石川メアの異世界召喚術式作製法

所為堂篝火

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XXXI.倉間麗奈の仕事⑤

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 外での一仕事を終え署へ戻る道中、倉間は路肩に停車させた車の車内でハンドルに両腕を預け突っ伏すような姿勢で深いため息を吐いた。

「珍しいな倉間、悩み事か?」

 車外では正木が車に寄り掛かるような形で携帯灰皿を片手に紫煙をくゆらせている。正木が倉間の方に顔を向けると、煙の残り香が僅かに、薄く開けた車の窓から車内に入り込んだ。非喫煙者ではあるが特に気にならない倉間はそのことには言及せず、代わりに無言の視線を正木に返す。

「言ってるだろ? 倉間、〝柔らかく〟だ。……って、なんだ? もしかして、このあいだのこと、まだ根に持ってんのか? あれなら悪かったって言ったろ?」

「別に怒ってませんよ? 正木さんがそうしろと仰り、わたしはそれに従っただけですし」

「手錠を掛けろとまでは言ってねぇよ!?」

「別に正木さんに触れられたところで不快な思いはしません。それにわたし自身、セクハラを訴えて良い程自分に女性的な魅力があるとは思っていません。わたしに、人並の感情があれば、まあ、別なのでしょうが」

「やさぐれてんなぁ。お前はSF映画に出てくるロボットか何かか?」

「ロボット……。そうかもしれませんね」

 倉間は自嘲気味に薄い笑みを溢した。

「正木さん、わたし、感情的になれない人間なんです」

「悩むってことは立派な感情だと思うがな」

「悩んでません」

「はいはい、で? どういうことだ?」

 正木は特にそれ以上反論しようとはせず、素直に言葉を促す。

「例えば、そうですね……」

 倉間が考えるように何気なく車の窓ガラスを通して遠くに目を遣ると、向かいのパチンコ店から大学生くらいのアルバイトらしき女の子が大きなゴミ袋を引きずりながら出て来るところであった。

「正木さんはパチンコで数時間足らずで得た10万と、1カ月間一生懸命バイトして稼いだ10万、どちらの方が価値があると思いますか?」

「そりゃあ、『一生懸命』の方じゃないのか? 一般的には」

「わたしはですね、同じだと思うんです。いえ、むしろ通常一か月かけなければ得られない金額を数時間足らずで得る方が賢いとさえ思えます。効率的です」

「いやでも、パチンコは必ず稼げるとは限らねぇじゃんか。ギャンブルだぞ」

「例え話なのでその辺りは本気にしないでください。わたしが言いたいのは、世界の常識では、この世の中の大体の事象には人の『感情』というものが介在するということです。わたしは物事を考える時、そんな『感情』を抜きにして本質を額面通りに受け取ることしかできません」

 倉間の脳裏にとある事件の思い出が過る。

 二年程前、倉間の管轄する事件で彼女の目星を付けた犯人の逮捕が証拠不十分で遅れた事件があった。

 結果、その遅れが禍いし被害者を増やす結果となったのだが、その時倉間が心中で思ったのは、「ああそういうものか」であった。憤りは無かった、怒りも、倉間自身も驚く程、微塵も、そういった類の感情は起きなかった。自身はそう自覚していた。代わりに周りの同僚や果ては上司からまで憐みのような視線を向けられた。勝手に正義感が強いと評価している周りの人間たちは倉間の顔色を伺ったり、勝手に気の毒そうな目を向けるが、当の倉間はそのような周囲に辟易さえしていた。何故そのような顔をする。〝そういう決まり〟なのに。ルールの上では仕方のないことなのに。仕方のないことに感情的になるのはどういう理屈なのだと、居心地の悪さを感じていた。

 正木のようなざっくばらんに話せる上司に出会えた今でも、その居心地の悪さ変わらず倉間の中で燻っている。他人に心中を吐露できたところでそんなものは一時の気休めにしかなり得ず、倉間という人間の本質が、ましてや世界が変わるわけでもない。

「そんなこと言って、本当は例の事件のことで焦ってんだろ」

 例の事件。倉間が現在捜査中の組織的な未成年者略取、及び暴行事件は解決が眉に迫るところまで来ていた。だが、あと一歩というところで思わぬ二の足を踏み、皮肉にも倉間が重んじるルールが枷となり捜査が遅れる事態となっているのであった。

「焦ってはいません。首謀者特定まではもう時間の問題ですから」

 逮捕者から辿り着いた闇サイト『異世界への扉』。その中の該当するチャットルームの履歴を洗っていたところ、とある携帯電話番号の存在に辿り着いていた。犯人はサイトを経由して未成年の少女を客となる被疑者たちに斡旋し、代わりに金を得ているようであった。その首謀者は各被疑者とは直接的な接触はせず、具体的なやり取りはすべてその携帯電話でのみ行い、金のやり取りは駅のコインロッカー等が利用されていた。各被疑者は首謀者の顔すらもわからない。だが、その携帯電話の存在は決定的だ。その筈であった。

