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第一章【親亡き復讐者】~Who is betrayal parents~
5:真正敵
しおりを挟む─《マホ村》 三叉路─
小一時間ほど前『フェンリル』討伐のため、それぞれの戦地に赴いた。
案の定、最速で終わらせてきたのはジンだった。次点でアレクシス、最後にオリヴィアの順だった。
「だ、大丈夫?」
アレクシスとジンはここで長いことオリヴィアを待っていた。
彼女の無事と善戦を期待しながら。
「大丈夫。傷は『治癒魔法』で治してきたから」
俯きながらよそよそしく答える。
「そう……」
外傷は消してしまえるのがこのセカイの常識。だからアレクシスが聞いたのは内面的、オリヴィアの心のことだった。
でも、追及してもうやむやにされてしまうのがオチなのも分かっていた。
「戻ろう。あの子達も不安がってるはず」
無理やりオリヴィアの手を掴み、歩きだす。しかし、さっきと違って飛び上がったりと過剰気味の興奮はおろか、何一つ情緒に変化がなかった。
夏の季節特有の淋しさが匂う夕暮れの中を無言で姉妹は焼け焦げた道を歩き通した。
─《マホ村》 入り口─
幸いにも『フェンリル』の魔の手はあの兄妹には及ばなかった。
「ただいま」
言い付け通りに、絖喚に跨がりながら待っていた兄妹。彼らに無事に終ったこと、それとアレクシスがリチャードから頼まれていたフェイスおばさんの所在の結果も伝えた。
この村には誰一人生存者は残っていなかった。それはリチャードが探していたフェイスさんも例外ではなかった。
「どうする? その……住む家とか……」
なかなか調子が戻らないオリヴィアの代役でアレクシスが訊く。
だが、言葉の答えはなく、返ってきたのは無言で彩られた迷いだった。
「もし、君が良かったら私たちの街にそういう施設があるけど……」
この先は憚られた。
なんたってこの一言で、二人のまだ生き方によっては無限の可能性を摘み取ってしまうのだから……
「そこってどんなとこ?」
──興味はあるようだ、しかし、怪しげな目で訊ねている。
「……ごめんね、お姉さんもよく知らないの」
「じゃあそこ行ってもまたお姉ちゃん達に会える?」
答えに詰まる。
アレクシスが知っている限り、その施設に行ってしまえば数十年間は会えなくなる。
知っているなら答えなければ──
「会えない……と思う」
「──そんなのイヤだ!」
どうやらこの数時間でずいぶんなつかれたようだ。こんなことを言われるぐらいには……
嬉しい反面、責任の重圧がアレクシスを締め付ける。そして一つの決断をした。
「いざとなったら家に招待するから、安心して」
「うん!!」
子どもらしく元気に頷いた。
「ちょっと待ってて、リヴィア? 話があるの……」
「はい」
リチャードとは対照にこちらは空元気だった。
兄妹には声が届かない位置まで移動した。というのもあまり聞かれたくないからだ。
「なんでしょう?」
「あの子達をこれからどうするかって話。私としてはここに待たせて四龍鍛の応援に後は任せるのもアリだと思うけど──」
「それはお姉さまが決めることです」
自我の喪失──なんて大事じゃないけど、だいぶ塞ぎ込んでる様子だ。
「はぁー分かった。あの兄妹も連れてく、いいでしょ?」
最初からそのつもりだった。
もしかしたらリヴィアが反対するかもしれないから一応聞いておいた。でも「それはお姉さまが決めることです」って……もう完全にやさぐれてるわね──
オリヴィアとエマ、アレクシスとリチャードの組み合わせで《ヤルト村》へ向かった。
─《ヤルト村》 入村門─
オリヴィアにしてみれば4日ぶりの《ヤルト村》だが、目を覆いたくなる惨状は変わっていなかった。
「──虚しいわね」
この見るに堪えない光景をお姉さまはそう綴った。
かく言うオリヴィアも同意はするけど、それ以上に何も感じないし何も思えない。
《マホ村》で『フェンリル』を斬りまくったとき、といっても記憶のある最初の数分間のこと。
オリヴィアは地獄を見た。誰からも見聞きしてない程の地獄を。そして同等か倍かの酷い光景を否応なしに見せる《ヤルト村》。
