31 / 46
XXX.マンドラゴラの根
しおりを挟む
「二日連続であんたの下着を買いに行くって、一体どうなってるのよ」
駅前までの道中、メアはしきりに不満を漏らしていた。だが当のユウリは何がいけなかったのか、いまいち腑に落ちていない様子である。
「そもそもよく、あんたのサイズでこんな形の下着があったわね。買う方も買う方だけど、売る方も売る方だわ。ったく、この世界はどうなってるの? 滅ぶの?」
果てはその不満の矛先が世界そのものにまで拡大した。
「そんなにいけませんでしょうか……。この世界の文化基準を満たしつつ、身体の圧迫による違和感を最小限に抑える、我ながら一石二鳥、最良の選択だと思ったのですが」
「中学生がそんな下着付けることが文化基準満たしてるって? 寝言言わないで。むしろ違和感しかないわよ」
期待していたものとはかけ離れたメアの評価に、ユウリは少し残念そうに視線を落とした。
「そもそも下着とは、何の意味があるのでしょうか? 比較的温暖な気候ですし……、特にこのブラジャーというものの有用性が見出せません」
「はあ? それは……あれよ、女性の大事なところを保護してるのよ。とにかく付けるのが常識なの、わかった?」
メア自身も改めて問われると一瞬説明に戸惑ってしまい、曖昧な理屈を返す。
「メアさんも……、付けているのですか?」
ユウリはメアの胸の辺りに視線を遣り、あからさまに訝しげな表情をした。
「当り前でしょ! どういうつもりでその質問してるのかしら? 場合によっては許さないわよ?」
「ねぇねぇ」
メアが拳を作り、猫のようにふーっふーっとユウリを威嚇していると、傍らの時緒がメアのブラウスの裾を引っ張った。
「ねぇねぇ、おパンツ穿き替えるってことは今穿いてるのは脱いじゃうんだよね? ねぇねぇ、脱いだおパンツはどうするの? ねぇねぇ」
「うっさいわね! ここでは脱がせないし、少なくともどう転んでもあんたの好きにはさせないわよ! ――――って、え、何その顔? なんで不思議そうな顔してんの? どうして自分が好きにできると思ったの? わたしにはそれが不思議だわ」
昨日と同じく、デパートの四階へ行きユウリの下着を購入(例によって代金はメアが負担)、その足でデパートの女子トイレに入りユウリの下着を穿き替えさせると、一同は一階の生鮮売り場へ赴いた。
ユウリの下着購入は二度目の為サイズに迷うことはなく、前回ほど時間は掛からなかった。
野菜コーナーに差し掛かるとすぐに目的のにんじんの山が目に入る。
田舎とはいえ一応は大型デパートを銘打っているだけあって、袋詰めのものからバラのものまで、にんじんだけでもかなりの量があった。
しかし、その大量のにんじんを前に四人は立ち止まり、誰もが動こうとしない。橙色のピラミッドを前に、一同呆然と立ち尽くしてしまう。それは、その一本一本を確認して周る作業が間違いなく徒労に終わる、そのことが誰の目にも明白であったからだ。
「何で気が付かなかったんだろ……」
わざわざ確認に来るまでもなかった。メア自身、普段から料理をするわけではないのだが、それでも常識として知っている筈であった。いくら熱心に探そうとも、この中にユウリの主張する〝マンドラゴラに該当するにんじんがない〟ことを。
それこそユウリに至ってはまだこの世界の常識というものを身に付けていないので、他の三人が立ち止まったのにただ同調してしまっているだけかもしれないが、メアは勿論のこと、燐華や時緒でさえ、その事実に気が付いた様子であった。
「全部〝真っすぐ〟……だね」
燐華がメアの方を伺うように呟く。
そう、大きさに多少の誤差はあれど、こういったお店に並ぶにんじんは大抵どれも似たり寄ったりな形をしている。歪なものは一つとしてない。
「ええ、ダメね」
時緒は未だ無言だ。確認しなくとも時緒がどのような表情をしているか、メアには容易に想像できた。あとはどうかその口が面倒な一言を繰り出さないことを願うばかりだ。
「時緒、今日のところは諦めましょ、ね?」
痺れを切らしたメアがそう窘めるように言いながら、特に理由もなく売り場のにんじんの一本に手を伸ばすが、その手はにんじんではない〝何か〟にぶつかった。
