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3 魔法学校の聖人候補
468 故人を偲ぶ贈り物
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468
「随分な荷物だな? こんな貢物をもらういわれはないと思うが……」
騎馬隊の訓練が終わり、一息つくために執務室に戻ったセルツ騎馬隊隊長サラエ・マッツアは困惑気味に机の上に積み上げられた大小の貢物を見ていた。
「革問屋の〝ロンガロンガ商店〟が日頃のご愛顧のお礼だと言って置いていったものです。このところ頻繁ですね。どうも、他の方へも随分贈り物が届いているらしいです」
「呆れたものだ。大事な〝鞍揃え〟を前に賄賂か。随分と甘く見られたものだな」
「早速、送り返します」
秘書官はマッツア隊長の苛立ちに敏感に反応し、いつものように直ちに机の上の貢物を片付け送り返す準備を始めた。マッツア隊長が理由もなくこういったものを受け取らないことはわかっているが、届いた品物の検品の意味もあるため、必ず届いたものは見せることになっている。
「馬具は我々の命を預けるものだ。決して個人的な思惑などで選んではならない。まして、こんなあからさまな貢物で私の心が動くとでも思われたとすれば、不快極まりない」
サラエ・マッツアはその美しい眉をひそめ、山積みになった興味のない贈り物を冷たい目で見下ろした。
(それでなくとも、今年の〝鞍揃え〟には心が踊らないというのに……)
今年はもうチェンチェン親方の作るあの見事な鞍がもう出品されないのだと思うだけで、サラエ・マッツアの心は激しく痛んだ。
(子供の頃から慣れ親しんできた、あの極上の革で作られる使い手のことと馬のことを極限まで考え抜いた繊細にして頑健な、素晴らしいあの鞍は、もう新しく揃えることが叶わなくなったのだ。ああ、親方のあの美しい光沢の鞍の新作にもう触れることができないとは……)
若干馬具フェチを拗らせているらしいサラエ・マッツア隊長は、チェンチェン親方のいない今回の〝鞍揃え〟に食指が動かずにいたところへ、何度送り返してもさらに大量の貢物が贈られてくるというやりとりに、このところさらに気分を悪くしていた。
(そうだ、明日は休みだし、親方の鞍で遠乗りに出かけてみよう。走ればきっと気分は晴れる!)
不快そうに机の上に積み上げられた貢物を見ていたマッツア隊長だが、毛皮や干し肉、貴金属が入っているらしき箱のそばに、美しい紙で包まれた明らかに他と違う箱があった。
「これは……?」
「ああ、それは〝チェンチェン工房〟から送られてきたものです。中身は菓子だそうですよ。工房の先代が亡くなった際、葬儀にご尽力いただいた方々への、お礼の品だそうです」
「それは律儀なことだな」
当然といえば当然だが〝チェンチェン工房〟の親方が亡くなった時の葬儀はそれは立派なもので、町中の人々がその死を悼み弔問に訪れたため、大変な騒ぎになってしまった。そうなることがわかっていたサラエは、早々に軍に掛け合い騎馬隊を動かし、当日の混乱を鎮める役を買って出たのだった。
美しい封筒に入れられた丁寧な礼状を手に取り、興味をそそられ開けて見た箱の中には、あまり見たことのない菓子が入っていた。目を引いたのはその形。
馬や鞍、鞭やブーツ、それにコートといった〝チェンチェン工房〟の得意の品がかたどられたクッキー生地の上に、さらに色付けされた砂糖で、そのディテールまで美しく再現されていた。
「これは……いかにも〝チェンチェン工房〟らしい引き出物だな」
その形に、つい微笑んでしまったサラエは、添えられた礼状を読みながら馬の形をしたクッキーを手に取り少し眺めてから口に入れた。工房での先代を思い起こさせるデザインに感心しながら噛んだそれは、表面の砂糖の部分がシャリッと歯に当たり、すぐ後を追って刻まれたナッツが練り込まれたほろほろの生地が心地よい食感で砕けていき、香ばしい香りを残しながら口の中に広がっていった。
「良いな。これは美味しいものだ。故人を偲ぶ思いも伝わってくる。あの無骨なプーアにこんな気配りができるとは……。あれも工房主らしくなってきたということか。次の〝鞍揃え〟思いの外楽しめるかもしれんな」
そのあと席で書類仕事をしながら、いくつかクッキを摘んだマッツアが、やや未練を残しつつも残りを騎馬隊の者たちへと下げ渡すよう指示しようとしたところ、別の大箱で隊員たち用の礼品のクッキーも届けられていると秘書官が告げた。しかも持ち帰りできるよう〝チェンチェン工房〟のマークがプリントされた綺麗な小分け袋まで添えられているという至れり尽くせりぶりだそうだ。
「あのプーアにそんな気の利いたことができるとは、一体どうしたんだ?」
今までチェンチェン親方の陰に隠れるようにしていたプーアの行き届いた気遣いに、
(奴にも工房主としての自覚が出てきたのだな)
と、サラエは嬉しく感じていた。
