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①もし王子に執着されていなかったら
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「田辺さんこんにちは! 今日は神殿から出て来て大丈夫だったの?」
聖女の田辺さんは、こうやってたまに神殿を抜け出して街にやってくるのだ。
髪の毛の色とかで騒がれると厄介だからって、髪の色を変える魔法を使って街娘風の服を着ている。
俺もお城を出る時に、王子に茶色にしてもらったから、こうやって市井に無事に馴染んでいる。
田辺さんに巻き込まれる形でこの世界にやってきた俺は、幸いなことに読み書きに不自由しなかったから、街の役場で事務の仕事に就くことが出来た。
事務といっても、元の世界の市役所なんかと比べるとまったりしたもので、ご近所さんが世間話をしに気軽に立ち寄るような感じだ。
そこに田辺さんもたまにやってくる。
「北川までそんなお堅いこと言わないでよ~」
「だってこの間、捜索隊まで出されちゃってたじゃん」
「そうだけどさ、今日はちゃんと書置きしてきたから大丈夫なの!」
「何て書置きしてきたの?」
「夕方には帰るって書いたから平気」
聖女の訓練は結構大変みたいだから、ここに来て愚痴ることでスッキリするならそれでも良いかなって。
俺は元の世界に帰れないのは一緒だけど自由に過ごせてるから、同級生のよしみだ。
「そっか。じゃあお茶でも入れるから、そこに座っててよ」
「は~い」
こっちの世界に来て半年程経って、そろそろ魔王の討伐に行かなきゃいけないんだって。
色々不安なのかもしれないな。
「でさあ、勇者様も薬師のエリックも仲良くしてくれるんだけどね、王子様だけは打ち解けられないんだよね。このまま旅に出ても大丈夫なのかなって思うとちょっとだけ心配」
確かに俺から見ても、あの王子は人見知りどうこうのレベルじゃなく、人との接触を嫌っている印象を受けた。
聖女の田辺さんには勿論、巻き込まれた俺に対しても丁寧な口調で話してくれるけど、どこか事務的だし。
俺は街に出てから、ほとんど会うことないからそれほど気にはならないけど、一緒に旅をするのに一人だけよそよそしいのはやり辛いだろうなあ。
「それにさ、知ってた? こっちの世界って普通に同性婚出来るし、同性同士でも子供を授かれるんだって!」
「そりゃ、役場で働いてるんだからそれくらい知ってるよ。月に何組か同性カップルが婚姻届け出しに来るもん」
「マジで!? 知ってたなら教えてくれたら良かったのに! 良いなあ。うちもイケメンカップルとか生で見たいよお」
心底悔しそうにしている田辺さんが、腐女子だったことに驚きつつ、同性同士どころか異種族カップルもいるのになと、残念な物を見るような目になってしまうのは仕方のないことだ。
「あのキラキラ王子様には、儚げな美人系イケメンが合うと思うんだよねぇ――」
いつの間にか田辺さんのBL談議に巻き込まれていて、うへえとなる……。
田辺さんには悪いけど誰か迎えに来てくれないかな――。
そう思っていると、役場の受付が騒がしいことに気付き、俺は田辺さんにはこの場で待機してもらって様子を見に行くことにした。
「こちらに聖女様は来ていないか?」
受付にいたのはさっきまで田辺さんのBL妄想の餌食になっていた王子で、久しぶりに会ったけど少し窶れている気がした。
「聖女様はいらっしゃっていないと思うのですが……」
「そんな訳はない。書置きをして神殿を抜け出して行く先など、ここぐらいなものだ」
受付のお姉さんが勇気を出して王子にそう言うと、居るはずだって言うから、初めから決めつけているなら聞くなと思った。
キラキラ王子の冷たい表情は、底冷えするほど恐ろしくて、お姉さんが震えているのに気が付く。
街娘に扮している田辺さんの正体が分かるのはこの場では俺くらいなもんで、皆は知らないんだから、殺気を出して周りを怖がらせるのは止めて欲しい。
「レオンハルト殿下、お久しぶりです。北川です」
俺は王子とお姉さんの間に入ると、挨拶をした。
「これは、キタガワ殿。ご無沙汰しております。わたしは聖女様をお迎えに上がりました。いらっしゃるのでしょう?」
