47 / 50
番外 —或いは蛇足でもある神の気まぐれ—
起/真璃の想い
しおりを挟む
「あーっ! ちゅーのお姉ちゃんだー!」
「もうそれやめない!?」
プレイルームに響く元気な子どもの声に、隣にいた美桜が抗議の声を上げた。
私は美桜の肩に手を置き、声をかける。
「皆美桜の事そういう人だって知ってるし、もう堂々と私にちゅーしても大丈夫よ?」
「いや、誤解招くような言い方するのやめてよ! そもそもいつもしてくるのは——」
顔を真っ赤にした美桜は、そこまで言いかけた所ではっとして、恥ずかしそうに黙り込んだ。
……可愛い。これだからついついからかいたくなる。
にやつくのを止められないまま、私は子ども達の方に顔を戻した。
今、私達は小児病棟にあるプレイルームに遊びに来ている。
私はハロウィンの時以来だが、美桜は私が眠っている間に一度来ていたらしい。
その時に、また私を連れて遊びに来きてと子どもに言われたらしく、朝食の後美桜に誘われて、再びここに足を運んでいるというわけだ。
——三日ほど前、私は病院の中庭で美桜と話して、意識を失った。
あの時は本気で美桜とお別れをするつもりで話したのだが。心地の良い不思議な感覚と共に、目が覚め。
最初に見たのが満開の桜だったから、ああ、もしかしてあの世に来たのかもしれない、なんて事を一瞬考えた。
しかしよく周りを見てみると、そこは病院の中庭で。その満開の桜の木の根元で、うずくまるようにして泣き声をあげている美桜の後ろ姿が見えて。
私は自然と車椅子から降り、歩いて美桜に近づいていた。
……あの日のいくつもの奇跡は、美咲という美桜の未来の娘のお陰なのだという説明を、後から美桜に受けた。
私はその話を、全面的に信じてはいる。だがその美咲に一目も会えないままお別れになってしまったというのは、お世話になった身としては悔いが残っていた。
美咲のお陰もあり、今や私と美桜は健康体そのものであるが、念のためという事であと一週間だけ入院を続ける事になっている。
「お姉ちゃん、遊ぼー」
元気そうな男の子にそう声をかけられ、私は頷いた。
「ええ。何して遊ぶ?」
あの時の私は無理して倒れてしまったけど、今なら何でも出来る。鬼ごっこでもなんでも大丈夫だ。
答えながら美桜を見ると、女の子達に連れて行かれ、折り紙などをして遊ぶ態勢に入っていた。ハロウィンの時とは役割が逆である。
男の子の返事を待っていると、突然後ろから腰の辺りに抱き着かれ、視線を回した。
「あ。……えっと、まゆちゃん?」
そこにいたのは、ハロウィンパーティーの時に話をして一緒に遊んだ女の子。確か、名前はまゆちゃんで合っていたはず。
名前を呼ばれたまゆちゃんは、私の顔を見て嬉しそうに目を細めた。
「お姉ちゃん。会いたかった」
んー、これは。なんだろう、普通に嬉しい。
私は男の子の方にちょっと待っててほしいと謝罪した後、膝を折ってまゆちゃんと目線を合わせる。
「久しぶりだね、まゆちゃん。私の事覚えててくれたの?」
「うん。覚えてたよ」
可愛らしく首を縦に振って、まゆちゃんは続けた。
「まゆね、病気良くなってきてるんだって。もう少し頑張ったら、元気になれるかもしれないって」
そう言って笑顔を見せるまゆちゃんは、ハロウィンの時とは随分雰囲気が変わっていて、私もつられて顔がほころぶのを感じる。
「——そっか。良かったね。私も嬉しいよ」
祝福の言葉を返しながらその頭を撫でると、まゆちゃんは顔を赤らめて伏目がちになった。……不思議な反応だ。
「……まゆ、お姉ちゃんのお陰で頑張れたよ。……ありがとう」
再びまゆちゃんが私に抱き着いてくる。
胸がきゅーっとなった。可愛い。美桜とは別の意味で、愛しいという感情が生まれてくる。もしかしてこれが母性というやつなのだろうか。
それに私の想いがこの子にしっかり伝わっていたという事が、何より嬉しい。
まゆちゃんを抱き返しながら、声をかける。
「私も病気治ったんだよ。ある人に助けてもらって」
私の言葉を聞いたまゆちゃんは、私にしがみつきながら首を動かし、美桜の方を見た。
