62 / 72
最終章 偽聖女編
第62話 偽聖女編⑥
しおりを挟む
「お願いします。」
「この世界に転移する時、転移特典?みたいなのが私に付与されたの。時間と空間のねじれで、この世界に関する知識をある程度貰えたの。」
「…へえ。」
なるほど。彼女が聖女リディアのことを知っていたのも、異世界であるはずのこの国についての知識があるのも、言語を取得しているのも、過去を視る力があるのも、全て異世界であるこの世界に転移するときに生じた時間と空間のねじれによって得たものだったのか。
「で、私が聖女になりたいのは…まあありきたりだけど……誰かから、必要とされたいのかもね。」
「どういうことですか?」
「私ねー、複雑な家庭環境で育ったの。気が付いたら母親がいなくて、父親に育てられて。」
私に、親という概念に関する知識や感覚は存在しない。ミネルバの話し方からして深刻かつ根源に携わる話なんだろうけど、いまいちピンと来ない。
「気が付いたら父親も消えて、私の元には誰もいなくなった。…昔から愛に飢えていた。人に飢えていた。常に誰かと一緒にいないと落ち着かなかった。必要とされたかった。誰からも、誰からも。」
「だから聖女になりたいと?」
「そう!いつも通り生活していて、突然変な渦に飲み込まれたかと思ったら、全然知らない世界に飛ばされてさ。」
ミネルバは興奮してきたのか、息を荒げながら口を開く。私は冷静に彼女を見据え、話の続きに耳を傾ける。
「気が付いたら、昔本で見た”ザ・謁見の間”みたいな場所にいて!しかも私は聖女の奇跡として召喚されたと言われる!こんなの、利用しない手ないじゃん?」
私は話を聞きながら、肝が据わっているなーと他人事のように考えてしまう。私の心の中のレッドフォード伯爵が『初対面の時のアンタも大概だけどね』と言っている気がするけど、無視をしましょう。
「この世界にとって、この国にとって、聖女リディアは絶対的な存在。そんな聖女リディアは逃亡して、今この国は実質聖女不在。じゃあ、私が聖女になってあげる!あんたのためにも、私のためにも!」
「うーん…何となく、言いたいことは伝わりました。」
やっぱり肝が据わっているなーという感想が出てくる。つまり、自分の承認欲求を満たすために聖女になりたいと。素直である点を褒めるべきか、身の程知らずな点を咎めるべきか。…いや、どちらでもない気がする。
「貴女の願いは分かりました、ミネルバ・ローズブレイド。しかし、それは叶わぬ夢でしょう。いずれ後悔する時が来ます。」
「…あーそう。」
聞きたいことは大方聞けたので、私は撤退することにした。
(…いや待てよ?今この場で召喚術を使い、ミネルバを元の世界に帰してしまうことも出来るのでは?)
ミネルバは今、一切の抵抗ができない状態に等しい。チャンスかもしれない。
私は静かに詠唱を開始し、ミネルバに手をかざす。魔法陣を手のひらに浮かべ、ミネルバに向かって投げる。
しかし、魔法陣はミネルバの足元に展開された途端、黒く塗りつぶされたかのように染まって崩れて消えてしまった。驚く私を無視して、ミネルバは高笑いをする。
「だーかーらー!転移時に色々な特典貰ったって言ったじゃん!あんたの転移魔法に歯向かうことくらい、造作もないの!あっはっはっは!」
「…見誤りましたね。出直しましょう。」
しまった、そこまで考えていなかった。まさか私の転移魔法を打ち消す力まで得ていたとは。
「…私はこれにて失礼します。…ですが、私の姿が消えて1日経過するまで、心臓爆破の術は継続します。追えるなどと思わないでください。」
「はいはい、できると思ってませんよー。」
「…それでは。」
そう言い残し、私は元来た道を辿った。ミネルバはその姿を見ながら『そこから来たのか』と呟いていた。もしかしたら、今回の件でこの道は塞がれてしまうかもしれない。だけど、この部屋に入る手段は他にもある。1つ道を潰されたくらいでは困らない。
私は足早に去り、アディの別邸に向かった。
「…ふーん。レティシア・レッドフォード、ね…。」
________。
「…と、いうことらしいよ。」
「くだらないの一言で片付けたい案件ね。」
_数時間後。
私はレッドフォード別邸に帰宅し、ミネルバと話したことをアディに伝えた。
正直、私もくだらないの一言で片付けたい話ではある。だけど、自分の価値観で相手のことを否定するものでもないかもしれないという気持ちもある。いや、そんなこと言ってる場合じゃない気がするけど。
「うーん。つまり、ミネルバを無力化した上で、抵抗させないようにして元の世界に帰すしかないのね。」
「そうみたい。今のままだと、帰すにも帰せない。」
「どうにかならないものかしら。」
2人でああでもないこうでもないと思考を巡らせていた時、1つだけ案が浮かんだ。
「あ、そうだ。この先に起こりえるかもしれない話。」
「え、何?」
「あ、いやでも、アディ怒るかも。」
私は口に出してから、少し後悔した。でも、ここまで言ってしまってから『何もありません』はアディに通用しなさそう。
「言う前から決めつけるんじゃないわよ。まずは言ってみなさい、聞いてあげるから。」
「じゃあ、言う。これが上手くいけば、今回の件が一気に解決へ近づくと思うの。」
………。
「ということで、健闘を祈ります。レッドフォード伯爵。」
「この世界に転移する時、転移特典?みたいなのが私に付与されたの。時間と空間のねじれで、この世界に関する知識をある程度貰えたの。」
「…へえ。」
なるほど。彼女が聖女リディアのことを知っていたのも、異世界であるはずのこの国についての知識があるのも、言語を取得しているのも、過去を視る力があるのも、全て異世界であるこの世界に転移するときに生じた時間と空間のねじれによって得たものだったのか。
「で、私が聖女になりたいのは…まあありきたりだけど……誰かから、必要とされたいのかもね。」
「どういうことですか?」
「私ねー、複雑な家庭環境で育ったの。気が付いたら母親がいなくて、父親に育てられて。」
私に、親という概念に関する知識や感覚は存在しない。ミネルバの話し方からして深刻かつ根源に携わる話なんだろうけど、いまいちピンと来ない。
「気が付いたら父親も消えて、私の元には誰もいなくなった。…昔から愛に飢えていた。人に飢えていた。常に誰かと一緒にいないと落ち着かなかった。必要とされたかった。誰からも、誰からも。」
「だから聖女になりたいと?」
「そう!いつも通り生活していて、突然変な渦に飲み込まれたかと思ったら、全然知らない世界に飛ばされてさ。」
ミネルバは興奮してきたのか、息を荒げながら口を開く。私は冷静に彼女を見据え、話の続きに耳を傾ける。
「気が付いたら、昔本で見た”ザ・謁見の間”みたいな場所にいて!しかも私は聖女の奇跡として召喚されたと言われる!こんなの、利用しない手ないじゃん?」
私は話を聞きながら、肝が据わっているなーと他人事のように考えてしまう。私の心の中のレッドフォード伯爵が『初対面の時のアンタも大概だけどね』と言っている気がするけど、無視をしましょう。
「この世界にとって、この国にとって、聖女リディアは絶対的な存在。そんな聖女リディアは逃亡して、今この国は実質聖女不在。じゃあ、私が聖女になってあげる!あんたのためにも、私のためにも!」
「うーん…何となく、言いたいことは伝わりました。」
やっぱり肝が据わっているなーという感想が出てくる。つまり、自分の承認欲求を満たすために聖女になりたいと。素直である点を褒めるべきか、身の程知らずな点を咎めるべきか。…いや、どちらでもない気がする。
「貴女の願いは分かりました、ミネルバ・ローズブレイド。しかし、それは叶わぬ夢でしょう。いずれ後悔する時が来ます。」
「…あーそう。」
聞きたいことは大方聞けたので、私は撤退することにした。
(…いや待てよ?今この場で召喚術を使い、ミネルバを元の世界に帰してしまうことも出来るのでは?)
ミネルバは今、一切の抵抗ができない状態に等しい。チャンスかもしれない。
私は静かに詠唱を開始し、ミネルバに手をかざす。魔法陣を手のひらに浮かべ、ミネルバに向かって投げる。
しかし、魔法陣はミネルバの足元に展開された途端、黒く塗りつぶされたかのように染まって崩れて消えてしまった。驚く私を無視して、ミネルバは高笑いをする。
「だーかーらー!転移時に色々な特典貰ったって言ったじゃん!あんたの転移魔法に歯向かうことくらい、造作もないの!あっはっはっは!」
「…見誤りましたね。出直しましょう。」
しまった、そこまで考えていなかった。まさか私の転移魔法を打ち消す力まで得ていたとは。
「…私はこれにて失礼します。…ですが、私の姿が消えて1日経過するまで、心臓爆破の術は継続します。追えるなどと思わないでください。」
「はいはい、できると思ってませんよー。」
「…それでは。」
そう言い残し、私は元来た道を辿った。ミネルバはその姿を見ながら『そこから来たのか』と呟いていた。もしかしたら、今回の件でこの道は塞がれてしまうかもしれない。だけど、この部屋に入る手段は他にもある。1つ道を潰されたくらいでは困らない。
私は足早に去り、アディの別邸に向かった。
「…ふーん。レティシア・レッドフォード、ね…。」
________。
「…と、いうことらしいよ。」
「くだらないの一言で片付けたい案件ね。」
_数時間後。
私はレッドフォード別邸に帰宅し、ミネルバと話したことをアディに伝えた。
正直、私もくだらないの一言で片付けたい話ではある。だけど、自分の価値観で相手のことを否定するものでもないかもしれないという気持ちもある。いや、そんなこと言ってる場合じゃない気がするけど。
「うーん。つまり、ミネルバを無力化した上で、抵抗させないようにして元の世界に帰すしかないのね。」
「そうみたい。今のままだと、帰すにも帰せない。」
「どうにかならないものかしら。」
2人でああでもないこうでもないと思考を巡らせていた時、1つだけ案が浮かんだ。
「あ、そうだ。この先に起こりえるかもしれない話。」
「え、何?」
「あ、いやでも、アディ怒るかも。」
私は口に出してから、少し後悔した。でも、ここまで言ってしまってから『何もありません』はアディに通用しなさそう。
「言う前から決めつけるんじゃないわよ。まずは言ってみなさい、聞いてあげるから。」
「じゃあ、言う。これが上手くいけば、今回の件が一気に解決へ近づくと思うの。」
………。
「ということで、健闘を祈ります。レッドフォード伯爵。」
104
あなたにおすすめの小説
転生調理令嬢は諦めることを知らない!
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。
木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。
その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。
本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。
リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。
しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。
なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。
竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる