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続5章 此花美桜 3
もう、普通に喋っていいよね
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中庭のベンチに座る私は、こちらにもたれかかってくる真璃を強く抱きしめる。
「……真璃?」
真璃が何も話さない。
真璃の体から力が抜けている。
「真璃……っ!」
支えるように抱きしめながら、その体を揺さぶる。
しかし真璃がその呼びかけに答える事は無かった。
……嘘。こんなの嘘だ。
どうしてこんな事になってるの?
お母さんがいなくなった事を受け入れる事が出来て、これからはやっと真璃と一緒に過ごせると思ったのに。
その真璃まで、私の前からいなくなろうとしている。
ぐったりと私の肩に乗る真璃の顔を覗き込むも、こんなに近くにあるのに表情が見れない。
瞳から溢れ出して止まらない悲しみの波が、私の視界をまるで水中にいるかのように揺らめかせていた。
「やだよ……。真璃ぃ……」
真璃の肩を抱く手に冷たさを感じて、空を見上げる。
揺らめく世界の中に、いくつもの白い粒が舞い落ちて来ていた。
「……う……あああぁぁぁ……ッ!!」
もう、私には声をあげる事くらいしか出来ない。
雪の冷気を感じながら、思いきり真璃を抱きしめた。
まだその体に温もりが残っているのを確かめるように。真璃がどこかに連れていかれないように。
——結局私は真璃に、何も返せなかった。
私のためにこんなに頑張ってくれた真璃に。
……私、何か悪い事した? 真璃が、何か悪い事したの?
もし本当に神様がいるんだとしたら、聞いてみたい。
どうして私達がこんなに苦しまなきゃならないのか。
私も、多分真璃も。そんなに大層な幸せを望んでたわけじゃない。
私達は、ただお互いが傍にいるだけで良かった。——それだけで良かったのに。
「真璃……」
もう一度名前を呼ぶ。返事は無い。
雪が、少しずつ世界を白く染めていく。
どうしようもなく、私は真璃の肩に顔を押し付けた。
一転して真っ暗になった視界。
……そこで、声がした。
「美桜さん」
優しさに満ちた声。何故だかとても懐かしく感じる声。
声と共に、そっと肩に手を置かれて。
私はゆっくり顔を上げた。
最初に目に入ったのは、白いフワフワのコート。
更に顔を上げると、頭の少し高い位置で二つにまとめられた髪の毛が見える。
「……咲?」
そこに立っていたのは、今日私に付き合って病院の中を一緒に回ってくれた、咲だった。
「はい」
咲が微笑みながら返事をする。
「そんなに泣かないでください。真璃さんなら、大丈夫ですから」
そう続ける咲の言葉が、私には理解出来なかった。
だって、現に真璃はこんな状態なのに。何をもって大丈夫だなんて言えるのか。
「信じて下さい。真璃さんは大丈夫です。——だから、少しだけ、わたしの話を聞いて下さい」
こんな時に何を言ってるんだ。
そう思いながらも、しかし私は黙って耳を傾けている。
どうしてかは全く分からないが、その咲の声色に少しだけ心を落ち着けている自分がいた。
「ありがとうございます」
私の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
咲は一言お礼を言うと、私の肩に手を置いたまましゃがみ込み、私と目の高さを合わせる。
「はっきり言います。わたしは、真璃さんの病気を治す事が出来ます。今すぐに」
「え?」
咲の言う事が、更に分からなくなった。
というよりも、どう考えても質の悪い冗談に聞こえてしまう。
「……よくそんな事言えるね。私をからかって楽しいの?」
咲がこんな事を言う子だとは思わなかった。
やっぱりさっき心が落ち着いたのは何かの間違いだったのかもしれない。
「からかってません、本当です。……わたしは、神様の力が使えるんですよ」
