魔王の霊魂を背負う少女

アベルンルンバ

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第三章 少年と悪魔と番人

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「な、なんだよ、あれ……ッ!」
 空に佇んでいたのは、地獄のまたその深淵を顕したような、希望、自信、そして勇気をも飲み干し、一切合切の叫喚地獄を謳歌する破滅の天魔。限りなく血色に近い暗黒を身に纏い、悪魔はツルカを見下ろしていた。
《だ、ダメです……あれは、ダメなんです……ッ!》
「いや……っ、わ、分かる。あれは……ダメなやつだ!」
 健太は本能のままに逃げようとしたが、極度の戦慄に耐えきれず足が思う通りに動かない。こうして葛藤している間にも、絶望の体現は音もなく降下してくる。
「ちょ、ま、まって、マジで待って⁉」
 衣のような闇で姿は覚束ないが、深淵から紅の瞳を鋭く光らせ、健太を睨んでいることだけは認められた。暗黒の影から僅かに認識できるのは、怪獣のような並外れた図体のみ。しかし身に染みて感じるのは、圧倒的存在感だ。
 しばらく互いに睨み合ったが、最初に行動に出たのは悪魔だった。
「……問おう。貴様は何者だ」
「お、俺……ですか」
 悪魔は恐ろしいほどの殺気を帯びた声で、健太に言葉を放つ。
《へ、返答にはご注意ください。機嫌を損ねてしまえば……恐らく》
 焦慮が添えられた一律な声は、いつもよりも小さく健太の脳内に響いた。
(もう、何もかも無理かもしれない。あれは何をしても……)
 とうに健太は、嚮後の結末など見据えていた。
 勇気も希望も、ありもしない。目の前の存在によって、残らず飲まれてしまった。
「……ただの人間です。なんか、剣に触れたら入ってきちゃいました……」
 健太は自棄になったかのように答える。
「……ん。何故」
「だから分かりません。ただの人間ですので……」
「……え、あ……ゴホン。えっと」
 沈黙が襲った。互いに冷淡な駆け引きであるがために、会話が続かない。
「殺すなら早くしてください……もう、覚悟できてるんで」
「え……? あ、ちがっ……」
 中々悪魔は手を下さない。もしや殺す以外の愉しみ方を模索しているのだろうか。
「う、うむ……」
 悪魔は言葉を詰まらせて、健太から退いていく。
「……あ、あれ、どうしたんですか」
 戸惑っているように見えた悪魔に、ふと健太は我を取り戻した。
「いやな。君から私がどう見えているかは知らないが、私は別にお前をどうこうしようとは……思ってないぞ、うん」
「え?」
 圧倒的な存在感を放っていた巨大な悪魔は、突如として縮小し始めた。
「え、え……?」
「……うむ、本当にただの人間のようだな。何も君からは感じない」
 どこから現れたのか知らないが、まるで道端にこっそりと咲く一輪の花のようなあどけない少女が、健太の前で堂々と立っていたのだ。
「こ、子ども……?」
 健太は顔をほころばすが────
「あぁ⁉ 誰に言ってるんだ貴様ッ!」
「ヒィ⁉」
 子どもと言われて気に食わなかったのか、少女は肩を怒らせる。伴って、二度と感じたくもない気配をどこからともなく感じた。
「え、さっきのやつと同じ気配……。うそ、あなたがさっきのあれですか⁉」
「あれとはなんだ! 私にはマリアネという名がある。そう呼べっ」
「ま、マリアネですか……マリアネ……マリアネ?」
 聞き覚えのある名前に、健太は眉根を寄せる。
《魔王大戦の首謀者……ですよ》
「────魔王、魔王じゃねえかよてめえ!」
 ついつい健太は大喝のような声を張り上げて、みるみると色を失った。
「おう、そうだ。二百年経った今でも、私の名前は全土に轟いているのだな!」
 驚いたことに彼女は、二百年前に世界全土を騒がせた大戦争の首謀者、魔王マリアネらしい。
 卑近の例で言えば、ちょうど二回目の反抗期を迎えたあたりの年齢だろうか。清らかで艶のある白髪のロングへアと、鮮血を彷彿とさせる紅い瞳。何よりも人形と疑ってしまいそうなほど婉麗で、彼女の白く滑るように艶めかしい玉体は、あらゆる色素を欺いているかのようだ。
 それに反するように身に纏っているのは漆黒の軽武装。プレート製の胸当てには奇妙にあしらわれた紋章、腕には籠手と、長丈な外套を肩に羽織っている。しかし、下半身は妙に開放的で、大腿あたりからほぼ生足のショートパンツを着用していた。
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