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番外 —或いは蛇足でもある神の気まぐれ—
起/真璃の想い
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「あーっ! ちゅーのお姉ちゃんだー!」
「もうそれやめない!?」
プレイルームに響く元気な子どもの声に、隣にいた美桜が抗議の声を上げた。
私は美桜の肩に手を置き、声をかける。
「皆美桜の事そういう人だって知ってるし、もう堂々と私にちゅーしても大丈夫よ?」
「いや、誤解招くような言い方するのやめてよ! そもそもいつもしてくるのは——」
顔を真っ赤にした美桜は、そこまで言いかけた所ではっとして、恥ずかしそうに黙り込んだ。
……可愛い。これだからついついからかいたくなる。
にやつくのを止められないまま、私は子ども達の方に顔を戻した。
今、私達は小児病棟にあるプレイルームに遊びに来ている。
私はハロウィンの時以来だが、美桜は私が眠っている間に一度来ていたらしい。
その時に、また私を連れて遊びに来きてと子どもに言われたらしく、朝食の後美桜に誘われて、再びここに足を運んでいるというわけだ。
——三日ほど前、私は病院の中庭で美桜と話して、意識を失った。
あの時は本気で美桜とお別れをするつもりで話したのだが。心地の良い不思議な感覚と共に、目が覚め。
最初に見たのが満開の桜だったから、ああ、もしかしてあの世に来たのかもしれない、なんて事を一瞬考えた。
しかしよく周りを見てみると、そこは病院の中庭で。その満開の桜の木の根元で、うずくまるようにして泣き声をあげている美桜の後ろ姿が見えて。
私は自然と車椅子から降り、歩いて美桜に近づいていた。
……あの日のいくつもの奇跡は、美咲という美桜の未来の娘のお陰なのだという説明を、後から美桜に受けた。
私はその話を、全面的に信じてはいる。だがその美咲に一目も会えないままお別れになってしまったというのは、お世話になった身としては悔いが残っていた。
美咲のお陰もあり、今や私と美桜は健康体そのものであるが、念のためという事であと一週間だけ入院を続ける事になっている。
「お姉ちゃん、遊ぼー」
元気そうな男の子にそう声をかけられ、私は頷いた。
「ええ。何して遊ぶ?」
あの時の私は無理して倒れてしまったけど、今なら何でも出来る。鬼ごっこでもなんでも大丈夫だ。
答えながら美桜を見ると、女の子達に連れて行かれ、折り紙などをして遊ぶ態勢に入っていた。ハロウィンの時とは役割が逆である。
男の子の返事を待っていると、突然後ろから腰の辺りに抱き着かれ、視線を回した。
「あ。……えっと、まゆちゃん?」
そこにいたのは、ハロウィンパーティーの時に話をして一緒に遊んだ女の子。確か、名前はまゆちゃんで合っていたはず。
名前を呼ばれたまゆちゃんは、私の顔を見て嬉しそうに目を細めた。
「お姉ちゃん。会いたかった」
んー、これは。なんだろう、普通に嬉しい。
私は男の子の方にちょっと待っててほしいと謝罪した後、膝を折ってまゆちゃんと目線を合わせる。
