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5森に住む聖人候補
831 計画、動く
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雑貨店のソロスさんから、冬の厳しいタスマ谷集落のために、炭焼き技術を教えて欲しいと頼まれてしまった。
炭焼きの技術自体は最高級の備長炭のようなものを作ろうとするのでなければ、そこまで難しいものではない。だがこの依頼に限っては、ひとつ考えなければいけない大きな問題がある。時間がないのだ。
ソロスさんはいま現在困っているのだし、集落の人たちだって、可能であればのんびり来年まで待っていたくはないはずだ。
とはいうものの、村全体の暖房を一部でも支えられるような数の炭をこれから作るとなれば、それなりの大きさの炭焼き小屋が必要になる。私はそのことを伝えたが、ソロスさんによれば設置場所を集落の外周とすれば土地の確保は問題ないという。それならば早急に計画を実行に移すことは可能かもしれない。
だが、そのためにはかなりの人手が必要となる。この〝炭焼き小屋建設計画〟が本決まりとなっても、冬支度で多忙を極めている集落の人たちに、そんな時間があるとは到底思えなかった。
それに、冬支度をしているのは人間だけではない。餌が少なくなる冬を迎える前のこの時期は、魔獣たちの気も立っている。大人数で行う集落の外での建築作業は危険な動物や魔獣のターゲットになりやすく、安全とは言い難かった。
「お教えするだけなら問題ないのですが、実行するとなるといまからでは厳しいかもしれませんね」
私が炭焼き窯の設置に関しての懸念について説明するとソロスさんも考え込んでしまった。
「そうだな。小規模にやってみることはできるかもしれんが、それではこの冬はあまりみんなの助けにはならんなぁ……」
そこで私はソロスさんに別の契約をしないかと持ちかけてみることにした。
「では基本的な炭の作り方に関する一切をお教えするという契約をしましょう。もちろん、炭焼き窯の建設も含めてです」
「え、メイロードさんが作るっていうのかい? そんなでっかい炭焼き窯を!?」
実を言えば私は自分の手で炭焼き窯を作ったことはない。そう、私は設計しただけで、窯自体はすべて魔法を使って作ってきたのだ。だから、魔法使い流の炭焼き窯の作り方は熟知しているし、魔法ありきならば、この規模でもおそらく完成まで半日も必要ない。
薬師には魔法の技術に長けている人たちが多いことは知られていることなので、ここはそれに便乗してしまおうと思う。
「実は私は《土魔法》に適性があって、こういった作業には向いているんです。もちろん設計図はお渡ししておきますので、壊れたときにはご自分たちで修繕なさってください。新たな炭焼き窯を春に増築されるのもいいと思いますよ」
「だが俺たちにはさすがに魔法使いを雇えるほどの金は……」
そこからは価格交渉に入った。私としては乗りかかった船だし実のところ無償でもいいのだが、やはり技術を簡単に譲ることはしないほうがいいだろう。これは仕事として考え、請け負うべき案件なのだ。
「ただ、私は薬師のしかも見習いで、魔法使いとして生計を立てているわけではありませんから、腕の立つ〝魔法屋〟さんにお願いするぐらいのお気持ちで大丈夫ですよ」
「なるほど、それならなんとか……」
そう言いながら妥協点を探し最終的に提示された金額は千二百ポル、およそ百二十万円だ。小さな集落が出す金額としては決して安くはないが、大きな窯を作り上げるために必要な人足の数を計算し、魔法による特急仕上げ料金と炭焼きに関わる技術の伝達ということを考えると、これ以上安くするわけにはいかなかった。
魔法使いへの謝礼としては、ソロスさんも安すぎるのではないかとは言ってくれたが、いくら余裕がある集落とはいえ、これ以上は負担が大きすぎる。私は即決で、この金額で契約すると決めた。
この金額はソロスさんが一時的に肩代わりし、あとで集落の代表者たちの合議により出資金の配分を決めようと考えているそうだ。事後承諾となるので、最悪すべて自分が支払っても構わないとも思っているようだが、ソロスさんの読みでは、出資者は複数いるはずだという。
