18 / 46
XVII.倉間麗奈の仕事③
しおりを挟む
その日の予定捜査を終え、車で署へ戻る途中、正木は運転席に座る倉間に合図し、車を止めさせた。
それについての会話はなかったが、正木の指示の理由は明白であった。
微かに、けれども確かに、少女の悲鳴のような声が聞こえたのだ。
最近この界隈で多発している事件、そのことが二人の頭を過る。
車の窓から道路を挟んで反対側の通りを見ると、この辺りの中学校のものらしき見覚えのある制服に身を包んだ女子中学生二人が向かい合ってなにやら言い合いをしているのがわかる。
喧嘩のようには見えないし、怪我をしている様子もない。特に危ないようには見えないが、だが少女の片方がハサミを手にしているのが正木は気になった。
「おい倉間、お前一応見に行けよ。子供相手なら俺よりも女のお前の方が接しやすいだろう」
「はい……」
あまり気が乗らない様子で倉間は改めて女子中学生二人を確認する。だが、少女たちを見るなり、倉間は顔を正面に逸らし、スッと頭を低くしてしまった。両手はハンドルを掴んだままだ。
その様子を見て正木は呆れた声を出す。
「お前、相変わらず子供苦手なの治ってないのな……」
「すみません……努力はしているのですが……」
そうこうしているうちに少女の片方がもう一方の手を引いて足早に歩き始めてしまった。その後ろ姿を目で追う限りは、やはり問題はなさそうに見える。正木は再度倉間に合図し、車を発進させた。
「苦手なのはわかるが倉間、そうこう言ってられねぇぞ? お前の担当はさっきのガキ共のような未成年の被害者が多いんだ。特に最近はなぁ。なら、情報収集する上で同じ未成年者に接触しなきゃならねぇ場面も多く出てくる。せっかく女で刑事やってんだ、俺みたいな男が手帳片手に近付けばどうしても身構えられちまう。世間じゃあこういうこと言うとすぐにセクハラだ男女差別だなんだって言うが、事件解決さえすりゃぁんなこたぁどうでも良い。女であることをもっと利用しろ。まずは肩の力抜いて笑顔だ、倉間」
「ええ、努力は……しています……」
倉間は固まりきった真顔でそう返し、肩を落とした。
倉間と正木は刑事部の中でも所謂凶悪犯罪と称される殺人や傷害、誘拐、放火といったものを扱う部署である捜査一課に配属されている。とりわけ正木は殺人、傷害等が専門であり、対する倉間が現在配属されている係は性犯罪捜査が主である。今こうして正木と合同で捜査をしているのは、現在二人が追っている事件が各々の専門その両方の性質を孕むものであるからであった。
「努力はしています……か、まあそれが口だけじゃないって知ってるけどな。仕事が非番の日とかによく若者が集まる場所とか行ってんだろ? 所長からも聞いたよ。真面目だよなぁ、で? 一度でも自分からガキに話し掛けたか?」
「…………」
無言になった倉間を見て、正木は心底残念そうに頭を振った。
「逆に話し掛けられたことなら……その、駅前のゲームセンターで……」
「ほう、ガキにか?」
「ええ、いかにも不良少年って感じの数人に……、所謂ナンパでした……」
正木はそれを聞いて今度は吹き出してしまう。
「んで? どうしたんだ?」
「割と遅い時間だったので、もう帰りなさいと注意だけしました」
「ま、そうだろうよ」
そう嘯きながらも、十分に美人と言える顔立ちをしているとはいえ、不愛想な、一見すると何かに怒っているのではと思わず勘ぐってしまいそうになるくらいに年中真顔を崩さない倉間に向かって、そういった目的で声を掛けた少年たちに、正木は心中で素直に称賛を送っていた。
「話をしようにも話題というものがわたしにはわかりません。同年代相手でさえ、世間話が苦手で、学生時代友人もあまりいませんでしたから」
「お前さらっと悲しいこというなよ。それに話題なんてのはなぁ、そう考えなくてもいいんだよ。テキトーでよぉ。相手はガキなんだし、内容よりもある意味勢いだ、あんくらいの世代は。むこーだってそうロクに考えちゃいねーんだから」
「そうは言いましても、頭の中が全くの無では言葉すら出ません。何か正木さんの知っている子供受けしそうな話題がありましたらご教授頂けると助かります」