そして親方の作る特徴的な鞍の形を模したクッキーを手に取りながら、亡き親方とのやりとりを思い出し、新しい親方の〝鞍揃え〟に少し期待をしてみようか、と思い始めていた。
「随分な荷物だな? こんな貢物をもらういわれはないと思うが……」
騎馬隊の訓練が終わり、一息つくために執務室に戻ったセルツ騎馬隊隊長サラエ・マッツアは困惑気味に机の上に積み上げられた大小の貢物を見ていた。
「革問屋の〝ロンガロンガ商店〟が日頃のご愛顧のお礼だと言って置いていったものです。このところ頻繁ですね。どうも、他の方へも随分贈り物が届いているらしいです」
「呆れたものだ。大事な〝鞍揃え〟を前に賄賂か。随分と甘く見られたものだな」
「早速、送り返します」
秘書官はマッツア隊長の苛立ちに敏感に反応し、いつものように直ちに机の上の貢物を片付け送り返す準備を始めた。マッツア隊長が理由もなくこういったものを受け取らないことはわかっているが、届いた品物の検品の意味もあるため、必ず届いたものは見せることになっている。
「馬具は我々の命を預けるものだ。決して個人的な思惑などで選んではならない。まして、こんなあからさまな貢物で私の心が動くとでも思われたとすれば、不快極まりない」
サラエ・マッツアはその美しい眉をひそめ、山積みになった興味のない贈り物を冷たい目で見下ろした。
(それでなくとも、今年の〝鞍揃え〟には心が踊らないというのに……)
今年はもうチェンチェン親方の作るあの見事な鞍がもう出品されないのだと思うだけで、サラエ・マッツアの心は激しく痛んだ。
(子供の頃から慣れ親しんできた、あの極上の革で作られる使い手のことと馬のことを極限まで考え抜いた繊細にして頑健な、素晴らしいあの鞍は、もう新しく揃えることが叶わなくなったのだ。ああ、親方のあの美しい光沢の鞍の新作にもう触れることができないとは……)
若干馬具フェチを拗らせているらしいサラエ・マッツア隊長は、チェンチェン親方のいない今回の〝鞍揃え〟に食指が動かずにいたところへ、何度送り返してもさらに大量の貢物が贈られてくるというやりとりに、このところさらに気分を悪くしていた。
(そうだ、明日は休みだし、親方の鞍で遠乗りに出かけてみよう。走ればきっと気分は晴れる!)
不快そうに机の上に積み上げられた貢物を見ていたマッツア隊長だが、毛皮や干し肉、貴金属が入っているらしき箱のそばに、美しい紙で包まれた明らかに他と違う箱があった。
「これは……?」
「ああ、それは〝チェンチェン工房〟から送られてきたものです。中身は菓子だそうですよ。工房の先代が亡くなった際、葬儀にご尽力いただいた方々への、お礼の品だそうです」
「それは律儀なことだな」
当然といえば当然だが〝チェンチェン工房〟の親方が亡くなった時の葬儀はそれは立派なもので、町中の人々がその死を悼み弔問に訪れたため、大変な騒ぎになってしまった。そうなることがわかっていたサラエは、早々に軍に掛け合い騎馬隊を動かし、当日の混乱を鎮める役を買って出たのだった。
美しい封筒に入れられた丁寧な礼状を手に取り、興味をそそられ開けて見た箱の中には、あまり見たことのない菓子が入っていた。目を引いたのはその形。
馬や鞍、鞭やブーツ、それにコートといった〝チェンチェン工房〟の得意の品がかたどられたクッキー生地の上に、さらに色付けされた砂糖で、そのディテールまで美しく再現されていた。
「これは……いかにも〝チェンチェン工房〟らしい引き出物だな」
その形に、つい微笑んでしまったサラエは、添えられた礼状を読みながら馬の形をしたクッキーを手に取り少し眺めてから口に入れた。工房での先代を思い起こさせるデザインに感心しながら噛んだそれは、表面の砂糖の部分がシャリッと歯に当たり、すぐ後を追って刻まれたナッツが練り込まれたほろほろの生地が心地よい食感で砕けていき、香ばしい香りを残しながら口の中に広がっていった。
「良いな。これは美味しいものだ。故人を偲ぶ思いも伝わってくる。あの無骨なプーアにこんな気配りができるとは……。あれも工房主らしくなってきたということか。次の〝鞍揃え〟思いの外楽しめるかもしれんな」
そのあと席で書類仕事をしながら、いくつかクッキを摘んだマッツアが、やや未練を残しつつも残りを騎馬隊の者たちへと下げ渡すよう指示しようとしたところ、別の大箱で隊員たち用の礼品のクッキーも届けられていると秘書官が告げた。しかも持ち帰りできるよう〝チェンチェン工房〟のマークがプリントされた綺麗な小分け袋まで添えられているという至れり尽くせりぶりだそうだ。
「あのプーアにそんな気の利いたことができるとは、一体どうしたんだ?」
今までチェンチェン親方の陰に隠れるようにしていたプーアの行き届いた気遣いに、
(奴にも工房主としての自覚が出てきたのだな)
と、サラエは嬉しく感じていた。
そして親方の作る特徴的な鞍の形を模したクッキーを手に取りながら、亡き親方とのやりとりを思い出し、新しい親方の〝鞍揃え〟に少し期待をしてみようか、と思い始めていた。
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