だが、いずれにせよ一番の出資者はソロスさんとなる。そのため基本的に炭事業はソロスさんが管理を行い、出来上がった炭の販売を〝ソロスの店〟で一手に行うことで資金の回収をし、出資者に還元していく心づもりだそうだ。
「これは、この集落にとっては長年の悩みが解消されるかもしれない千載一遇の機会なんだ。商人としても村の顔役としても、絶対に成功させたい。きっと割に合わない仕事だろうが、力を貸してくれ、メイロードさん!!」
具体的な事業計画についての話の合間にも、やたらと依頼料の不足をすまなそうに詫びるソロスさんに私はこう言った。
「私は修行中の身でですから、いつまでもここにはいられません。ですから、何か問題が起こってもそれは皆さんで解決していただかなければならないんです。そうした建設後の責任が取れないという点で、割引きをするのは当然ですよ」
私としては自分の作ったもののアフターケアは必須だと考えていたが、今回の場合はそれが行えるかどうかわからない。なので、そこを値引きの大きな要因として伝えた。
「そんなことまで考えてくれる魔法使いなんてそもそもいないと思うがねぇ……メイロードさんは律儀なお人だな。わかった。それで頼むよ……感謝する」
そこからのソロスさんの行動が素早かった。ソロスさんは、私の渡した炭のサンプルを抱えて集落の顔役たちの元へすぐに向かい、この新事業について説明した。そして、私がお店の中を見学したり、テコを利用した〝ラジーネック〟の楽な絞り方について従業員の方に教えている間に建設地を決定。それと並行して炭焼き窯の建設に立ち会ってもらい、その方法を学んでもらう人も決めてきた。
「メイロードさんが請け負ってくれるならというので、話が早くて助かったよ。みんなふたつ返事だ。これならすぐに実行できるぞ!」
「では、時間もないことですし、決行は明日にしましょう」
「本当に早いな……わかった。とっととやっちまおう!」
契約が本決まりになったので、私は〝谷の憩い〟亭に早い時間にチェックインし、一旦《無限回廊の扉》を使って家に戻り、明日のための準備をして、夜は再び集落へ戻りに宿泊という予定を組んだ。
(忙しくなってきたね。とりあえず設計図とマニュアルを用意しなくちゃ)
そこからは夕方まで、私は自宅で机に齧りつき、資料と首っ引きで〝タスマ谷集落炭焼き窯設置に関する仕様書〟の執筆を続けた。
雑貨店のソロスさんから、冬の厳しいタスマ谷集落のために、炭焼き技術を教えて欲しいと頼まれてしまった。
炭焼きの技術自体は最高級の備長炭のようなものを作ろうとするのでなければ、そこまで難しいものではない。だがこの依頼に限っては、ひとつ考えなければいけない大きな問題がある。時間がないのだ。
ソロスさんはいま現在困っているのだし、集落の人たちだって、可能であればのんびり来年まで待っていたくはないはずだ。
とはいうものの、村全体の暖房を一部でも支えられるような数の炭をこれから作るとなれば、それなりの大きさの炭焼き小屋が必要になる。私はそのことを伝えたが、ソロスさんによれば設置場所を集落の外周とすれば土地の確保は問題ないという。それならば早急に計画を実行に移すことは可能かもしれない。
だが、そのためにはかなりの人手が必要となる。この〝炭焼き小屋建設計画〟が本決まりとなっても、冬支度で多忙を極めている集落の人たちに、そんな時間があるとは到底思えなかった。
それに、冬支度をしているのは人間だけではない。餌が少なくなる冬を迎える前のこの時期は、魔獣たちの気も立っている。大人数で行う集落の外での建築作業は危険な動物や魔獣のターゲットになりやすく、安全とは言い難かった。
「お教えするだけなら問題ないのですが、実行するとなるといまからでは厳しいかもしれませんね」
私が炭焼き窯の設置に関しての懸念について説明するとソロスさんも考え込んでしまった。
「そうだな。小規模にやってみることはできるかもしれんが、それではこの冬はあまりみんなの助けにはならんなぁ……」
そこで私はソロスさんに別の契約をしないかと持ちかけてみることにした。
「では基本的な炭の作り方に関する一切をお教えするという契約をしましょう。もちろん、炭焼き窯の建設も含めてです」
「え、メイロードさんが作るっていうのかい? そんなでっかい炭焼き窯を!?」
実を言えば私は自分の手で炭焼き窯を作ったことはない。そう、私は設計しただけで、窯自体はすべて魔法を使って作ってきたのだ。だから、魔法使い流の炭焼き窯の作り方は熟知しているし、魔法ありきならば、この規模でもおそらく完成まで半日も必要ない。
