またここで君と逢いたい

きおかわ ひつじ

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3章 此花美桜 2

一緒にいさせて下さい

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 小児病棟から一般病棟に戻ってきた私たちは、屋上へと続く階段を上っていた。
「屋上って開放されてるんですか?」
 屋上に行くことを伝えて一緒に階段を上っていた咲がそう聞いてくるので、ズボンのポケットから屋上の鍵を取り出して見せる。
「実は朝先生に貸してもらってた。屋上はもともと行こうと思ってたからね」
「おー。流石です」
 そんな会話をしている内に屋上の扉の前まで辿り着いたので、私は今出した鍵をその扉のドアノブに差し込んだ。ガチャリと音がした後、鍵を抜いてドアノブを回す。
 扉を開けると、外の冷たい空気が一気に流れ込んできた。もう三月に入って冬よりはましになったとはいえ、まだまだ気温は低いようだ。
「うわ、さむっ」
 思わずそんな言葉が口をついて出る。病院服しか着ていない私にはなかなか厳しい寒さだった。一度病室に上着でも取りに戻った方が良いかもしれない。 
 などと思っていた矢先、後ろから肩に何かが乗せられる。見ると、咲が白いコートを脱いで私に羽織らせてくれていた。
「どうぞ。貸してあげます」
 コートを脱いだ咲は黒い長袖姿となっており、雰囲気が変わって見える。
「咲は大丈夫なの?」
「大丈夫です。私は暑いのも寒いのも平気なので」
 笑顔でそう言う咲の厚意に、私はありがたく甘えることにした。
「そう? じゃあ、少し借りるね。ありがとう」
 お礼を言ってコートの袖に腕を通し、今度こそ屋上に足を踏み入れる。

 病院の屋上はシーツが干してあったりするイメージがあったが全くそんなことは無く、ただ広いだけで閑散としていた。
 端の方に歩みを進めると腰くらいまでの塀がある。さらにその向こうに目をやると、病院自体が少し高地に建っている事もあってか、穂乃咲町をある程度見渡せるようだった。遠くには、穂乃咲町を囲んでいる山々が見える。
「ここにも真璃さんと一緒に来たんですか?」
 屋上の観察をしていた私に、咲が後ろからそう聞いてくる。
「うん、夏にね。先生が内緒で屋上を開けてくれたみたいで、ここから夏祭りの花火を二人で見たって日記に書いてあった」
 私の言葉を聞き、咲は穂乃咲町の方へ視線を移した。
「なるほど……。夏祭りの花火っていうと、あの辺に見える感じですね」
 言いながら咲が指差した方の空の下には、河川敷が見える。確かに穂乃咲町の夏祭りで上がる花火は、その河川敷から打ち上げられるのだが。
「咲ってこの町の人?」
 この病院は木花神社のせいで町の外から転院してくる人も多いため、小児病棟について詳しい事だけでは、確信が持てなかった。しかし、咲はこの町自体についても詳しそうだし、多分この町の人間だろう。
「あー、まあ、一応」
 聞かれた咲は、なんとなく歯切れの悪い返しをしてきた。
「……なんかずっと気になってたけど、咲って自分の事話す時歯切れ悪くなるよね」
 そんな咲の様子を見て思った事をそのまま言ってみる。咲は「えっ」と声を上げた後、続けた。
「そんなことは、ないと、思いますけど……」
 その言葉も微妙に途切れ途切れになっている。
「まぁ、言いたくないなら別に詳しく聞こうとは思わないけど。……ただ、なんでこんな事に付き合ってくれてるのか、やっぱり少し気にはなるからさ」
 私がそう言うと、咲は後ろで手を組んで少し顔を逸らした。
 風で揺れる髪で隠れて表情の見えない咲は、そのまま口を開く。
「……朝も言いましたけど、わたしはただ美桜さんと一緒にいたいだけです。なんでかって聞かれると、ちょっと困っちゃいますけど……。だから今は聞かないでください。……遅かれ早かれ、わたしの事はちゃんと話すつもりです」
 そこまで言うと、咲は逸らしていた顔をこちらに戻す。どこか寂しそうな表情をしながら、しかし微笑を浮かべていた。
「でも、話した時が最後なんです。多分その時が美桜さんとお別れの時になります。……だから、せめて美桜さんが真璃さんへの気持ちに答えを出すこの時間だけは、何も聞かないで一緒にいさせて下さい。お願いします」
 そうして咲は最後に頭を下げる。
 正直私は今の言葉のほとんどを理解できなかった。どうして私にそんなにこだわるのか。どうして自分のことを話すとお別れになってしまうのか、さっぱり分からないけど。
 でも今頭を下げてる咲は、とてもこれを冗談で言っているようには見えない。
「……よく分からないけど、そこまで言うなら咲がちゃんと自分から話してくれるのを待つよ。でもそれが最後っていうのは違う気がする。まだ咲の事あんまり知らないけど、もう友達だと思ってるよ、私は。……だから、簡単にお別れにはしたくないかな」
 素直に思った事を口にする。
 咲はゆっくり頭を上げると、「ありがとうございます」とだけ言い、また寂しそうに笑っていた。
 私はそんな咲を気にかけつつも、もう一度夏祭りの日に花火が上がっていたであろう空を見てみる。今はただ青空に太陽が輝いているだけだ。当たり前だが、特に何も変わった事はない。
 あまり収穫は無さそうだし、寒いし、もう中に入ろうかな。
 そう思って隣の咲に視線を戻してみると、咲も私にならうようにして空を見上げていた。
 その横顔を見た時、どうしてか胸が高鳴るのを感じる。
 ……なんだろう、この気持ちは。なんでこんなに心臓の音が速くなってるんだろう。
 私の視線に気付いてこちらを見てきた咲から、私はつい顔をそむけてしまった。
「どうしたんですか?」
「いや……、どうしたんだろうね」
 自分でも分からない気持ちを説明できるわけもなく、咲の質問に答えになってない答えを返してしまう。
 咲は疑問符を浮かべるようにして、しばらく私の方を見ていた——。


          ◆ ◆ ◆ ◆ 


「もう良かったんですか?」
 病院内に戻って屋上の扉の鍵を閉める私に、咲がそう聞いてきた。
「うん。寒かったしね」
 答えながら鍵を閉め終えると、私はコートを脱いで咲に返す。
「ありがとね」
「いえいえ。……それで、何か分かったんですか?」
 コートを受け取りながらそう質問してくる咲に、私は考えながら口を開いた。
「んー。なんか、多分、ドキドキ、したのかもしれない」
「ドキドキ?」
 不思議そうに返しながらコートに腕を通す咲。
 するとコートを着終えた咲が、急に時が止まったかのように動きを止めた。
「咲?」
 今度は私が不思議に思って声をかける。
 そんな私の呼びかけに答えず、咲はコートの襟元を握りしめると、言った。
「……美桜さんの匂いがします」
「……は?」
 真面目な顔をしている割にそんな事を言ってくる咲に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 咲は握っていた襟元を自分の顔まで近づけると、そのまま匂いを嗅ぐように深呼吸を始めた。
「いや、ちょっと待ってよ! なんか恥ずかしいからやめて!」
「直接じゃないから問題ないですよね?」
「直接じゃなくても恥ずかしいの!!」
 咲の顔からコートの襟元を引き剥がして、私は続ける。
「なんでそんなに私の匂い気にするの!?」
「……美桜さんの匂いが好きだから、ですかね?」
「…………私、やっぱり咲の事分からない……」
 真剣な表情でそんな返しをしてくる咲に、私は呆れた声をあげる事しか出来なかった……。
 
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