「久しぶりだね、まゆちゃん。私の事覚えててくれたの?」
「うん。覚えてたよ」
可愛らしく首を縦に振って、まゆちゃんは続けた。
「まゆね、病気良くなってきてるんだって。もう少し頑張ったら、元気になれるかもしれないって」
そう言って笑顔を見せるまゆちゃんは、ハロウィンの時とは随分雰囲気が変わっていて、私もつられて顔がほころぶのを感じる。
「——そっか。良かったね。私も嬉しいよ」
祝福の言葉を返しながらその頭を撫でると、まゆちゃんは顔を赤らめて伏目がちになった。……不思議な反応だ。
「……まゆ、お姉ちゃんのお陰で頑張れたよ。……ありがとう」
再びまゆちゃんが私に抱き着いてくる。
胸がきゅーっとなった。可愛い。美桜とは別の意味で、愛しいという感情が生まれてくる。もしかしてこれが母性というやつなのだろうか。
それに私の想いがこの子にしっかり伝わっていたという事が、何より嬉しい。
まゆちゃんを抱き返しながら、声をかける。
「私も病気治ったんだよ。ある人に助けてもらって」
私の言葉を聞いたまゆちゃんは、私にしがみつきながら首を動かし、美桜の方を見た。
「……ちゅーのお姉ちゃんの事?」
「んー、そうだね。あのお姉ちゃんも助けてくれたよ」
病気を治してくれたのは美咲だけど、美桜がいなかったら今の私はここにいない。
美桜はいつも私の支えになってくれて、今も、この先も、ずっと支えてくれるだろう。
だから美桜も勿論、私を助けてくれた人の一人。
私の返しに少し含みがある事を子どもながらに察したのか、まゆちゃんは少しだけ黙った後、もう一度口を開いた。
「もしかして、あのツインテールのお姉ちゃんも?」
ツインテールのお姉ちゃん……。そういえば、美咲はいつもツインテールに髪を結んでたって言ってたっけ。
多分、これは美咲の事なのだろう。美咲が美桜と一緒にここに来た時に会っていたのか。
「そうだよ。そのお姉ちゃんも助けてくれた。二人のどっちかがいなくても、私はここにいなかったから。二人とも、私の恩人」
美桜にも美咲にも、返そうとしても返しきれないほどの恩がある。
それでも美桜には少しずつ返していくことは出来るが、美咲にはそもそもそれすら出来ないわけで。
美咲についての話を聞いた時からずっと思っている事だが、せめて一目だけでも、会ってみたかった。
私の——、いや、私達のために、命を懸けてここまで来てくれた、その子に。
「まゆも……。お姉ちゃんの事助けたい」
「え?」
予想外の言葉を貰い、つい変な声が出た。
この子はこの子なりに、私に恩を感じていたりするんだろうか。
「まゆだって、お姉ちゃんの事好きだもんっ」
そしてまゆちゃんはそう必死な声を出したかと思うと、なんと私の唇に自分の唇を合わせきた。——つまり、キスしてきた。
えっと。何、これ。なんだろうこれ。
一瞬唇を付けるだけのソフトなキスをして、先ほどと同じく真っ赤になっているまゆちゃんは、きっ、と少し離れた所にいる美桜の方を見やる。
私も見てみると、美桜が心底驚いた表情をこちらに向けていた。
どうするのかと視線を戻すと、まゆちゃんはあろうことか、美桜に舌を出してからまた私に抱き着いてくる。
あー、これ。もしかして嫉妬? 対抗心?
自分で言うのもなんだけど、つまりは私の事が好きだから、美桜にそういう類の感情を向けているんだ。
……最近の子は進んでるんだなぁ。
なんて事を思いながら。まゆちゃんを抱きしめる私は、ちょっと困ってしまうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
小児病棟から戻って来て、美桜の病室で二人で昼食。
普通に会話はしているのだが。なんとく。若干。美桜の機嫌が悪い気がした。
「あの……、美桜? 気のせいなら良いんだけど、さっきから少し、……えっと、ご機嫌斜め?」
「別に。そんな事ないよ」
言いながら昼食の肉じゃがを食べ進める美桜は、やはりそっけない。
「……もしかして、嫉妬?」
まゆちゃんとのやり取りを思い出しながら聞いてみると、美桜は「はぁ!?」と勢いよく顔を上げた。
「こ、子どもに嫉妬なんてするわけないでしょ!」
誰に、とは言ってないけど。
と思いつつも、声には出さない。余計に機嫌が悪くなる気がするし。
「何があっても、私が好きなのは美桜よ?」
なので代わりにそうフォローしておく。
美桜はそれを聞いて大人しくなった後、こくりと頷いた。
……その後は数分静かな昼食の時間が続いたが、美桜が不意に口を開く。
「私、一つ真璃に聞きたい事があったんだけど」
「んー? なに?」
返事をして美桜を見ると、真剣な表情をしている。
「私が目を覚ました時、今までは記憶をなくしてる事を話してたのに、なんで今回だけは隠したの? さすがに一年眠ってたっていうのは、今考えたら無理があったよ」
「美桜が私に引け目を感じるからよ」
美桜の質問に、私はあっさりと間髪入れずに答えた。
「私についての記憶を全部忘れている事を知ると、美桜は私に引け目を感じて、すぐに仲良くなる事が難しかったの。そんな時間は、私には無かったから」
あの時の私には、もう時間が無かった。とにかく美桜にアタックして、美桜の心の奥にある私への想いを引っ張り上げなければならなかったから。その為には、すぐに仲良くなる必要があった。だからああいう手に打って出たのだ。
説明を聞いた美桜は、納得したように「なるほど」と呟いている。
そこで、実は感じていた私の疑問も、この機会に美桜に聞いてみる事にした。
「私も美桜に聞きたい事があるわ。……美桜の日記、先生に頼んで少しだけ見せてもらったんだけど。どうして私と好き合ってる事とか、私とキスした事とか、何も書かなかったの?」
もしそれが書いてあったら、美桜が私への気持ちをちゃんと考える前に中途半端な答えが出てしまうから、ページを切り取ったり、その日記を見せないようにしたりなど、対応をしようと思ったのだが。美桜の日記にはそういう物が全く見受けられなかった。
それを前々から疑問に感じていたんだけど。
美桜は「あー」と短く唸って、私に向き直った。
「真璃さ。例えば、あなたは実は記憶を失ってるだけで、本当は私の事を好きになる前は萌姉と付き合ってたんだよ? ……って言ったら、信じる?」
「それは……、多分、信じられないわね」
正直に答えた私に、「でしょ?」と返してくる美桜。
「そういう事だよ。たとえ自分で書いたんだろうって思える日記でも、そんな事が書いてあったら、多分完全には信じられないし。もしかしたら逆にその人の事警戒する、なんて事もあるかもしれないし」
そこで、美桜は言葉を区切り、顔を伏せた。
顔を伏せたのは良いが、耳が赤くなっているのが見えるので、おそらく美桜は顔を赤らめている。分かりやすい。
「——それに、真璃が私の気持ちを思い出させてくれるって約束してくれたから。私がわざわざ自分の日記に書く必要なんて無いでしょ?」
……そうか。
美桜は本当に、心から、私の事を信用してくれていた。あの夜私が交わした誓いを、微塵も疑っていなかった。
胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じる。
ああ、やっぱり私、美桜の事が好きだなぁ。
「ねぇ、美桜」
名前を呼ぶと、赤い顔がこちらを向く。
そんな美桜に、私は「ん」と顔を突き出した。
「……なに?」
「キス。して」
言うと、美桜は赤い顔を更に真っ赤にしてわたわたとし始める。
「な、なんで? というか、す、すればいいじゃん。したいなら」
「やだ。いつも私からだもん。美桜からして」
したいならいつでもしても良いという風にとれる美桜の言葉に嬉しさを感じつつ、私は駄々をこねる。
しばらく赤い顔を震わせていた美桜だったが、覚悟を決めたように私を見つめ直し、声を発した。
「……もう、真璃ってば。……私も、何があっても、大好きだよ」
そして、唇が重なる。
——これから、私達の前には、一体どんな未来が待っているんだろう。
多分、楽しい事だけじゃない。
辛い事も、きっとあるだろうけど。
美桜となら。まぁ、どうにかなる。
そんな事を感じながら、この一瞬を胸に刻みつけるように、私はそっと目を閉じた。
……ちなみに、その後丁度病室に入って来た萌果さんに散々からかわれるのは、また別の話である。
「もうそれやめない!?」
プレイルームに響く元気な子どもの声に、隣にいた美桜が抗議の声を上げた。
私は美桜の肩に手を置き、声をかける。
「皆美桜の事そういう人だって知ってるし、もう堂々と私にちゅーしても大丈夫よ?」
「いや、誤解招くような言い方するのやめてよ! そもそもいつもしてくるのは——」
顔を真っ赤にした美桜は、そこまで言いかけた所ではっとして、恥ずかしそうに黙り込んだ。
……可愛い。これだからついついからかいたくなる。
にやつくのを止められないまま、私は子ども達の方に顔を戻した。
今、私達は小児病棟にあるプレイルームに遊びに来ている。
私はハロウィンの時以来だが、美桜は私が眠っている間に一度来ていたらしい。
その時に、また私を連れて遊びに来きてと子どもに言われたらしく、朝食の後美桜に誘われて、再びここに足を運んでいるというわけだ。
——三日ほど前、私は病院の中庭で美桜と話して、意識を失った。
あの時は本気で美桜とお別れをするつもりで話したのだが。心地の良い不思議な感覚と共に、目が覚め。
最初に見たのが満開の桜だったから、ああ、もしかしてあの世に来たのかもしれない、なんて事を一瞬考えた。
しかしよく周りを見てみると、そこは病院の中庭で。その満開の桜の木の根元で、うずくまるようにして泣き声をあげている美桜の後ろ姿が見えて。
私は自然と車椅子から降り、歩いて美桜に近づいていた。
……あの日のいくつもの奇跡は、美咲という美桜の未来の娘のお陰なのだという説明を、後から美桜に受けた。
私はその話を、全面的に信じてはいる。だがその美咲に一目も会えないままお別れになってしまったというのは、お世話になった身としては悔いが残っていた。
美咲のお陰もあり、今や私と美桜は健康体そのものであるが、念のためという事であと一週間だけ入院を続ける事になっている。
「お姉ちゃん、遊ぼー」
元気そうな男の子にそう声をかけられ、私は頷いた。
「ええ。何して遊ぶ?」
あの時の私は無理して倒れてしまったけど、今なら何でも出来る。鬼ごっこでもなんでも大丈夫だ。
答えながら美桜を見ると、女の子達に連れて行かれ、折り紙などをして遊ぶ態勢に入っていた。ハロウィンの時とは役割が逆である。
男の子の返事を待っていると、突然後ろから腰の辺りに抱き着かれ、視線を回した。
「あ。……えっと、まゆちゃん?」
そこにいたのは、ハロウィンパーティーの時に話をして一緒に遊んだ女の子。確か、名前はまゆちゃんで合っていたはず。
名前を呼ばれたまゆちゃんは、私の顔を見て嬉しそうに目を細めた。
「お姉ちゃん。会いたかった」
んー、これは。なんだろう、普通に嬉しい。
私は男の子の方にちょっと待っててほしいと謝罪した後、膝を折ってまゆちゃんと目線を合わせる。
「久しぶりだね、まゆちゃん。私の事覚えててくれたの?」
「うん。覚えてたよ」
可愛らしく首を縦に振って、まゆちゃんは続けた。
「まゆね、病気良くなってきてるんだって。もう少し頑張ったら、元気になれるかもしれないって」
そう言って笑顔を見せるまゆちゃんは、ハロウィンの時とは随分雰囲気が変わっていて、私もつられて顔がほころぶのを感じる。
「——そっか。良かったね。私も嬉しいよ」
祝福の言葉を返しながらその頭を撫でると、まゆちゃんは顔を赤らめて伏目がちになった。……不思議な反応だ。
「……まゆ、お姉ちゃんのお陰で頑張れたよ。……ありがとう」
再びまゆちゃんが私に抱き着いてくる。
胸がきゅーっとなった。可愛い。美桜とは別の意味で、愛しいという感情が生まれてくる。もしかしてこれが母性というやつなのだろうか。
それに私の想いがこの子にしっかり伝わっていたという事が、何より嬉しい。
まゆちゃんを抱き返しながら、声をかける。
「私も病気治ったんだよ。ある人に助けてもらって」
私の言葉を聞いたまゆちゃんは、私にしがみつきながら首を動かし、美桜の方を見た。
「……ちゅーのお姉ちゃんの事?」
「んー、そうだね。あのお姉ちゃんも助けてくれたよ」
病気を治してくれたのは美咲だけど、美桜がいなかったら今の私はここにいない。
美桜はいつも私の支えになってくれて、今も、この先も、ずっと支えてくれるだろう。
だから美桜も勿論、私を助けてくれた人の一人。
私の返しに少し含みがある事を子どもながらに察したのか、まゆちゃんは少しだけ黙った後、もう一度口を開いた。
「もしかして、あのツインテールのお姉ちゃんも?」
ツインテールのお姉ちゃん……。そういえば、美咲はいつもツインテールに髪を結んでたって言ってたっけ。
多分、これは美咲の事なのだろう。美咲が美桜と一緒にここに来た時に会っていたのか。
「そうだよ。そのお姉ちゃんも助けてくれた。二人のどっちかがいなくても、私はここにいなかったから。二人とも、私の恩人」
美桜にも美咲にも、返そうとしても返しきれないほどの恩がある。
それでも美桜には少しずつ返していくことは出来るが、美咲にはそもそもそれすら出来ないわけで。
美咲についての話を聞いた時からずっと思っている事だが、せめて一目だけでも、会ってみたかった。
私の——、いや、私達のために、命を懸けてここまで来てくれた、その子に。
「まゆも……。お姉ちゃんの事助けたい」
「え?」
予想外の言葉を貰い、つい変な声が出た。
この子はこの子なりに、私に恩を感じていたりするんだろうか。
「まゆだって、お姉ちゃんの事好きだもんっ」
そしてまゆちゃんはそう必死な声を出したかと思うと、なんと私の唇に自分の唇を合わせきた。——つまり、キスしてきた。
えっと。何、これ。なんだろうこれ。
一瞬唇を付けるだけのソフトなキスをして、先ほどと同じく真っ赤になっているまゆちゃんは、きっ、と少し離れた所にいる美桜の方を見やる。
私も見てみると、美桜が心底驚いた表情をこちらに向けていた。
どうするのかと視線を戻すと、まゆちゃんはあろうことか、美桜に舌を出してからまた私に抱き着いてくる。
あー、これ。もしかして嫉妬? 対抗心?
自分で言うのもなんだけど、つまりは私の事が好きだから、美桜にそういう類の感情を向けているんだ。
……最近の子は進んでるんだなぁ。
なんて事を思いながら。まゆちゃんを抱きしめる私は、ちょっと困ってしまうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
小児病棟から戻って来て、美桜の病室で二人で昼食。
普通に会話はしているのだが。なんとく。若干。美桜の機嫌が悪い気がした。
「あの……、美桜? 気のせいなら良いんだけど、さっきから少し、……えっと、ご機嫌斜め?」
「別に。そんな事ないよ」
言いながら昼食の肉じゃがを食べ進める美桜は、やはりそっけない。
「……もしかして、嫉妬?」
まゆちゃんとのやり取りを思い出しながら聞いてみると、美桜は「はぁ!?」と勢いよく顔を上げた。
「こ、子どもに嫉妬なんてするわけないでしょ!」
誰に、とは言ってないけど。
と思いつつも、声には出さない。余計に機嫌が悪くなる気がするし。
「何があっても、私が好きなのは美桜よ?」
なので代わりにそうフォローしておく。
美桜はそれを聞いて大人しくなった後、こくりと頷いた。
……その後は数分静かな昼食の時間が続いたが、美桜が不意に口を開く。
「私、一つ真璃に聞きたい事があったんだけど」
「んー? なに?」
返事をして美桜を見ると、真剣な表情をしている。
「私が目を覚ました時、今までは記憶をなくしてる事を話してたのに、なんで今回だけは隠したの? さすがに一年眠ってたっていうのは、今考えたら無理があったよ」
「美桜が私に引け目を感じるからよ」
美桜の質問に、私はあっさりと間髪入れずに答えた。
「私についての記憶を全部忘れている事を知ると、美桜は私に引け目を感じて、すぐに仲良くなる事が難しかったの。そんな時間は、私には無かったから」
あの時の私には、もう時間が無かった。とにかく美桜にアタックして、美桜の心の奥にある私への想いを引っ張り上げなければならなかったから。その為には、すぐに仲良くなる必要があった。だからああいう手に打って出たのだ。
説明を聞いた美桜は、納得したように「なるほど」と呟いている。
そこで、実は感じていた私の疑問も、この機会に美桜に聞いてみる事にした。
「私も美桜に聞きたい事があるわ。……美桜の日記、先生に頼んで少しだけ見せてもらったんだけど。どうして私と好き合ってる事とか、私とキスした事とか、何も書かなかったの?」
もしそれが書いてあったら、美桜が私への気持ちをちゃんと考える前に中途半端な答えが出てしまうから、ページを切り取ったり、その日記を見せないようにしたりなど、対応をしようと思ったのだが。美桜の日記にはそういう物が全く見受けられなかった。
それを前々から疑問に感じていたんだけど。
美桜は「あー」と短く唸って、私に向き直った。
「真璃さ。例えば、あなたは実は記憶を失ってるだけで、本当は私の事を好きになる前は萌姉と付き合ってたんだよ? ……って言ったら、信じる?」
「それは……、多分、信じられないわね」
正直に答えた私に、「でしょ?」と返してくる美桜。
「そういう事だよ。たとえ自分で書いたんだろうって思える日記でも、そんな事が書いてあったら、多分完全には信じられないし。もしかしたら逆にその人の事警戒する、なんて事もあるかもしれないし」
そこで、美桜は言葉を区切り、顔を伏せた。
顔を伏せたのは良いが、耳が赤くなっているのが見えるので、おそらく美桜は顔を赤らめている。分かりやすい。
「——それに、真璃が私の気持ちを思い出させてくれるって約束してくれたから。私がわざわざ自分の日記に書く必要なんて無いでしょ?」
……そうか。
美桜は本当に、心から、私の事を信用してくれていた。あの夜私が交わした誓いを、微塵も疑っていなかった。
胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じる。
ああ、やっぱり私、美桜の事が好きだなぁ。
「ねぇ、美桜」
名前を呼ぶと、赤い顔がこちらを向く。
そんな美桜に、私は「ん」と顔を突き出した。
「……なに?」
「キス。して」
言うと、美桜は赤い顔を更に真っ赤にしてわたわたとし始める。
「な、なんで? というか、す、すればいいじゃん。したいなら」
「やだ。いつも私からだもん。美桜からして」
したいならいつでもしても良いという風にとれる美桜の言葉に嬉しさを感じつつ、私は駄々をこねる。
しばらく赤い顔を震わせていた美桜だったが、覚悟を決めたように私を見つめ直し、声を発した。
「……もう、真璃ってば。……私も、何があっても、大好きだよ」
そして、唇が重なる。
——これから、私達の前には、一体どんな未来が待っているんだろう。
多分、楽しい事だけじゃない。
辛い事も、きっとあるだろうけど。
美桜となら。まぁ、どうにかなる。
そんな事を感じながら、この一瞬を胸に刻みつけるように、私はそっと目を閉じた。
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