私の考えをよそに、咲は真面目な表情でそう返してくる。
「神様って……」
「美桜さん。神様の力が使える人。そんな話に、心当たりはありませんか?」
神様の力。この町で神様といえば、勿論『咲神命』がまず最初に思い浮かぶ。
もし咲神命のことを言っているのであれば、その力を使えるという巫女の伝承は、確かにある。あるけど……。
「心当たりは一つあるけど……。でも、それは私の家の話だし、百代目の巫女は私の次だし。……そもそも、あんなのただの言い伝えだし——」
否定の言葉を並べようとする私に、咲が首を振って割り込んできた。
「いいえ。それは本当の事なんです。美桜さんの次の代の巫女は、確かに咲神命の力を持って生まれてきました」
「私の次の代って……。だって、それは……」
未来の話だ。
いかにもそれを見てきたかのような咲の口ぶりに、私の頭はもっと混乱してしまう。
「わたし、神様の力が使えるんですよ」
再び、先ほどの言葉を繰り返す咲。
「咲神命の力です。それで、意味を分かってくれますか?」
そう繋げた咲は、じっと私の目を見てくる。
……もし。仮に。咲の言葉を信じるのであれば。
咲神命の力を使える、という事は、私の出せる答えは一つしかないけど。
でもそれは、明らかに突拍子の無い話だ。
そして、私が一つの答えに辿り着いたのを見据えたかのように、咲が口を開いた。
「わたしは、木花神社の百代目の巫女です」
まさに今私が思い浮かべた通りの事。
咲はそれを真剣に口にしている。
「百代目……って。それじゃ咲は、未来から来たって言いたいの?」
「はい。わたしは何年も先の未来から、ここまで来ました。咲神命の力には、過去に戻る力もあるんです。……結構疲れちゃいましたけど」
困ったように言う咲に、私の頭は未だに混乱から抜け切れずにいた。
こんな事を、なんの混乱も無しにすんなり受け入れられるような人はいないだろう。
さっきは酷い冗談だと憤りを感じたりもしたが、しかし咲の表情を見れば見るほど、冗談で言っているとは思えなくなる。
精一杯頭を働かせて、ゆっくり咲の言葉を飲み込んでいた私は、ふとある事に気付く。
「……。あれ、でも、本当に百代目なんだったら……、咲って私の……」
言いかけた言葉を、咲が拾った。
「気付きましたか? そうですよ。わたしは、美桜さんの娘です」
……咲が、私の、子ども?
「ごめんなさい。名前は少し嘘ついちゃいました。気付かれるわけないとは思っても、なんとなく本名言うのは怖くて……」
真剣な表情を崩して、咲はふっと笑った。
「わたしは、木花神社の百代目の巫女、此花 美咲。もう、普通に喋っていいよね、ママ?」
「……真璃?」
真璃が何も話さない。
真璃の体から力が抜けている。
「真璃……っ!」
支えるように抱きしめながら、その体を揺さぶる。
しかし真璃がその呼びかけに答える事は無かった。
……嘘。こんなの嘘だ。
どうしてこんな事になってるの?
お母さんがいなくなった事を受け入れる事が出来て、これからはやっと真璃と一緒に過ごせると思ったのに。
その真璃まで、私の前からいなくなろうとしている。
ぐったりと私の肩に乗る真璃の顔を覗き込むも、こんなに近くにあるのに表情が見れない。
瞳から溢れ出して止まらない悲しみの波が、私の視界をまるで水中にいるかのように揺らめかせていた。
「やだよ……。真璃ぃ……」
真璃の肩を抱く手に冷たさを感じて、空を見上げる。
揺らめく世界の中に、いくつもの白い粒が舞い落ちて来ていた。
「……う……あああぁぁぁ……ッ!!」
もう、私には声をあげる事くらいしか出来ない。
雪の冷気を感じながら、思いきり真璃を抱きしめた。
まだその体に温もりが残っているのを確かめるように。真璃がどこかに連れていかれないように。
——結局私は真璃に、何も返せなかった。
私のためにこんなに頑張ってくれた真璃に。
……私、何か悪い事した? 真璃が、何か悪い事したの?