「ああ、ごめんね」
不意に掛けられたその謝罪の声に、たまたま同じにんじんを取ろうとした他人とぶつかってしまったのだと気付き、慌てて視線をそちらに遣ると、そこにはメアの良く見知った人物が立っていた。
「せっ! 先生!」
その相手は、メアが時折理科準備室へ会いに行くK中学の理科教師、西連寺であった。
「ああぁ、わぁっ!」
意表を突かれ態勢を崩したメアを、咄嗟に西連寺がにんじんから放したその手で支えるようにする。
「ああああの、その、ありがとう……ございます……」
目の前には好意を寄せる異性、しかし傍らには絶対に一緒にいるところを見られてはならなかった下僕の衆。まさしく天国と地獄との狭間でメアの思考は激浪の如く荒れ狂った。本屋で偶然の一冊を二人同時に手に取ってしまうような運命的状況に胸がキュンと高鳴りつつも、一方はそのシチュエーションを根こそぎぶち壊さんとする事象。相半ばする感情にメアの脳内キャパシティは一気に限界を迎える。
「ああ、誰かと思えば、石川さんじゃない。どうしたの? お遣いか何か? ああでも確か石川さんは寮だよね。もしかして、石川さんって料理するの?」
「あ? え? ええっと……ハイ……」
まともな思考力を失ったメアには当然の如くこの場を取り繕う妙案が浮かぶわけもなく、咄嗟にそう肯定してしまう。混乱の最中でありながら、僅かにだが、少しでも家庭的な女に見られたいという下心も織り交ぜられていた。
「えー違うよー。マンドラゴラ探してるんだよー。魔術の――むむっー!」
そうとは知らない時緒は正直に反論を口にするが、すぐさまメアにその口を塞がれる。
「ええっと、そっちの子もうちの学校だよね? あとの二人は……D学園の生徒さんかな?」
西連寺はメアと同じ制服姿のユウリを確認し、次いで順々に、他校の制服に身を包む燐華と時緒へ目を向ける。
「石川さん、意外だね。昼休みとかよく僕のところ来るから……その、少し心配だったんだけど」
「違います! こいつらは友達なんかじゃありません!」
「え? ああ、そうなの……はは」
必死で否定を口にするメアの勢いに西連寺はたじろいでしまい、反論の言葉の意図をよく理解していないながらも誤魔化すように笑みを浮かべた。
「ところで先生は……」
そう尋ねながら西連寺の持つ買い物かごの中身を確認すると、既にジャガイモと特売品シールの貼られた牛肉が入れられている。
「先生こそ、料理するんですか?」
「まあね。味付けだけは割と得意なんだ。一応理科教師だからね、調味料の分量を図るのはお手のものさ」
材料からいってカレーだろうか、肉じゃがだろうか、メアは予想しながら意外にも家庭的な男性教師の一面に再びキュンとなる。メアの心情を知らない西連寺は、教え子に私生活を垣間見られてしまい、照れくさそうにはにかんだ。
「理科の先生!」
急な時緒の一声がメアの脳内に咲き乱れた色鮮やかな花弁を散らした。急に現実に戻されたメアは西連寺にわからないように時緒を睨み、無言で「余計なことを言うな」と念を送る。だが、時緒にとっての最優先事項である事柄だけに止まらない。
「あのね、わたしたちマンドラゴラ探してるんだけど、理科の先生なら知らない?」
「え? ん? マンドラゴラ?」
「こんなのです」
困惑する西連寺に今度はユウリが鞄からタブレット型PCを取り出し、先程秘密基地で見せたにんじんの画像を開く。メアは時緒に向けていた「余計なことを言うな」の視線を今度はそのままユウリに向ける。
「うーん……」
西連寺は軽く足を折り、ユウリのかざす液晶画面をまじまじと見つめた。
「ああ、こういう変な形のにんじん? それならこういったお店にはないね。大抵こういったお店に並ぶ野菜ってF1種だから……」
「えふわん? あの、車で競争するやつ?」
「あ、ええっと……」
また悪いクセが出てしまったと、西連寺は反省交じりに頭を掻いた。
「つまり、交配種って言って……なんて説明すれば良いかな? はは……理科でメンデルの法則って習うでしょ? って、君たちも石川さんと同じ二年生? ならまだ習ってないか、メンデルの法則は三年生からだもんね」
「ハイっ! 微塵も習ってません!」
