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Ⅷ.自室そして翌日、メアに休息はない
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『メっアちゃーん!』
「何よ、うるさいと切るよ」
ハイテンションな電話の主に対してメアの声色の沈みっぷりは、まさしく天と地という言葉が相応しい程の差であった。
『あっれぇ? 元気ないんだー』
「ええ、疲れてる時に希実枝の大声聞かされたらこんな感じにもなるわよ」
『酷いなぁメアちゃんはー。寂しがるかと思って電話してるのにー』
自室に戻るなりポケットから着信音が聞こえ、半ば反射的に電話に出てしまったことにメアは後悔していた。
仕方なく携帯を耳に当てたままベッドに腰掛ける。
「別に寂しくないし」
昨日時緒たちから言われたことを思い出し、無性に腹が立った。
『そう? そっちで友達はできた?』
「別に。友達なんていらない。中学生ってみんな馬鹿だから」
「友達」という言葉に、下僕二人と、先程まで食堂で一緒だった少女の顔が浮かびかけたが、一瞬でかき消した。あんな奴らと友達だなんてあり得ない。
『そっかぁ、もしそっちで仲良しの友達できてたら、少し嫉妬しちゃうところだった』
「はぁ? 馬鹿じゃない?」
『冗談よ。まったくだと逆に心配だなぁ』
「何が心配なのよ」
『だって、寂しくなぁい?』
「だから寂しくないし!」
メアは部屋の壁が薄いのも忘れて声を荒げた。そしてすぐにはっとなり、声を潜める。
「もう切るね。それと、たまに送ってくるお菓子、あれ量がおかしいのよ。送りたければ勝手にすればいいけど、食べきれない量送ってくるのやめてよね」
『別に多くないでしょぉ? 同じ寮の女の子と分けて食べれば。ほら、それがキッカケで友達になれるかもじゃん。試しに隣部屋の娘から話しかけてごらんよ。そうそう! 仲良くなったらついでに好きなお菓子聞いといて! そしたらわたしのネットワークを駆使して東京でとびっきりのやつ選んで送るから! ブツッ!』
相手のテンションが昂り始めたところでメアは思わず通話終了をタップした。
どいつもこいつもまるで分っていない。
メアは周囲に下らない思考を持つ者ばかり集まることに絶望した。
友達なんて下らない。確かにメア自身にも娯楽に興じることを楽しいと感じたり、それを共有する仲間がいることで,その楽しみが一人の時よりも充実したものになることは理解できる。
だが、それは今必要ではない。対等な思考のできる人間が相手であれば、「楽しみ」を享受するだけではなく、建設的あるいは有益な話題に花を咲かせることもあるであろうが、そうでない限りは全く以て不要なものだ。そして今のところメアにとって対等と評せる中学生は周囲にいなかった。
それに中学生の時に対等じゃない者同士が無理して付き合ったところで、そうしていられるのは思考が未熟な若いうちだけで、どの道大人になるにつれ次第に対等な者同士での集まりが形成されるに決まっている。中学生でありながらメアにはそれが手に取るように想像できた。
今必要なのは、そんなことに時間を割くことではなく、この世について正しく知ること。
他人よりも多くの知識を身に付け、他人よりも正しく知ることができれば、いつだって優位に立つことができる。
その為の勉強も欠かさない。
余計なものが一切無く、殺風景な寮の部屋には本棚が備え付けられており、大抵の学生は教科書を収める他は好きなCDや漫画本、細々とした雑貨を並べる棚として使用するが、メアの本棚は本来の本棚としての役目をこれ以上ないくらいに全うしていた。教科書の他、メアが親からの仕送りをやりくりし、駅前の古本屋で買い揃えた本たちがぎっしりと詰まっている。他人よりも多くの知識を身に付けるのは教科書の勉強だけでは足りない。
本棚に収まっている本は様々なジャンルのもの。
動物図鑑、鳥類図鑑、魚類図鑑、昆虫図鑑、植物図鑑。
この世の自然を知るのは大切だ。
化学に関する専門書、物理学に関する専門書等々、その他科学的分野に関する諸々の専門書。
この世の法則を知るのは大切だ。
視覚に関する専門書、聴覚に関する専門書、解剖学、心理学、人間工学、その他様々なヒトに関する専門書。
この世に生きる自身を含めた人間について知るのは大切だ。
民法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法、関連する判例集等々、法律に関する専門書。
この世の規範を知るのは大切だ。
だが、反対に小説等のフィクションの類は一切存在しない。
小説は下らない。この世で一番下らない書物だ。そうメアは考える。
フィクションだなんて妄言の羅列を好んで読む奴の気が知れない。だから、そういった類の本だけは一切無かった。
そういえば、と時緒のことが頭に浮かんだが、例外にしておいた。
時緒はライトノベルという小説の中でも特に現実離れした内容の本を好んで読む。だが、時緒は仕方がない。誰だって絵本に夢中になる幼児に向かって「くだらないものを読んで」と、冷ややかで批判的な感情を持ちはしないだろう。