「俺だってガキが得意ってわけじゃねぇ。…………ああでも、あれならいくつか知ってるぜ? このあたりの都市伝説っていうのか? ガキは決まってああいうオカルトめいたもん好きだからなぁ。高校生の従妹から聞いたんだが、お前も聞いたことあるか? 『呪いの絵本を売る魔女』、『廃屋で哲学する幽霊』、『夜明け前に瑠璃色に輝く電波塔』、『死を呼び寄せる呪いの絵画』なんての」
「意味がよく、わかりませんね」
「よくわからねぇから面白いんだろうよ。ほれ、お前なりに話を膨らませてみろ」
急に話を振られた倉間は、ぎゅっとハンドルを握りながら眉間にシワを寄せた。
「そうですね…………、まず『呪いの絵本を売る魔女』、『廃屋で哲学する幽霊』、この二つは問題ないと思われます。他者を貶めるもの、権利を侵害するものでなければどんな本を売ろうと自由ですし、幽霊だろうとなんだろうと勝手に哲学するのは自由です。まあ前者はあまり度が過ぎますと霊感商法ですとか最悪詐欺に問われる可能性もありますが……まあ、「幸せを呼ぶ」類のグッズの販売が許されている以上、節度をわきまえていれば呪いのグッズも別に良いでしょう。同じ理由で『死を呼び寄せる呪いの絵画』も問題ないと思われますね。呪いが「死」だとしても、人は誰しもが必ずいつかは死にます。それで殺人が立証できるわけがありません。唯一『夜明け前に瑠璃色に輝く電波塔』だけが事件性があると思います。何らかの塗料、あるいは加工を施し、そのように光るような状態にしたとしますと、建造物損壊罪に該当する可能性があります。五年以下の懲役です」
「おい、誰が子供のくだらない噂話を刑事として分析しろと言った? 俺は面白おかしく話を膨らませろと言ったんだ」
「すみません……」
半目の正木を横目に、倉間はしぼんだような声で謝罪した。
「わたしもこのままじゃダメだと思い、最初は難易度を下げて徐々に慣らそうとしたこともあります。親戚に保育士がいたので頼んで少し仕事場を見せて貰いました」
「結果は?」
「結果は、難易度を下げたつもりが保育所はわたし的に最高難度だということが判明しました」
「ははは。ま、人間完璧なもんはいねーってことだな。お前みたいな仕事熱心な奴でもさ。確かにその苦手は克服した方が良いが、お前はホント良くできてるよ。仕事に対する……なんつーの? 悪いことは許さねぇっていう気概が他の同世代とは違ぇ」
それを聞いて倉間は変に思う。単純な評価なら先輩の正木の方が上である筈だし、そもそも自分は……。
「正木さんは、わたしが正義感の強い人間だと思いますか?」
「ああ、上司の俺が嫉妬しちゃうくらいにはな」
冗談交じりとはいえ、正木だけはこういうことを平気でハッキリと言葉にしてくれる。だから話しやすかった。倉間自身その優秀さ故、直接的な言葉でないにしろ、職場で同僚の男性から嫉妬の眼差しを向けられていると肌で感じたこともこれまで少なくなかった。ただ単に女というだけで。自身はあまり気にしなかったが、正直あまり居心地の良いものではない。倉間だって自ら選んで女に生まれたわけではない。
「正義感が強いのと仕事ができるのとは違いますよ」
何となく投げやりな感が出てしまったので、倉間は小さく咳ばらいをしてごまかした。
「そうなのか?」
「わたしは単に得意なだけなんです」
「警察官の仕事がか?」
「いえ、ルールを守ることが、です」
倉間は少し迷ってからその先を口に出す。
「わたしたちが殺人を許さないのは正義ではなくそういうルールだからです。だから明日からそのルールが書き換わって仮に殺人が容認される世界になれば、わたしたちはをそれを防ぐことはおろか、人殺しを逮捕することもできません。それがわたしたちの仕事です。そこに正義はあるのでしょうか? だから、結局のところ、わたしたちの仕事はルールを守り、もしくは、守らせるといった内容にすぎないのだと思います」
やはり変に思われただろうか? 正直な意見であることは確かだが、焦心から本来口にすべきでないことを言ってしまったと後悔する。憂悶に耐えかねて倉間は確認するように横目で正木を見た。
「だから、お堅いなぁ倉間。常にそんなお堅い感じだと疲れちゃうぜ?」