心の容量、袋みたいなものの許容値を超え、物事を感情的に処理出来なくなる。端から見れば心のない冷酷な人物だろう。
当たり前たが、このレベルの事件がポンポン、ポンポン毎日のように発生するわけではない。ましてやオリヴィアの初任務の『《ヤルト村》事件』ですら、帝国史上初の村がまるまる一つ消えた事件なのだ。
まぁ、つい先程もう一つ滅んだが。
「リヴィア、あなたが斬ったゾンビはどこ?」
質問の意味は分かる。でも返事の内容すら考えられない……だから、是も非も言わずに覚えている場所まで歩く。
「ジン、この子達の子守りお願い。いざとなったら呼ぶから」
不服そうなジンが現れた。どうも子どもには苦手意識があるらしい。
オリヴィアにとってこの時間は苦痛以外の何物でもなかった。
あの時、オリヴィアは初めての任務を無事こなせたという達成感の中、夢中で《小型通信機》で報告した。その繋がった相手がアレクシスで一刻も早く会いたい気持ちに染まり、さっきまで死闘を繰り広げていた、『ヤルト村事件』の被害者でもある彼らに弔いもせずに立ち去った。
小心者だが騎士として許しがたい行為と、一度は安らかに眠ったはずが肉は腐り、骨は露出し醜悪な身体として意図せずにもう一度生を受けたこの事件最大の被害者の怨みが自身を苦しめる。
そして、今歩いているのは、まさに4日前、辺りに転がるゾンビに見向きもせず、嬉々とした表情で入村門へ向かって走るオリヴィアの通り道だった。
過去の光景が今起きているかの如く鮮明にフラッシュバックする。
贖罪(しょくざい)の機会が欲しい……
──赦しを乞うなどおこがましいわよ、オリヴィア────
もう一度やり直したい……
──過去にはどんな五法句でも戻れない────
憧れの騎士なのに……それなのに……
──騎士の面汚しがッ!────
「──お姉さま、私は人の形をした人の心を持たない人間なのかな……」
きっとアレクシスはこの言葉の全てを理解できない。
それでもいい、赦しなどオリヴィアには勿体無いのだから──
目頭が熱くなる。一筋の涙が頬を伝い地面に落ちる。
「泣きなさい、思いっきり泣きなさい」
後ろを歩くアレクシスが頭を温かく撫でてくれる。
頬を流れる涙の量は次第に増していき、嗚咽が洩れる。
オリヴィアは子どものように泣きじゃくった。アレクシスの言葉がトリガーとなり、まち針となりオリヴィアの心の袋に穴を開ける。
そして、嗚咽を堪えるのももどかしくなり思うがままに泣く。
「もー泣かないでよ」
泣くのか泣かないのかどっちなのよ?
懺悔(ざんげ)の最中、アレクシスに訊きたくなった。
オリヴィアは知った。民草を想い、救いの手を差し伸べるのが騎士の役目だと。任務をこなすのが全てじゃないと。
「あの椅子で待ってなさい」
アレクシスが指差したのは、人が居た頃は飲食店だろう店の三人ほど座れる長椅子。
一遍首を横に振るも肩をがっちり掴まれ長椅子へ誘導された。そのまま横向きにさせられオリヴィアも抵抗する気力が失せたのか静かになった。
そんなわけでオリヴィア曰く、予定外の休憩を取っています。
「そうだ、場所だけ教えてもらえると助かるんだけど……」
ぼーとする意識で無気力に指を指す。
この道はT字路で、オリヴィアが指差した方向が下に伸びる道だ。
「ありがと」
「ううん」
ちょっとしゃがれた声で答え、首を振る。もちろん横に。いや、アレクシスから見たら縦だろう。
しばらくアレクシスを眺めていたオリヴィア。
何も考えず、動じずそこに横たわるだけしか出来ない、むしろしたくない。何かすると次こそ心が軋んで、砕けて、バラバラになって、立ち直れないという恐怖に囚われる。
(ずいぶん弱ってるわね……私。これが所謂お豆腐メンタルって云うのかしら)
幾分か時は過ぎ、急にアレクシスが振り返るのが見えた。大降りの動作で道脇を示している。
アレクシスが伝えたかったのは「ここで合ってる?」
思い出した、あの辺りが最も戦闘が激しかった場所だった。したがって──最多の屍が転がる場所──
「お……姉…………さま……」
途切れ途切れに零(こぼ)れるその言葉はとても弱々しく、また、一途に恋人を想い恋い焦がれる乙女のようでもある。
今さらになって見られたくないと思ってしまった。私が造り上げてしまった惨劇を……それと並んで、全てを私が背負い込まなければいけないモノをお姉さまに任せてしまうのは回避しなければと思うオリヴィア。
