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XXⅧ.メアと魔術師と迷いと
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意識を取り戻したメアが最初に目にしたのは見慣れた寮の天井であった。枕元に自身の眼鏡が置いてあったので覚束ない手つきでそれを掛けた。
果たしてどれくらいの時間が経っているのか、まったく感覚がなかったが、携帯の画面いっぱいに「母」という着信が連続で何件も入っていることを鑑みると、それなりのあいだ意識を失っていたことになる。
「母」と携帯に表示されたその一文字は紛れもなくメア本人が登録したものだが、それを見る度、メアは奇妙な気分になる。普段母と呼ばないその相手の登録名を「母」とした理由はメア自身にも上手く説明できない。気紛れ、そんな類。そう片づけてしまえば良い。だが、未だにその登録名は変えていなかった。
その「母」に外で倒れたことを知られたらどうなるだろう。きっと無駄に大騒ぎした挙句、面倒なことをぐちぐちと言われるに違いない。そう朧げに想像しつつ、まだ思考が完全に戻っていない所為か、外で大事になっていたらという危機感は不思議とそこまで湧き上がらなかった。
「あ、う……」
声を発してはみたが、口から出たのは掠れるような呻きであった。酷く、喉が渇いている。
「メアさん……」
傍らから微かに自身を呼ぶ声が聞こえ、メアは閉じかけた瞼を開き、首を横へと向けた。ぼやける視界の中で徐々に焦点が合う。そこには、ベッドの横で屈むようにしてメアの顔を覗き込むユウリの姿があった。
彼女が意識を失ったメアのことをここまで運んできたのであろうか。だとしたら何たる無様な光景か。メアはあまり考えたくはなかった。薄い意識の中で、必死でそのような想像をかき消す。
「メアさん、すみませんでした」
「出て行って」
「メアさん、これだけはわかってください。メアさんにどう思われようと、この先どんなことがあろうと、わたしはメアさんの味方、そうありたいです。例えそれが、わたしの使命に、『正義』に反することだとしても……」
「出て行って」
「メアさん……わたしは――」
「わかったから、出て行って」
ユウリは鞄からペットボトルの水を取り出すと枕の横に置き、
「これ、飲んでください……」
そう一言言い残すと、メアの部屋を後にした。
扉の閉まる音がしたのを確認し、メアは枕元のペットボトルを手に取る。
喉は渇いていたが、身体を起こす気力もなかったので、微かに冷たさの残るそれを額に当てる。そして深く肺の中身を吐き出した。
* * *
翌日、メアはユウリと共に登校し、ユウリの隣の席でその日の授業をこなした。だが、メアはその日一度もユウリと口を利かなかった。ユウリも先の出来事を気にしてか、自らメアに話し掛けることはなかった。
今ではすっかり日課になってしまった二人での登校を、一度も会話を交わさず、かといって互いに無視をするわけではなく、視線だけで示し合わせたように行うのは何とも妙な風景であった。
ユウリから話し掛けられることはない。だが、今まで以上にその日の授業内容はメアの耳に入らなかった。
御崎一派からのユウリに対する当て付けは当初と比べると大分鎮静した様子だが、それでも未だ律儀に続ける者もいる。いつものメアなら苛立つ筈だが、そのことすら意識に入らなかった。
それどころか、その日の最後の授業で翌月の文化祭の催し物についての話し合いがクラス委員円子の仕切りで行われたにも関わらず、メアは円子のクラス委員としての仕事に一度も口を挟まなかったところか、話し合いにすら参加しなかった。
円子もその異様さに気付いた様子であったが、特に言及はせず、遠くから数度メアに対し訝し気な視線を送っただけであった。
その日の授業を全て終えて、メアは席を立つと鞄を手にユウリの背後で立ち止まる。
「ほら、行くんでしょ」
ユウリと視線を合わせないままそう声を掛けると、ユウリはびくりと小さく肩を震わせた。
「はい」
そしてそう一言返事をし、鞄と蛇の目傘を手に取る。
その日メアとユウリが初めて交わした会話であった。
二人は靴を履き替えると、連れだって燐華と時緒の通う学校を目指して歩く。
依然メアの方は魂を抜かれたかのように所作に覇気がなかったが、対するユウリはようやくメアから話し掛けられたからか、幾分か足取りは軽やかであった。