物腰は丁寧だけど、有無を言わさない感じが王族って感じで鼻につくな。
「この場では、他の者が怖がりますから、奥にどうぞ」
俺も負けじと王子に移動を促す。
少しムッとしたようだったけど、怯えた様子の役場の人々に気が付いたのか、黙って俺の後について部屋に入って来た。
「やはりこちらにおいででしたか」
王子は部屋に入るなり、田辺さんに鋭い視線を向けて、髪の色を変える魔法を解除した。
「ちょっと、北川! もう少し匿ってくれてもいいじゃない!」
「そんなこと言われてもさ、この王子様が殺気を放ってくれちゃったおかげで、皆パニック寸前だったんだから仕方ないよ」
「さあ聖女様、神殿に戻りますよ」
田辺さんに近付くと、腕を引いて強引に椅子から立たせて、そのまま連れ出そうとする。
それを見た俺は何か腹が立っちゃって、思わず王子の腕を引き剥がして田辺さんを背に庇うように対峙した。
「嫌がってるだろ! いくら王子でも女の子に乱暴するなんて許せない」
「キタガワ殿、あなたは今何をしているかご理解なさっていますか? 聖女様のご学友と言えど、これは不敬にあたります」
「不敬でも何でも良いよ! あんたらの勝手な都合で強制的に聖女にされたって言うのに、息抜き一つさせないで、田辺さんはお前らの道具かよ!?」
「北川――」
「田辺さんは黙ってて! 俺はこいつに言ってやらなきゃ気が済まない! 何とか言えよ!」
「――クラーレ……」
「はあっ?」
怒り狂って怒鳴り散らしている俺を見て、何かの名前の様な言葉を呟いて王子が固まった。
こんな状況じゃ、俺も熱が冷めて来て、少し言い過ぎだったかもと思い出した。
固まったままの王子をどうしようかと思っていると、再びさっきの言葉を叫んで俺の両手を取って握りしめた。
今度は俺が固まる番だ。
「クラーレ!」
魔法で凡庸な茶髪に変えてもらっていた髪色が元の黒に戻される。
「ああっ! やはりクラーレだ……」
固まりつつ状況を整理しようとするけど、益々混乱するばかりだ。
「えっ!? もしかしてこれって生BL?」
ちょっと、俺田辺さんのこと庇ってたよね? なのに何でそんな楽しそうなの!
「キタガワ殿……、先程までのご無礼をお許し下さい。わたしにはあなたが必要です。どうか一緒に城まで来ていただけないでしょうか?」
跪いて俺の両手を額に当てて懇願する様は、物語に出てくる姫に愛を誓う王子だとか、主に忠誠を誓う騎士を彷彿とさせる。
これが当事者じゃなかったら、見てて感動するっていうか、惹きつけられるものがあるけど、突然すぎて全く以って意味が分からない。
「いや……。急にそんなこと言われても、俺まだ勤務中だし」
そうなのだ。
田辺さんの愚痴に付き合ってはいたけど、れっきとした勤務中で、話を聞きつつ書類仕事をしていたのだ。
「そのことですが、キタガワ殿はもう働く必要はございません。これからはわたしが責任を持ってお世話いたしますから」
いつも冷たい雰囲気の王子の満面のキラキラ笑顔なんて初めて見た! って、それどころじゃない!
もしかして仕事辞めて城に来いって言われてる?
「それってプロポーズ!? 王子様、北川に惚れちゃった?」
田辺さ~ん! 何でそういうこと言うかな!? さすがにプロポーズはないだろ。
俺はただの地味な男だし、惚れるとかあるわけない。
「そうとって頂いて構いません。きちんとした場を儲けて改めて求婚するつもりではございますが、魔王討伐の旅に出るまで猶予が幾許いくばくもありません。わたしはもう、キタガワ殿と離れるつもりはございません」
「きゃあ~! 王子様かっこいい!」
田辺さんは絶対に楽しんでいる――。
俺の背中の後ろで小さく叫んでて、あれ? 俺田辺さんのこと庇ってたよね? って疑問符が浮かび上がる。
「急に意味分かんないんだけど。そもそも、俺怒ってましたよね?」
打って変わってうっとりとした表情の王子は、さっきまで殺気を放っていた人と同じなのかすら疑わしい。
「クラーレはわたしが幼い頃に共にいた犬なのですが、自分よりも強い相手にも怯むことなく挑みかかり、わたしを護ってくれるような勇敢な犬だったのです」
急に語り出したよ……。
俺はさっきから何を聞かされているんだ?
「唯一心を許せる相手だったのに、わたしの不注意で命を失わせてしまいました――」
クラーレって犬、死んじゃったんだ――。
「魔力も力もないのに聖女様を護るあなたが、勇敢だったわたしのクラーレと重なって見えました。わたしに面と向かって意見を言う者はおりません。ましてや、怒鳴りつけられるなど――。あなたが初めてです」
頬を薄っすら桃色に染めて、ずっと握られたままだった手に頬ずりを始めた。
さすがに背筋がゾゾっとしたから、これ以上不敬もクソもないと王子の手を振り払う。
「いや、ちょっと本当に意味が分からない――。百歩譲ってそのクラーレって犬と似てるとして、何でいきなりそんな口説かれるようなことになるわけ?」
手を振り払われた王子は少し傷付いた顔をして、ちょっとだけ罪悪感が芽生える。
取り合えず意味が分からな過ぎて、このまま話していても終わりが見えないから、田辺さんには悪いけど、二人で帰ってもらうことにしよう。
「あー、殿下も田辺さんも今日のところはもう帰ってもらえるかな? ほら、俺まだ仕事残ってるし。正直急展開過ぎて頭もついてかないし」
王子のことはこれ以上関わってはいけないと思うし、早く帰ってもらうに越したことはない。
だっていきなり飼ってた犬に似てるとか言われてもさ……。
ましてや何かプロポーズ的な展開だったし。
パニックだよ。
「今日のところはこれ以上ショウゴ殿を困らせてしまってはいけませんので退きます。しかし、わたしの心はもうショウゴ殿あなたの虜です。魔王討伐の旅にご同行いただけないでしょうか?」
「――。いやさ、もう訳分かんねえよ。戦闘力ゼロのただの役場の事務員がなんで魔王討伐の旅に出るんだよ。そんなんすぐ死ぬわ!」
「その点はご安心ください。わたしの命に代えましてもショウゴ殿のことをお護り致しますから」
話が通じない相手と話すことは本当にストレスがすごい……。
さっきまで『キタガワ殿』って呼んでたのに、いつのまにか『ショウゴ殿』になってるし――。
「王子様が護ってくれるなら大丈夫なんじゃない? うちは生BLが近くで見られるなら大賛成!」
田辺さんは敵だな……。
これは無理やり同行させられかねないから、こんなこと言うキャラじゃないし嫌だけど、背に腹は変えられない。
「もし、無理やり同行させるとかなったら、俺殿下のこと嫌いになります」
そう言ってチラッと上目づかいで王子を見ると、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「うわっ……。北川あざといww」
もう田辺さんは黙っていてくれよ。 王子の方はあと一押しか?
「俺、男の人と付き合うとか考えたことなくて……。まず友達になるっていうのはどうですか?」
「勿論です! わたしの方からも是非お願いいたします。ゆっくりわたしのことを知って頂いて、ゆくゆくは夫婦に――」
興奮した王子は友達からの想像力が豊か過ぎて、付いていけない……。
どうしてこうなったんだろう。
「あっ殿下、帰る前に髪の毛の色をまた茶色にしてもらっても良いですか? 黒髪じゃ目立つんで」
「承知いたしました。美しい黒髪を他の者に見せるのはわたしも許せませんし、わたしだけが見られれば良いですもんね」
普通に、市井に紛れるためにって黒髪から茶髪にしてもらっていただけだったのに、急に王子の中では他者に見せないためっていう理由に代わっていて思わず苦笑する。
この日はなんとか帰ってもらったんだけど、それから毎日やってくる王子に辟易する。
王子との話し合いで、魔王討伐に付いて行くのは何とか回避出来たけど、代わりに俺の背中に居場所の分かる魔法陣をつけることになってしまった。
これさえあれば、俺がどこにいても王子に居場所が分かって、座標も分かるから転移してこれるんだって。
転移機能付きGPSっていうところだろうか――。
仕事を辞めたくなかった俺は、渋々その条件を呑むしかなかった。
かなりしつこかったから折れたともいうけど……。
背中の魔法陣は、黒子にしか見えないくらい小さいものだから、違和感も何にもなくて、本当に魔法陣なのかと疑っていた。
そしたら魔法陣を施した翌日の終業後に買い物をしていると、いきなり王子が目の前に現れて、本当にGPS付けられているんだなと実感することになるんだけど――。
ほどなくして、魔王討伐の旅に出る日がやって来た。
俺はみんなを見送るためにお城の門の前まで行く。
「田辺さんもみんなも、危険なことがたくさんあると思うから気を付けてね! いってらっしゃい」
馬に跨りながら手を振って門を抜けていく一行の最後尾にいた王子が、まだ俺に着いて来て欲しいと言うから、「GPSですぐ会えるじゃん」と宥めてなんとか諦めて出発してもらった。
――確かにすぐ会えるって言ったのは俺だけどさ、まさか毎日夜になると俺の部屋に転移してくるとは思わないじゃんか――。
見張りとか良いのか聞いたら、頑丈な結界を施してきたから大丈夫なんだって……。
万が一破られそうになったら転移で戻るから問題ないそうだ――。
俺の部屋にはベッドが一つしかないから、必然的に同じベッドで寝ることになるし……。
最近スキンシップが友人の域を超えてきているような――。
それを俺も嫌じゃないって思っちゃっていて、いったいどうなることやら。
あまりにも毎日来るし、その日何をしていたのか根掘り葉掘り聞くから、ついカッとなって「俺に構ってないで魔王討伐に集中しろよ!」って言っちゃったら真顔になって、まだ来たばかりだというのに転移して戻って行った。
翌日から王子は俺のところに来なくなった。
王子が来なくなって、俺は俺で日常を取り戻しつつある。
そんなある日、魔王が倒されたというニュースが世界を駆け巡った。
みんなが旅に出てまだ半年ほどだった。 本来であれば一年以上かかると言われていたのに――。
「ショウゴ殿! ただいま戻りました!」
部屋で寛いでいると、久しぶりに目の前に王子が現れた。
少し痩せて窶れていたけど、笑顔は相変わらずキラキラ王子だった。
「お帰りなさい。魔王討伐したんだって?」
「ええ! ショウゴ殿と離れ離れな生活にもう耐えられそうにありませんでしたから、旅の予定を変更して、先に魔王を倒すことにしたのです!」
予定を変更してそんなこと出来るのか?
不思議そうな顔をしていたのか、王子が詳しく教えてくれた話によると――。
旅の合間に瘴気を祓うために寄るべき場所が何か所もあるんだけど、それを後回しにして先に魔王城に乗り込んだんだって。
それで、魔王さえ倒せば新たな瘴気の発生源も出現しないし、田辺さんさえいれば浄化出来るから、王子以外のメンバーを残して王子だけ単身で戻って来たらしい――。
俺に会いたかったからってさ、サクッと魔王討伐しすぎだろ!?
幸い誰一人欠けることなく、大きな怪我もないと聞いてホッと胸を撫でおろした。
しばらくぶりに見た王子は窶れてるし、俺も会えなくて寂しかったみたいで、無事に帰ってきてくれたことも嬉しくって思わず抱き着いてしまった。
後から思えばどうかしてたとしか思えないんだけど、久しぶりの再会で昂っちゃって、何と体を重ねることになってしまっていたらしく、正気に戻ったのは翌朝。
そこからはさらに展開が早くて、王子と俺は婚約して一緒に住むことになったりと、この世界に来てからまさかそうなるとは思っていなかったような未来が待っているのだった――。
――END――
聖女の田辺さんは、こうやってたまに神殿を抜け出して街にやってくるのだ。
髪の毛の色とかで騒がれると厄介だからって、髪の色を変える魔法を使って街娘風の服を着ている。
俺もお城を出る時に、王子に茶色にしてもらったから、こうやって市井に無事に馴染んでいる。
田辺さんに巻き込まれる形でこの世界にやってきた俺は、幸いなことに読み書きに不自由しなかったから、街の役場で事務の仕事に就くことが出来た。
事務といっても、元の世界の市役所なんかと比べるとまったりしたもので、ご近所さんが世間話をしに気軽に立ち寄るような感じだ。
そこに田辺さんもたまにやってくる。
「北川までそんなお堅いこと言わないでよ~」
「だってこの間、捜索隊まで出されちゃってたじゃん」
「そうだけどさ、今日はちゃんと書置きしてきたから大丈夫なの!」
「何て書置きしてきたの?」
「夕方には帰るって書いたから平気」
聖女の訓練は結構大変みたいだから、ここに来て愚痴ることでスッキリするならそれでも良いかなって。
俺は元の世界に帰れないのは一緒だけど自由に過ごせてるから、同級生のよしみだ。
「そっか。じゃあお茶でも入れるから、そこに座っててよ」
「は~い」
こっちの世界に来て半年程経って、そろそろ魔王の討伐に行かなきゃいけないんだって。
色々不安なのかもしれないな。
「でさあ、勇者様も薬師のエリックも仲良くしてくれるんだけどね、王子様だけは打ち解けられないんだよね。このまま旅に出ても大丈夫なのかなって思うとちょっとだけ心配」
確かに俺から見ても、あの王子は人見知りどうこうのレベルじゃなく、人との接触を嫌っている印象を受けた。
聖女の田辺さんには勿論、巻き込まれた俺に対しても丁寧な口調で話してくれるけど、どこか事務的だし。
俺は街に出てから、ほとんど会うことないからそれほど気にはならないけど、一緒に旅をするのに一人だけよそよそしいのはやり辛いだろうなあ。
「それにさ、知ってた? こっちの世界って普通に同性婚出来るし、同性同士でも子供を授かれるんだって!」
「そりゃ、役場で働いてるんだからそれくらい知ってるよ。月に何組か同性カップルが婚姻届け出しに来るもん」
「マジで!? 知ってたなら教えてくれたら良かったのに! 良いなあ。うちもイケメンカップルとか生で見たいよお」
心底悔しそうにしている田辺さんが、腐女子だったことに驚きつつ、同性同士どころか異種族カップルもいるのになと、残念な物を見るような目になってしまうのは仕方のないことだ。
「あのキラキラ王子様には、儚げな美人系イケメンが合うと思うんだよねぇ――」
いつの間にか田辺さんのBL談議に巻き込まれていて、うへえとなる……。
田辺さんには悪いけど誰か迎えに来てくれないかな――。
そう思っていると、役場の受付が騒がしいことに気付き、俺は田辺さんにはこの場で待機してもらって様子を見に行くことにした。
「こちらに聖女様は来ていないか?」
受付にいたのはさっきまで田辺さんのBL妄想の餌食になっていた王子で、久しぶりに会ったけど少し窶れている気がした。
「聖女様はいらっしゃっていないと思うのですが……」
「そんな訳はない。書置きをして神殿を抜け出して行く先など、ここぐらいなものだ」
受付のお姉さんが勇気を出して王子にそう言うと、居るはずだって言うから、初めから決めつけているなら聞くなと思った。
キラキラ王子の冷たい表情は、底冷えするほど恐ろしくて、お姉さんが震えているのに気が付く。
街娘に扮している田辺さんの正体が分かるのはこの場では俺くらいなもんで、皆は知らないんだから、殺気を出して周りを怖がらせるのは止めて欲しい。
「レオンハルト殿下、お久しぶりです。北川です」
俺は王子とお姉さんの間に入ると、挨拶をした。
「これは、キタガワ殿。ご無沙汰しております。わたしは聖女様をお迎えに上がりました。いらっしゃるのでしょう?」
物腰は丁寧だけど、有無を言わさない感じが王族って感じで鼻につくな。
「この場では、他の者が怖がりますから、奥にどうぞ」
俺も負けじと王子に移動を促す。
少しムッとしたようだったけど、怯えた様子の役場の人々に気が付いたのか、黙って俺の後について部屋に入って来た。
「やはりこちらにおいででしたか」
王子は部屋に入るなり、田辺さんに鋭い視線を向けて、髪の色を変える魔法を解除した。
「ちょっと、北川! もう少し匿ってくれてもいいじゃない!」
「そんなこと言われてもさ、この王子様が殺気を放ってくれちゃったおかげで、皆パニック寸前だったんだから仕方ないよ」
「さあ聖女様、神殿に戻りますよ」
田辺さんに近付くと、腕を引いて強引に椅子から立たせて、そのまま連れ出そうとする。
それを見た俺は何か腹が立っちゃって、思わず王子の腕を引き剥がして田辺さんを背に庇うように対峙した。
「嫌がってるだろ! いくら王子でも女の子に乱暴するなんて許せない」
「キタガワ殿、あなたは今何をしているかご理解なさっていますか? 聖女様のご学友と言えど、これは不敬にあたります」
「不敬でも何でも良いよ! あんたらの勝手な都合で強制的に聖女にされたって言うのに、息抜き一つさせないで、田辺さんはお前らの道具かよ!?」
「北川――」
「田辺さんは黙ってて! 俺はこいつに言ってやらなきゃ気が済まない! 何とか言えよ!」
「――クラーレ……」
「はあっ?」
怒り狂って怒鳴り散らしている俺を見て、何かの名前の様な言葉を呟いて王子が固まった。
こんな状況じゃ、俺も熱が冷めて来て、少し言い過ぎだったかもと思い出した。
固まったままの王子をどうしようかと思っていると、再びさっきの言葉を叫んで俺の両手を取って握りしめた。
今度は俺が固まる番だ。
「クラーレ!」
魔法で凡庸な茶髪に変えてもらっていた髪色が元の黒に戻される。
「ああっ! やはりクラーレだ……」
固まりつつ状況を整理しようとするけど、益々混乱するばかりだ。
「えっ!? もしかしてこれって生BL?」
ちょっと、俺田辺さんのこと庇ってたよね? なのに何でそんな楽しそうなの!
「キタガワ殿……、先程までのご無礼をお許し下さい。わたしにはあなたが必要です。どうか一緒に城まで来ていただけないでしょうか?」
跪いて俺の両手を額に当てて懇願する様は、物語に出てくる姫に愛を誓う王子だとか、主に忠誠を誓う騎士を彷彿とさせる。
これが当事者じゃなかったら、見てて感動するっていうか、惹きつけられるものがあるけど、突然すぎて全く以って意味が分からない。
「いや……。急にそんなこと言われても、俺まだ勤務中だし」
そうなのだ。
田辺さんの愚痴に付き合ってはいたけど、れっきとした勤務中で、話を聞きつつ書類仕事をしていたのだ。
「そのことですが、キタガワ殿はもう働く必要はございません。これからはわたしが責任を持ってお世話いたしますから」
いつも冷たい雰囲気の王子の満面のキラキラ笑顔なんて初めて見た! って、それどころじゃない!
もしかして仕事辞めて城に来いって言われてる?
「それってプロポーズ!? 王子様、北川に惚れちゃった?」
田辺さ~ん! 何でそういうこと言うかな!? さすがにプロポーズはないだろ。
俺はただの地味な男だし、惚れるとかあるわけない。
「そうとって頂いて構いません。きちんとした場を儲けて改めて求婚するつもりではございますが、魔王討伐の旅に出るまで猶予が幾許いくばくもありません。わたしはもう、キタガワ殿と離れるつもりはございません」
「きゃあ~! 王子様かっこいい!」
田辺さんは絶対に楽しんでいる――。
俺の背中の後ろで小さく叫んでて、あれ? 俺田辺さんのこと庇ってたよね? って疑問符が浮かび上がる。
「急に意味分かんないんだけど。そもそも、俺怒ってましたよね?」
打って変わってうっとりとした表情の王子は、さっきまで殺気を放っていた人と同じなのかすら疑わしい。
「クラーレはわたしが幼い頃に共にいた犬なのですが、自分よりも強い相手にも怯むことなく挑みかかり、わたしを護ってくれるような勇敢な犬だったのです」
急に語り出したよ……。
俺はさっきから何を聞かされているんだ?
「唯一心を許せる相手だったのに、わたしの不注意で命を失わせてしまいました――」
クラーレって犬、死んじゃったんだ――。
「魔力も力もないのに聖女様を護るあなたが、勇敢だったわたしのクラーレと重なって見えました。わたしに面と向かって意見を言う者はおりません。ましてや、怒鳴りつけられるなど――。あなたが初めてです」
頬を薄っすら桃色に染めて、ずっと握られたままだった手に頬ずりを始めた。
さすがに背筋がゾゾっとしたから、これ以上不敬もクソもないと王子の手を振り払う。
「いや、ちょっと本当に意味が分からない――。百歩譲ってそのクラーレって犬と似てるとして、何でいきなりそんな口説かれるようなことになるわけ?」
手を振り払われた王子は少し傷付いた顔をして、ちょっとだけ罪悪感が芽生える。
取り合えず意味が分からな過ぎて、このまま話していても終わりが見えないから、田辺さんには悪いけど、二人で帰ってもらうことにしよう。
「あー、殿下も田辺さんも今日のところはもう帰ってもらえるかな? ほら、俺まだ仕事残ってるし。正直急展開過ぎて頭もついてかないし」
王子のことはこれ以上関わってはいけないと思うし、早く帰ってもらうに越したことはない。
だっていきなり飼ってた犬に似てるとか言われてもさ……。
ましてや何かプロポーズ的な展開だったし。
パニックだよ。
「今日のところはこれ以上ショウゴ殿を困らせてしまってはいけませんので退きます。しかし、わたしの心はもうショウゴ殿あなたの虜です。魔王討伐の旅にご同行いただけないでしょうか?」
「――。いやさ、もう訳分かんねえよ。戦闘力ゼロのただの役場の事務員がなんで魔王討伐の旅に出るんだよ。そんなんすぐ死ぬわ!」
「その点はご安心ください。わたしの命に代えましてもショウゴ殿のことをお護り致しますから」
話が通じない相手と話すことは本当にストレスがすごい……。
さっきまで『キタガワ殿』って呼んでたのに、いつのまにか『ショウゴ殿』になってるし――。
「王子様が護ってくれるなら大丈夫なんじゃない? うちは生BLが近くで見られるなら大賛成!」
田辺さんは敵だな……。
これは無理やり同行させられかねないから、こんなこと言うキャラじゃないし嫌だけど、背に腹は変えられない。
「もし、無理やり同行させるとかなったら、俺殿下のこと嫌いになります」
そう言ってチラッと上目づかいで王子を見ると、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「うわっ……。北川あざといww」
もう田辺さんは黙っていてくれよ。 王子の方はあと一押しか?
「俺、男の人と付き合うとか考えたことなくて……。まず友達になるっていうのはどうですか?」
「勿論です! わたしの方からも是非お願いいたします。ゆっくりわたしのことを知って頂いて、ゆくゆくは夫婦に――」
興奮した王子は友達からの想像力が豊か過ぎて、付いていけない……。
どうしてこうなったんだろう。
「あっ殿下、帰る前に髪の毛の色をまた茶色にしてもらっても良いですか? 黒髪じゃ目立つんで」
「承知いたしました。美しい黒髪を他の者に見せるのはわたしも許せませんし、わたしだけが見られれば良いですもんね」
普通に、市井に紛れるためにって黒髪から茶髪にしてもらっていただけだったのに、急に王子の中では他者に見せないためっていう理由に代わっていて思わず苦笑する。
この日はなんとか帰ってもらったんだけど、それから毎日やってくる王子に辟易する。
王子との話し合いで、魔王討伐に付いて行くのは何とか回避出来たけど、代わりに俺の背中に居場所の分かる魔法陣をつけることになってしまった。
これさえあれば、俺がどこにいても王子に居場所が分かって、座標も分かるから転移してこれるんだって。
転移機能付きGPSっていうところだろうか――。
仕事を辞めたくなかった俺は、渋々その条件を呑むしかなかった。
かなりしつこかったから折れたともいうけど……。
背中の魔法陣は、黒子にしか見えないくらい小さいものだから、違和感も何にもなくて、本当に魔法陣なのかと疑っていた。
そしたら魔法陣を施した翌日の終業後に買い物をしていると、いきなり王子が目の前に現れて、本当にGPS付けられているんだなと実感することになるんだけど――。
ほどなくして、魔王討伐の旅に出る日がやって来た。
俺はみんなを見送るためにお城の門の前まで行く。
「田辺さんもみんなも、危険なことがたくさんあると思うから気を付けてね! いってらっしゃい」
馬に跨りながら手を振って門を抜けていく一行の最後尾にいた王子が、まだ俺に着いて来て欲しいと言うから、「GPSですぐ会えるじゃん」と宥めてなんとか諦めて出発してもらった。
――確かにすぐ会えるって言ったのは俺だけどさ、まさか毎日夜になると俺の部屋に転移してくるとは思わないじゃんか――。
見張りとか良いのか聞いたら、頑丈な結界を施してきたから大丈夫なんだって……。
万が一破られそうになったら転移で戻るから問題ないそうだ――。
俺の部屋にはベッドが一つしかないから、必然的に同じベッドで寝ることになるし……。
最近スキンシップが友人の域を超えてきているような――。
それを俺も嫌じゃないって思っちゃっていて、いったいどうなることやら。
あまりにも毎日来るし、その日何をしていたのか根掘り葉掘り聞くから、ついカッとなって「俺に構ってないで魔王討伐に集中しろよ!」って言っちゃったら真顔になって、まだ来たばかりだというのに転移して戻って行った。
翌日から王子は俺のところに来なくなった。
王子が来なくなって、俺は俺で日常を取り戻しつつある。
そんなある日、魔王が倒されたというニュースが世界を駆け巡った。
みんなが旅に出てまだ半年ほどだった。 本来であれば一年以上かかると言われていたのに――。
「ショウゴ殿! ただいま戻りました!」
部屋で寛いでいると、久しぶりに目の前に王子が現れた。
少し痩せて窶れていたけど、笑顔は相変わらずキラキラ王子だった。
「お帰りなさい。魔王討伐したんだって?」
「ええ! ショウゴ殿と離れ離れな生活にもう耐えられそうにありませんでしたから、旅の予定を変更して、先に魔王を倒すことにしたのです!」
予定を変更してそんなこと出来るのか?
不思議そうな顔をしていたのか、王子が詳しく教えてくれた話によると――。
旅の合間に瘴気を祓うために寄るべき場所が何か所もあるんだけど、それを後回しにして先に魔王城に乗り込んだんだって。
それで、魔王さえ倒せば新たな瘴気の発生源も出現しないし、田辺さんさえいれば浄化出来るから、王子以外のメンバーを残して王子だけ単身で戻って来たらしい――。
俺に会いたかったからってさ、サクッと魔王討伐しすぎだろ!?
幸い誰一人欠けることなく、大きな怪我もないと聞いてホッと胸を撫でおろした。
しばらくぶりに見た王子は窶れてるし、俺も会えなくて寂しかったみたいで、無事に帰ってきてくれたことも嬉しくって思わず抱き着いてしまった。
後から思えばどうかしてたとしか思えないんだけど、久しぶりの再会で昂っちゃって、何と体を重ねることになってしまっていたらしく、正気に戻ったのは翌朝。
そこからはさらに展開が早くて、王子と俺は婚約して一緒に住むことになったりと、この世界に来てからまさかそうなるとは思っていなかったような未来が待っているのだった――。
――END――
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全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
悪役キャラに転生したので破滅ルートを死ぬ気で回避しようと思っていたのに、何故か勇者に攻略されそうです
菫城 珪
BL
サッカーの練習試合中、雷に打たれて目が覚めたら人気ゲームに出て来る破滅確約悪役ノアの子供時代になっていた…!
苦労して生きてきた勇者に散々嫌がらせをし、魔王軍の手先となって家族を手に掛け、最後は醜い怪物に変えられ退治されるという最悪の未来だけは絶対回避したい。
付き纏う不安と闘い、いずれ魔王と対峙する為に研鑽に励みつつも同級生である勇者アーサーとは距離を置いてをなるべく避ける日々……だった筈なのになんかどんどん距離が近くなってきてない!?
そんな感じのいずれ勇者となる少年と悪役になる筈だった少年によるBLです。
のんびり連載していきますのでよろしくお願いします!
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムエブリスタ各サイトに掲載中です。
塩対応だった旦那様の溺愛
詩河とんぼ
BL
貧乏伯爵家の子息・ノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれるレオンハート公爵家の当主・スターチスに嫁ぐこととなる。
塩対応で愛人がいるという噂のスターチスやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。
ある時、スターチスが階段から誰かに押されて落ち、スターチスは記憶を失ってしまう。するとーー
作品を書き直したものを投稿しました。
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
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