「……ちゅーのお姉ちゃんの事?」
「んー、そうだね。あのお姉ちゃんも助けてくれたよ」
病気を治してくれたのは美咲だけど、美桜がいなかったら今の私はここにいない。
美桜はいつも私の支えになってくれて、今も、この先も、ずっと支えてくれるだろう。
だから美桜も勿論、私を助けてくれた人の一人。
私の返しに少し含みがある事を子どもながらに察したのか、まゆちゃんは少しだけ黙った後、もう一度口を開いた。
「もしかして、あのツインテールのお姉ちゃんも?」
ツインテールのお姉ちゃん……。そういえば、美咲はいつもツインテールに髪を結んでたって言ってたっけ。
多分、これは美咲の事なのだろう。美咲が美桜と一緒にここに来た時に会っていたのか。
「そうだよ。そのお姉ちゃんも助けてくれた。二人のどっちかがいなくても、私はここにいなかったから。二人とも、私の恩人」
美桜にも美咲にも、返そうとしても返しきれないほどの恩がある。
それでも美桜には少しずつ返していくことは出来るが、美咲にはそもそもそれすら出来ないわけで。
美咲についての話を聞いた時からずっと思っている事だが、せめて一目だけでも、会ってみたかった。
私の——、いや、私達のために、命を懸けてここまで来てくれた、その子に。
「まゆも……。お姉ちゃんの事助けたい」
「え?」
予想外の言葉を貰い、つい変な声が出た。
この子はこの子なりに、私に恩を感じていたりするんだろうか。
「まゆだって、お姉ちゃんの事好きだもんっ」
そしてまゆちゃんはそう必死な声を出したかと思うと、なんと私の唇に自分の唇を合わせきた。——つまり、キスしてきた。
えっと。何、これ。なんだろうこれ。
一瞬唇を付けるだけのソフトなキスをして、先ほどと同じく真っ赤になっているまゆちゃんは、きっ、と少し離れた所にいる美桜の方を見やる。
私も見てみると、美桜が心底驚いた表情をこちらに向けていた。
どうするのかと視線を戻すと、まゆちゃんはあろうことか、美桜に舌を出してからまた私に抱き着いてくる。
あー、これ。もしかして嫉妬? 対抗心?
自分で言うのもなんだけど、つまりは私の事が好きだから、美桜にそういう類の感情を向けているんだ。
……最近の子は進んでるんだなぁ。
なんて事を思いながら。まゆちゃんを抱きしめる私は、ちょっと困ってしまうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
小児病棟から戻って来て、美桜の病室で二人で昼食。
普通に会話はしているのだが。なんとく。若干。美桜の機嫌が悪い気がした。
「あの……、美桜? 気のせいなら良いんだけど、さっきから少し、……えっと、ご機嫌斜め?」
「別に。そんな事ないよ」
言いながら昼食の肉じゃがを食べ進める美桜は、やはりそっけない。
「……もしかして、嫉妬?」
まゆちゃんとのやり取りを思い出しながら聞いてみると、美桜は「はぁ!?」と勢いよく顔を上げた。
「こ、子どもに嫉妬なんてするわけないでしょ!」
誰に、とは言ってないけど。
と思いつつも、声には出さない。余計に機嫌が悪くなる気がするし。
「何があっても、私が好きなのは美桜よ?」
なので代わりにそうフォローしておく。
美桜はそれを聞いて大人しくなった後、こくりと頷いた。
……その後は数分静かな昼食の時間が続いたが、美桜が不意に口を開く。
「私、一つ真璃に聞きたい事があったんだけど」
「んー? なに?」
返事をして美桜を見ると、真剣な表情をしている。
「私が目を覚ました時、今までは記憶をなくしてる事を話してたのに、なんで今回だけは隠したの? さすがに一年眠ってたっていうのは、今考えたら無理があったよ」
「美桜が私に引け目を感じるからよ」
美桜の質問に、私はあっさりと間髪入れずに答えた。
「私についての記憶を全部忘れている事を知ると、美桜は私に引け目を感じて、すぐに仲良くなる事が難しかったの。そんな時間は、私には無かったから」
