パラムファクタ -魔道技師の少女と部品の少年の話-

SHION

文字の大きさ
3 / 7

3.役たたず

しおりを挟む
 -*-

「この死に損ないがッ!」

 その日の父さんは、ひどく機嫌が悪かった。

 倒れ込むほどの勢いで殴られ、ぼくは土埃に汚れた床に思いきり叩きつけられた。

「謝れよ!!役たたずの穀潰しのくせして『生きててごめんなさい』ってよ!」

「いき、てて、ごめんなさい」

 寒さと雪に1晩中さらされて冷え切り、ほとんど感覚のなくなった体が、痛みにきしんだ。

 鼻のなかがきれて、血のあじがした。

「しねなくて、ごめんなさい……」

 痛くて、苦しくて、心が真っ暗で。
 ばらばらになってしまいそうなほど悲しいのに、涙はでなかった。


 -*-

 
「ねぇ。これ、波の音にきこえる?」

 研究室の作業机のそば。並べて置いた2つの椅子。
 魔動人形の調整と試運転を終えた後、1日の終わりに、こうしてふたりで話すのがここ最近の日課になっていた。
 
 ラジュの指が、魔道具につけられた結晶をなぞる。薄緑の透き通った結晶を埋め込んだ、内部が空洞の三角錐をしたミスリル鋼鉄。温かな地方の海の色だというそれになるよう魔力で染め上げた、魔導結晶のかけら。

「……どうだろう。ぼくも、西側の海には、行ったことがないから。でも、辺境の海岸の波は、こんなかんじの低い音で鳴るよ」

 じゃあ、彼の故郷は海岸線に近い位置なのか。

「海の近くに住んでいたなら、オーロラは見たことがある?昼間の空に、薄い光の膜が張ったみたいになるってきいたわ」

「女神のベールって、よばれてた。その日の気温によって、ちょっとだけ色が変わって……この魔導結晶みたいな色になることも、あった」

「雪国では、海よりも空のほうがきれいなのね」

「雲がない日は、そうかもしれない。そういう日は、あまり、なかったけど」

 しゃべることはあまり得意ではないのか、ラジュの語りはすこしたどたどしい。けれど、やさしい声で紡がれる雪国の情景は、耳に心地よかった。
 わたしたちは互いの興味のおもむくまま、たくさんの話をする。

「アネット。これはなに?」

「この魔道具にはね、水をいれるの。で、ここをこうひねると……はい」

あつっ!?」

 手持ち無沙汰に作った、いくつものガラクタ。興味を持ってもらえてうれしい。

 魔道兵器を作るときに出た結晶のあまりを使っているから、殺傷力があるようなものは作れないし、役に立つかと言われればかなり微妙ないくつもの魔道具。それをこんなふうに、だれかに見てもらえる日がくるなんて思ってもいなかった。

 -*-

「誰かと、こんなに話をするのは初めて」

「……ぼくも」

 ちいさな風を起こすための魔道具をわたしに返しながら、ラジュは、はにかんだ。風を出すだけじゃなくて、花の香りもさせたらどうかと提案されたから、あとで改良するつもりだ。

「いつも、存在しないみたいに、話しかけてもらえなかったから……ののしられるとき、以外」

 困ったような、自嘲するようで、わずかに悲しそうな笑顔。

「ぼくは、生きてたってなんの役にも立たない穀潰しだから」

 そのくせ発した言葉には少しのよどみもなかった。
 何度も言われた言葉なんだろう。

 強大な魔力に侵された虚弱なからだでは満足にはたらくことなんてできない。
 その日の働きが明日の暮らしに直結する辺境に、 ラジュの居場所なんて、きっとなかった。

「こんなにすてきな感性をしているのにね」

 わたしは、受け取った魔道具を棚に片付けながら言った。

 乱雑な棚を一瞥してから振り向くと、ラジュは固まっていた。
 口をわずかにひらいて、目を見開いたまま。耳元が、ほんの少し色づいている。

「照れてる?」

「……そんな、こと……はじめて言われたから」

 ラジュは、とてもうれしそうに笑った。
 こちらの心までそわつくような笑顔だった。


 
 -*-
 

「聖針樹の、光り方なんだけど」

 研究室を煌々と照らす白い照明に魔力を供給している魔導結晶。それを一時的に取り外して、暗くした部屋。

「ちょうど、こんなかんじ」

 1つの魔道具のまわりを色とりどりの小さな光がふわりふわりと舞っていた。

 爪の先ほどの大きさもないような細かい魔導結晶のかけらは、魔力の伝導率が低いから、使い道がない。
 だからわたしはこうやって、ただ光るだけの、ほんとうになんの意味もない魔道具に加工したりする。

「てっきり、樹そのものが光るのかと思ってた」

「まわりを飛んでる虫が光ってるんだ。
 その虫、ふだんは青く光ってるんだけど、聖針樹のまわりを飛ぶときだけ色が変わる」

「ああなるほど。雪蛍の1種なのね」

「……昔さ、目の前が見えないくらいの大雪の日に、家にいれてもらえなかったことがあって」

「…………」

 それはもう、ほとんど直球に「死ね」と言われているようなものなんじゃないだろうか。

「聖針樹の下で雪まみれになりながら震えて。
 その日はなにも食べてなかったし、熱もあったから、ああ死ぬんだなって思ったのに……なんでかぜんぜん死ななくて」

 大きすぎる魔力は、魔導結晶を通して適度に放出しなければ、宿した者のからだを蝕む。
 だけど、いのちが途絶えてしまいそうなとき、魔力は、生命維持に必要なエネルギーのかわりとなる。

 病弱なくせに、なかなか死なない穀潰し。いっそはやく死んでしまえと外に捨てられて、それでも、死ねなかった。

 ラジュは、静かに話し続ける。

「雪がすこしおさまってきて、ふと顔を上げたら、その虫が樹の上の方をたくさん飛んでて……。
 あれは、きれいだったな。すごくさむかったけど」

 ラジュは目を細めた。

「聖針樹は、夜も光るけど。朝も、凍った葉っぱに細かい雪がついて、きらきら光るんだ。
 きっと、アネットも気にいると思う……すごくきれいだから」

 いっしょに、見てみたかった。
 そんなことを思って。ふっ、と頭の芯が冷えた。


 ラジュは、あと10日もしないうちに死ぬ。
 わたしのつくった魔動人形の部品となって、2度とここに戻ってくることはない。

 
 魔力持ちは、国のどうぐ。
 そのいのちも未来も、国のもの。

 ここに連れてこられて、魔導結晶にひたすら魔力をこめることを強要されているほかの魔力持ちも、わたしのようにたまたま才能があった魔力持ちも。みんな。

「……わたしたち、もっとはやく会えていたらよかったのに」

 後悔のようでいて、その実、叶うはずもなかったことを望むわたしの言葉に、ラジュはやさしく笑った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

処理中です...