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3.役たたず
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-*-
「この死に損ないがッ!」
その日の父さんは、ひどく機嫌が悪かった。
倒れ込むほどの勢いで殴られ、ぼくは土埃に汚れた床に思いきり叩きつけられた。
「謝れよ!!役たたずの穀潰しのくせして『生きててごめんなさい』ってよ!」
「いき、てて、ごめんなさい」
寒さと雪に1晩中さらされて冷え切り、ほとんど感覚のなくなった体が、痛みにきしんだ。
鼻のなかがきれて、血のあじがした。
「しねなくて、ごめんなさい……」
痛くて、苦しくて、心が真っ暗で。
ばらばらになってしまいそうなほど悲しいのに、涙はでなかった。
-*-
「ねぇ。これ、波の音にきこえる?」
研究室の作業机のそば。並べて置いた2つの椅子。
魔動人形の調整と試運転を終えた後、1日の終わりに、こうしてふたりで話すのがここ最近の日課になっていた。
ラジュの指が、魔道具につけられた結晶をなぞる。薄緑の透き通った結晶を埋め込んだ、内部が空洞の三角錐をしたミスリル鋼鉄。温かな地方の海の色だというそれになるよう魔力で染め上げた、魔導結晶のかけら。
「……どうだろう。ぼくも、西側の海には、行ったことがないから。でも、辺境の海岸の波は、こんなかんじの低い音で鳴るよ」
じゃあ、彼の故郷は海岸線に近い位置なのか。
「海の近くに住んでいたなら、オーロラは見たことがある?昼間の空に、薄い光の膜が張ったみたいになるってきいたわ」
「女神のベールって、よばれてた。その日の気温によって、ちょっとだけ色が変わって……この魔導結晶みたいな色になることも、あった」
「雪国では、海よりも空のほうがきれいなのね」
「雲がない日は、そうかもしれない。そういう日は、あまり、なかったけど」
しゃべることはあまり得意ではないのか、ラジュの語りはすこしたどたどしい。けれど、やさしい声で紡がれる雪国の情景は、耳に心地よかった。
わたしたちは互いの興味のおもむくまま、たくさんの話をする。
「アネット。これはなに?」
「この魔道具にはね、水をいれるの。で、ここをこうひねると……はい」
「熱っ!?」
手持ち無沙汰に作った、いくつものガラクタ。興味を持ってもらえてうれしい。
魔道兵器を作るときに出た結晶のあまりを使っているから、殺傷力があるようなものは作れないし、役に立つかと言われればかなり微妙ないくつもの魔道具。それをこんなふうに、だれかに見てもらえる日がくるなんて思ってもいなかった。
-*-
「誰かと、こんなに話をするのは初めて」
「……ぼくも」
ちいさな風を起こすための魔道具をわたしに返しながら、ラジュは、はにかんだ。風を出すだけじゃなくて、花の香りもさせたらどうかと提案されたから、あとで改良するつもりだ。
「いつも、存在しないみたいに、話しかけてもらえなかったから……罵られるとき、以外」
困ったような、自嘲するようで、わずかに悲しそうな笑顔。
「ぼくは、生きてたってなんの役にも立たない穀潰しだから」
そのくせ発した言葉には少しのよどみもなかった。
何度も言われた言葉なんだろう。
強大な魔力に侵された虚弱なからだでは満足にはたらくことなんてできない。
その日の働きが明日の暮らしに直結する辺境に、 ラジュの居場所なんて、きっとなかった。
「こんなにすてきな感性をしているのにね」
わたしは、受け取った魔道具を棚に片付けながら言った。
乱雑な棚を一瞥してから振り向くと、ラジュは固まっていた。
口をわずかにひらいて、目を見開いたまま。耳元が、ほんの少し色づいている。
「照れてる?」
「……そんな、こと……はじめて言われたから」
ラジュは、とてもうれしそうに笑った。
こちらの心までそわつくような笑顔だった。
-*-
「聖針樹の、光り方なんだけど」
研究室を煌々と照らす白い照明に魔力を供給している魔導結晶。それを一時的に取り外して、暗くした部屋。
「ちょうど、こんなかんじ」
1つの魔道具のまわりを色とりどりの小さな光がふわりふわりと舞っていた。
爪の先ほどの大きさもないような細かい魔導結晶のかけらは、魔力の伝導率が低いから、使い道がない。