 倉間は発信元を特定する最中で「待ち」を強いられることになる。携帯電話の発信元はとある携帯電話の貸し業者であった。そしてあろうことか、その業者の貸した先もまた、別の貸し業者。つまり又貸しである。携帯電話の又貸しそれ自体もれっきとした違反なので、それを盾にすることで第二の業者から首謀者の情報を聞き出すことは難しくない。だが、肝心の最初の業者が情報開示に応じなかったのだ。仕方なく警察側は正式に情報開示の請求を行い、数日の後、文書による開示回答を得たのであった。

 情報開示により貸し先が別の業者とわかったのがつい昨日。そしてこれからその業者に乗り込み、犯人特定といく手筈である。確かに倉間の言うと通り時間の問題と言える。だが、倉間にはその一連の流れがとても気持ちの悪いものに思えてならなかった。ルールに縛られてさえいなければ、もう少し強引に事が進められれば、もっと早く解決したかもしれない。

「でも……そうですね、あえて言うならば〝非効率を嘆いている〟だけです」

 倉間の中で、正木との会話の中で思い返した二年前の事件と、今の事件とが歪にリンクした。全く性質の異なる二つの事柄、それらが倉間にも説明のできない不条理さを伴って各々の本質は保ったまま醜くその外形を変え、頭の中で組み合わさる。そして己の中でその事象が引き起こる根源というべきものがわからない。いや、薄々わかっていながらも無意識に否定したいだけなのかもしれない。

 倉間は正木に気取られないよう必至なって思考をかき消した。いやしくもそんな筈はない。二年前の事件だって全く後悔はない筈だ。自分はルールの中で最善、最速の働きをしたのだから。

「倉間、お前はもっと自分に正直になれ」

「…………」

 ふいに耳に入った正木の言葉に、倉間はそっと唇を噛んだ。異とする倉間だが先程『感情的になれない』と主張した手前何も言うことができず、言葉を詰まらせる。

「捜査の方法を変えてみるってのも息抜きになるぞ」

 その様子を知ってか知らずか、正木は視線を外したまま話題を変える。

「捜査の方法……ですか?」

「ああ、例えばだ、刑事なら独自の情報網を築いとくってのも大事だ」

「そういえば正木さんには変わった情報屋さんが多いですよね」

「まあな」

「でも、そのほとんどが所謂〝女性が接客する飲み屋〟ですが」

「あ、遊んでるふりして密かに仕事のこと考えてんだよ、俺は。実は仕事熱心なんだ。人聞きの悪い。別に仕事を口実にああいう店に通ってるわけじゃねぇ」

 正木は慌ててそう取り繕った。

「前に連れて行って頂いた案山子かかしのママさんはお元気ですか?」

 からかいと多少の八つ当たり交じりに倉間はそう続ける。

 倉間の言う「案山子」とは、駅近くにある正木行き付けのスナックである。そこの店主、所謂店のママは、そこそこの歳だというのに毎度胸元を開けた派手なドレスを着て客をもてなす上にえらく気さくで、一度話し出すとまるで深夜のラジオのDJのようにノンストップで捲し立てる。その為、倉間が仕事帰りに正木に連れられて赴いた際はその勢いに圧倒されてしまい、終始畏縮してしまった。

 正木が言うにはこうした接客を生業にしている人間は警察官の捜査では行き付かない貴重な情報を持っているらしく、特に酒の入るような店は相手客たちの自制心も良い具合に薄れ口も軽くなるので、情報を吐き出す場としては打って付けなのだという。正木にはこうした「行き付け」が何軒もあるのを倉間は話の中で知っている。

「ああ? ああ、あそこか。最近行ってねぇな。ってか、正直あのママは良い人だがちょっと苦手だ。いい歳こいて毎回ベティ・ブープみたいな恰好して客の俺に長々と説教垂れやがる。どんな罰ゲームだありゃ」

「ベティ・ブープって何ですか?」

「知らないかー。俗にいうジェネレーションギャップだよなー」

 正木は煙を深く吐き出し、突きつけられた事実を嘆いた。

「いや、そこまで離れてないでしょう、齢」

 倉間はそう胡乱気な眼差しを返した。

「って、俺のことはどーでもいいんだ。倉間、お前にはそういうお前ならではの情報を得るような場所はあんのか?」

「一応……なくはない……のかもしれません……」

「曖昧だなぁ」

「曖昧じゃない奴なんていないんじゃないんですか?」

「それをお前が言うか。ったく可愛くもねぇ切り返し方学びやがって……っと、おや?」

 離れた場所で何かを見つけた正木が話を切り上げる。

 薄く残った白煙を透かして正木の目線の先を確認すると、女子中学生らしき四人組が連れだって歩いているのがわかった。四人が四人とも遠目に見てもわかる程顔や服を土で汚している。

「はは。田舎とはいえ今時珍しいな、あんくらいの女の子が泥だらけになるまで外で遊ぶなんて。一体何してたんだか。時間も時間だが、ま、四人一緒だし声かけなくても大丈夫だろ。でも懐かしいな。俺もあんくらいの時はよく野球で……って、倉間……」

 正木が車内に視線を戻すと倉間が隠れるように頭を屈めていた。

「苦手なのは責めねぇが、それ、運転中はやめてくれよ?」

 正木は根元まで吸った煙草を携帯灰皿でもみ消しながらそう念を押した。
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