それでもお前を愛と呼びたい

甲池幸

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世界でいちばん、美しい蝶

性悪で、厄介で、それなりに大事と言えなくもない、友人その一

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はは。俺へのモーニングコールっすか?」
 唐突に思考に割り込んできた柔らかな――というよりは軽薄な響きの声に、唯希は眉を寄せた。
「なんで同室のやつに電話かけんだよ。……おはよ、小柳」
「えぇー。俺はいつでも、優しいモニコでおきたいっすよ。はよざいます、朝見センパイ」
 丁寧語なんだか乱雑なんだか分からない挨拶をしながら、同室の後輩が二段ベッドの下段で体を起こす。今日も今日とて、芸術的な寝ぐせだ。別に寝相が極端に悪いわけでもないのに、毎朝どうしてそう、爆発直後のアニメキャラみたいになるのか。学園七不思議のひとつに数えてもいいレベルの不思議事件だ。
「少なくとも優しい電話にはなんねーよ。恋人じゃあるまいし」
「えー? 俺、朝見センパイの可愛い後輩なのに!?」
「お前のその俺に好かれてるって自信はどっから来んだよ」
「えー? だって朝見センパイ、俺のこと好きでしょ?」
「はいはい。そうだな」
「ぬはは、棒読み。ま、いいや。それより朝見センパイ、今日の朝練何やります?」
「とりあえず素振り。お前、最近、姿勢が崩れてるって先生も言ってたぞ」
「えぇー。俺のメニュー聞いたんじゃないですよー」
 素振りかー、と若干不服そうな声をあげながら、小柳はベッドから這い出してくる。声に不満をにじませるだけで特に文句を言ってこないのは、姿勢が崩れている自覚が多少はあったのだろう。くあ、と唯希はもう一度小さく欠伸を落とす。いい加減、頭を起こさなくては。
「……ねむそーっすね」
 じっと、小柳の視線が横から刺さる。何かを咎めるような視線を見つめ返す勇気がなくて、目を逸らしたまま答えた。昨夜、部屋を出たときは、小柳はもう寝入っていたから、抜け出したことには気づかれていない、はずだ。
「あ? あぁー……ちょっと、寝れなかったから」
「ぬは。怖い夢っすかー?」
「ちげーよ、馬鹿。つか早く支度しろよ。俺、先行くぞ」
「ええー!? 置いてくんですか?! 俺、朝見センパイの可愛い後輩なのに!?」
「馬鹿は置いてく」
 嘆きの声を背中に受けながら、唯希は無情にドアを閉めた。あのまま昨夜の話を振られ続けたら、ちょっと、交わしきる自信がない。せっかく、あの終一は自分だけが知っているのに、むざむざと弱っていることを他人に知らせたくはなかった。
 すれ違った同寮の生徒に挨拶をしながら、靴下で絨毯を踏んで、階段を下りる。二フロア分下りれば、一階の食堂に到着だ。
 バターの匂いが鼻をくすぐる。今日の朝食はチーズオムレツと、レタスのサラダ、ウインナー。それから、ご飯かパンは自由選択だ。迷わず選んだ食パンをトースターで焼きながら、オムレツとサラダを皿に盛りつける。ドレッシングをかけたところで、ちょうどパンが焼きあがった。
(食欲なさそうだったけど、終、朝飯は食ってんのかな)
 オムレツは好きだからたぶん食べるだろうけど、白米とオムレツの組み合わせは嫌いだし、食パンも確かそんなに好きじゃない。クロワッサンならよく食べるけど。
(朝練終わったら、購買寄ってくか)
 今日は火曜日だから、近所のパン屋さんが来ているはずだ。朝練の後なら、運が良ければ、焼き立てのクロワッサンが手に入る。喜ぶ顔を思い浮かべて、少し、気持ちが上向く。
(クロワッサン、食うかな)
 別に、食べなかったら、唯希の昼食が一品増えるだけ、ではあるけれど。好きなものを食べているときの、少し緩んだ終一の表情が、唯希は好きだった。だから、食べてくれるといいなと思う。
(なんて言って渡したら食うかな)
 頭の中で作戦を練りながら、食堂の端の席に腰掛け、食パンにかじりつく。と、テーブルに見慣れた影が落ちた。
「わー。酷い顔色だね。また『お姫様』のとこ?」
 甘さを含んだ、低い声がした。反射で眉間に皺が寄る。顔をあげれば、予想通り、嫌な顔がそこにあった。
 さらりと流れる色素の薄い茶髪。長い睫毛の下で、唯希を見下ろすこげ茶色の瞳。他校の女子が騒ぐほどの、整った顔面。
 うげ。嫌悪を表情に思い切りのせて、唯希は、悪友を見上げた。
 樋口壮ひぐちそう
 唯希が知るなかで、学園一の性悪で、厄介な、生徒会長だ。
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