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プロローグ
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「アンジェリカ=ウォールナッツ侯爵令嬢! 貴様とは今この時をもって婚約関係に終止符を打つこととする!」
「ピエール殿下、それは婚約破棄ということでしょうか?」
十六歳で学園に入学してから一年が経ち、それぞれ卒業・進級を祝うためのパーティーを楽しんでいるところだった。
その様な場で突然私は婚約者であるピエール第二王子殿下から婚約破棄を宣言されてしまった。
十七歳になった私は十八歳である殿下とは学年も違うことから、学園内でお会いする機会はほとんどと言って良いほどなかった。そのためこのような公衆の面前で婚約破棄をされ辱められる覚えはないのだが――。
お城での王子妃教育でも殿下のご公務の都合で滅多にお会いすることはなかったけれど、お会い出来た際にはお互いに近況報告をしたりと仲睦まじく過ごせていたと思うのだけれど――。
「理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
思い当たる節が何一つ浮かばないので素直に訊ねると、呆れた表情の殿下の後ろに一人のご令嬢がいることに気が付いた。
確かこの方は、半年ほど前に男爵家の娘だということが発覚して平民から男爵令嬢になったビビアン=ネトリ男爵令嬢だっただろうか。男爵家に引き取られてから、この貴族の通うポンパドール魔法学園に途中入学してきて、瞬く間に多くの異性を虜にしたとかなんとか――。
つい最近まで平民として暮らしていた彼女は貴族の型に嵌りきらず、場の空気を読むということをしない。年頃の令嬢であれば、むやみやたらと男性に触れるようなことは品のないことであるため適切な距離感を保っているのだが、彼女は躊躇なく男性の体に触れているそう。それも婚約者がいる男性であってもお構いなしに――。
そんな彼女の様子を良い言い方で表現するならば、明るく朗らかで自由奔放といったところだろうか。貴族社会で柵の多い貴族令息たちには、そんな彼女が新鮮に感じられたらしく、可愛らしい容姿も相まってすっかり夢中なのだとか。
そしていつしか高位貴族の令息ばかりが彼女の周りに侍るようになった。最近ではピエール殿下とも仲睦まじく過ごしているという噂も私の耳に入ってはいた。
しかし殿下と私の婚約は、王家と侯爵家の間で取りまとめられた婚約であり、いわば政略結婚と言っても過言ではない。いくら殿下本人に好きな方が出来て私の存在を邪魔だと感じたとしても、殿下の一存で破棄を宣言して良い物ではないのだ。
「貴様はまだシラを切るつもりか? 貴様がビビアン嬢に嫌がらせをしていたこと、階段から突き飛ばそうとしたことは分かっているのだぞ! ビビアン嬢と私の仲に嫉妬した貴様がビビアン嬢にした愚かな行いにより、私は貴様に愛想を尽かした。長年婚約者として仲睦まじく過ごしてきたというのに、こんなに愚かなことをする女だとは思わなかった」
鼻息荒くそう言う殿下の言葉を聞いても何一つピンとこない。
何故なら私は、このネトリ男爵令嬢とはクラスが違うこともあって一度も話したことすらないのだ。
殿下との噂を聞いても、私たちが卒業後に婚姻することは決まっていたし、学生のうちの火遊びくらい見逃せずに王子妃など務まらないと全く気にしていなかったほどだ。その私が嫉妬して嫌がらせをしたとそう言いたいらしい。呆れてものが言えないとはこの様なことを言うのかと思いつつ、冷静に自分の今置かれている状況を整理する。
侯爵家という高位の貴族である私を公衆の面前で糾弾するのだから、殿下にはそれなりに証拠や根拠があるのだろう。だからといって私には何一つ身に覚えのないことばかりなので、証拠が上がったとしてもそれらは捏造であり真実ではないのだが――。
詳しい経緯を訊ねようと殿下の顔を窺うと、殿下の後ろで勝ち誇ったような顔をしている彼女の姿が目に入った。その様子から、私からされたという嫌がらせの数々は、彼女の訴えを聞いただけだということが察せられた。
ここは一旦素直に引き下がり、侯爵家から王家に問い合わせて真意を突き詰めるのが得策だろう。この場では私が何を言っても、興奮した殿下は聞く耳を持たないだろうことは想像に難くなく、ネトリ男爵令嬢を護るように囲んでいる他の令息たちも何をするか分からない。両家で話し合いの場を設け、婚約の継続もしくは解消を決めれば良い。そこで私に落ち度がないことを証明して、侯爵家の不利にならないようにすれば良いのだ。
そんなことを考えて、「承知いたしました」と返事をすれば、驚くことに殿下は私に向かって魔法陣を展開してきたのだ。
突然のことで結界を展開することが出来ず身動きも取れない。
「えっ? この魔法陣は何ですか?」
吃驚して訊ねると、殿下は見たこともない嫌な笑顔を浮かべ、異世界転移の魔法陣だと言った。
「君をこのままにしておいてはビビアン嬢が安心して暮らせないと言うんだよ。国外追放したところでいつ戻って来るかと怯えて暮らすのはあまりに可哀想だ……。そこで私は貴様を異世界追放することにした! 魔法に長けた貴様でも異世界に追放してしまえばビビアン嬢と私に手も足も出せまい。異世界から戻る術を持たない貴様にはお似合いな処遇だ。安心しろ、長年の婚約者の好で侯爵家には責任を問わないこととする。異世界で達者に暮らせ!」
何かを言う間もなく私は魔法陣によって異世界に転移させられてしまった。
ピエール殿下がこんなにも愚かだったとは思いも寄らなかった。私は飛ばされてしまった森の中で一人途方に暮れた……。
「ピエール殿下、それは婚約破棄ということでしょうか?」
十六歳で学園に入学してから一年が経ち、それぞれ卒業・進級を祝うためのパーティーを楽しんでいるところだった。
その様な場で突然私は婚約者であるピエール第二王子殿下から婚約破棄を宣言されてしまった。
十七歳になった私は十八歳である殿下とは学年も違うことから、学園内でお会いする機会はほとんどと言って良いほどなかった。そのためこのような公衆の面前で婚約破棄をされ辱められる覚えはないのだが――。
お城での王子妃教育でも殿下のご公務の都合で滅多にお会いすることはなかったけれど、お会い出来た際にはお互いに近況報告をしたりと仲睦まじく過ごせていたと思うのだけれど――。
「理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
思い当たる節が何一つ浮かばないので素直に訊ねると、呆れた表情の殿下の後ろに一人のご令嬢がいることに気が付いた。
確かこの方は、半年ほど前に男爵家の娘だということが発覚して平民から男爵令嬢になったビビアン=ネトリ男爵令嬢だっただろうか。男爵家に引き取られてから、この貴族の通うポンパドール魔法学園に途中入学してきて、瞬く間に多くの異性を虜にしたとかなんとか――。
つい最近まで平民として暮らしていた彼女は貴族の型に嵌りきらず、場の空気を読むということをしない。年頃の令嬢であれば、むやみやたらと男性に触れるようなことは品のないことであるため適切な距離感を保っているのだが、彼女は躊躇なく男性の体に触れているそう。それも婚約者がいる男性であってもお構いなしに――。
そんな彼女の様子を良い言い方で表現するならば、明るく朗らかで自由奔放といったところだろうか。貴族社会で柵の多い貴族令息たちには、そんな彼女が新鮮に感じられたらしく、可愛らしい容姿も相まってすっかり夢中なのだとか。
そしていつしか高位貴族の令息ばかりが彼女の周りに侍るようになった。最近ではピエール殿下とも仲睦まじく過ごしているという噂も私の耳に入ってはいた。
しかし殿下と私の婚約は、王家と侯爵家の間で取りまとめられた婚約であり、いわば政略結婚と言っても過言ではない。いくら殿下本人に好きな方が出来て私の存在を邪魔だと感じたとしても、殿下の一存で破棄を宣言して良い物ではないのだ。
「貴様はまだシラを切るつもりか? 貴様がビビアン嬢に嫌がらせをしていたこと、階段から突き飛ばそうとしたことは分かっているのだぞ! ビビアン嬢と私の仲に嫉妬した貴様がビビアン嬢にした愚かな行いにより、私は貴様に愛想を尽かした。長年婚約者として仲睦まじく過ごしてきたというのに、こんなに愚かなことをする女だとは思わなかった」
鼻息荒くそう言う殿下の言葉を聞いても何一つピンとこない。
何故なら私は、このネトリ男爵令嬢とはクラスが違うこともあって一度も話したことすらないのだ。
殿下との噂を聞いても、私たちが卒業後に婚姻することは決まっていたし、学生のうちの火遊びくらい見逃せずに王子妃など務まらないと全く気にしていなかったほどだ。その私が嫉妬して嫌がらせをしたとそう言いたいらしい。呆れてものが言えないとはこの様なことを言うのかと思いつつ、冷静に自分の今置かれている状況を整理する。
侯爵家という高位の貴族である私を公衆の面前で糾弾するのだから、殿下にはそれなりに証拠や根拠があるのだろう。だからといって私には何一つ身に覚えのないことばかりなので、証拠が上がったとしてもそれらは捏造であり真実ではないのだが――。
詳しい経緯を訊ねようと殿下の顔を窺うと、殿下の後ろで勝ち誇ったような顔をしている彼女の姿が目に入った。その様子から、私からされたという嫌がらせの数々は、彼女の訴えを聞いただけだということが察せられた。
ここは一旦素直に引き下がり、侯爵家から王家に問い合わせて真意を突き詰めるのが得策だろう。この場では私が何を言っても、興奮した殿下は聞く耳を持たないだろうことは想像に難くなく、ネトリ男爵令嬢を護るように囲んでいる他の令息たちも何をするか分からない。両家で話し合いの場を設け、婚約の継続もしくは解消を決めれば良い。そこで私に落ち度がないことを証明して、侯爵家の不利にならないようにすれば良いのだ。
そんなことを考えて、「承知いたしました」と返事をすれば、驚くことに殿下は私に向かって魔法陣を展開してきたのだ。
突然のことで結界を展開することが出来ず身動きも取れない。
「えっ? この魔法陣は何ですか?」
吃驚して訊ねると、殿下は見たこともない嫌な笑顔を浮かべ、異世界転移の魔法陣だと言った。
「君をこのままにしておいてはビビアン嬢が安心して暮らせないと言うんだよ。国外追放したところでいつ戻って来るかと怯えて暮らすのはあまりに可哀想だ……。そこで私は貴様を異世界追放することにした! 魔法に長けた貴様でも異世界に追放してしまえばビビアン嬢と私に手も足も出せまい。異世界から戻る術を持たない貴様にはお似合いな処遇だ。安心しろ、長年の婚約者の好で侯爵家には責任を問わないこととする。異世界で達者に暮らせ!」
何かを言う間もなく私は魔法陣によって異世界に転移させられてしまった。
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