「嘘って言って時緒、先月一緒にやったでしょ」
メアは自主的な勉強で常に定められた教育課程の先を学習しているが、そもそも時緒と燐華の通うD学園は一応は進学校の為、授業の進行スピードが早く、既にその範囲は授業で習っている筈であった。そしてその宿題をメアが手伝ったことがあったのだ。
その折かなりの労力を費やしてようやく理解させた内容だけに、メアは親密な関係であることを西連寺に悟られたくないということを忘れ、時緒の両肩を掴み嘆いた。
「その〝えふわんしゅ〟だと、こんな形には育たないのですか?」
その隙にユウリが尋ねる。
「うん、つまりだね、ここにあるような綺麗な形のにんじんを仮にA、その画像のような変な形のにんじんをBとして、その二つを掛け合わせるとA、Bと、二種類の特徴を引き継いだにんじんができるんだ。でもね、A、Bと二つの特徴を持つ場合、優先されるのはAの特徴なんだよ。不思議でしょ? 遺伝の優勢、劣勢についての詳しい説明は今回は割愛するけどね。でもそのABを引き継いだにんじん同士を掛け合わせると、Aの特徴を引き継がない、Bの特徴だけを引き継ぐにんじんが生まれることがある。でもそれだと売る方としては都合が良くないんだ。綺麗な方が売り物として見栄えが良いからね。そこでにんじんを作る農家さんたちは大抵二世代目の、つまりF2種は育てずに、毎回種屋さんから良い形のにんじんのできる種を買って育てているんだ」
西連寺は言いながら形の良いにんじんを手に笑みを作った。
「それがF1種、Aの特徴を引き継ぐ種というわけですね」
「うん、習ってないのに飲み込みが早いね、優秀優秀。まあ今のは僕なりに簡易的にした説明だけど、大体そんな感じだよ」
メアは西連寺がユウリを褒めたことに、密かに嫉妬した。
「では、そのBの特徴のみを引き継いだにんじんはどこにありますでしょうか?」
「うーん……、お店を探しても難しいんじゃないかな……。っと、そうだ!」
西連寺は何か思い付いたかのように声を上げると、一旦買い物かごを床に下し、携帯電話を耳に当てた。
すっかり日が暮れ、橙色の夕日が辺りを染める中、メアはじっとりと汗ばんだ額を手で拭った。額の汗が拭われた代わりに土がこびり付く。靴は既に泥だらけで、白いブラウスのあちこちにも土汚れが付いている。
「はぁ……」
嘆息するメアの眼前一帯に広がるのは野菜畑。この時期はにんじんだけではなく、トマトやナスなんかも植えられている。
一同は西連寺の計らいで彼の親戚の畑で野菜を採らせてもらうことになったのだ。幸いその場所は寮から比較的近かったが、何がどうなって自分という人間が土に塗れながら畑仕事をさせられる羽目になっているのか、メアは未だ納得がいっていないようであった。だがよりにもよってあのメアが唯一偉とするに足る西連寺の厚意だけに無下にはできなかった。
「メアさん? 見つかりましたか?」
ユウリが掘り出したにんじんを確認しながらメアに問う。右の頬が土で派手に汚れていた。
「ないわよ。ってかホントに見つかるの?」
この畑は西連寺の祖母のものらしく、専ら自分たちの為の野菜を育てるだけの畑なので商業目的の野菜と違い、確かにそこかしこに生っている野菜は大きさも形も様々で不格好なものばかりであったが、都合良く「人型」をしたにんじんはまだ見つかっていなかった。加えて西連寺の祖母が機会さえあればしきりに飲み物やお菓子を勧めに割って入る為、全く捗らなかった。
少し離れた場所では燐華と時緒がいつしか目的を忘れ、どちらが大きいものを掘り出せるかで競い合っている。
その様子をユウリが眺めて目元を細める。
「でも、何だか楽しいです。こういうの」
それが彼女なりの笑みなのか、斜めに差し込む夕日が眩しいだけなのか、メアにはいまいち判然としなかったが、その表情は言葉の通りどこか楽し気であり、しかし少し寂し気でもあり、視線の先の二人ではなくメアの目には映らないどこか遠い虚空を眺めているような、そんなふうにも思えた。
「あっ!」
メアはユウリに気を取られながら無警戒に引き抜いた手元のにんじんを確認し、色々あったものの無事本日の面倒事が終わってくれたことに取敢えずは安堵した。