あの時の私には、もう時間が無かった。とにかく美桜にアタックして、美桜の心の奥にある私への想いを引っ張り上げなければならなかったから。その為には、すぐに仲良くなる必要があった。だからああいう手に打って出たのだ。
説明を聞いた美桜は、納得したように「なるほど」と呟いている。
そこで、実は感じていた私の疑問も、この機会に美桜に聞いてみる事にした。
「私も美桜に聞きたい事があるわ。……美桜の日記、先生に頼んで少しだけ見せてもらったんだけど。どうして私と好き合ってる事とか、私とキスした事とか、何も書かなかったの?」
もしそれが書いてあったら、美桜が私への気持ちをちゃんと考える前に中途半端な答えが出てしまうから、ページを切り取ったり、その日記を見せないようにしたりなど、対応をしようと思ったのだが。美桜の日記にはそういう物が全く見受けられなかった。
それを前々から疑問に感じていたんだけど。
美桜は「あー」と短く唸って、私に向き直った。
「真璃さ。例えば、あなたは実は記憶を失ってるだけで、本当は私の事を好きになる前は萌姉と付き合ってたんだよ? ……って言ったら、信じる?」
「それは……、多分、信じられないわね」
正直に答えた私に、「でしょ?」と返してくる美桜。
「そういう事だよ。たとえ自分で書いたんだろうって思える日記でも、そんな事が書いてあったら、多分完全には信じられないし。もしかしたら逆にその人の事警戒する、なんて事もあるかもしれないし」
そこで、美桜は言葉を区切り、顔を伏せた。
顔を伏せたのは良いが、耳が赤くなっているのが見えるので、おそらく美桜は顔を赤らめている。分かりやすい。
「——それに、真璃が私の気持ちを思い出させてくれるって約束してくれたから。私がわざわざ自分の日記に書く必要なんて無いでしょ?」
……そうか。
美桜は本当に、心から、私の事を信用してくれていた。あの夜私が交わした誓いを、微塵も疑っていなかった。
胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じる。
ああ、やっぱり私、美桜の事が好きだなぁ。
「ねぇ、美桜」
名前を呼ぶと、赤い顔がこちらを向く。
そんな美桜に、私は「ん」と顔を突き出した。
「……なに?」
「キス。して」
言うと、美桜は赤い顔を更に真っ赤にしてわたわたとし始める。
「な、なんで? というか、す、すればいいじゃん。したいなら」
「やだ。いつも私からだもん。美桜からして」
したいならいつでもしても良いという風にとれる美桜の言葉に嬉しさを感じつつ、私は駄々をこねる。
しばらく赤い顔を震わせていた美桜だったが、覚悟を決めたように私を見つめ直し、声を発した。
「……もう、真璃ってば。……私も、何があっても、大好きだよ」
そして、唇が重なる。
——これから、私達の前には、一体どんな未来が待っているんだろう。
多分、楽しい事だけじゃない。
辛い事も、きっとあるだろうけど。
美桜となら。まぁ、どうにかなる。
そんな事を感じながら、この一瞬を胸に刻みつけるように、私はそっと目を閉じた。
……ちなみに、その後丁度病室に入って来た萌果さんに散々からかわれるのは、また別の話である。
「もうそれやめない!?」
プレイルームに響く元気な子どもの声に、隣にいた美桜が抗議の声を上げた。
私は美桜の肩に手を置き、声をかける。
「皆美桜の事そういう人だって知ってるし、もう堂々と私にちゅーしても大丈夫よ?」
「いや、誤解招くような言い方するのやめてよ! そもそもいつもしてくるのは——」
顔を真っ赤にした美桜は、そこまで言いかけた所ではっとして、恥ずかしそうに黙り込んだ。
……可愛い。これだからついついからかいたくなる。
にやつくのを止められないまま、私は子ども達の方に顔を戻した。
今、私達は小児病棟にあるプレイルームに遊びに来ている。
私はハロウィンの時以来だが、美桜は私が眠っている間に一度来ていたらしい。
その時に、また私を連れて遊びに来きてと子どもに言われたらしく、朝食の後美桜に誘われて、再びここに足を運んでいるというわけだ。