だからわたしはこうやって、ただ光るだけの、ほんとうになんの意味もない魔道具に加工したりする。
「てっきり、樹そのものが光るのかと思ってた」
「まわりを飛んでる虫が光ってるんだ。
その虫、ふだんは青く光ってるんだけど、聖針樹のまわりを飛ぶときだけ色が変わる」
「ああなるほど。雪蛍の1種なのね」
「……昔さ、目の前が見えないくらいの大雪の日に、家にいれてもらえなかったことがあって」
「…………」
それはもう、ほとんど直球に「死ね」と言われているようなものなんじゃないだろうか。
「聖針樹の下で雪まみれになりながら震えて。
その日はなにも食べてなかったし、熱もあったから、ああ死ぬんだなって思ったのに……なんでかぜんぜん死ななくて」
大きすぎる魔力は、魔導結晶を通して適度に放出しなければ、宿した者のからだを蝕む。
だけど、いのちが途絶えてしまいそうなとき、魔力は、生命維持に必要なエネルギーのかわりとなる。
病弱なくせに、なかなか死なない穀潰し。いっそはやく死んでしまえと外に捨てられて、それでも、死ねなかった。
ラジュは、静かに話し続ける。
「雪がすこしおさまってきて、ふと顔を上げたら、その虫が樹の上の方をたくさん飛んでて……。
あれは、きれいだったな。すごくさむかったけど」
ラジュは目を細めた。
「聖針樹は、夜も光るけど。朝も、凍った葉っぱに細かい雪がついて、きらきら光るんだ。
きっと、アネットも気にいると思う……すごくきれいだから」
いっしょに、見てみたかった。
そんなことを思って。ふっ、と頭の芯が冷えた。
ラジュは、あと10日もしないうちに死ぬ。
わたしのつくった魔動人形の部品となって、2度とここに戻ってくることはない。
魔力持ちは、国のどうぐ。
そのいのちも未来も、国のもの。
ここに連れてこられて、魔導結晶にひたすら魔力をこめることを強要されているほかの魔力持ちも、わたしのようにたまたま才能があった魔力持ちも。みんな。
「……わたしたち、もっとはやく会えていたらよかったのに」
後悔のようでいて、その実、叶うはずもなかったことを望むわたしの言葉に、ラジュはやさしく笑った。
「この死に損ないがッ!」
その日の父さんは、ひどく機嫌が悪かった。
倒れ込むほどの勢いで殴られ、ぼくは土埃に汚れた床に思いきり叩きつけられた。
「謝れよ!!役たたずの穀潰しのくせして『生きててごめんなさい』ってよ!」
「いき、てて、ごめんなさい」
寒さと雪に1晩中さらされて冷え切り、ほとんど感覚のなくなった体が、痛みにきしんだ。
鼻のなかがきれて、血のあじがした。
「しねなくて、ごめんなさい……」
痛くて、苦しくて、心が真っ暗で。
ばらばらになってしまいそうなほど悲しいのに、涙はでなかった。
-*-
「ねぇ。これ、波の音にきこえる?」
研究室の作業机のそば。並べて置いた2つの椅子。
魔動人形の調整と試運転を終えた後、1日の終わりに、こうしてふたりで話すのがここ最近の日課になっていた。
ラジュの指が、魔道具につけられた結晶をなぞる。薄緑の透き通った結晶を埋め込んだ、内部が空洞の三角錐をしたミスリル鋼鉄。温かな地方の海の色だというそれになるよう魔力で染め上げた、魔導結晶のかけら。
「……どうだろう。ぼくも、西側の海には、行ったことがないから。でも、辺境の海岸の波は、こんなかんじの低い音で鳴るよ」
じゃあ、彼の故郷は海岸線に近い位置なのか。
「海の近くに住んでいたなら、オーロラは見たことがある?昼間の空に、薄い光の膜が張ったみたいになるってきいたわ」
「女神のベールって、よばれてた。その日の気温によって、ちょっとだけ色が変わって……この魔導結晶みたいな色になることも、あった」
「雪国では、海よりも空のほうがきれいなのね」
「雲がない日は、そうかもしれない。そういう日は、あまり、なかったけど」
しゃべることはあまり得意ではないのか、ラジュの語りはすこしたどたどしい。けれど、やさしい声で紡がれる雪国の情景は、耳に心地よかった。
わたしたちは互いの興味のおもむくまま、たくさんの話をする。
「アネット。これはなに?」
「この魔道具にはね、水をいれるの。で、ここをこうひねると……はい」
「熱っ!?」
手持ち無沙汰に作った、いくつものガラクタ。興味を持ってもらえてうれしい。
