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6.きみは、
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その話をしたのは、いつだったろうか。
ふたりで魔道具を見ながら、聖針樹のはなしをした時より、前だったような気がする。
「そういえば」
研究室の机に向かって、ミスリル鋼鉄に魔導紋を刻みつつ、片手で行動食をかじっていたわたしは、ふと思い出してラジュにきいた。
「はじめてこれ渡したとき、あなたちょっと狼狽してなかった?」
「……ああ」
ラジュは、食べかけの自分の行動食を、目をすがめて見た。
「……そもそもこれ、食べものなのかなって、思って」
「食べたことなかったの?」
「行動食って、平民はたべないから……これ軍用の栄養補給食、だよね?」
「そういえば……そうね」
わたしはほとんどこれしか食べないけど。効率がいいから。
「ふだん、故郷ではどんなものを食べていたの?」
「ぼくが食べてたのは、ほとんど家畜の餌だったな」
思わず手を止めたわたしの反応は、たぶんまちがってない。
「……それ、比喩よね?」
ラジュは首を横に、ゆるくふった。
「働けない人間に食わせる飯はないって、言われて。にわとりのエサを盗んで食べてた。
バレたら、お前に食わせるより家畜に食わせた方がマシだって殴られるから、こっそり」
……それは、なんというか、また。辺境らしいというか。
ラジュは、自嘲するような、わたしがあまり好きではないあの笑い方をした。
「これでも、もっと小さかったころは、体調を崩したら心配してもらえたし、食事ももらえたんだ。
でも、ぼくが、あまりに役たたずだったから。食事らしい食事をしたのは、もうだいぶ前かな」
「……それでよく死ななかったわね」
「家族も気味悪がってた」
「そうでしょうね」
「ふつうの食事は、豆とか麦を煮たのだったよ」
「べつにそっちも、ろくなものじゃないわね。おいしくなさそう」
「……贅沢を言うつもりは、ないんだけど、行動食もなかなかたいがいじゃないかな……」
-*-
あたりまえだけど、人間は本来、わずかな量の家畜のエサで生きられるようにはできていない。
大雪の夜に外に放り出された時だって、いくら魔力持ちとはいえ極寒の中で朝まで生きのびたなんて、やっぱりちょっと異常だ。
_____大きすぎる魔力は、魔導結晶を通して適度に放出しなければ、宿した者のからだを蝕む。
だけど、いのちが途絶えてしまいそうなとき、魔力は、生命維持に必要なエネルギーのかわりとなる______
ラジュの持つ魔力の量は、規格外に大きい。
おそらくラジュは、成長に必要なエネルギーを、生命維持に必要なエネルギーを、長年に渡ってほとんど魔力で補ってきた。
死んだってかまわないと、彼は言う。
だけどラジュのからだは、本人が思っているよりも生きようとするちからが強い。
彼は、ほんとうは。自分が自覚しているよりずっと、生きたいと願っているんじゃないだろうか。
のぞむことを許されなかっただけだ。わたしがここから出たいとのぞむことを許されなかったのと同じに。
だって、自分の見た情景をあんなにうつくしく語れるのに、生きるのなんてどうでもいいと、死んだってかまわないと、そう思ってることなんて、あるだろうか?