——三日ほど前、私は病院の中庭で美桜と話して、意識を失った。
あの時は本気で美桜とお別れをするつもりで話したのだが。心地の良い不思議な感覚と共に、目が覚め。
最初に見たのが満開の桜だったから、ああ、もしかしてあの世に来たのかもしれない、なんて事を一瞬考えた。
しかしよく周りを見てみると、そこは病院の中庭で。その満開の桜の木の根元で、うずくまるようにして泣き声をあげている美桜の後ろ姿が見えて。
私は自然と車椅子から降り、歩いて美桜に近づいていた。
……あの日のいくつもの奇跡は、美咲という美桜の未来の娘のお陰なのだという説明を、後から美桜に受けた。
私はその話を、全面的に信じてはいる。だがその美咲に一目も会えないままお別れになってしまったというのは、お世話になった身としては悔いが残っていた。
美咲のお陰もあり、今や私と美桜は健康体そのものであるが、念のためという事であと一週間だけ入院を続ける事になっている。
「お姉ちゃん、遊ぼー」
元気そうな男の子にそう声をかけられ、私は頷いた。
「ええ。何して遊ぶ?」
あの時の私は無理して倒れてしまったけど、今なら何でも出来る。鬼ごっこでもなんでも大丈夫だ。
答えながら美桜を見ると、女の子達に連れて行かれ、折り紙などをして遊ぶ態勢に入っていた。ハロウィンの時とは役割が逆である。
男の子の返事を待っていると、突然後ろから腰の辺りに抱き着かれ、視線を回した。
「あ。……えっと、まゆちゃん?」
そこにいたのは、ハロウィンパーティーの時に話をして一緒に遊んだ女の子。確か、名前はまゆちゃんで合っていたはず。
名前を呼ばれたまゆちゃんは、私の顔を見て嬉しそうに目を細めた。
「お姉ちゃん。会いたかった」
んー、これは。なんだろう、普通に嬉しい。
私は男の子の方にちょっと待っててほしいと謝罪した後、膝を折ってまゆちゃんと目線を合わせる。
「久しぶりだね、まゆちゃん。私の事覚えててくれたの?」
「うん。覚えてたよ」
可愛らしく首を縦に振って、まゆちゃんは続けた。
「まゆね、病気良くなってきてるんだって。もう少し頑張ったら、元気になれるかもしれないって」
そう言って笑顔を見せるまゆちゃんは、ハロウィンの時とは随分雰囲気が変わっていて、私もつられて顔がほころぶのを感じる。
「——そっか。良かったね。私も嬉しいよ」
祝福の言葉を返しながらその頭を撫でると、まゆちゃんは顔を赤らめて伏目がちになった。……不思議な反応だ。
「……まゆ、お姉ちゃんのお陰で頑張れたよ。……ありがとう」
再びまゆちゃんが私に抱き着いてくる。
胸がきゅーっとなった。可愛い。美桜とは別の意味で、愛しいという感情が生まれてくる。もしかしてこれが母性というやつなのだろうか。
それに私の想いがこの子にしっかり伝わっていたという事が、何より嬉しい。
まゆちゃんを抱き返しながら、声をかける。
「私も病気治ったんだよ。ある人に助けてもらって」
私の言葉を聞いたまゆちゃんは、私にしがみつきながら首を動かし、美桜の方を見た。
「……ちゅーのお姉ちゃんの事?」
「んー、そうだね。あのお姉ちゃんも助けてくれたよ」
病気を治してくれたのは美咲だけど、美桜がいなかったら今の私はここにいない。
美桜はいつも私の支えになってくれて、今も、この先も、ずっと支えてくれるだろう。
だから美桜も勿論、私を助けてくれた人の一人。
私の返しに少し含みがある事を子どもながらに察したのか、まゆちゃんは少しだけ黙った後、もう一度口を開いた。
「もしかして、あのツインテールのお姉ちゃんも?」
ツインテールのお姉ちゃん……。そういえば、美咲はいつもツインテールに髪を結んでたって言ってたっけ。
多分、これは美咲の事なのだろう。美咲が美桜と一緒にここに来た時に会っていたのか。
「そうだよ。そのお姉ちゃんも助けてくれた。二人のどっちかがいなくても、私はここにいなかったから。二人とも、私の恩人」
美桜にも美咲にも、返そうとしても返しきれないほどの恩がある。
