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手と手をあわせて

ゴブコボ同盟~後編

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「──ゴブリン族である貴殿が、コボルト族の怪我人を治療するというのか?」
「ええ。私はそのためにこちらに参りましたので」

 ヒーラー様は族長が向ける鋭い視線にも臆することなく、そう告げた。その立ち姿はパグ班長とは違って、怯えも震えもしていない堂々とした立ち姿だった。

「──ふっ。ふはっ!これは面白い。我々は命を奪い合う敵同士なのだぞ?それを打ち負かした相手に連れられて敵の真っ只中に飛び込み、そのうえ怪我人の治療をするために来たと言うか。実に愉快だ」

 族長は珍しく大きな声を上げるとお腹を押さえてとても楽しそうに笑いを堪えていた。

「あら?冗談などではありませんよ。私はいたって真面目に話していますので」
「・・・それで、何を狙っている?」

 ヒーラー様はそんな族長の姿にも動じず、変わらず立っている。僕やアキタ、パグ班長なんかはビクビクしっぱなしなのに。

「狙う・・・とは、何の話ですか?」
「とぼけなくても良い。勝者は敗者から奪うもの。それが何の見返りも腹積もりもなく、に変わるはずもなかろう」

 確かに族長の言う通りだ。やりたくてやったことではないとはいえ、僕達はゴブリン達を殺そうとした──
 なのに彼らは圧倒的に勝ったにもかかわらず、僕達を捕虜とし、さらには僕達の種族の危機を前にして"同盟"を組もうなんて、どう考えてもおかしな話だ。

「見返りも求めませんし、腹積もりもありません・・・」

 ヒーラー様は静かに首を横に振ると、さらに一歩前へと歩みでた。

「私は"ゴブリンヒーラー"です。私は傷付いた者を。そこに傷付いた者がいるのならそれを癒すのが私の役割」
「・・・それが敵でもか?」

 族長の言葉にヒーラー様はまた静かに首を振る。

「・・・"敵"ではありません。貴方がたも御存じかと思いますが、我々ゴブリンは人間達に襲われ滅びる寸前でした。そんな私達を導き、抗う力を与え、勝利を齎した、我々をが貴方がたと"同盟"を組むと言ったのです。それが"敵"であろうはずがありません」

 ヒーラー様は、静かなまま、だけどはっきりとそう応えた。何の迷いもそこには見えなかった。

「・・・我等と同盟・・・だと?」
「ええ。ここにいる皆さんに一度お尋ねはしたのですが、自分達では決められないと仰られるので。その確認も兼ねて参りました」

 族長はそう言い切ったヒーラー様をじっと見つめていた。発言の深意を探るように、見定めるように。
 僕ならしまっていたかもしれない・・・。

「・・・ふむ。その"導くもの"とやらは今何処にいる?」
「彼ならば、また私達に勝利を齎すために奮闘してくれています。ここには遅れてやってくるかと」

 族長は目を閉じじっと何かを考えていたが、ふっと息を吐くと表情を綻ばせた。

「分かった。その者が到着するまでの間、怪我人の治療を頼めるだろうか。同盟についてはその者と直接話したい。構わんか?」
「ええ。それが私の役割ですので」

 族長の表情も声もとても愉しそう。

「ゴールド。この者を怪我人の場所に案内してやれ。皆の間違いがないようお前が護衛しろ」
「は、はっ!」
「ハスキー。残りの者を落ち着ける場所に案内してやれ。くれぐれも間違いのないようにな」
「はっ!」

 最後に、僕達へと顔を向ける。

「お前達もご苦労であった。時が来るまでゆっくりとするが良い」
「?!は、はっ!」

 パグ班長が頭を下げる。僕とアキタも慌ててそれに倣う。なんだかとてもドキドキしていた──



 ハスキーさんとゴールドさんに連れられて、母屋をあとにする。

「あんた、やるねぇ。ゴブリンてのはもっと弱くて、その上あんたは余計に大人しそうなのに。あの族長相手にあれだけ言えるのは大したもんだ」

 母屋を出るなりゴールドさんがヒーラー様に待ってましたとばかりに話しかけた。

「いえ。そんなことはありませんよ。あまりに恐くて必死に震えるのを我慢していましたから」
「本当かい?そんなふうには見えなかったけどなぁ」

 族長の強さと恐さを一番身近で知ってるだけに、あんなにも毅然とした態度を取れたヒーラー様に興味津々といったふうだ。

「ゴールド。真面目に案内をしろ。怪我人達は今も苦しんでいるんだぞ」
「分かってるって。お前は相変わらずカタブツだなぁ」

 そんなことを話していた僕達の側へと1人のゴブリンが近づいてきた。その人はヒーラー様と違い、真っ黒なローブに捻れた樹の枝で作られた杖を持っている。

「ヒーラー様。首尾はどうでしたかな?」
「ええ。精一杯頑張りました。 あとのことは同盟を言い出した本人に任せることにします。本来は私のではありませんしね」
「ふぉっふぉっふぉっ。確かに確かに。種族の壁を越えて手を取り合うなど大それたことは、それこそ"神"にでもお願いするべきじゃな」

 話を終えると、ヒーラー様はゴールドさんに連れられて怪我人達がいる小屋へと向かっていった。僕もちょっとした怪我を直してもらっているから、ヒーラー様の癒しの力のすごさは分かっている。どうか仲間達を助けてください。遠ざかっていくヒーラー様の背中にそう願う。

「何をしている。お前達にはこの者達の側付きをさせる。早くしろ」
「はっ、はいっ!」

 ハスキーさんの少し怒った声に慌ててあとを追いかける。もう一度振り返って見たヒーラー様の背中は小さく、決してさっきのような強さは感じられなかった。

 あんなにすごい人にあんなふうに言われる、あの小さなゴブリンはどんなにすごい人なんだろうか・・・。
 僕も頑張ればいつかは族長みたいに逞しく、ヒーラー様みたいに強く、あの小さなゴブリンのように言われる──

 そんなコボルトになれるだろうか──
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