「……………………。あんた、最初から思ってたんでしょ」
緑のささめく音に交じり、徐にメアは呟く。
「何を、ですか?」
「自分の世界に帰りたいってこと」
「それは……」
突然の問いに、ユウリは返答を模索するが上手く言葉を探しきれずにいた。
不意に強く吹く風に、乱れた前髪を直すふりをして表情を取り繕おうとしている。
「だってあの時、聞いたじゃない。わたしが寮に案内したあの日、アンティキテラ島はどこにあるのかって。最初から帰りたいって思ってたんでしょ?」
「…………」
ユウリは答えない。だが、メアがそれを咎めることはなかった。回答を待たずなおもメアは続ける。
「わかったわ」
「…………はい?」
「だからわかった。あんたが異世界から来た魔術師だってこと」
昨日のことがあってメアはようやくユウリの主張を信じることにした様子であった。それでもあえて「信じる」という言葉を選ばないのはメアの性格によるところであった。
「あの……昨日のことは本当にすみませんでした」
ユウリはメアの言葉を聞くなり、立ち止まって頭を下げる。
「いいわよ、もう」
メアは構わず先を行く。
「だからと言って、そう簡単に異世界に行けるとは思ってないことには変わりないけどね。ハッキリ言って無理だと思うわよ。この世界であんたの主張する魔術の材料を集めるだなんて。馬鹿馬鹿しい、これは微塵も変わらない」
「はい、すみません。時緒さんたちのことがあるとはいえ、メアさんを無理に付き合わせてしまい……」
「いいって、野放しにしておいて変な問題でも起こされたら大変だし」
しきりに謝罪をするユウリへ向ける言葉がいつしか穏やかさを帯びてしまっているのを自覚し、そしてひとたび自覚するとそれが妙に耐え難く、メアは早々にこの話題を切り上げたくて堪らなかった。
今自身がこの目の前の少女に対していかなる感情で以て接しているのか、まったくわからなくなっていたばかりか、昨日の出来事以降今まで以上に思考が働かなくなっていた。それが恐らく昨日自身が受けた「魔術」の所為ではなく、もっと他の原因によるところだということはメア自身が自覚していた。
こうまでして物事が〝わからなくなる〟というのはメアの人生において至極稀有なことである筈だが、それがどういうわけかここ最近は頻発している。その正体のわからない感情が「迷い」なのではと思い至りそうになったところで、メアは慌てて頭を振り、思考をかき乱そうとした。
「それと、すみません」
そんなメアを余所に、ユウリは再び謝罪を口にする。
「だからもういいって言ってるでしょ」
いい加減しつこい。とうとうメアは声を荒げてしまう。
「いえ、昨日のことではなく、改めて皆さんに謝罪しなければならないことがあります。今回試そうとしている異世界召喚の術式ですが、実は一回の発動で一人しか向こうへ渡ることができないのです。せっかく熱心になってくださっている皆さんを騙すような形なってしまっていて……その……」
「そう、良いじゃない。あんたが帰れればそれで。それにわたしの知る限り『熱心』になってるのはほんの約一名だけだけど。ああでも、ややこしいのは御免だから二人には言わないでおいて。特に時緒が知ったら発狂しそうだし」
「はい、すみません……」
「だからいいって。次謝ったらほっぺた思いっきりつねるわよ」
「はい、すみま……」
ユウリは反射的に再度謝罪の言葉を口にしそうになり、慌てて噤んだ。
「その、ありがとうございます」
「ふんっ」
代わりに出たその言葉と、普段から接している者にしかわからない微かな笑みを受け、メアは不機嫌そうにそっぽを向くと、ユウリを置いて歩き出した。ユウリはいつものように慌ててメアの後を追った。
道中確認した時緒からのメールによると、今日は時緒たちの学校が早めに終わったらしく、二人は既に秘密基地に到着しているとのことであった。
メアはユウリを連れていつものコンビニに入り、本日のスイーツを購入した。メアは最近ずっとリピートしているチョコレートを、ユウリはメアが購入した製品の季節限定イチゴ味版のものを選んだ。メアは以前よりそのイチゴ味のものが気になりながらも、無難に信頼できるノーマルなものを選んでいたので、ユウリが覚束ない手つきで会計を済ませるのを横目に、後々一粒だけ交換して貰う為にどういった口実なら自身の威厳を保ちつつその目的を達成できるか、何食わぬ顔で真剣に悩んでいた。