所詮はぜんぶ、わたしの憶測。
だけど、わたしの憶測はけっこう当たる。
魔動人形は、魔力持ちを生かしてかえすつくりになっていない。
けれど、ラジュの生きたいとのぞむ気持ちと規格外の魔力量があれば。
魔動人形を、棺桶ではなく揺籠にできるかもしれない。
-*-
「……ラジュ」
「なに?」
「わたし、あなたを死なせたくない」
「……ありがとう。きみに、そう言われるのはうれしい」
「ねぇ」
呼びかけた声は少しだけふるえた。
理論しか組み立ててないから、成功する保証なんてない。実際は上手くいかないかもしれない。……上手くいくのだとしても、間に合わないかもしれない。
それでも____どれほど、滑稽で傲慢だとしても。
死なせたく、ないから。
わたしは決然と顔を上げた。ラジュと、目が合う。
「わたしのこと、信じてくれる?」
ラジュは、驚いていた。わずかに目を見開く。それからいつものようにやさしくわらった。
「……もちろん」
-*-
眠りにつくために、魔動人形の動力部におさまったラジュが口をひらいた。
「アネット、あのさ」
なにかを言いかけて、言いきらずに口をつぐみ、ふわりと笑う。
「……やっぱりいいや。目が覚めたときに、とっとく」
そんなことを言うつもりじゃなかった。だけど、思わずすがるような声が出てしまったのはラジュのせいだ。
「……もう、会えないかもしれないのに?」
「会えるよ。だってきみは、天才なんだろ?」
ラジュは言い切った。
即答だった。ふいをつかれた心地になって、ぱちりとまたたく。
「……迎えに行くわ。必ず」
震えかけた声を押さえつけて、わたしは笑った。
「だからそれまで、おやすみなさい」
「うん……おやすみ」
ラジュは、わたしのだいすきな顔で笑いかえしてくれた。
動力部を閉じ、わたしは、魔動人形の上で瞑目する。
そうだ。
わたしは魔道技師。
この国で、いちばんすごい魔道兵器をつくる、天才。
_______だから。
-*-
輸送の日までの3日間。
1人になったわたしは、魔動人形の調整を続けた。
回路を書き換える。心臓部から魔力を吸い上げるのではなく、循環させるかたちになるように。
兵器としての威力が下がらないよう、出力系統と循環系統を分け、魔力の流量を調節。動力部を護る防護系の回路を強化。そのほかにも細かな調節を、いろいろ。
万一のための保険もかけた。戦争が終わってこの兵器が役目を終えても、わたしが迎えにいけなければ意味がないから。
本来は1週間以上はかかるであろうそれだけのことを、3日間でやってのけた。
-*-
前線に投入された魔動人形は、戦況を一変させた。
かろうじて、しかし、執拗に抵抗を続けていた敵の戦線は完膚なきまでに崩壊し、長年にわたり膠着状態にあった残り3割の国や都市との戦争は、あっけなく終わった。
1年もかからなかった。
ふたりで魔道具を見ながら、聖針樹のはなしをした時より、前だったような気がする。
「そういえば」
研究室の机に向かって、ミスリル鋼鉄に魔導紋を刻みつつ、片手で行動食をかじっていたわたしは、ふと思い出してラジュにきいた。
「はじめてこれ渡したとき、あなたちょっと狼狽してなかった?」
「……ああ」
ラジュは、食べかけの自分の行動食を、目をすがめて見た。
「……そもそもこれ、食べものなのかなって、思って」
「食べたことなかったの?」
「行動食って、平民はたべないから……これ軍用の栄養補給食、だよね?」
「そういえば……そうね」
わたしはほとんどこれしか食べないけど。効率がいいから。
「ふだん、故郷ではどんなものを食べていたの?」
「ぼくが食べてたのは、ほとんど家畜の餌だったな」
思わず手を止めたわたしの反応は、たぶんまちがってない。
「……それ、比喩よね?」
ラジュは首を横に、ゆるくふった。
「働けない人間に食わせる飯はないって、言われて。にわとりのエサを盗んで食べてた。
バレたら、お前に食わせるより家畜に食わせた方がマシだって殴られるから、こっそり」
……それは、なんというか、また。辺境らしいというか。
ラジュは、自嘲するような、わたしがあまり好きではないあの笑い方をした。
「これでも、もっと小さかったころは、体調を崩したら心配してもらえたし、食事ももらえたんだ。
でも、ぼくが、あまりに役たたずだったから。食事らしい食事をしたのは、もうだいぶ前かな」
「……それでよく死ななかったわね」
「家族も気味悪がってた」
「そうでしょうね」
「ふつうの食事は、豆とか麦を煮たのだったよ」
「べつにそっちも、ろくなものじゃないわね。おいしくなさそう」
「……贅沢を言うつもりは、ないんだけど、行動食もなかなかたいがいじゃないかな……」
-*-
あたりまえだけど、人間は本来、わずかな量の家畜のエサで生きられるようにはできていない。
大雪の夜に外に放り出された時だって、いくら魔力持ちとはいえ極寒の中で朝まで生きのびたなんて、やっぱりちょっと異常だ。
_____大きすぎる魔力は、魔導結晶を通して適度に放出しなければ、宿した者のからだを蝕む。
だけど、いのちが途絶えてしまいそうなとき、魔力は、生命維持に必要なエネルギーのかわりとなる______
ラジュの持つ魔力の量は、規格外に大きい。
おそらくラジュは、成長に必要なエネルギーを、生命維持に必要なエネルギーを、長年に渡ってほとんど魔力で補ってきた。
死んだってかまわないと、彼は言う。
だけどラジュのからだは、本人が思っているよりも生きようとするちからが強い。
彼は、ほんとうは。自分が自覚しているよりずっと、生きたいと願っているんじゃないだろうか。
のぞむことを許されなかっただけだ。わたしがここから出たいとのぞむことを許されなかったのと同じに。
だって、自分の見た情景をあんなにうつくしく語れるのに、生きるのなんてどうでもいいと、死んだってかまわないと、そう思ってることなんて、あるだろうか?
所詮はぜんぶ、わたしの憶測。
だけど、わたしの憶測はけっこう当たる。
魔動人形は、魔力持ちを生かしてかえすつくりになっていない。
けれど、ラジュの生きたいとのぞむ気持ちと規格外の魔力量があれば。
魔動人形を、棺桶ではなく揺籠にできるかもしれない。
-*-
「……ラジュ」
「なに?」
「わたし、あなたを死なせたくない」
「……ありがとう。きみに、そう言われるのはうれしい」
「ねぇ」
呼びかけた声は少しだけふるえた。
理論しか組み立ててないから、成功する保証なんてない。実際は上手くいかないかもしれない。……上手くいくのだとしても、間に合わないかもしれない。
それでも____どれほど、滑稽で傲慢だとしても。
死なせたく、ないから。
わたしは決然と顔を上げた。ラジュと、目が合う。
「わたしのこと、信じてくれる?」
ラジュは、驚いていた。わずかに目を見開く。それからいつものようにやさしくわらった。
「……もちろん」
-*-
眠りにつくために、魔動人形の動力部におさまったラジュが口をひらいた。
「アネット、あのさ」
なにかを言いかけて、言いきらずに口をつぐみ、ふわりと笑う。
「……やっぱりいいや。目が覚めたときに、とっとく」
そんなことを言うつもりじゃなかった。だけど、思わずすがるような声が出てしまったのはラジュのせいだ。
「……もう、会えないかもしれないのに?」
「会えるよ。だってきみは、天才なんだろ?」
ラジュは言い切った。
即答だった。ふいをつかれた心地になって、ぱちりとまたたく。
「……迎えに行くわ。必ず」
震えかけた声を押さえつけて、わたしは笑った。
「だからそれまで、おやすみなさい」
「うん……おやすみ」
ラジュは、わたしのだいすきな顔で笑いかえしてくれた。
動力部を閉じ、わたしは、魔動人形の上で瞑目する。
そうだ。
わたしは魔道技師。
この国で、いちばんすごい魔道兵器をつくる、天才。
_______だから。
-*-
輸送の日までの3日間。
1人になったわたしは、魔動人形の調整を続けた。
回路を書き換える。心臓部から魔力を吸い上げるのではなく、循環させるかたちになるように。
兵器としての威力が下がらないよう、出力系統と循環系統を分け、魔力の流量を調節。動力部を護る防護系の回路を強化。そのほかにも細かな調節を、いろいろ。
万一のための保険もかけた。戦争が終わってこの兵器が役目を終えても、わたしが迎えにいけなければ意味がないから。
本来は1週間以上はかかるであろうそれだけのことを、3日間でやってのけた。
-*-
前線に投入された魔動人形は、戦況を一変させた。
かろうじて、しかし、執拗に抵抗を続けていた敵の戦線は完膚なきまでに崩壊し、長年にわたり膠着状態にあった残り3割の国や都市との戦争は、あっけなく終わった。
1年もかからなかった。
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