「あ、そうだった」
メアはもう一人、妄想に捕らわれている少女のことを思い返す。
そしてメアは、忘れないうちに下校時にユウリから聞いた単語を携帯のネット検索で調べてみる。
「アンティキテラ島……、アンティキテラ島……、」
アンティキテラ島。
帰り道であの少女の口から聞いた妙な島の名。検索すると適当にそれらしいサイトにアクセスする。
ペロポネソス半島とクレタ島との間に位置する地中海上の島。
「地中海って……馬鹿じゃない……」
メアは呆れてブラウザを閉じかけたが、同時に検索に多くヒットしていた単語が気になり、知らず知らずのうちにいくつかのサイトを読み進めてしまった。
「アンティキテラ島の機械」。紀元前に作られたであろうその機械は島周辺の沈没船で発見された。当時では到底考えられない高度な技術で作られており、複雑な歯車を利用した計算機であったとされている。世界最古のコンピューターとして複数の機関で研究されており、実物は現在アテネの博物館に展示されているらしい。
その内容はメアの知的好奇心をいささかではあるが、掻き立てるものではあった。
だが結局、何故あのユウリという少女の口からそのような単語が出たのかは、わからず終いであった。
何はともあれ、もう流石に無いだろうがもし仮に、次に同じようなことを質問された際には「知っている」と即答できるばかりか、おまけ程度にはだが、それに付随する多少の知識を披露することができる。
そのことに満足すると、メアは学校の参考書を開き、明日の分の予習を始めた。
* * *
翌朝、メアはいつも通り三十分早く学校に着くように寮を出ようとした。
そしてすぐに後悔した。
「おはようございます」
丁度ユウリが靴を履き替えているところであった。
メアはユウリの挨拶を無視すると足早に寮を出る。だが、ユウリは小走りでメアに追いつくと横に並んだ。
「何よ。どういうつもり?」
「どう、と申されましても、目的地が同じなので……」
「近くに来ないで。友達だと思われるでしょ」
「でも……、わたしこう見えて結構方向音痴ですので、一緒に行って頂けると助かります」
「こう見えてって、どう見えてよ。あんたは見た目通りどんくさいわよ。わかったから横に並ばないで。勝手に付いてくれば良いでしょ」
「そうですか……」
メアがわざと距離を離すように歩みの速度を上げると、ユウリはその後を一定の距離を保って付いて来た。メアが悪あがきと言わんばかりにその後も時折速足になってみせたりしたが、律儀にもその一定の距離が変わることはなかったので早々に諦めた。
「何よ、うるさいと切るよ」
ハイテンションな電話の主に対してメアの声色の沈みっぷりは、まさしく天と地という言葉が相応しい程の差であった。
『あっれぇ? 元気ないんだー』
「ええ、疲れてる時に希実枝の大声聞かされたらこんな感じにもなるわよ」
『酷いなぁメアちゃんはー。寂しがるかと思って電話してるのにー』
自室に戻るなりポケットから着信音が聞こえ、半ば反射的に電話に出てしまったことにメアは後悔していた。
仕方なく携帯を耳に当てたままベッドに腰掛ける。
「別に寂しくないし」
昨日時緒たちから言われたことを思い出し、無性に腹が立った。
『そう? そっちで友達はできた?』
「別に。友達なんていらない。中学生ってみんな馬鹿だから」
「友達」という言葉に、下僕二人と、先程まで食堂で一緒だった少女の顔が浮かびかけたが、一瞬でかき消した。あんな奴らと友達だなんてあり得ない。
『そっかぁ、もしそっちで仲良しの友達できてたら、少し嫉妬しちゃうところだった』
「はぁ? 馬鹿じゃない?」
『冗談よ。まったくだと逆に心配だなぁ』
「何が心配なのよ」
『だって、寂しくなぁい?』
「だから寂しくないし!」
メアは部屋の壁が薄いのも忘れて声を荒げた。そしてすぐにはっとなり、声を潜める。
「もう切るね。それと、たまに送ってくるお菓子、あれ量がおかしいのよ。送りたければ勝手にすればいいけど、食べきれない量送ってくるのやめてよね」
『別に多くないでしょぉ? 同じ寮の女の子と分けて食べれば。ほら、それがキッカケで友達になれるかもじゃん。試しに隣部屋の娘から話しかけてごらんよ。そうそう! 仲良くなったらついでに好きなお菓子聞いといて! そしたらわたしのネットワークを駆使して東京でとびっきりのやつ選んで送るから! ブツッ!』
相手のテンションが昂り始めたところでメアは思わず通話終了をタップした。
どいつもこいつもまるで分っていない。
メアは周囲に下らない思考を持つ者ばかり集まることに絶望した。
友達なんて下らない。確かにメア自身にも娯楽に興じることを楽しいと感じたり、それを共有する仲間がいることで,その楽しみが一人の時よりも充実したものになることは理解できる。
だが、それは今必要ではない。対等な思考のできる人間が相手であれば、「楽しみ」を享受するだけではなく、建設的あるいは有益な話題に花を咲かせることもあるであろうが、そうでない限りは全く以て不要なものだ。そして今のところメアにとって対等と評せる中学生は周囲にいなかった。
