またここで君と逢いたい

きおかわ ひつじ

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2章 雛本 真璃

ご飯、一緒に食べませんか

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 その女の子は、私の前まで歩み寄ると改めて口を開いた。
「私、雛本さんの隣の病室なんです。さっきたまたま病室から出ていくのを見たので……、その、追いかけて来ちゃいました」
 はにかみながら言う彼女に、私は警戒心を声色に乗せるようにして言葉を返す。
「そう。名前は——、病室の前のプレートを見たのかしら」
「はい。……だから、えっと、仲良く出来たらって思って……。よろしくお願いします」
 私の対応に気後れしたのか、しどろもどろにそう言って頭を下げる彼女を尻目に、私は中庭側に顔を戻した。
「……別に私はよろしくしようとは思わないけど」

 これも絵と同じだ。
 これから死を待つだけの人間が絵を描く意味が無いように、今更誰かと仲良くする事にも意味など無い。
 特に私は、自分と同じような歳の人間に対しては無意識に警戒心を剥き出しにしてしまうようになっている。
 ……散々学校で色々されてる内に、そうなってしまった。
 だから私は彼女と仲良くしようと思わないし、……多分、仲良く出来ない。
 
「え……」
 消え入りそうな声が聞こえた。
 私はそこに追い打ちをかけるように言葉を連ねる。
「大体追いかけてくるのはまだしも、その後無言でじっと遠くからこっちを見るのは変よ。不気味だわ。用があるならさっさと声をかけるべきね」
 そう言い切って彼女の方をちらりと見ると、悲しそうな、辛そうな表情でおずおずと声を発した。
「あ……、ごめんなさい。……昔から、興味があったりする物とかがあると、なかなか近づけないで遠くからじっと見ちゃう癖……みたいのがあるみたいで……。お母さんにもよく注意されました……」
 だんだん泣きそうになって声が小さくなっていく彼女を見て、罪悪感を覚えようものなら、まだ私にも救いようがあったのかもしれない。
 しかし実際には何も感じなかった。
 挙句、さっき自己紹介されたはずの彼女の名前すら憶えていない。
 私はこんなにも他人に無関心だ。
 こんな人間に関わるのは無駄だと、今に彼女も分かるはずである。
 
 私は息を吐いて椅子から立ち上がると、立ち尽くす彼女を置いて談話室を後にした。


           ◆ ◆ ◆ ◆


 その後は病院内をぶらぶらしたり図書室などで時間を潰し、夕日が出始めた頃に自分の病室に戻ることにした。
 お父さんを振り切って病室を出たのが午後二時頃だったから、三時間くらいを潰したことになる。
 さすがに話は終わっているだろう。もしかしたら両親は書き置きとかを残して帰ってしまっているかもしれない。
 などと考えながら、二階から三階へ続く階段を上っていく。
 
 踊り場に差し掛かったところで、なんとなく視線を感じて振り返った。
 特に変わったことは無い。
 ……と思ったが、階段から廊下に出る曲がり角の向こうから、夕日に伸ばされた人影が見えているのに気が付いた。
 少し待っても動かない所を見ると、恐らくこちらの動きを窺っているのか。
 すると、壁の向こうからちらりと頭が覗き込んできて、目が合った。
 薄々勘付いてはいたが、それはさっき談話室で話しかけてきた女の子だった。
 そして彼女はまた角の向こうに隠れる。
「あなたね。それをやめてと私は言ったはずだけど」
 我慢できず少し大きめの声でそう声をかけると、彼女はゆっくりと姿を現して、頭を下げた。
「……ごめんなさい」
 思わず呆れを吐き出すように大きな息が口から漏れる。
 私は彼女に向き直ると、階段を下りて彼女の目の前まで近づいた。
「さっきも言ったと思うけど、私はあなたと仲良くする気は無いの。大体あなた、なんで私にこだわってるの? 友達くらい他にいるでしょ?」
 吐き捨てるように言った言葉に、彼女は顔を上げて返してくる。
「友達は……います。けど、皆私とはなんとなく距離を置くから……。雛本さんは東京の方から来たって聞いてたので、そんな風にならないかなって思って……」
「……距離を置く?」

 自分を他人には無関心だと言いつつ、それでも聞き返してしまったのは、その言葉になんとなく自分を重ねてしまったからだろうか。
 もっとも、私の場合は皆に距離を置かれるというよりは、一部の人間から悪い意味で距離を詰められていたが。
 私の返しに、彼女はやや俯いて答え始めた。
「私、木花神社って神社で巫女をやってるんです。多分、雛本さんもその関係でここに転院してきたんだろうと思うんですけど……」
「ええ。両親がそうしようって言うから」
「ですよね……。結構有名だから、勿論この町の中では知らない人はいないレベルなんですけど。……そうすると、そこで巫女をやってる私の事も、自然に町の人たちに覚えられちゃって。いつの間にか私も有名になってて。……そのせいなのか、学校では一応友達、のような関係の人達はいますけど、どことなく距離を置かれてるというか、壁を作られるというか……。ちゃんと仲良くなれないんです。腫れ物に触る——、ではないですけど……。なんか……」
 ぽつりぽつりと話す彼女の表情は、夕日のせいで強い影になってよく見えないが、その寂しそうな声色から察する事はできた。
「……そういうこと」
 彼女の言い分は理解できる。彼女は彼女なりの孤独を感じているのだろう。
 しかし私に言わせれば、それは随分ぬるま湯だった。
 周りから不条理な悪意をぶつけられる気持ちが、彼女に分かるだろうか。
 今まで普通に話していた友達だったはずの人達が、『その対象』である私に関わりたくないと離れていく気持ちが、彼女に分かるだろうか。
 いや、分かるわけがない。
 そう。彼女の孤独と私の孤独とでは、意味も次元も違っていた。
 
 ……ただ、いくら違う孤独だと言っても。
 それでも、周りから距離を置かれる感覚というものを、私は理解しているから。
 このまま無下に突き放すことを、ほんの少しだけ、躊躇した自分がいた。
 ……まだそんな事を考えられている自分がいたことに、私は自分で驚く。

「あなた、名前なんだっけ」
 聞くと、彼女はばっと顔を上げて「へ?」と気の抜けた声を出した。
「だから名前。教えて。覚えてなかったから」
「此花、美桜、です」
 こちらを窺うように言う彼女に、私はもう一度確かめるように言う。
「此花美桜さん、ね。一応覚えておくわ。じゃあ」
 そう会話を切り上げて、私は階段へと足をかけた。
 それを、此花さんは先ほどより少し元気の戻った声で呼び止めてくる。
「あの、ちょっと待ってください。……良ければ、この後のご飯、一緒に食べませんか……?」
「は?」
 その此花さんの言葉に、私は思わず足を止めて振り返る。
「勘違いさせたかしら。一応名前は覚えたけど、別に仲良くしましょうって言ったわけではないわ」
 言いながら、再び階段に向き直ろうとするが、此花さんの声は追いすがってきた。
「それでも、お話するうちに仲良くなれるかもしれないです。だから、ご飯食べませんか? お互い個室だし……。誰かと食べたほうが、ご飯も美味しいかもしれないし……」
 少しずつ自信を失うようにまた小さくなっていく声に、私は長く深い溜息をつく。
 この子、案外タフなのかもしれない。
 私は今度こそ階段に向き直ると、此花さんに背を向けたまま、口を開いた。

「一度だけよ」
 
 その瞬間、背中から「はい!」と歓喜の声が聞こえた。 
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