それでも美桜には少しずつ返していくことは出来るが、美咲にはそもそもそれすら出来ないわけで。
美咲についての話を聞いた時からずっと思っている事だが、せめて一目だけでも、会ってみたかった。
私の——、いや、私達のために、命を懸けてここまで来てくれた、その子に。
「まゆも……。お姉ちゃんの事助けたい」
「え?」
予想外の言葉を貰い、つい変な声が出た。
この子はこの子なりに、私に恩を感じていたりするんだろうか。
「まゆだって、お姉ちゃんの事好きだもんっ」
そしてまゆちゃんはそう必死な声を出したかと思うと、なんと私の唇に自分の唇を合わせきた。——つまり、キスしてきた。
えっと。何、これ。なんだろうこれ。
一瞬唇を付けるだけのソフトなキスをして、先ほどと同じく真っ赤になっているまゆちゃんは、きっ、と少し離れた所にいる美桜の方を見やる。
私も見てみると、美桜が心底驚いた表情をこちらに向けていた。
どうするのかと視線を戻すと、まゆちゃんはあろうことか、美桜に舌を出してからまた私に抱き着いてくる。
あー、これ。もしかして嫉妬? 対抗心?
自分で言うのもなんだけど、つまりは私の事が好きだから、美桜にそういう類の感情を向けているんだ。
……最近の子は進んでるんだなぁ。
なんて事を思いながら。まゆちゃんを抱きしめる私は、ちょっと困ってしまうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
小児病棟から戻って来て、美桜の病室で二人で昼食。
普通に会話はしているのだが。なんとく。若干。美桜の機嫌が悪い気がした。
「あの……、美桜? 気のせいなら良いんだけど、さっきから少し、……えっと、ご機嫌斜め?」
「別に。そんな事ないよ」
言いながら昼食の肉じゃがを食べ進める美桜は、やはりそっけない。
「……もしかして、嫉妬?」
まゆちゃんとのやり取りを思い出しながら聞いてみると、美桜は「はぁ!?」と勢いよく顔を上げた。
「こ、子どもに嫉妬なんてするわけないでしょ!」
誰に、とは言ってないけど。
と思いつつも、声には出さない。余計に機嫌が悪くなる気がするし。
「何があっても、私が好きなのは美桜よ?」
なので代わりにそうフォローしておく。
美桜はそれを聞いて大人しくなった後、こくりと頷いた。
……その後は数分静かな昼食の時間が続いたが、美桜が不意に口を開く。
「私、一つ真璃に聞きたい事があったんだけど」
「んー? なに?」
返事をして美桜を見ると、真剣な表情をしている。
「私が目を覚ました時、今までは記憶をなくしてる事を話してたのに、なんで今回だけは隠したの? さすがに一年眠ってたっていうのは、今考えたら無理があったよ」
「美桜が私に引け目を感じるからよ」
美桜の質問に、私はあっさりと間髪入れずに答えた。
「私についての記憶を全部忘れている事を知ると、美桜は私に引け目を感じて、すぐに仲良くなる事が難しかったの。そんな時間は、私には無かったから」
あの時の私には、もう時間が無かった。とにかく美桜にアタックして、美桜の心の奥にある私への想いを引っ張り上げなければならなかったから。その為には、すぐに仲良くなる必要があった。だからああいう手に打って出たのだ。
説明を聞いた美桜は、納得したように「なるほど」と呟いている。
そこで、実は感じていた私の疑問も、この機会に美桜に聞いてみる事にした。
「私も美桜に聞きたい事があるわ。……美桜の日記、先生に頼んで少しだけ見せてもらったんだけど。どうして私と好き合ってる事とか、私とキスした事とか、何も書かなかったの?」
もしそれが書いてあったら、美桜が私への気持ちをちゃんと考える前に中途半端な答えが出てしまうから、ページを切り取ったり、その日記を見せないようにしたりなど、対応をしようと思ったのだが。美桜の日記にはそういう物が全く見受けられなかった。
それを前々から疑問に感じていたんだけど。
美桜は「あー」と短く唸って、私に向き直った。