それに中学生の時に対等じゃない者同士が無理して付き合ったところで、そうしていられるのは思考が未熟な若いうちだけで、どの道大人になるにつれ次第に対等な者同士での集まりが形成されるに決まっている。中学生でありながらメアにはそれが手に取るように想像できた。
今必要なのは、そんなことに時間を割くことではなく、この世について正しく知ること。
他人よりも多くの知識を身に付け、他人よりも正しく知ることができれば、いつだって優位に立つことができる。
その為の勉強も欠かさない。
余計なものが一切無く、殺風景な寮の部屋には本棚が備え付けられており、大抵の学生は教科書を収める他は好きなCDや漫画本、細々とした雑貨を並べる棚として使用するが、メアの本棚は本来の本棚としての役目をこれ以上ないくらいに全うしていた。教科書の他、メアが親からの仕送りをやりくりし、駅前の古本屋で買い揃えた本たちがぎっしりと詰まっている。他人よりも多くの知識を身に付けるのは教科書の勉強だけでは足りない。
本棚に収まっている本は様々なジャンルのもの。
動物図鑑、鳥類図鑑、魚類図鑑、昆虫図鑑、植物図鑑。
この世の自然を知るのは大切だ。
化学に関する専門書、物理学に関する専門書等々、その他科学的分野に関する諸々の専門書。
この世の法則を知るのは大切だ。
視覚に関する専門書、聴覚に関する専門書、解剖学、心理学、人間工学、その他様々なヒトに関する専門書。
この世に生きる自身を含めた人間について知るのは大切だ。
民法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法、関連する判例集等々、法律に関する専門書。
この世の規範を知るのは大切だ。
だが、反対に小説等のフィクションの類は一切存在しない。
小説は下らない。この世で一番下らない書物だ。そうメアは考える。
フィクションだなんて妄言の羅列を好んで読む奴の気が知れない。だから、そういった類の本だけは一切無かった。
そういえば、と時緒のことが頭に浮かんだが、例外にしておいた。
時緒はライトノベルという小説の中でも特に現実離れした内容の本を好んで読む。だが、時緒は仕方がない。誰だって絵本に夢中になる幼児に向かって「くだらないものを読んで」と、冷ややかで批判的な感情を持ちはしないだろう。
「あ、そうだった」
メアはもう一人、妄想に捕らわれている少女のことを思い返す。
そしてメアは、忘れないうちに下校時にユウリから聞いた単語を携帯のネット検索で調べてみる。
「アンティキテラ島……、アンティキテラ島……、」
アンティキテラ島。
帰り道であの少女の口から聞いた妙な島の名。検索すると適当にそれらしいサイトにアクセスする。
ペロポネソス半島とクレタ島との間に位置する地中海上の島。
「地中海って……馬鹿じゃない……」
メアは呆れてブラウザを閉じかけたが、同時に検索に多くヒットしていた単語が気になり、知らず知らずのうちにいくつかのサイトを読み進めてしまった。
「アンティキテラ島の機械」。紀元前に作られたであろうその機械は島周辺の沈没船で発見された。当時では到底考えられない高度な技術で作られており、複雑な歯車を利用した計算機であったとされている。世界最古のコンピューターとして複数の機関で研究されており、実物は現在アテネの博物館に展示されているらしい。
その内容はメアの知的好奇心をいささかではあるが、掻き立てるものではあった。
だが結局、何故あのユウリという少女の口からそのような単語が出たのかは、わからず終いであった。
何はともあれ、もう流石に無いだろうがもし仮に、次に同じようなことを質問された際には「知っている」と即答できるばかりか、おまけ程度にはだが、それに付随する多少の知識を披露することができる。
そのことに満足すると、メアは学校の参考書を開き、明日の分の予習を始めた。
* * *
翌朝、メアはいつも通り三十分早く学校に着くように寮を出ようとした。
そしてすぐに後悔した。
「おはようございます」
丁度ユウリが靴を履き替えているところであった。
メアはユウリの挨拶を無視すると足早に寮を出る。だが、ユウリは小走りでメアに追いつくと横に並んだ。
「何よ。どういうつもり?」
「どう、と申されましても、目的地が同じなので……」
「近くに来ないで。友達だと思われるでしょ」
「でも……、わたしこう見えて結構方向音痴ですので、一緒に行って頂けると助かります」
「こう見えてって、どう見えてよ。あんたは見た目通りどんくさいわよ。わかったから横に並ばないで。勝手に付いてくれば良いでしょ」
「そうですか……」
メアがわざと距離を離すように歩みの速度を上げると、ユウリはその後を一定の距離を保って付いて来た。メアが悪あがきと言わんばかりにその後も時折速足になってみせたりしたが、律儀にもその一定の距離が変わることはなかったので早々に諦めた。
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