もし本当に神様がいるんだとしたら、聞いてみたい。
どうして私達がこんなに苦しまなきゃならないのか。
私も、多分真璃も。そんなに大層な幸せを望んでたわけじゃない。
私達は、ただお互いが傍にいるだけで良かった。——それだけで良かったのに。
「真璃……」
もう一度名前を呼ぶ。返事は無い。
雪が、少しずつ世界を白く染めていく。
どうしようもなく、私は真璃の肩に顔を押し付けた。
一転して真っ暗になった視界。
……そこで、声がした。
「美桜さん」
優しさに満ちた声。何故だかとても懐かしく感じる声。
声と共に、そっと肩に手を置かれて。
私はゆっくり顔を上げた。
最初に目に入ったのは、白いフワフワのコート。
更に顔を上げると、頭の少し高い位置で二つにまとめられた髪の毛が見える。
「……咲?」
そこに立っていたのは、今日私に付き合って病院の中を一緒に回ってくれた、咲だった。
「はい」
咲が微笑みながら返事をする。
「そんなに泣かないでください。真璃さんなら、大丈夫ですから」
そう続ける咲の言葉が、私には理解出来なかった。
だって、現に真璃はこんな状態なのに。何をもって大丈夫だなんて言えるのか。
「信じて下さい。真璃さんは大丈夫です。——だから、少しだけ、わたしの話を聞いて下さい」
こんな時に何を言ってるんだ。
そう思いながらも、しかし私は黙って耳を傾けている。
どうしてかは全く分からないが、その咲の声色に少しだけ心を落ち着けている自分がいた。
「ありがとうございます」
私の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
咲は一言お礼を言うと、私の肩に手を置いたまましゃがみ込み、私と目の高さを合わせる。
「はっきり言います。わたしは、真璃さんの病気を治す事が出来ます。今すぐに」
「え?」
咲の言う事が、更に分からなくなった。
というよりも、どう考えても質の悪い冗談に聞こえてしまう。
「……よくそんな事言えるね。私をからかって楽しいの?」
咲がこんな事を言う子だとは思わなかった。
やっぱりさっき心が落ち着いたのは何かの間違いだったのかもしれない。
「からかってません、本当です。……わたしは、神様の力が使えるんですよ」
私の考えをよそに、咲は真面目な表情でそう返してくる。
「神様って……」
「美桜さん。神様の力が使える人。そんな話に、心当たりはありませんか?」
神様の力。この町で神様といえば、勿論『咲神命』がまず最初に思い浮かぶ。
もし咲神命のことを言っているのであれば、その力を使えるという巫女の伝承は、確かにある。あるけど……。
「心当たりは一つあるけど……。でも、それは私の家の話だし、百代目の巫女は私の次だし。……そもそも、あんなのただの言い伝えだし——」
否定の言葉を並べようとする私に、咲が首を振って割り込んできた。
「いいえ。それは本当の事なんです。美桜さんの次の代の巫女は、確かに咲神命の力を持って生まれてきました」
「私の次の代って……。だって、それは……」
未来の話だ。
いかにもそれを見てきたかのような咲の口ぶりに、私の頭はもっと混乱してしまう。
「わたし、神様の力が使えるんですよ」
再び、先ほどの言葉を繰り返す咲。
「咲神命の力です。それで、意味を分かってくれますか?」
そう繋げた咲は、じっと私の目を見てくる。
……もし。仮に。咲の言葉を信じるのであれば。
咲神命の力を使える、という事は、私の出せる答えは一つしかないけど。
でもそれは、明らかに突拍子の無い話だ。
そして、私が一つの答えに辿り着いたのを見据えたかのように、咲が口を開いた。
「わたしは、木花神社の百代目の巫女です」
まさに今私が思い浮かべた通りの事。
咲はそれを真剣に口にしている。
「百代目……って。それじゃ咲は、未来から来たって言いたいの?」
「はい。わたしは何年も先の未来から、ここまで来ました。咲神命の力には、過去に戻る力もあるんです。……結構疲れちゃいましたけど」
困ったように言う咲に、私の頭は未だに混乱から抜け切れずにいた。
こんな事を、なんの混乱も無しにすんなり受け入れられるような人はいないだろう。
さっきは酷い冗談だと憤りを感じたりもしたが、しかし咲の表情を見れば見るほど、冗談で言っているとは思えなくなる。
精一杯頭を働かせて、ゆっくり咲の言葉を飲み込んでいた私は、ふとある事に気付く。
「……。あれ、でも、本当に百代目なんだったら……、咲って私の……」
言いかけた言葉を、咲が拾った。
「気付きましたか? そうですよ。わたしは、美桜さんの娘です」
……咲が、私の、子ども?
「ごめんなさい。名前は少し嘘ついちゃいました。気付かれるわけないとは思っても、なんとなく本名言うのは怖くて……」
真剣な表情を崩して、咲はふっと笑った。
「わたしは、木花神社の百代目の巫女、此花 美咲。もう、普通に喋っていいよね、ママ?」
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