そしてその答えが出ぬままコンビニの自動ドアをくぐった丁度その時、スカートのポケットで携帯電話の振動を感じ反射的に耳に当てる。そこで初めて「そういえば」と、昨日の着信は母からのものも含めすべて無視していたことを思い出す。
『ぶーぶー』
「希実枝?」
『ぶーぶー』
「なんなの?」
『ぶーぶー』
「なに? 豚さんなの?」
『だってメアちゃん、電話なかなか出てくれなかったんだもん。だからぶーぶー』
露骨に拗ねてみせる電話の主に聞こえてしまうのも気に留めず、メアは電話を耳に当てたまま嘆息する。
「やめてよ、そのくらいで。子供みたいに」
『ぶーぶー! ぶーぶー! ふごっ! ふごごご! ふごぁ! ふごごごぉあああ!』
「わかった、わかった、ごめんって」
口先だけの豚の泣き声を真似た擬音が妙なリアルさを呈し始めたところで、メアは観念し謝罪を口にした。
『なーんてね、いいよ。学生生活が忙しいのはわかってるから』
「なら電話してくる頻度少しは考えたら?」
『それは無理―。だってぇメアちゃんのお声を聞くのがわたしの人生において唯一の安らぎなんだもーん』
「うっわ、キモ」
『ありがとうございます!』
「…………」
暴言すらご褒美として受け取ってしまう希実枝に、メアは言葉を失う。
だが、いつものメアなら、希実枝からのこのような調子での電話を受けると、すぐに切ろうとする筈であるのに、今回に限ってはその様子はなかった。辛辣な言葉とは裏腹にどこか暖簾に腕押しにも似た感覚を覚え、希実枝は電話の向こうで訝しんだ。
『メアちゃんさ? 何かあった?』
「は? なんで?」
『いや、なんとなくだけど』
希実枝に対する自身の声色に変化はない筈。にもかかわらず何かに勘付いた様子の希実枝の言葉に、不覚にもメアは少し声を上擦らせた。
『何でもないなら良いけど、でも何かあったら言いなよ? メアちゃんの為ならわたし、何でもするからさ』
「…………」
少しの沈黙の後、
「じゃあさ、希実枝。マンドラゴラ探してよ。魔術に使うから」
誤魔化し混じりにメアは適当に思いついた戯言を口にする。
『おっけー! 任せといて!』
希実枝は何の躊躇いもせずに即答した。
だが、その一秒後、
『ところで、まんどらごらってなに?』
と、希実枝は何食わぬ声色で聞き返した。
果たしてどれくらいの時間が経っているのか、まったく感覚がなかったが、携帯の画面いっぱいに「母」という着信が連続で何件も入っていることを鑑みると、それなりのあいだ意識を失っていたことになる。
「母」と携帯に表示されたその一文字は紛れもなくメア本人が登録したものだが、それを見る度、メアは奇妙な気分になる。普段母と呼ばないその相手の登録名を「母」とした理由はメア自身にも上手く説明できない。気紛れ、そんな類。そう片づけてしまえば良い。だが、未だにその登録名は変えていなかった。
その「母」に外で倒れたことを知られたらどうなるだろう。きっと無駄に大騒ぎした挙句、面倒なことをぐちぐちと言われるに違いない。そう朧げに想像しつつ、まだ思考が完全に戻っていない所為か、外で大事になっていたらという危機感は不思議とそこまで湧き上がらなかった。
「あ、う……」
声を発してはみたが、口から出たのは掠れるような呻きであった。酷く、喉が渇いている。
「メアさん……」
傍らから微かに自身を呼ぶ声が聞こえ、メアは閉じかけた瞼を開き、首を横へと向けた。ぼやける視界の中で徐々に焦点が合う。そこには、ベッドの横で屈むようにしてメアの顔を覗き込むユウリの姿があった。
彼女が意識を失ったメアのことをここまで運んできたのであろうか。だとしたら何たる無様な光景か。メアはあまり考えたくはなかった。薄い意識の中で、必死でそのような想像をかき消す。
「メアさん、すみませんでした」
「出て行って」
「メアさん、これだけはわかってください。メアさんにどう思われようと、この先どんなことがあろうと、わたしはメアさんの味方、そうありたいです。例えそれが、わたしの使命に、『正義』に反することだとしても……」
「出て行って」
「メアさん……わたしは――」
「わかったから、出て行って」
ユウリは鞄からペットボトルの水を取り出すと枕の横に置き、
「これ、飲んでください……」
そう一言言い残すと、メアの部屋を後にした。