対する正木は全く変わらない様子であくび混じりに応える。
「今は仕事中です」
「仕事中でもだ。俺みたいに職場に別の楽しみを見つけてみろよ」
「例えば?」
「例えばそうだなぁ……。俺はな、毎朝せっせと皆の分のコーヒーを入れる倉間ちゃんの〝ぴっちりした形の良いパンツルックのお尻〟を眺めるのが仕事場のささやかな楽しみなんだ」
倉間は正面を向いたまま真一文字に口を噤むと、顔を赤くして少し顔をやや反対側へ背けてしまった。冗談が通じないのである。
その様子を見て、やはり正木は呆れてしまう。
「顔を赤くするまでは上出来だが、そこで一言、そんなセクハラばっかりしてると逮捕しちゃいますよぉ! くらい言ってくれよな。生活安全課のユミちゃんなんか、この前俺に同じようなこと言われて手錠掛けようとしてきたぞ。お前にはそういう遊び心がない。ジョークの一つくらい言えるようになれ」
「わかりました。次からはそうします」
仕事における命令への返事とさして違わないトーンで倉間は答えた。
「いや、無理にそうしろってわけじゃぁ……、難しいなこりゃ」
正木は常にガチガチになるばかりでなく、そういった心持ちも時には必要だということを言いたかったのだが、倉間にとってはそれをルールに組み込んで遵守すべきか否かでしか測れない。大げさに言うと一かゼロでしか考えることができないのだ。
「まあ実践あるのみだ。じゃあもう一回行くぞ。倉間、ちょっとケツ触らせろよ」
そう言うと、正木は運転席の倉間の太ももを一度ぱしりと叩く。
言葉を聞くや否や、倉間は車をキッと路肩へ停車させた。何事かと窓から辺りを確認し、警戒する正木。
倉間は徐に手錠を取り出すと、正木のいる助手席に身を乗り出し、突然のことに戸惑う正木の手を掴むと一縷の躊躇いもなく、カシャンと小気味良い音を立ててその手錠を掛けた。実に鮮やかな逮捕劇であった。
「正木真司郎。あなたを強制わいせつの現行犯で逮捕します」
「じ、ジョークだよな!? やればできるじゃないか……って、倉間!? ……落ち着け!……触ったのはやり過ぎだった! すまん! だから、な? 倉間……さん?」
それについての会話はなかったが、正木の指示の理由は明白であった。
微かに、けれども確かに、少女の悲鳴のような声が聞こえたのだ。
最近この界隈で多発している事件、そのことが二人の頭を過る。
車の窓から道路を挟んで反対側の通りを見ると、この辺りの中学校のものらしき見覚えのある制服に身を包んだ女子中学生二人が向かい合ってなにやら言い合いをしているのがわかる。
喧嘩のようには見えないし、怪我をしている様子もない。特に危ないようには見えないが、だが少女の片方がハサミを手にしているのが正木は気になった。
「おい倉間、お前一応見に行けよ。子供相手なら俺よりも女のお前の方が接しやすいだろう」
「はい……」
あまり気が乗らない様子で倉間は改めて女子中学生二人を確認する。だが、少女たちを見るなり、倉間は顔を正面に逸らし、スッと頭を低くしてしまった。両手はハンドルを掴んだままだ。
その様子を見て正木は呆れた声を出す。
「お前、相変わらず子供苦手なの治ってないのな……」
「すみません……努力はしているのですが……」
そうこうしているうちに少女の片方がもう一方の手を引いて足早に歩き始めてしまった。その後ろ姿を目で追う限りは、やはり問題はなさそうに見える。正木は再度倉間に合図し、車を発進させた。
「苦手なのはわかるが倉間、そうこう言ってられねぇぞ? お前の担当はさっきのガキ共のような未成年の被害者が多いんだ。特に最近はなぁ。なら、情報収集する上で同じ未成年者に接触しなきゃならねぇ場面も多く出てくる。せっかく女で刑事やってんだ、俺みたいな男が手帳片手に近付けばどうしても身構えられちまう。世間じゃあこういうこと言うとすぐにセクハラだ男女差別だなんだって言うが、事件解決さえすりゃぁんなこたぁどうでも良い。女であることをもっと利用しろ。まずは肩の力抜いて笑顔だ、倉間」
「ええ、努力は……しています……」
倉間は固まりきった真顔でそう返し、肩を落とした。