駅前までの道中、メアはしきりに不満を漏らしていた。だが当のユウリは何がいけなかったのか、いまいち腑に落ちていない様子である。
「そもそもよく、あんたのサイズでこんな形の下着があったわね。買う方も買う方だけど、売る方も売る方だわ。ったく、この世界はどうなってるの? 滅ぶの?」
果てはその不満の矛先が世界そのものにまで拡大した。
「そんなにいけませんでしょうか……。この世界の文化基準を満たしつつ、身体の圧迫による違和感を最小限に抑える、我ながら一石二鳥、最良の選択だと思ったのですが」
「中学生がそんな下着付けることが文化基準満たしてるって? 寝言言わないで。むしろ違和感しかないわよ」
期待していたものとはかけ離れたメアの評価に、ユウリは少し残念そうに視線を落とした。
「そもそも下着とは、何の意味があるのでしょうか? 比較的温暖な気候ですし……、特にこのブラジャーというものの有用性が見出せません」
「はあ? それは……あれよ、女性の大事なところを保護してるのよ。とにかく付けるのが常識なの、わかった?」
メア自身も改めて問われると一瞬説明に戸惑ってしまい、曖昧な理屈を返す。
「メアさんも……、付けているのですか?」
ユウリはメアの胸の辺りに視線を遣り、あからさまに訝しげな表情をした。
「当り前でしょ! どういうつもりでその質問してるのかしら? 場合によっては許さないわよ?」
「ねぇねぇ」
メアが拳を作り、猫のようにふーっふーっとユウリを威嚇していると、傍らの時緒がメアのブラウスの裾を引っ張った。
「ねぇねぇ、おパンツ穿き替えるってことは今穿いてるのは脱いじゃうんだよね? ねぇねぇ、脱いだおパンツはどうするの? ねぇねぇ」
「うっさいわね! ここでは脱がせないし、少なくともどう転んでもあんたの好きにはさせないわよ! ――――って、え、何その顔? なんで不思議そうな顔してんの? どうして自分が好きにできると思ったの? わたしにはそれが不思議だわ」
昨日と同じく、デパートの四階へ行きユウリの下着を購入(例によって代金はメアが負担)、その足でデパートの女子トイレに入りユウリの下着を穿き替えさせると、一同は一階の生鮮売り場へ赴いた。
ユウリの下着購入は二度目の為サイズに迷うことはなく、前回ほど時間は掛からなかった。
野菜コーナーに差し掛かるとすぐに目的のにんじんの山が目に入る。
田舎とはいえ一応は大型デパートを銘打っているだけあって、袋詰めのものからバラのものまで、にんじんだけでもかなりの量があった。
しかし、その大量のにんじんを前に四人は立ち止まり、誰もが動こうとしない。橙色のピラミッドを前に、一同呆然と立ち尽くしてしまう。それは、その一本一本を確認して周る作業が間違いなく徒労に終わる、そのことが誰の目にも明白であったからだ。
「何で気が付かなかったんだろ……」
わざわざ確認に来るまでもなかった。メア自身、普段から料理をするわけではないのだが、それでも常識として知っている筈であった。いくら熱心に探そうとも、この中にユウリの主張する〝マンドラゴラに該当するにんじんがない〟ことを。
それこそユウリに至ってはまだこの世界の常識というものを身に付けていないので、他の三人が立ち止まったのにただ同調してしまっているだけかもしれないが、メアは勿論のこと、燐華や時緒でさえ、その事実に気が付いた様子であった。
「全部〝真っすぐ〟……だね」
燐華がメアの方を伺うように呟く。
そう、大きさに多少の誤差はあれど、こういったお店に並ぶにんじんは大抵どれも似たり寄ったりな形をしている。歪なものは一つとしてない。
「ええ、ダメね」
時緒は未だ無言だ。確認しなくとも時緒がどのような表情をしているか、メアには容易に想像できた。あとはどうかその口が面倒な一言を繰り出さないことを願うばかりだ。
「時緒、今日のところは諦めましょ、ね?」
痺れを切らしたメアがそう窘めるように言いながら、特に理由もなく売り場のにんじんの一本に手を伸ばすが、その手はにんじんではない〝何か〟にぶつかった。
「ああ、ごめんね」
不意に掛けられたその謝罪の声に、たまたま同じにんじんを取ろうとした他人とぶつかってしまったのだと気付き、慌てて視線をそちらに遣ると、そこにはメアの良く見知った人物が立っていた。
