ずいぶん過酷な異世界に転移してしまった……

正島まさし

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3.母親?

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 やがて広場には見物人はいなくなり、処刑人やあの老婆もどこかに帰っていった。
 処刑台や女の死体が晒された柱はそのままだった……僕は女の無残な死体に目をやって、女の子がそんなふうにならなくて本当に良かったと思った。
 通り過ぎていく通行人を除くと、今この広場にいるのは僕とあの女の子だけだ。
 女の子は……うつむいていて表情は見えない。
「大丈夫?」
 僕が声を掛けると、女の子は僕の方を見る。
 どうしてだか、女の子は不安そうな表情をしていた。
 彼女の頬に、涙がぽろりとこぼれた。
「縄、取るよ」
 僕は彼女の体を縛っている縄を何とかしようと試みる。
 女の子の背中側に回って、縄の結び目と格闘すること数分で、なんとか結び目を解くことができた。
 その作業の間、彼女の髪の匂いがなまめかしくて、少し興奮しそうになって焦った。

 体の拘束を解かれた女の子は、まだ硬い表情だったけど、
「ありがとう……」
 僕にそうお礼を言った。
「大丈夫?」
 僕はとりあえずそう聞いた。
「……」
 女の子はなにか言いにくいことがあるのか、またうつむく。

「わたし、行かなきゃ」
 彼女はそう言った。
「いいよ」
 僕はそう答えた。
 女の子がはっとしたように顔を上げて、僕を見た。
「どこでも、行く、いい」
 どこにでも行くといい、そう伝えたくて、カタコトだけどそう言った。
「ありがとう……ほんとうに」
 女の子はそう言って、頭を下げて、立ち去ろうとして。
 数歩離れてから、僕の方を振り返る。
 僕は、行っていいという意味を伝えたくて、うなづいた。
 女の子はそれを確認して、走り去っていった。

 まあ、これで良かったんだ、と僕は思った。
 僕は彼女を助けたかっただけで、何らかの見返りがほしかったわけじゃないんだ。
 心の中ではえっちなお礼とかしてもらえないかなと期待してなかったわけじゃないけど……。

「で、なんだっけ、そうだ仕事を探さないと、って……」
 自分の状況を思い出して。

(しまった……!)

 後悔の念が湧いてきた。
 彼女を行かせるべきじゃなかったというか、なんというか。
 今自分は頼る人もいないで、ひとりきりなんだ。
 頼めば彼女はいろいろと力になってくれたんじゃないだろうか。
 どこに行けば仕事が見つかりそうか教えてくれたかも知れない。
 あと、友達になれれば、この国の言葉を僕に教えてくれたかも知れない。
 言葉がもっとわかれば仕事を探すにしてもどれだけやりやすいことか。

 僕は彼女が去っていった方に走り出す。
 今ならまだ、彼女を見つけられるかも知れない。

(どこでも行っていいとか言っておいて、追いかけるとかみっともないかなあ)
 そう思いながらも、僕は走った。

 少し走って十字路に来たところで周囲を見回すと、あの女の子が角を曲がった先で倒れているのが見えた。
(!?)
 僕は彼女に走り寄る。
 彼女がよろよろと起き上がったとき、僕は彼女に追いついた。
 倒れていたのはなにかにつまづいて転倒しただけだったらしい。石畳で膝を擦りむいていたようだ。
「大丈夫?」
 声を掛ける。
 女の子は僕の方を見て困ったような顔をする。
「どこ、行く?」
 僕が聞くと、彼女は道に先の方を指差す。
「一緒、行く」
 僕はそう言った。
 女の子は不思議そうな顔でうなづいた。
 そして、また走り出した。
 僕はその後についていく。

 女の子は町の外れの方に向かっているようだった。
 最初は、通りの両側に建っている建物は4階ぐらいの高さがあったのだけど、
 道を進むに連れてだんだん建物の高さが低くなっていくし、建物自体も質素になっていく印象があった。

 結構な距離を走った後、町の終わりとも言えるような所まで来た。
 周囲に建物と言えるような建物はなく、あるのは建物の残骸だけだった。
 地面も石畳ではなくただの土になっている。

 察するに、大火事か何かがあって焼け野原になって、再建されていない地区、なのだろう。

 女の子は、ボロボロの建物の残骸の中に入っていく。
 僕も入っていいのだろうか、少し迷って、建物の外で待つことにする。

「お母さん!」
 聞いたことない子供の声が建物の中から聞こえた。
 あの女の子の声ではない。

 僕は混乱した。
 こんな、建物とはもはや言えないような、残骸に人が住んでいるのか。
 屋根はほとんど残っていなくて、壁すらも半壊しているようなところなのに。
 そして、「お母さん!」?
 あの女の子は、だれかのお母さんなのだろうか?
 どう見ても僕と同じぐらいの年に見えたんだけど……。
 いや、16歳ぐらいで子供を生む女の人もいるだろうけど、その場合子供は赤ん坊なのではないだろうか。
「お母さん!」と言葉を喋れたりは……。

 などと考えていたら、中から赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた。
 混乱した僕は、中を覗いてみたいという気持ちから、一歩前に踏み出した。
 と、その足音が中に聞こえたのだろうか。

「誰か外にいるー!」
 さきほど「お母さん!」と言った声が、そう叫んだ。
「大丈夫」
 あの女の子の声が安心させるようにそう言ったのが聞こえた。
「入っても?」
 僕は声をかけた。
「どうぞ」
 女の子の声を確認して、僕はおそるおそると建物の中に入った。

 もはや部屋と言っていいかどうかもわからない、半壊した壁に囲まれたスペース。
 その片隅に、ゴザのようなものが敷いてある場所があって、そこにあの女の子がいた。その胸に赤ん坊を抱いている。
 近くに、3歳ぐらいに見える女の子が立っている。
 そこにいたのはそれだけではなく、二人の幼児がすやすやと眠っていたようだった。

「だれですか」
 3歳ぐらいに見える子供が僕に聞く。

「その人がお母さんを助けてくれたのよ」
 あの女の子が、子供にそういった。
 子供は無表情にうなづいた。

「この子どもたちは?」
 僕は女の子に聞いた。
「わたしの子供です」
 女の子が答えた。
「君が、生んだ?」
 僕は確認の意味で聞いた。
「はい」
「……4人とも?」
「はい」

 僕は圧倒される思いだった。
 僕が、まるで学校の同級生にいてもおかしくないと思った女の子は。
 4児の母親だった、らしい。
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