倉間と正木は刑事部の中でも所謂凶悪犯罪と称される殺人や傷害、誘拐、放火といったものを扱う部署である捜査一課に配属されている。とりわけ正木は殺人、傷害等が専門であり、対する倉間が現在配属されている係は性犯罪捜査が主である。今こうして正木と合同で捜査をしているのは、現在二人が追っている事件が各々の専門その両方の性質を孕むものであるからであった。
「努力はしています……か、まあそれが口だけじゃないって知ってるけどな。仕事が非番の日とかによく若者が集まる場所とか行ってんだろ? 所長からも聞いたよ。真面目だよなぁ、で? 一度でも自分からガキに話し掛けたか?」
「…………」
無言になった倉間を見て、正木は心底残念そうに頭を振った。
「逆に話し掛けられたことなら……その、駅前のゲームセンターで……」
「ほう、ガキにか?」
「ええ、いかにも不良少年って感じの数人に……、所謂ナンパでした……」
正木はそれを聞いて今度は吹き出してしまう。
「んで? どうしたんだ?」
「割と遅い時間だったので、もう帰りなさいと注意だけしました」
「ま、そうだろうよ」
そう嘯きながらも、十分に美人と言える顔立ちをしているとはいえ、不愛想な、一見すると何かに怒っているのではと思わず勘ぐってしまいそうになるくらいに年中真顔を崩さない倉間に向かって、そういった目的で声を掛けた少年たちに、正木は心中で素直に称賛を送っていた。
「話をしようにも話題というものがわたしにはわかりません。同年代相手でさえ、世間話が苦手で、学生時代友人もあまりいませんでしたから」
「お前さらっと悲しいこというなよ。それに話題なんてのはなぁ、そう考えなくてもいいんだよ。テキトーでよぉ。相手はガキなんだし、内容よりもある意味勢いだ、あんくらいの世代は。むこーだってそうロクに考えちゃいねーんだから」
「そうは言いましても、頭の中が全くの無では言葉すら出ません。何か正木さんの知っている子供受けしそうな話題がありましたらご教授頂けると助かります」
「俺だってガキが得意ってわけじゃねぇ。…………ああでも、あれならいくつか知ってるぜ? このあたりの都市伝説っていうのか? ガキは決まってああいうオカルトめいたもん好きだからなぁ。高校生の従妹から聞いたんだが、お前も聞いたことあるか? 『呪いの絵本を売る魔女』、『廃屋で哲学する幽霊』、『夜明け前に瑠璃色に輝く電波塔』、『死を呼び寄せる呪いの絵画』なんての」
「意味がよく、わかりませんね」
「よくわからねぇから面白いんだろうよ。ほれ、お前なりに話を膨らませてみろ」
急に話を振られた倉間は、ぎゅっとハンドルを握りながら眉間にシワを寄せた。
「そうですね…………、まず『呪いの絵本を売る魔女』、『廃屋で哲学する幽霊』、この二つは問題ないと思われます。他者を貶めるもの、権利を侵害するものでなければどんな本を売ろうと自由ですし、幽霊だろうとなんだろうと勝手に哲学するのは自由です。まあ前者はあまり度が過ぎますと霊感商法ですとか最悪詐欺に問われる可能性もありますが……まあ、「幸せを呼ぶ」類のグッズの販売が許されている以上、節度をわきまえていれば呪いのグッズも別に良いでしょう。同じ理由で『死を呼び寄せる呪いの絵画』も問題ないと思われますね。呪いが「死」だとしても、人は誰しもが必ずいつかは死にます。それで殺人が立証できるわけがありません。唯一『夜明け前に瑠璃色に輝く電波塔』だけが事件性があると思います。何らかの塗料、あるいは加工を施し、そのように光るような状態にしたとしますと、建造物損壊罪に該当する可能性があります。五年以下の懲役です」
「おい、誰が子供のくだらない噂話を刑事として分析しろと言った? 俺は面白おかしく話を膨らませろと言ったんだ」
「すみません……」
半目の正木を横目に、倉間はしぼんだような声で謝罪した。
「わたしもこのままじゃダメだと思い、最初は難易度を下げて徐々に慣らそうとしたこともあります。親戚に保育士がいたので頼んで少し仕事場を見せて貰いました」
「結果は?」
「結果は、難易度を下げたつもりが保育所はわたし的に最高難度だということが判明しました」
「ははは。ま、人間完璧なもんはいねーってことだな。お前みたいな仕事熱心な奴でもさ。確かにその苦手は克服した方が良いが、お前はホント良くできてるよ。仕事に対する……なんつーの? 悪いことは許さねぇっていう気概が他の同世代とは違ぇ」
