に、グッケンス博士は笑いながらこう言った。
「数千年も前に一度は滅んだ魔法じゃ。今更、数年の遅延を気にしてどうなる。
それにな、滅びた魔法を再び作り上げるのはそう簡単なことではないのだ。
遠回りに見えるかも知れんが、今は技術を積むことが、一番の近道になるのだよ」
自らも研究者であるグッケンス博士の言葉は重く、その道の険しさを私に自覚させてくれた。
(ああ、私はそれを学びたくて、この魔法学校へ来たんだった……)
「反省しました。精進します……」
私の《白魔法》熱は、博士の言葉で冷め、冷静さを取り戻すことができた。今はここで力をつけ、魔法創造に足る技術を身につけてから、挑戦することにしよう。
そう、それもそう遠い未来じゃないはず。
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