薬師には魔法の技術に長けている人たちが多いことは知られていることなので、ここはそれに便乗してしまおうと思う。
「実は私は《土魔法》に適性があって、こういった作業には向いているんです。もちろん設計図はお渡ししておきますので、壊れたときにはご自分たちで修繕なさってください。新たな炭焼き窯を春に増築されるのもいいと思いますよ」
「だが俺たちにはさすがに魔法使いを雇えるほどの金は……」
そこからは価格交渉に入った。私としては乗りかかった船だし実のところ無償でもいいのだが、やはり技術を簡単に譲ることはしないほうがいいだろう。これは仕事として考え、請け負うべき案件なのだ。
「ただ、私は薬師のしかも見習いで、魔法使いとして生計を立てているわけではありませんから、腕の立つ〝魔法屋〟さんにお願いするぐらいのお気持ちで大丈夫ですよ」
「なるほど、それならなんとか……」
そう言いながら妥協点を探し最終的に提示された金額は千二百ポル、およそ百二十万円だ。小さな集落が出す金額としては決して安くはないが、大きな窯を作り上げるために必要な人足の数を計算し、魔法による特急仕上げ料金と炭焼きに関わる技術の伝達ということを考えると、これ以上安くするわけにはいかなかった。
魔法使いへの謝礼としては、ソロスさんも安すぎるのではないかとは言ってくれたが、いくら余裕がある集落とはいえ、これ以上は負担が大きすぎる。私は即決で、この金額で契約すると決めた。
この金額はソロスさんが一時的に肩代わりし、あとで集落の代表者たちの合議により出資金の配分を決めようと考えているそうだ。事後承諾となるので、最悪すべて自分が支払っても構わないとも思っているようだが、ソロスさんの読みでは、出資者は複数いるはずだという。
だが、いずれにせよ一番の出資者はソロスさんとなる。そのため基本的に炭事業はソロスさんが管理を行い、出来上がった炭の販売を〝ソロスの店〟で一手に行うことで資金の回収をし、出資者に還元していく心づもりだそうだ。
「これは、この集落にとっては長年の悩みが解消されるかもしれない千載一遇の機会なんだ。商人としても村の顔役としても、絶対に成功させたい。きっと割に合わない仕事だろうが、力を貸してくれ、メイロードさん!!」
具体的な事業計画についての話の合間にも、やたらと依頼料の不足をすまなそうに詫びるソロスさんに私はこう言った。
「私は修行中の身でですから、いつまでもここにはいられません。ですから、何か問題が起こってもそれは皆さんで解決していただかなければならないんです。そうした建設後の責任が取れないという点で、割引きをするのは当然ですよ」
私としては自分の作ったもののアフターケアは必須だと考えていたが、今回の場合はそれが行えるかどうかわからない。なので、そこを値引きの大きな要因として伝えた。
「そんなことまで考えてくれる魔法使いなんてそもそもいないと思うがねぇ……メイロードさんは律儀なお人だな。わかった。それで頼むよ……感謝する」
そこからのソロスさんの行動が素早かった。ソロスさんは、私の渡した炭のサンプルを抱えて集落の顔役たちの元へすぐに向かい、この新事業について説明した。そして、私がお店の中を見学したり、テコを利用した〝ラジーネック〟の楽な絞り方について従業員の方に教えている間に建設地を決定。それと並行して炭焼き窯の建設に立ち会ってもらい、その方法を学んでもらう人も決めてきた。
「メイロードさんが請け負ってくれるならというので、話が早くて助かったよ。みんなふたつ返事だ。これならすぐに実行できるぞ!」
「では、時間もないことですし、決行は明日にしましょう」
「本当に早いな……わかった。とっととやっちまおう!」
契約が本決まりになったので、私は〝谷の憩い〟亭に早い時間にチェックインし、一旦《無限回廊の扉》を使って家に戻り、明日のための準備をして、夜は再び集落へ戻りに宿泊という予定を組んだ。
(忙しくなってきたね。とりあえず設計図とマニュアルを用意しなくちゃ)
そこからは夕方まで、私は自宅で机に齧りつき、資料と首っ引きで〝タスマ谷集落炭焼き窯設置に関する仕様書〟の執筆を続けた。
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