アレクシスに追い付こうと懸命に起き上がろうとする。そう、読んで字の如く懸けるのは命。
しかし、身体はピクリとも動かない。まるで意識と身体が切り離されたように。
「──えっ?」
オリヴィアは目を見張った。
死体の山がある場所。家と家に挟まれたまっさらな空き地なのだが、そこに足を踏み入れようとしたアレクシスが一歩退いた。
まだそれだけなら言葉に言い表せないような光景をみて後退りしたなら分かる──オリヴィアは傷付くだろうが。
アレクシスの反応はそれに留まらず、アゾット剣を抜き放った──
─《ヤルト村》T字路 空き地─
数えると気が病むほどのおびただしい死体の量。
それをたった一人でやりきった。しかも30分足らずで……改めて想像するとオリヴィアの実力が分からなくなるアレクシス。
(ひとまずどんな五法句が使われたか調べよう)
「Nodethhite・past investigation・morket・cadaver・──」
「よぉ」
死体に掛けられた五法句を調べようとするも、術者句が詠唱できずに終わる。
突然話かけられたからだ。
「誰!?」
辺りを見渡し、話かけてきて犯人を探す。
「ここだよ、上上」
なかなか見つけられないアレクシスを見かねてか、自らアレクシスの視線を誘導してきた。
空き地を挟んだ向こう側の二階建ての家の屋根に腰かけていた。
服装は黒の合羽で顔は分からない。この暑い時期に合羽とは季節感の的外れもいいとこだ。
第一印象は怪しい人物とちょっと哀れな奴。
「私は帝国に仕える騎士です。出来れば仕事の邪魔をしないで頂きたい──あなたもしかしてこの事件の生き残り!?」
「……まぁある意味そうだな。だがそれは違う」
黒合羽の男はそう言って空き地で唯一の何もない空間に着地した。二階から飛び降りたのに足を捻った様子もない。
「違うって……じゃあ何?」
一歩、不適な笑みを浮かべて進む。また一歩、確実に死体を避けながら進む。
妙に不気味な黒合羽の男を危険視してアゾット剣を抜き放つ。
「おいおい、慌てなさんな。その物騒なものをしまっておくれ」
「なら止まりなさい!」
お構い無しに直進する。
「そのままお前から見て左に向いて……」
「はいはい……こうか?」
この命令には素直に応じた。
(不気味ね──こいつ)
「そしたら……」
「そしたら──こうするんかい!」
横を向いていた黒合羽の男が、左回転の大股のターンを二度踏み、その遠心力で渾身と思われる後ろ蹴りをアレクシスの顔に向けて入れた。
「hardening・arm!」
間一髪で【硬度制御】を発動した腕をねじ込む。
突然放たれた後ろ蹴りは全てアレクシスの腕に吸い込まれた。
「──ヴッ!」
しかし、衝撃は【硬度制御】を発動しても打ち消せない。それはもう、体術やら肉体面の次元だ。
よってオリヴィアのように鍛えてもないアレクシスはそのまま吹っ飛ばされる。
「あんた、そのマントってことは強いんじゃないのか?」
今も羽織っているマントのことだ。
確かに黒合羽の男の認識は正しい。が、その認識は全てを網羅していなかった。
何度も繰り返すがアレクシスがマントを羽織る理由は彼女自身にあらず──
「待てよ……その赤髪は……おいおいマジかよ!『人類の擁護者』様じゃねぇか!!」
「はぁーはぁー、有名なのも困り物だわ…………来て! ジン!」
『ジン』の単語に警戒したのかアレクシスの首もとを掴み片手で握りしめる。
「ウゥ……」
黒合羽の男が誇る腕力で足が地面から離れる。心なしか握力も更に強くなっている気がする。
──その時。
「──お姉さまを離せッ!」
「オリ…………ヴィア」
遥か向かいの元飲食店で休んでいたはずのオリヴィアがここにいる。理由は明白だ。でも復活した要因がアレクシスには分からなかった。
彼女が持つ剣は小刻みに震え、いつものような威圧感は今回ばかりは影を潜めていた。
「あぁ、お前の妹さんか。安心しな、離ればなれにはしねえからよぉアーハッハッ!」
高笑いした黒合羽の男はあることに気が付かなかった。
上空に人影があることに──
「──あまり契約者を虐めないでほしいな」