「真璃さ。例えば、あなたは実は記憶を失ってるだけで、本当は私の事を好きになる前は萌姉と付き合ってたんだよ? ……って言ったら、信じる?」
「それは……、多分、信じられないわね」
正直に答えた私に、「でしょ?」と返してくる美桜。
「そういう事だよ。たとえ自分で書いたんだろうって思える日記でも、そんな事が書いてあったら、多分完全には信じられないし。もしかしたら逆にその人の事警戒する、なんて事もあるかもしれないし」
そこで、美桜は言葉を区切り、顔を伏せた。
顔を伏せたのは良いが、耳が赤くなっているのが見えるので、おそらく美桜は顔を赤らめている。分かりやすい。
「——それに、真璃が私の気持ちを思い出させてくれるって約束してくれたから。私がわざわざ自分の日記に書く必要なんて無いでしょ?」
……そうか。
美桜は本当に、心から、私の事を信用してくれていた。あの夜私が交わした誓いを、微塵も疑っていなかった。
胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じる。
ああ、やっぱり私、美桜の事が好きだなぁ。
「ねぇ、美桜」
名前を呼ぶと、赤い顔がこちらを向く。
そんな美桜に、私は「ん」と顔を突き出した。
「……なに?」
「キス。して」
言うと、美桜は赤い顔を更に真っ赤にしてわたわたとし始める。
「な、なんで? というか、す、すればいいじゃん。したいなら」
「やだ。いつも私からだもん。美桜からして」
したいならいつでもしても良いという風にとれる美桜の言葉に嬉しさを感じつつ、私は駄々をこねる。
しばらく赤い顔を震わせていた美桜だったが、覚悟を決めたように私を見つめ直し、声を発した。
「……もう、真璃ってば。……私も、何があっても、大好きだよ」
そして、唇が重なる。
——これから、私達の前には、一体どんな未来が待っているんだろう。
多分、楽しい事だけじゃない。
辛い事も、きっとあるだろうけど。
美桜となら。まぁ、どうにかなる。
そんな事を感じながら、この一瞬を胸に刻みつけるように、私はそっと目を閉じた。
……ちなみに、その後丁度病室に入って来た萌果さんに散々からかわれるのは、また別の話である。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
君は恋人、でもまだ家族じゃない
山田森湖
恋愛
あらすじ
同棲して3年。
毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、
一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。
彼女は彼を愛している。
彼も自分を愛してくれていると信じている。
それでも、胸の奥には消えない不安がある。
「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」
結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。
最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。
周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。
幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には
“言えない言葉”だけが増えていく。
愛している。
でも、それだけでは前に進めない。
同棲という甘い日常の裏で、
少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。
このまま時間に流されるだけの恋なのか、
それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。
彼の寝息を聞きながら、
彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる