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残り22時間30分07秒
しおりを挟む一番の難問だと思われたイコシの聞き取りが終わった。
肩の荷が下りたはずなのに、気が楽にはなることはなかった。
「……おい、今の聞いたよね? “25が神”とか“この身を神に捧げる”とか、意味不明なこと言ってる時点で、こいつで犯人確定だよね」
眼鏡を何度もしつこく上げ下げしながら、男性が吐き捨てる。
確かにイコシの物騒な発言は、誰よりも犯人っぽくはあった。
「だったら、さっさとコイツを指名して、このふざけた企画を終わらせてよね」
ねちっこい男性は鋭い視線でイコシを射抜いた。
「先ほどから言っておるが、これは神からの試練だ! この状況はどう見ても我らには到底出来ぬ行為であろうが!」
イコシも負けじと睨み返す。
今にも殴り合いに発展しそうな気配に、慌てて俺は割って入った。
「ちょっ……待ってくださいって!」
だが二人から冷たい視線を浴びて、俺は静かに口を閉ざす。
すると、すかさずエリカちゃんが助け舟を出してくれた。
「犯人の決めつけは良くないよ。ちゃんと全員のお話を平等に聞かないと」
その正論に、二人はバツが悪そうに口をつぐむ。
……幼いなんて思っていたけど、本当に頼りになる子だ。
感心していると、エリカちゃんがじっと俺を見てきた。急いで気持ちを切り替える。
「……そ、そんなわけで。次は、貴方の話を聞かせてください」
視線を向けられたねちっこい男性は、しかめっ面のまま名乗った。
「名前は桑木野萬雁。研究者だよ」
「研究って、何を?」
すかさず尋ねると、クワキノは「これだよ」と言って、あるものを差し出した。
肉球型のシリコンだった。
「……なにこれ?」
低い声で呟くと、クワキノは得意げに眼鏡をくいっと押し上げた。
「僕はネコの肉球を研究しているんだ。あのぷにぷにした質感、香ばしい匂い……それを人工的に再現できないか、日々研究してるんだよね」
早口で、どこか嬉しそうに語るクワキノ。
「もともと大学でネコの研究をしていたんだけど……研究にネコを25匹も飼うのは多すぎるって色々揉めてね。それで今は個人で研究を続けてるんだよね」
世の中では、奇抜な研究が後に大発明へと繋がることもある。
だからこの研究についても、俺が何かを言える筋合いはない。
そう思って、俺はシリコンを返した。
「それで……研究者が、どうしてこのビルに?」
俺が問いかけた瞬間、クワキノの表情がギクリと強ばる。
「……僕だってたまには、こういう場所で昼食くらい取るんだよ。人を外見で判断するのは良くないよね」
そう言ってしかめっ面を作る。
ヨレヨレのYシャツにダボダボのズボン姿は、確かにこのビルでは浮いて見える。
だが、イコシの“白布を巻いただけ”のようなあの格好に比べれば、クワキノの服装が正装に見えてしまうから不思議だ。
「いや、判断はしてませんよ。……じゃあ、何を食べに来たんですか?」
何故かクワキノは黙り込み、しばしの沈黙の後で「ラーメン」と答えた。
「あ、ラーメンはないんですよね。パスタならありますけど」
直後、クワキノは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「なんでもいいだろ!? 店を見て回ってから決めようと思っていたんだよ! 君は失礼な奴だな、全く……」
逆ギレしたクワキノは「もう充分だ」とでも言いたげに口を曲げ、どこかへ立ち去っていった。
「怪しいな……」
奥へと消えていくクワキノの背中を見つめながら、俺はポツリと呟く。
すると、今までずっと静観していたシガが口を開いた。
「確かにあの男は怪しいが、それだけじゃダメだぜ、ツムギくん」
「どういう意味です?」
シガはニヤリと笑う。
「露骨に怪しいやつを疑うのは当然だ。だが――犯人が“嘘をつき、演じてる”可能性だってあるだろ?」
「あ……」
悔しいが、その一言で気付かされる。
これは“犯人捜しのゲーム”だ。
犯人なのに、あんなに分かりやすく反応していたら、それはあまりに粗末すぎる。
むしろ、そんな連中に紛れて、したたかに笑っている奴こそが真の犯人かもしれない……そんな気がしてきた。
「相手の挙動も大事だが、もっと重要なのは台詞……ほら、最初のアナウンスでも言ってただろ?」
『会話の中にはちゃんとヒントが隠されているので頑張れば見つけられますよ』
確かにそう言っていた。
俺はいつの間にか相手の一挙手一投足だけに注目していたようだった。
大事なのは会話そのものだというのに。
意外なシガからの指摘に、俺は口を尖らせて返した。
「言われなくても分かってますよ。俺は探偵“役”なんですから!」
忠告というものは、ありがたいのに素直に受け入れにくいもの。
例に漏れず俺もムキになって、シガから距離を取った。
「――ツムギくんって、“役になりきる”ってより、“役に振り回されてる”って感じだよなあ。……エリカちゃんも苦労するね、これじゃあ」
「大丈夫。いざというときはちゃんとしてるって、信じてるから」
俺の背後でそんな会話が交わされていたことは、まったく気付かなかった。
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