飛べるにも関わらずジンは自由落下で上空からやって来た。衝撃によって砂ぼこりが派手に舞う。
「アレクシス、今すぐにオリヴィアを連れて逃げるんだ」
普段と立場が逆転していた。オリヴィアがアレクシスをが平常運転。
(なんだ、ジンのやつ分かってたんだ……)
分かっていたとは何か、無論オリヴィアの今の状態だ。
「いつも助かってる」
「仕事だから──」
「そう」
アレクシスとジンの間にはこれだけでいい。
言われた通り、来た道を死に物狂いで走る。
「待ちなぁ!」
「いや、お前が待つんだよ」
低く、唸るように黒合羽野郎を制す。
「わりぃな大精霊。言葉の制止には従わねぇのが俺の基本則何でなぁ!」
「そうか──なっ……」
黒合羽が人間のエキスパート並みの速度でアレクシスとオリヴィアに迫る。あのジンが驚くほどの
「振り返るな! 走れ!」
それでも振り返ってしまうのが人間の性。
「ありがとな、待ってくれて」
「お姉さま!」
「やんのか?金髪の嬢ちゃん」
「────それが……私がここにいる理由よッ!」
黒合羽の男の両腕が歪み、何故か風が吹き荒れ、砂が舞い上がる。そして男の両手には先が曲がり、裂くのに特化した武器が握られていた。
「──ッ!」
二人に驚愕の表情が浮かぶ。
「そんぐらいで驚かれちゃ困るぜ……なぁに、元々背中にしまっていたのを取り出しただけだ。昔な、かっこよさを求めてたら″何もないところから武器が出てくる″これにたどり着いたんだよ」
「お姉さま、今のうちに逃げましょう」
引き下がろうとする。が──
「人の話は最後まで聴くって習わなかったかい?」
隙あらば謎の自己語りするあいつだが、隅々までオリヴィアとアレクシスを監視していた。
今の台詞には、次動けば実力行使も厭わない──警告が含まれているようにアレクシスは感じた。
黒合羽の男はオリヴィアの構える《二刀一重の太刀》と、アレクシスが形式的に構えるアゾット剣を気にも留めずに歩き始めたのち、また自己語りを再開した。
「でな、かれこれ数十年が経つだがようやくそれっぽく見えるようになったんだよ。すげぇだろ?」
感想を求められても……だからアレクシスは正直に言ってやった。
「知らないわよ、そんなこと厨二病拗らせ野郎!」
「ふーん……鍛えたのは抜刀だけじゃねぇぞ。そして、てめぇは俺の美学を侮辱した──故に、万死を越え極死に値するッ!」
歩きの速度を一度の踏み込みで加速し、全力疾走に移る。両手に持つ野蛮な剣を振るいながら。
「──Nodethadam・create a shield・metal・iron・Zin」
アレクシス達に迫る裂くことに特化した剣と、彼女らの間にジンの五法句で創造された一枚の盾が割り込む。
「おっ? 本気出したな大精霊」
「自己紹介は済んだか?厨二病」
黒合羽の男の口元が歪む。
「行け! アレクシス!」
T字路を曲がり、やがてジンと黒合羽野郎の姿が見えなくなる。
きっとジンの必死に見せかけた余裕の攻防で黒合羽の、進行を食い止めているはず。
そのあとはひたすら走った。ジンが五法句で創造した武器と盾が打ち合う音を聴きながら走った。
──厨二病拗らせ野郎なんかにあんたが負けるわけない!──
6年の付き合いの大精霊を心の中で励ましながら走った。
─《ヤルト村》T字路─
彼女たちの足音が通常の聴覚で聴こえなくなるのを確認するジン。
「さっきは高速詠唱で盾を創造するぐらいで本気って言って悪かったな……ハァーハァー」
「どうした? 息が上がり過ぎだぞ?」
「うっせぇ!」
黒合羽の男の上体が前屈みになっている。しかし、意地でも膝に手を置かないらしい。
「そうだ、さっきの本気の発言には気を付けてくれよ? あの空気を壊さないために笑いを堪えるのは大精霊とて簡単じゃないだ」
冗談を考えては放つジンに対して、黒合羽の男は聞くことしかしなかった。
(さて、もうアレクシスは入村門にたどり着──厨二病拗らせ野郎なんかにあんたが負けるわけない!──……アレクシス、ありがとう)
アレクシスが入村門にたどり着いたか推測していると、突如ジンの脳内にアレクシスの声が流入してきた。
実はジン、アレクシスには内緒に『フェンリル』の持つ【固有魔法】、『特殊疎通』を一方的に開設していたのだ。
理由は早期の危険察知らしいがその真意は果たして……
「休めたか?」
「存分にな」
「さぁ、第二ラウンドといこうか」
緊張感が目に見れるほどはっきりわかる。
「Nodethadam・create Olivia's long sword・Meotum・Zin」
ジンが目一杯開いた右手に、オリヴィアの《二刀一重の太刀》が創造される。
「その剣……さっきの金髪の嬢ちゃんの物だな……」
「あぁ、そうだとも。それがどうした?」
「いやなに、贋作を操れるのか気になっただけさ」
両手に持つ武器を再度握りしめる。
「来るか、来ないか0,147秒で決めな」
0,147秒。だいたいジンの声が黒合羽男に届く距離。端からジンは答えを求めていなかった。
いつの間にか空けられていた50メートルの間合いをバカ正直に足を使って詰めるようなことはせず、ジンは超低空飛行で移動した。
その合間に、《二刀一重の太刀》の『分離』、『結合』果てには【硬度制御】と素装剣術の火を無詠唱で発動した。
これがオリヴィアに対する親切心の表れだ。
「速い……ッ!」
だが、黒合羽の男はその剣の名称を知るよしもないのだが、第一の太刀を受け止めた。
手加減したのか第二の小太刀を振るうことはしなかった。
「流石だな……大精霊」
褒め称えられたが、ジンは冷淡な表情を崩さなかった。
「素直に受け取ってとくよ」
「チッ──ウラァッ!」
硬直状態を解き、今度は黒合羽が反撃にでる。ジンの剣に素装剣術が使われていることを前提にした作戦に。
「Nodethhite・sword of Elemes・morket・my two sword・────」
方法句と素句から闇の素装剣術であることに間違いないが、術者句だけ聞き取れなかった。
──否、黒合羽の男が他人には聞こえないように、だが五法句が成立するギリギリを狙って小声で詠唱していた。
それが見抜けないジンではなかった。
「…………お……うぉぉぉーー! 折れろ! その剣ッ!」
確固たる意思をもってジンの右手に持つ太刀をへし折ろうとする。
「残念だけど、この剣には【固有魔法】の一つ【硬度制御】が掛けられていてね。そうそう折れないんだよ」
それを知ってか一度退く。そして今の事実を噛みしめ、その真偽を確かめようとする。
「バカな……あれは《トール家》の【固有魔法】だぞ! 何故、大精霊ごときが使える!?」
「大精霊ごとき? 逆だ。大精霊だからこそ使えるだ」
「ふざけやがって……」
「にしても不思議な人だね、素装剣術に闇を使うなんて」
「勝手にしろ」
素装剣術において、闇の素の効果とは、『五法句によって発生した事象の上書き』。つまり、対五法句の五法句なのだ。
そして、ジンが「不思議な人」と言ったのは、この五法句は便利そうだが以外とマイナーで、使用者は少ないからだ。
黒合羽の男は、剣で不利なら五法句の魔法戦に持ち込む腹のようだ。一旦距離を取るため、空き地よりも更に後ろにバグ転で下がる。
「Nodethadam・regeneration these cadaver,resign the intention,subordination this I・death・pathetic corpse──」
新三素、死を用いた五法句。必要単語を除いて、11語の既出の五法句のの中では最長かつ、高難易度。
この五法句がもたらす効果は『死者の復活と再生、意思の放棄、隷属の誓い』。見た目からして、死者からゾンビを生成するのと相違ない。
現に、空き地の数体の死体が五体満足の状態まで再生され、わらわらとジンの前に立ちはだかる。
魔法戦での勝負が所望の黒合羽野郎の気持ちを汲み取ったジンは、″準″奥の手、《二刀一重の太刀》の真価を使うことを決めた。
「今のは……『渡時死役者武演・甲の目』」
「ご名答……流石大精霊」
「てことはお前が『正体不明』か」
「はっ? アンノウン? なんだそれは」
こちらが決めた名称を向こうが知るわけがない。当然の反応だ。
「単刀直入に聞こう。4日前のゾンビが絡む事件の犯人はお前か?」
「──その答えはイエスであり、ノーだ」
「認めるんだな?」
「あぁ、そう捉えてもらってもいいぜ。で、どうする? 見たとこさっきの嬢ちゃんたちが追っているのはこの俺らしいが……大精霊さん?」
どちらにせよ、ジンはこのまま黒合羽野郎と戦う覚悟をくくっていた。
「戦いの是非を通り越し、僕の仕事は契約者の手助けだ。どのみち、君の無力化が達成すべき目標であることに変わらない」
そう、戦いの興より、その戦う意味こそ重き。
「いい機会だ、〔賢人級〕の真正なる本領。とくと見よッ!」
「お前の技量の全てを凌駕し、撃ち落とそう。喜べ」
先制を取ったのは黒合羽の男。生成したゾンビを指揮することで安置から攻撃する。
「復活し得た我が傀儡(かいらい)よ、我が命ず。彼の者を……抹殺せよ!」
「Nodethhite・sword of Elemes・brasa・I'm having the firstsword・Zin」
ゾンビに出せるとは思えない速度でジンに迫る。それでもゾンビがジンに触れるまでにもう一つの五法句を詠唱できる時間を残していた。
「死ね。大精霊」
「Nodethhite・sword of Elemes・morket・I'm having the secondsword・Zin」
術者句を言い終わった──五法句の詠唱が完了したと同時に、全方向からゾンビが飛び掛かる。
その時、一時も表情を崩さなかったジンが不敵に微笑んだ。
「──彼女の真髄、僕が先に魅せてやろう」
ジンを取り囲んでいたゾンビが、突如にして崩れ落ちた。
「まだだ──」
「Nodethadam・regeneration these cadaver,resign the intention,subordination this I・death・pathetic corpse──」
再度『渡時死役者武演・甲の目』を詠唱する。
黒合羽の男の見立てでは、崩れ落ちた原因はゾンビたちの膝を切られたからであり、もう一度五法句を詠唱するば完全体の状態で大精霊の不意を突けると考えている。
「──!? 何故だッ! どうして立ち上がらないお前たち!」
「その五法句。使いこなせるまで随分大変だったろう〔賢人級〕。だが研究不足だ」
「なんだと……」
「数で囲むのがお前の必勝法だろうが、生憎僕は大精霊なんでね。倒したければそれこそ無限を持ってこい。それとお前の後学のために教えておくよ、何故復活しないか──」
ジンは右手に闇の素装剣術を付与した小太刀を見せる。
「刃紋を見ろ」
「なっ──貴様……贋作に懲りずに俺の五法句も盗んだな!」
「僕が盗んだ? むしろ逆だよ。──話を戻そうか、君も気になってるだろ? 五法句によってつくられた事象を消された程度ならもう一度同じ五法句を詠唱すればいい」
黒合羽の男が動揺する。図星のようだ。
「死体をよく見ろ」
ジンを囲むように倒れている死体は全て三等分されていた。これは何を意味するか、数秒の時間を要して察する。
「身体の2分の1を切ってる……だから復活しない……のか」
「この五法句のほぼ唯一と言ってもいい弱点。『生成に使用する死体の2分の1が残っていること』君が知らないわけがない。あと上側を斬ったのは火の素装剣術を付与してるから──」
小太刀を地面に突き刺し、右手を上げ、指を鳴らす。
ボワッ──という音を立てて三等分された死体が炎上する。
「てめぇ……そんなことも出来るのかよ……ふっ、最強かよ」
「実際に剣を交えた相手から最強と言われるのは嬉しいよ。で、君はその最強とまだやるのかい?」
幾度目か、黒合羽の男は剣を強く握る。最大級、最上級の意思を込めて。
「──たっりめぇだ!」
「来い、最強たる由縁を骨の髄まで刻むがよい──」
アレクシスを逃がす戦闘から数えて第4ラウンドが始まった。
彼らの戦いは苛烈を極めるものだった。
あるときは剣を打ち合い、またあるときは五法句でつくられた水弾を小太刀で無効化する離れ業を繰り広げたり。
そして、これより始まるのは二人の戦いの終止符────
「〔賢人級〕は伊達じゃないな。名はなんという」
「一つ教えてやるよ、俺の名は『ハラキリー』だ」
そんな馬鹿げた名前を付ける親はいない。偽名だと、瞬時に悟った。
「モロ偽名じゃないか。ハラキリー」
「真名は語らずとも剣には曇りはなし」
「誰の格言だ?」
「俺の師匠だよ……」
日常的な会話をしながらも彼らは剣を交えている。
両者余力が残っているのか、単に語り合いを望んでいるのか?