魔道兵器を作るときに出た結晶のあまりを使っているから、殺傷力があるようなものは作れないし、役に立つかと言われればかなり微妙ないくつもの魔道具。それをこんなふうに、だれかに見てもらえる日がくるなんて思ってもいなかった。
-*-
「誰かと、こんなに話をするのは初めて」
「……ぼくも」
ちいさな風を起こすための魔道具をわたしに返しながら、ラジュは、はにかんだ。風を出すだけじゃなくて、花の香りもさせたらどうかと提案されたから、あとで改良するつもりだ。
「いつも、存在しないみたいに、話しかけてもらえなかったから……罵られるとき、以外」
困ったような、自嘲するようで、わずかに悲しそうな笑顔。
「ぼくは、生きてたってなんの役にも立たない穀潰しだから」
そのくせ発した言葉には少しのよどみもなかった。
何度も言われた言葉なんだろう。
強大な魔力に侵された虚弱なからだでは満足にはたらくことなんてできない。
その日の働きが明日の暮らしに直結する辺境に、 ラジュの居場所なんて、きっとなかった。
「こんなにすてきな感性をしているのにね」
わたしは、受け取った魔道具を棚に片付けながら言った。
乱雑な棚を一瞥してから振り向くと、ラジュは固まっていた。
口をわずかにひらいて、目を見開いたまま。耳元が、ほんの少し色づいている。
「照れてる?」
「……そんな、こと……はじめて言われたから」
ラジュは、とてもうれしそうに笑った。
こちらの心までそわつくような笑顔だった。
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「聖針樹の、光り方なんだけど」
研究室を煌々と照らす白い照明に魔力を供給している魔導結晶。それを一時的に取り外して、暗くした部屋。
「ちょうど、こんなかんじ」
1つの魔道具のまわりを色とりどりの小さな光がふわりふわりと舞っていた。
爪の先ほどの大きさもないような細かい魔導結晶のかけらは、魔力の伝導率が低いから、使い道がない。
だからわたしはこうやって、ただ光るだけの、ほんとうになんの意味もない魔道具に加工したりする。
「てっきり、樹そのものが光るのかと思ってた」
「まわりを飛んでる虫が光ってるんだ。
その虫、ふだんは青く光ってるんだけど、聖針樹のまわりを飛ぶときだけ色が変わる」
「ああなるほど。雪蛍の1種なのね」
「……昔さ、目の前が見えないくらいの大雪の日に、家にいれてもらえなかったことがあって」
「…………」
それはもう、ほとんど直球に「死ね」と言われているようなものなんじゃないだろうか。
「聖針樹の下で雪まみれになりながら震えて。
その日はなにも食べてなかったし、熱もあったから、ああ死ぬんだなって思ったのに……なんでかぜんぜん死ななくて」
大きすぎる魔力は、魔導結晶を通して適度に放出しなければ、宿した者のからだを蝕む。
だけど、いのちが途絶えてしまいそうなとき、魔力は、生命維持に必要なエネルギーのかわりとなる。
病弱なくせに、なかなか死なない穀潰し。いっそはやく死んでしまえと外に捨てられて、それでも、死ねなかった。
ラジュは、静かに話し続ける。
「雪がすこしおさまってきて、ふと顔を上げたら、その虫が樹の上の方をたくさん飛んでて……。
あれは、きれいだったな。すごくさむかったけど」
ラジュは目を細めた。
「聖針樹は、夜も光るけど。朝も、凍った葉っぱに細かい雪がついて、きらきら光るんだ。
きっと、アネットも気にいると思う……すごくきれいだから」
いっしょに、見てみたかった。
そんなことを思って。ふっ、と頭の芯が冷えた。
ラジュは、あと10日もしないうちに死ぬ。
わたしのつくった魔動人形の部品となって、2度とここに戻ってくることはない。
魔力持ちは、国のどうぐ。
そのいのちも未来も、国のもの。
ここに連れてこられて、魔導結晶にひたすら魔力をこめることを強要されているほかの魔力持ちも、わたしのようにたまたま才能があった魔力持ちも。みんな。
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後悔のようでいて、その実、叶うはずもなかったことを望むわたしの言葉に、ラジュはやさしく笑った。
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