扉の閉まる音がしたのを確認し、メアは枕元のペットボトルを手に取る。
喉は渇いていたが、身体を起こす気力もなかったので、微かに冷たさの残るそれを額に当てる。そして深く肺の中身を吐き出した。
* * *
翌日、メアはユウリと共に登校し、ユウリの隣の席でその日の授業をこなした。だが、メアはその日一度もユウリと口を利かなかった。ユウリも先の出来事を気にしてか、自らメアに話し掛けることはなかった。
今ではすっかり日課になってしまった二人での登校を、一度も会話を交わさず、かといって互いに無視をするわけではなく、視線だけで示し合わせたように行うのは何とも妙な風景であった。
ユウリから話し掛けられることはない。だが、今まで以上にその日の授業内容はメアの耳に入らなかった。
御崎一派からのユウリに対する当て付けは当初と比べると大分鎮静した様子だが、それでも未だ律儀に続ける者もいる。いつものメアなら苛立つ筈だが、そのことすら意識に入らなかった。
それどころか、その日の最後の授業で翌月の文化祭の催し物についての話し合いがクラス委員円子の仕切りで行われたにも関わらず、メアは円子のクラス委員としての仕事に一度も口を挟まなかったところか、話し合いにすら参加しなかった。
円子もその異様さに気付いた様子であったが、特に言及はせず、遠くから数度メアに対し訝し気な視線を送っただけであった。
その日の授業を全て終えて、メアは席を立つと鞄を手にユウリの背後で立ち止まる。
「ほら、行くんでしょ」
ユウリと視線を合わせないままそう声を掛けると、ユウリはびくりと小さく肩を震わせた。
「はい」
そしてそう一言返事をし、鞄と蛇の目傘を手に取る。
その日メアとユウリが初めて交わした会話であった。
二人は靴を履き替えると、連れだって燐華と時緒の通う学校を目指して歩く。
依然メアの方は魂を抜かれたかのように所作に覇気がなかったが、対するユウリはようやくメアから話し掛けられたからか、幾分か足取りは軽やかであった。
「……………………。あんた、最初から思ってたんでしょ」
緑のささめく音に交じり、徐にメアは呟く。
「何を、ですか?」
「自分の世界に帰りたいってこと」
「それは……」
突然の問いに、ユウリは返答を模索するが上手く言葉を探しきれずにいた。
不意に強く吹く風に、乱れた前髪を直すふりをして表情を取り繕おうとしている。
「だってあの時、聞いたじゃない。わたしが寮に案内したあの日、アンティキテラ島はどこにあるのかって。最初から帰りたいって思ってたんでしょ?」
「…………」
ユウリは答えない。だが、メアがそれを咎めることはなかった。回答を待たずなおもメアは続ける。
「わかったわ」
「…………はい?」
「だからわかった。あんたが異世界から来た魔術師だってこと」
昨日のことがあってメアはようやくユウリの主張を信じることにした様子であった。それでもあえて「信じる」という言葉を選ばないのはメアの性格によるところであった。
「あの……昨日のことは本当にすみませんでした」
ユウリはメアの言葉を聞くなり、立ち止まって頭を下げる。
「いいわよ、もう」
メアは構わず先を行く。
「だからと言って、そう簡単に異世界に行けるとは思ってないことには変わりないけどね。ハッキリ言って無理だと思うわよ。この世界であんたの主張する魔術の材料を集めるだなんて。馬鹿馬鹿しい、これは微塵も変わらない」
「はい、すみません。時緒さんたちのことがあるとはいえ、メアさんを無理に付き合わせてしまい……」
「いいって、野放しにしておいて変な問題でも起こされたら大変だし」
しきりに謝罪をするユウリへ向ける言葉がいつしか穏やかさを帯びてしまっているのを自覚し、そしてひとたび自覚するとそれが妙に耐え難く、メアは早々にこの話題を切り上げたくて堪らなかった。
今自身がこの目の前の少女に対していかなる感情で以て接しているのか、まったくわからなくなっていたばかりか、昨日の出来事以降今まで以上に思考が働かなくなっていた。それが恐らく昨日自身が受けた「魔術」の所為ではなく、もっと他の原因によるところだということはメア自身が自覚していた。
こうまでして物事が〝わからなくなる〟というのはメアの人生において至極稀有なことである筈だが、それがどういうわけかここ最近は頻発している。その正体のわからない感情が「迷い」なのではと思い至りそうになったところで、メアは慌てて頭を振り、思考をかき乱そうとした。