それを聞いて倉間は変に思う。単純な評価なら先輩の正木の方が上である筈だし、そもそも自分は……。
「正木さんは、わたしが正義感の強い人間だと思いますか?」
「ああ、上司の俺が嫉妬しちゃうくらいにはな」
冗談交じりとはいえ、正木だけはこういうことを平気でハッキリと言葉にしてくれる。だから話しやすかった。倉間自身その優秀さ故、直接的な言葉でないにしろ、職場で同僚の男性から嫉妬の眼差しを向けられていると肌で感じたこともこれまで少なくなかった。ただ単に女というだけで。自身はあまり気にしなかったが、正直あまり居心地の良いものではない。倉間だって自ら選んで女に生まれたわけではない。
「正義感が強いのと仕事ができるのとは違いますよ」
何となく投げやりな感が出てしまったので、倉間は小さく咳ばらいをしてごまかした。
「そうなのか?」
「わたしは単に得意なだけなんです」
「警察官の仕事がか?」
「いえ、ルールを守ることが、です」
倉間は少し迷ってからその先を口に出す。
「わたしたちが殺人を許さないのは正義ではなくそういうルールだからです。だから明日からそのルールが書き換わって仮に殺人が容認される世界になれば、わたしたちはをそれを防ぐことはおろか、人殺しを逮捕することもできません。それがわたしたちの仕事です。そこに正義はあるのでしょうか? だから、結局のところ、わたしたちの仕事はルールを守り、もしくは、守らせるといった内容にすぎないのだと思います」
やはり変に思われただろうか? 正直な意見であることは確かだが、焦心から本来口にすべきでないことを言ってしまったと後悔する。憂悶に耐えかねて倉間は確認するように横目で正木を見た。
「だから、お堅いなぁ倉間。常にそんなお堅い感じだと疲れちゃうぜ?」
対する正木は全く変わらない様子であくび混じりに応える。
「今は仕事中です」
「仕事中でもだ。俺みたいに職場に別の楽しみを見つけてみろよ」
「例えば?」
「例えばそうだなぁ……。俺はな、毎朝せっせと皆の分のコーヒーを入れる倉間ちゃんの〝ぴっちりした形の良いパンツルックのお尻〟を眺めるのが仕事場のささやかな楽しみなんだ」
倉間は正面を向いたまま真一文字に口を噤むと、顔を赤くして少し顔をやや反対側へ背けてしまった。冗談が通じないのである。
その様子を見て、やはり正木は呆れてしまう。
「顔を赤くするまでは上出来だが、そこで一言、そんなセクハラばっかりしてると逮捕しちゃいますよぉ! くらい言ってくれよな。生活安全課のユミちゃんなんか、この前俺に同じようなこと言われて手錠掛けようとしてきたぞ。お前にはそういう遊び心がない。ジョークの一つくらい言えるようになれ」
「わかりました。次からはそうします」
仕事における命令への返事とさして違わないトーンで倉間は答えた。
「いや、無理にそうしろってわけじゃぁ……、難しいなこりゃ」
正木は常にガチガチになるばかりでなく、そういった心持ちも時には必要だということを言いたかったのだが、倉間にとってはそれをルールに組み込んで遵守すべきか否かでしか測れない。大げさに言うと一かゼロでしか考えることができないのだ。
「まあ実践あるのみだ。じゃあもう一回行くぞ。倉間、ちょっとケツ触らせろよ」
そう言うと、正木は運転席の倉間の太ももを一度ぱしりと叩く。
言葉を聞くや否や、倉間は車をキッと路肩へ停車させた。何事かと窓から辺りを確認し、警戒する正木。
倉間は徐に手錠を取り出すと、正木のいる助手席に身を乗り出し、突然のことに戸惑う正木の手を掴むと一縷の躊躇いもなく、カシャンと小気味良い音を立ててその手錠を掛けた。実に鮮やかな逮捕劇であった。
「正木真司郎。あなたを強制わいせつの現行犯で逮捕します」
「じ、ジョークだよな!? やればできるじゃないか……って、倉間!? ……落ち着け!……触ったのはやり過ぎだった! すまん! だから、な? 倉間……さん?」
0
あなたにおすすめの小説
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる