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しおりを挟む――20XX年2月19日、深夜。
わたしはベインティシンコビルの前に立っていた。
あれから何日も経つというのに、現場にはいまだ焼け焦げた異臭が漂っている。
「……ツムギ」
ビル前の献花台には、数えきれぬほどの花と供物が並んでいた。
――。
『――ベインティシンコビル爆破事件から間もなく一ヶ月。未だ犯人特定には至らず』
『爆破現場からは刃物による刺殺体も……』
『犠牲となった二十四人の中には、WAKAPONグループ会長の若槻氏をはじめ、複数の著名人が含まれており、彼らを狙った犯行の可能性も――』
『若槻氏は生前、何者かから脅迫を受けていたとの情報もあります』
――。
これらは、ここ最近ニュースやネットで報じられている事件の一端だ。
中には元女優の痴情のもつれによる無理心中説、怪しい宗教団体によるテロ説——なんて、確証もない憶測まで飛び交っている。
けれど、そんなことはどうでもいい。
重要なのは――その爆発事故で、ツムギが死んでしまったという事実だけだ。
「あんなに元気だったのに……こんなに、突然なんて」
ツムギは小さな頃からの幼なじみで、まるで姉弟のように過ごしてきた。
人見知りと言いながらも、面倒見が良くて人を惹きつける力があって。
優柔不断で流されやすいけど、こうと決めたらとことん真っ直ぐで、真面目で。
そんな当たり前の光景を、失って初めて気づく。
彼がどれほど自分の中で大きな存在だったのかを。
「ツムギ……まだ死ぬには早いじゃない……!」
手にしていた花束を放り投げ、わたしは献花台に縋りついた。
供え物が落ちていくが、そんなことはどうでもよかった。
「わたしを置いていかないでよ……」
ようやく今日になって現場に足を運べたというのに、結局まだ彼の死を受け入れられない。
――人はいつか死ぬ。唐突な別れだって、珍しくない。頭では理解していた。
けれどそれが、こんなにも理不尽で、こんなにも残酷なものだとは思わなかった。
「会いたい……会いたいよ、ツムギ……」
枯れ果てたはずの涙が、また溢れ出す。
わたしは暗いビル街の中で、嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。
「――事件から今日で25日目。やっぱ“25”は惹かれ合う数字ってことだね~」
不意に背後から声がして、わたしは振り向いた。
そこに立っていたのは――見覚えのある男。
「……タレントの、グレイ・バンサンキエム……?」
「へぇ、よく知ってるね。動画配信くらいでしか顔出してないのに」
「ええまあ、地元紹介の番組が好きなんで……」
けれど彼は、配信で見る印象とはまるで違っていた。
いつも聞いていた口調とは別に、生身だから、では説明できない“異質さ”があった。
まるで、同じ顔をした別人のようだ。
「でもね、実はワタシも君のことをよく知ってるんだよ……梅影さくらさん」
「ど、どうしてわたしの名前を!?」
驚くわたしをよそに、彼は飄々と微笑む。
「先日の爆破事件で恋人の白旗 紡麦さんを亡くしたんだよね。可哀想に……でもさ、君が五十風 ひゐろに声さえ掛けてなければ、こんな結果にはならなかったんだけど」
淡々と語るグレイに、わたしはぞっとした。
二人が犠牲者であることはニュースで知れる。
だが、わたしとの関係などネットにも上げられていないはずだ。
「どうしてわたしとツムギとヒヰロの関係を知ってるの!?」
思わず敬語も忘れて叫ぶ。
彼は肩を竦め、愉快そうに言った。
「そりゃもちろん。彼らとあのビルで“25時間”過ごした仲だったからね~。まあ、最後は血沸き肉躍る疑心暗鬼の殺戮ショーで仲も何もなくなったけど」
「……何それ。ふざけないで!」
普段なら冷静に冗談として流せただろう。
だが、今のわたしにそんな余裕はなかった。
「冗談じゃないよ。ワタシは本当に彼らと過ごし、その最期を見た」
「……それはつまり、貴方が爆破事件の犯人だってこと?」
……どうか、うなずいてくれと願った。そうすれば、正面切ってこの手で引っ叩けるから。
だが彼は「それは違うんだよなあ」と首を傾げる。
「ワタシは盤面を用意しただけでね。首謀者――“ゲームマスター”は、ヒヰロの方さ」
そこから、彼はベインティシンコビルの25階で行われたという”犯人捜しゲーム”について語り始めた。
彼は面白おかしく話していたが、わたしはそのふざけた内容に目眩がした。
……ツムギが探偵役?
ヒヰロがわたしを恨んでいた?
それで犯人を見つけられず、ゲームオーバーになった……?
「見つけられなかった、というより途中リタイアってとこかな。深夜、突然狂信者たちが暴れ出してね。そのときにやられちゃったんだよ」
「やられたって……どういう風に……?」
信じているわけじゃない。
だが、ツムギの最期をどう語るのか――それだけが気になった。
「確か女の子を庇ってさ。斬られた箇所が悪かったみたいでね……最期は『ごめん』って言い残して、ゲームオーバーってわけさ」
グレイは肩を竦めて笑う。対してわたしは唇を噛みしめた。
……何がおかしいのかわからない。でも、そんな最期、いかにもツムギらしいと思ってしまった。
「解せないわね」
「何がだい?」
「首謀者だっていうヒヰロも亡くなってることよ。ツムギを“ゲームオーバー”にしたのに、どうして彼女は生きてないのよ……?」
特別気になる疑問でもなかったが、時間稼ぎのつもりだった。
わたしはそっとポケットからスマホを抜き取る。いつでも通報出来るよう、準備をした。
「いいとこつくね~。確かにツムギの死はヒヰロにとってのゲームクリア――って思うからね。……でも、彼女の条件は違うんだよ」
「え……?」
「”ツムギを巻き込んで自分も死ぬ”ことが、彼女のゲームクリア条件だったんだよ。いわば自爆テロってやつかな?」
妙に納得出来てしまった。
つまり”ツムギを殺した犯人”としてわたしの心に自分を刻み込みたかったのだろう。
……けど本当にふざけてる。そんな理由でそんなゲームを行ったなんて。
「……そんなことのために、ツムギだけじゃなく他の人まで巻き込むなんて!」
「だってギャラリーがいなきゃツムギは本気出さないだろ? それに、ヒヰロはゲーム開催費として自分の25年分の寿命を支払ってくれたんだ。なら、それくらいの客は用意してやらないとね」
――25年分の寿命?
またもや意味の分からない言葉に、思考が止まりそうになる。デスゲームの類じゃなかったの?
……けれど、思考停止しちゃダメ。だってこの人はツムギの最期と関係がありそうなんだから。
「寿命がゲーム開催費っていうのはどういう意味? 臓器提供の比喩?」
「フハハ、それは現実的発想だなあ~。もっと非現実的に考えようよ」
そう言ってグレイが指を鳴らした瞬間、突然スマホが黒煙を上げた。
「きゃっ!」
慌てて投げ捨てたスマホは一瞬にして発火し、黒焦げになった。
スカートにも引火したが、かすかに焦げただけで済んだ。
「な、なにこれ……!」
「ワタシの力さ。おそらく、君のスマホ、バッテリー残量が25%だったんじゃないかな」
そういえば、さっき見たとき二十六%だったから、25%になっていても可笑しくはない。
――25。
それは、先ほど話した”ゲーム”とやらにも、何度も繰り返し出されていた数字だ。
「ワタシは“25”に関わるモノを自由に操れる存在……君たちの言葉で言うなら――神様、あるいは悪魔、なんだよ」
「はあ?」
心の底から出た声。わたしの反応が面白かったのか、グレイは楽しげに笑う。
「当然の反応だね~。でも、信じてくれないと話は進まないんだけどなあ」
「……わかった、信じるわ」
わたしの言葉に、彼は少し驚いた顔をした。
「”25個の供物を捧げると願いを叶えてくれる神がいる”――そんな都市伝説があったけど、要はそれが本当だったってことでしょ?」
本気で信じているわけじゃない。
“今の発火”がトリックかマジックで、わたしを騙そうとしている可能性もある。
しかし、そこまでしてわたしを騙す理由が彼にはない。
……いや、理由なんてこの男には初めからないのだろう。
「急に物分かりがいいね。これ以上ワタシから何を聴き出そうとしているのやら」
「……その代わり、25個の供物を差し出したら――今度はわたしの願いも叶えてくれる?」
まさかの提案なのに、驚く素振りもなくグレイは口の端を吊り上げた。
「ふふっ、そうくるか。まあ、君の願いを叶えるかどうかは、供物の“質”と“願い”次第かな――」
「――25歳の命、わたし自身を差し出す。だから、そのふざけたゲームをやり直して! ツムギも、他の人の命も、全部助けなさい!」
人の願いも、呪いも、命までもひっくるめて“ゲーム”と呼び、純粋に楽しんでいる。
この男は、考えが愚かしいほど稚拙だ。
けれど、それなら扱いは単純だ。
この神様とやらが喰い付くような”ふざけたゲーム”をプレゼンすればいい。
「面白いね。恋人だけじゃなく、他の全員をも救おうって? フハハハ、これだから人間は見ていて飽きないよね~」
愉悦に染まった笑みを浮かべるグレイ。その様を見て確信する。
おそらく、喰い付いたのは彼ではなく――わたしの方なのだろう。
自分を神と呼ぶこの男は恋人の名をちらつかせて、わたしが新たなゲーム開催費を差し出すのを待っていただけ。
わたしは上手く釣り上げられた”魚”だったのだろう。
……でも、わたしにとっては渡りに船だ。
ツムギが生き返ってくれるなら、彼だけでも生きていてくれるなら。
自分の命など、まったくもって惜しくはないのだから。
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