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第二章 クエストに向かう少女、やり過ぎる

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「ったくなんでだよっ!」
 七地方の中で、最も生命を宿すのに適さず超越的な猛暑が続く、荒涼と茫漠たるバルダンク地方。砂の大海原が広がるナバンヌ砂漠は赫灼たる陽光が容赦なく照射し、日盛り頃には想像を絶するほどの気温に見舞われる。何故か、ツルカはそんな砂漠に姿があった。
「あー……死にそう」
 憂いの思いに沈みながら、ツルカは砂の海を重い足取りで歩く。
《何ですか。お望み通り、イワトカゲのクエストを引き受けたじゃないですか》
「そうだけど……そうだけどっ!」
 激しい討論の末、ツルカに口説かれてしまった受付嬢はやむを得ずBランククエストを引き受けさせることにしたそうだが、どうしてかツルカは消極的であった。
《受付嬢はCランクであるマスターに、一つ上のBランククエストをさせることに不安がっていました。ですがとってもうるさかった……そう、うるさかった! マスターの意見を尊重してやらせてくれているというのに、何を────》
「砂漠だからだよっ……! 俺は暑いところが嫌いなんだ。暑さと寒さを選ぶなら、俺は寒さを選ぶ。着込めば何とかなるからなぁ……っ」
 ツルカはとんだ暑さ嫌いだ。
 砂漠を歩いてたった数分、冴えた無垢な玉膚は油を塗ったかのように光り、艷麗な曲線美を汗水が駆ける。雪膚のように色褪せた頬は、激しく火照っていた。
「くそっ、高額な金額だったから我を失ってしまった。しっかりクエスト地域まで見ておけば……!」
《金貨一枚はそこまで高額ではありませんよ?》
「いやいや、たった一個のクエストで金貨一枚もらえるんだぜ。喫茶店に比べりゃかなり楽だし効率的じゃん。まあ、場所が場所なんだけど……」
 生気を失ったうつろな目で、ツルカは陽炎が縺れる砂の海を見渡す。
《最初っから言いましたよね? 効率いいって言いましたよね? 冒険者を目指した方がいいって。頑なにやらなかったのそっちですけどね? ああ?》
「怒んなって。だってわざわざ国の外に出向くなんて面倒だろ。今は喫茶店で稼いだ分のお金もあってあまり困ってないし、今後はやらないかも」
《……はぁ。本当に面倒か、面倒ではないかで考えているのですね。アイナはマスターに任せますが、冒険者をお勧めしますよ。なんで働く方が楽だと思っているのか……》
「あ~……そう?」
 ツルカはアイナの話を軽く一蹴し、思わず回し蹴りをかましたくなるような、憤懣やるかたない顔面であくびをかました。相変わらず恬淡な反応だ。
《……なんか、マスターは誰にも救えない気がします》
「んー? 何を言ってるんだよ。俺は常に正しいと思って行動しているんだが」
《いや、それならいいです》
「俺は一週間仕事を頑張って、一ヶ月、自堕落な生活を送れるような計画してるの。クエスト報酬は魅力的だけど、外に出るのは面倒。いちいち長距離を歩き回るんなら、喫茶店の方がいいじゃんっ!」
 これ以上ない満面の笑みでツルカは答える。アイナは苦笑しながらも、ツルカの発言を聞き入れるしかなかった。
《そ、そうですねー。アイナはマスターの考えに賛成します。はい》
「だよなっ!」
 もはやアイナは、ツルカを思惑通りに誘導する事を断念していた。
《いいし……。アイナはもうなにも言わないし……。知らないし……》
 捨鉢になったかのように喋るアイナに、ツルカは眉を垂らす。
「なんだよその喋り方。いつものしまりのある喋りじゃないと、アイナっぽくないぞ~」
《うっせえぞ、虫けらが》
「なにキレてんの⁉」
 そこでアイナとツルカによる諍いが開幕した。ただでさえ暑いのに、どこからその元気が出るのだろうか。
 確かに考えは個人の勝手だ。ツルカの意見も尊重せねばならない一つに入る。しかし、どうしてかアイナはマスターであるツルカの思い付く考えが、心の奥底から不服らしい。それか、ただ単に自分の意見が罷り通らないのがよっぽど気に食わないのか。ツルカとアイナの悶着はよくあることだ。今までの旅でも、似たようなことで喧嘩していた。
「───ん、待てアイナ」
《はい、そうですね。よくお気付きになられました。何か、いますね》
 舌の根も乾かないうちに、先ほどの葛藤がなかったかのように二人は対話する。ツルカは精悍な面構えで付近に視線を投げて、警戒を怠らず身構えた。
「あれか……」
 ツルカは付近に数十ほど無造作に塊然とする巌に目を向ける。その岩陰から、何かの気配を強く感じ取ったのだ。
「ま、とりあえず姿を現してもらおうかな」
《そうですね。なら、適当に『手品』級魔法でも唱えて威嚇して────》
 すると、ツルカは親指と中指を軽く合わせ、親指を擦り上げた。
《ちょ、ちが─────》
 ツルカの指パッチンと同時に、目の前の一帯が爆散した。魔力を一点に募らせ、一気に解き放つことによって引き起こされる魔力操作の基本技の一つ。
 大地すら引き裂くような極大の爆発は、衝撃波によって砂漠の砂が無惨に消散。砂で厚く埋もれていた地表は剥き出しになり、黒焦げた跡が著しく残る。爆風の余波は、蒼天を覆う雲すら吹き飛ばした。
「ふう。んで、さっきの気配は─────」
《消滅したに決まってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!》
 アイナは発狂するように、ツルカの頭内で叫び散らした。
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