「にしても大精霊、お前口調が変わり過ぎじゃないか? あるときは優男だったかと思えば急に強めたり──」
つばぜり合いの最中、ハラキリーか問う。
この至近距離だからジンが俯くのがはっきり分かる。
「…………」
その回答は出さず無音で返す。対照的に拮抗状態をジンは破った。
敢えて張り合う力を弱めこちら側へハラキリーの体勢を崩す。そこでジンはハラキリーに添えように1回転し手刀で首を狙う。
「グハッ──!」
勢いを殺さずに受け身を取るのを兼ねつつ距離を開く。
「偽名とはいえ名前を教えてくれた礼だ。教えてやろう」
二人とも覇気のようなものを溜め、剣を構える。
数多の家屋が既に倒壊しているが、残りに止めを下したほどの衝撃が発せられる。
「ハラキリー君、君は″主人公が特別な力を持っている″小説を読むかい?」
小太刀を横に払い、ハラキリーの横腹を狙う。
「多少な──ウラァッ!」
上体を大きく仰け反らせギリギリで躱す。
「話は早い。君も納得するだろうが、僕はその主人公そのものなんだよ」
ハラキリーは仰け反らせた上体を戻さず、お得意のバク転でジンの第2擊を避ける。
「相違ねぇ──この世のものとは思えねぇ強さだ」
下に振り下ろした左手の剣は躱されてしまう。
「少し前に三度目の転生を遂げる主人公の話を読んだんだ」
「感想は──?」
何もアクションが発生せず、会話が成立する。
「確かに面白かった。でも、本気で楽しめなかったのは事実」
「何故?」
ハラキリーも話が気になるようで軽く脱力する。それは明らか過ぎる隙を突かない、ジンが誠実な奴だと信じているこその行動だった。
「僕は8000年の孤独を生きた。たかが3度目の人生、人の記憶できる150年相当、到底共感できるものではない……」
「8000年だと? ふっ──抜かせ」
「信じなくていい、だがその前提で話をする。ハラキリー、口調が変化する理由は単純だ。人は経験から人格が形成される。つまり8000年分の人格を持つのだよ僕は。まぁ、自分自身、その人格の総数は計りしれないが──これが答えだ」
「お前の話は面白い。むしろ小説家になれるんじゃねえか?」
「だった時もある──」
「大精霊、第5ラウンドだ」
ジンは顔を上げ無詠唱で新たな武器を取り出す。
「それも贋作か?」
「否、オリジナルだ。付け加えるなら500年前の『異界』との戦争で使われた僕の当時の愛剣だ」
「ふざけるな……勝負は決したもんだろこれ」
ジンは三度々、剣を振り、手に馴染ませる。
「本来の性能の9割失われてる。良かったなハラキリー。君にも勝ち目はあるぞ」
敵である筈のハラキリーに希望を与える。
「いざ、戦の興を楽しもうぞ!」
「悪いな大精霊。単純な力比べはもう終わりだ」
「何をする気だ?」
あまりいい期待は持てず眉間に皺がよる。
「火の大精霊よ! 来い、お前にとって好敵手を用意した!」
「火の大精霊……まさか──」
周囲の気温が急激に上昇する。
上昇気流が発生し、木葉が火を帯びながら上へ、上へ舞う。
「もしかしたら大精霊どうし知り合いかもしれないが、契約者の俺から一言、『イフリート』だ」
ハラキリーの後ろに佇むのは、全身が煉獄の権現のように穢れた魂を浄化し続ければきっとこうなり、『悪魔』と形容したくなる、禍々しい牛の顔を持った炎の化身。
「めんどくせぇことになった……」
イフリートは、目の前に用意された獲物を屠るのを待つのが心苦しいように、鼻息を荒げていた。
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義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
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