「それと、すみません」
そんなメアを余所に、ユウリは再び謝罪を口にする。
「だからもういいって言ってるでしょ」
いい加減しつこい。とうとうメアは声を荒げてしまう。
「いえ、昨日のことではなく、改めて皆さんに謝罪しなければならないことがあります。今回試そうとしている異世界召喚の術式ですが、実は一回の発動で一人しか向こうへ渡ることができないのです。せっかく熱心になってくださっている皆さんを騙すような形なってしまっていて……その……」
「そう、良いじゃない。あんたが帰れればそれで。それにわたしの知る限り『熱心』になってるのはほんの約一名だけだけど。ああでも、ややこしいのは御免だから二人には言わないでおいて。特に時緒が知ったら発狂しそうだし」
「はい、すみません……」
「だからいいって。次謝ったらほっぺた思いっきりつねるわよ」
「はい、すみま……」
ユウリは反射的に再度謝罪の言葉を口にしそうになり、慌てて噤んだ。
「その、ありがとうございます」
「ふんっ」
代わりに出たその言葉と、普段から接している者にしかわからない微かな笑みを受け、メアは不機嫌そうにそっぽを向くと、ユウリを置いて歩き出した。ユウリはいつものように慌ててメアの後を追った。
道中確認した時緒からのメールによると、今日は時緒たちの学校が早めに終わったらしく、二人は既に秘密基地に到着しているとのことであった。
メアはユウリを連れていつものコンビニに入り、本日のスイーツを購入した。メアは最近ずっとリピートしているチョコレートを、ユウリはメアが購入した製品の季節限定イチゴ味版のものを選んだ。メアは以前よりそのイチゴ味のものが気になりながらも、無難に信頼できるノーマルなものを選んでいたので、ユウリが覚束ない手つきで会計を済ませるのを横目に、後々一粒だけ交換して貰う為にどういった口実なら自身の威厳を保ちつつその目的を達成できるか、何食わぬ顔で真剣に悩んでいた。
そしてその答えが出ぬままコンビニの自動ドアをくぐった丁度その時、スカートのポケットで携帯電話の振動を感じ反射的に耳に当てる。そこで初めて「そういえば」と、昨日の着信は母からのものも含めすべて無視していたことを思い出す。
『ぶーぶー』
「希実枝?」
『ぶーぶー』
「なんなの?」
『ぶーぶー』
「なに? 豚さんなの?」
『だってメアちゃん、電話なかなか出てくれなかったんだもん。だからぶーぶー』
露骨に拗ねてみせる電話の主に聞こえてしまうのも気に留めず、メアは電話を耳に当てたまま嘆息する。
「やめてよ、そのくらいで。子供みたいに」
『ぶーぶー! ぶーぶー! ふごっ! ふごごご! ふごぁ! ふごごごぉあああ!』
「わかった、わかった、ごめんって」
口先だけの豚の泣き声を真似た擬音が妙なリアルさを呈し始めたところで、メアは観念し謝罪を口にした。
『なーんてね、いいよ。学生生活が忙しいのはわかってるから』
「なら電話してくる頻度少しは考えたら?」
『それは無理―。だってぇメアちゃんのお声を聞くのがわたしの人生において唯一の安らぎなんだもーん』
「うっわ、キモ」
『ありがとうございます!』
「…………」
暴言すらご褒美として受け取ってしまう希実枝に、メアは言葉を失う。
だが、いつものメアなら、希実枝からのこのような調子での電話を受けると、すぐに切ろうとする筈であるのに、今回に限ってはその様子はなかった。辛辣な言葉とは裏腹にどこか暖簾に腕押しにも似た感覚を覚え、希実枝は電話の向こうで訝しんだ。
『メアちゃんさ? 何かあった?』
「は? なんで?」
『いや、なんとなくだけど』
希実枝に対する自身の声色に変化はない筈。にもかかわらず何かに勘付いた様子の希実枝の言葉に、不覚にもメアは少し声を上擦らせた。
『何でもないなら良いけど、でも何かあったら言いなよ? メアちゃんの為ならわたし、何でもするからさ』
「…………」
少しの沈黙の後、
「じゃあさ、希実枝。マンドラゴラ探してよ。魔術に使うから」
誤魔化し混じりにメアは適当に思いついた戯言を口にする。
『おっけー! 任せといて!』
希実枝は何の躊躇いもせずに即答した。
だが、その一秒後、
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