「せっ! 先生!」
その相手は、メアが時折理科準備室へ会いに行くK中学の理科教師、西連寺であった。
「ああぁ、わぁっ!」
意表を突かれ態勢を崩したメアを、咄嗟に西連寺がにんじんから放したその手で支えるようにする。
「ああああの、その、ありがとう……ございます……」
目の前には好意を寄せる異性、しかし傍らには絶対に一緒にいるところを見られてはならなかった下僕の衆。まさしく天国と地獄との狭間でメアの思考は激浪の如く荒れ狂った。本屋で偶然の一冊を二人同時に手に取ってしまうような運命的状況に胸がキュンと高鳴りつつも、一方はそのシチュエーションを根こそぎぶち壊さんとする事象。相半ばする感情にメアの脳内キャパシティは一気に限界を迎える。
「ああ、誰かと思えば、石川さんじゃない。どうしたの? お遣いか何か? ああでも確か石川さんは寮だよね。もしかして、石川さんって料理するの?」
「あ? え? ええっと……ハイ……」
まともな思考力を失ったメアには当然の如くこの場を取り繕う妙案が浮かぶわけもなく、咄嗟にそう肯定してしまう。混乱の最中でありながら、僅かにだが、少しでも家庭的な女に見られたいという下心も織り交ぜられていた。
「えー違うよー。マンドラゴラ探してるんだよー。魔術の――むむっー!」
そうとは知らない時緒は正直に反論を口にするが、すぐさまメアにその口を塞がれる。
「ええっと、そっちの子もうちの学校だよね? あとの二人は……D学園の生徒さんかな?」
西連寺はメアと同じ制服姿のユウリを確認し、次いで順々に、他校の制服に身を包む燐華と時緒へ目を向ける。
「石川さん、意外だね。昼休みとかよく僕のところ来るから……その、少し心配だったんだけど」
「違います! こいつらは友達なんかじゃありません!」
「え? ああ、そうなの……はは」
必死で否定を口にするメアの勢いに西連寺はたじろいでしまい、反論の言葉の意図をよく理解していないながらも誤魔化すように笑みを浮かべた。
「ところで先生は……」
そう尋ねながら西連寺の持つ買い物かごの中身を確認すると、既にジャガイモと特売品シールの貼られた牛肉が入れられている。
「先生こそ、料理するんですか?」
「まあね。味付けだけは割と得意なんだ。一応理科教師だからね、調味料の分量を図るのはお手のものさ」
材料からいってカレーだろうか、肉じゃがだろうか、メアは予想しながら意外にも家庭的な男性教師の一面に再びキュンとなる。メアの心情を知らない西連寺は、教え子に私生活を垣間見られてしまい、照れくさそうにはにかんだ。
「理科の先生!」
急な時緒の一声がメアの脳内に咲き乱れた色鮮やかな花弁を散らした。急に現実に戻されたメアは西連寺にわからないように時緒を睨み、無言で「余計なことを言うな」と念を送る。だが、時緒にとっての最優先事項である事柄だけに止まらない。
「あのね、わたしたちマンドラゴラ探してるんだけど、理科の先生なら知らない?」
「え? ん? マンドラゴラ?」
「こんなのです」
困惑する西連寺に今度はユウリが鞄からタブレット型PCを取り出し、先程秘密基地で見せたにんじんの画像を開く。メアは時緒に向けていた「余計なことを言うな」の視線を今度はそのままユウリに向ける。
「うーん……」
西連寺は軽く足を折り、ユウリのかざす液晶画面をまじまじと見つめた。
「ああ、こういう変な形のにんじん? それならこういったお店にはないね。大抵こういったお店に並ぶ野菜ってF1種だから……」
「えふわん? あの、車で競争するやつ?」
「あ、ええっと……」
また悪いクセが出てしまったと、西連寺は反省交じりに頭を掻いた。
「つまり、交配種って言って……なんて説明すれば良いかな? はは……理科でメンデルの法則って習うでしょ? って、君たちも石川さんと同じ二年生? ならまだ習ってないか、メンデルの法則は三年生からだもんね」
「ハイっ! 微塵も習ってません!」
「嘘って言って時緒、先月一緒にやったでしょ」
メアは自主的な勉強で常に定められた教育課程の先を学習しているが、そもそも時緒と燐華の通うD学園は一応は進学校の為、授業の進行スピードが早く、既にその範囲は授業で習っている筈であった。そしてその宿題をメアが手伝ったことがあったのだ。
その折かなりの労力を費やしてようやく理解させた内容だけに、メアは親密な関係であることを西連寺に悟られたくないということを忘れ、時緒の両肩を掴み嘆いた。
「その〝えふわんしゅ〟だと、こんな形には育たないのですか?」
その隙にユウリが尋ねる。
「うん、つまりだね、ここにあるような綺麗な形のにんじんを仮にA、その画像のような変な形のにんじんをBとして、その二つを掛け合わせるとA、Bと、二種類の特徴を引き継いだにんじんができるんだ。でもね、A、Bと二つの特徴を持つ場合、優先されるのはAの特徴なんだよ。不思議でしょ? 遺伝の優勢、劣勢についての詳しい説明は今回は割愛するけどね。でもそのABを引き継いだにんじん同士を掛け合わせると、Aの特徴を引き継がない、Bの特徴だけを引き継ぐにんじんが生まれることがある。でもそれだと売る方としては都合が良くないんだ。綺麗な方が売り物として見栄えが良いからね。そこでにんじんを作る農家さんたちは大抵二世代目の、つまりF2種は育てずに、毎回種屋さんから良い形のにんじんのできる種を買って育てているんだ」
西連寺は言いながら形の良いにんじんを手に笑みを作った。
「それがF1種、Aの特徴を引き継ぐ種というわけですね」
「うん、習ってないのに飲み込みが早いね、優秀優秀。まあ今のは僕なりに簡易的にした説明だけど、大体そんな感じだよ」
メアは西連寺がユウリを褒めたことに、密かに嫉妬した。
「では、そのBの特徴のみを引き継いだにんじんはどこにありますでしょうか?」
「うーん……、お店を探しても難しいんじゃないかな……。っと、そうだ!」
西連寺は何か思い付いたかのように声を上げると、一旦買い物かごを床に下し、携帯電話を耳に当てた。
すっかり日が暮れ、橙色の夕日が辺りを染める中、メアはじっとりと汗ばんだ額を手で拭った。額の汗が拭われた代わりに土がこびり付く。靴は既に泥だらけで、白いブラウスのあちこちにも土汚れが付いている。
「はぁ……」
嘆息するメアの眼前一帯に広がるのは野菜畑。この時期はにんじんだけではなく、トマトやナスなんかも植えられている。
一同は西連寺の計らいで彼の親戚の畑で野菜を採らせてもらうことになったのだ。幸いその場所は寮から比較的近かったが、何がどうなって自分という人間が土に塗れながら畑仕事をさせられる羽目になっているのか、メアは未だ納得がいっていないようであった。だがよりにもよってあのメアが唯一偉とするに足る西連寺の厚意だけに無下にはできなかった。
「メアさん? 見つかりましたか?」
ユウリが掘り出したにんじんを確認しながらメアに問う。右の頬が土で派手に汚れていた。
「ないわよ。ってかホントに見つかるの?」
この畑は西連寺の祖母のものらしく、専ら自分たちの為の野菜を育てるだけの畑なので商業目的の野菜と違い、確かにそこかしこに生っている野菜は大きさも形も様々で不格好なものばかりであったが、都合良く「人型」をしたにんじんはまだ見つかっていなかった。加えて西連寺の祖母が機会さえあればしきりに飲み物やお菓子を勧めに割って入る為、全く捗らなかった。
少し離れた場所では燐華と時緒がいつしか目的を忘れ、どちらが大きいものを掘り出せるかで競い合っている。
その様子をユウリが眺めて目元を細める。
「でも、何だか楽しいです。こういうの」
それが彼女なりの笑みなのか、斜めに差し込む夕日が眩しいだけなのか、メアにはいまいち判然としなかったが、その表情は言葉の通りどこか楽し気であり、しかし少し寂し気でもあり、視線の先の二人ではなくメアの目には映らないどこか遠い虚空を眺めているような、そんなふうにも思えた。
「あっ!」
メアはユウリに気を取られながら無警戒に引き抜いた手元のにんじんを確認し、色々あったものの無事本日の面倒事が終わってくれたことに取敢えずは安堵した。
0
あなたにおすすめの小説
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる