25階。このふざけたゲームを終わらせて

緋島礼桜

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 ――いつの間にか、わたしは眠っていたらしい。
 目を開けると、まず飛び込んできたのは無機質な白い天井。
 横には安っぽい観葉植物。どこかで見たことのあるような、けれど思い出せない屋内。
 ……いや、一度だけ来たことがある。
 ここは――ベインティシンコビルの25階、展望フロアだ。

「……どうして、こんなところに?」

 頭がぼんやりして、うまく思考が働かない。
 ふらつく足でガラス張りの壁へと近づくと、そこには深夜の闇ではなく、太陽が輝く青空が広がっていた。

「……え、なにこれ?」

 反射した自分の姿を見て、思わず息を呑む。
 わたしは、見知らぬ少女の姿になっていた。




「――やっと起きたかい?」

 背後から聞こえた声に、慌てて振り返る。

「ようこそ、ワタシの盤面……神の間へ」

 そこにはグレイが、いつものように口角をつり上げて立っていた。

「漫画とかアニメでよくあるだろ? “時間から切り離された空間で修行して、時間経過なしで強くなる”ってやつ。ここもそれと同じ。時間は止まってるけど、腹も減るし眠くもなる。まあ、都合のいい世界なのさ」

 淡々と語るグレイ。
 だけど今知りたいのは、そんな設定説明じゃない。

「ねえ、この姿はどういうことなの?」

 キッと睨むわたしに、彼は肩を竦める。

「もっとこのファンタジーを楽しんでほしいんだけどね……」
「いいから説明して」
「はいはい。君は“25歳の自分の命きみじしん”を供物に捧げただろ? 本来なら跡形もなく消えるはずだったけど、特別に魂だけを“犠牲者だった少女”の身体に入れてやったのさ」

 グレイは愉快そうに笑いながら続けた。

「ちなみに、ワタシも供物として受け取った“この男の身体”を使ってるんだ」
「……で、ゲームの勝敗条件は?」
「そこは単純明快! ……最終ステージで登場予定の“時限爆弾”を使って――」
「ちょっと待って! その時点で単純明快じゃないでしょ!? “最終ステージ”とか言わずに今すぐ出しなさいよ!」

 怒鳴るわたしを見て、グレイは露骨に「めんどくさい」と顔をしかめた。

「……あのね、かなりサービスしてあげてるけど、“25歳の自分の命きみじしん”の供物だけじゃあちょーっと開催費用として足りないんだよね。だから今の君は、ヒヰロの盤面ゲームに参加して、その盤面をひっくり返そうとしているって状態さ」

 さっきからサービスとか足りないとか……結局は貴方の匙加減でしょ。
 と、怒鳴りたかったが、言えなかった。
 神様気取りの男の機嫌を損ねたら、何をされるかわかったものじゃない。

「じゃあ……わたしがヒヰロのゲームを妨害するってこと? その逆もあるの?」
「いや、もうヒヰロの願いは叶ってるからね。今の彼女はただの“犯人役キャラクター”に過ぎないよ」

 意地の悪い笑みを浮かべたまま、グレイは話を進めた。



「元々このゲームは、“ツムギが探偵役となって犯人ヒヰロを見つけ出す”というシナリオだった。そこに君のための“最終ステージ”を組み込む。ツムギが犯人を見つけた瞬間、時限爆弾が出現する仕組みだ」

 歩きながら、グレイは淡々と語る。
 わたしも自然とその後ろを追っていた。

「爆弾には25本の線がある。どれを切ってもゲームクリア――ただし、各線はこのフロアにいる25人の命とリンクしてる。つまり、切られた線と同じ色の名前を持つ人物が犠牲になる」
「……その中にわたしの線もあるってこと?」
「ご明察。その少女エリカのではなく、君の名の……“桜色”が用意されている。ツムギがその線を切ればゲームクリア! それが今回からの勝利条件さ」

 グレイはエレベーターのスイッチを押した。
 ドアが開くと、そこにはまさしくといった形の“時限爆弾”が鎮座していた。
 デジタル時計が赤く点滅し、まるでカウントダウンを見せつけるための演出をしている。

「しかも敗北条件は“君がリタイアを宣言するまで”。だから例えツムギが何度間違った線を切ったり失敗したりしても、何回でもやり直せる」

 グレイはわたしに、“桜色”の線を見せて笑った。

「わたしの線をツムギに切らせる――それで全員が助かるのね」
「その通り。君の命とヒヰロの寿命は消えるけど、皆に憑りつけてある爆弾も全部解除。実に単純明快だろ?」

 条件だけは、まだ理解出来る範囲。
 わたしは胸を撫でおろした。



「――ただし、ズル防止のためにNG行為を決めておこうか」
「NG?」

 すると、グレイがどこからか映画撮影で見かける道具――カチンコを取り出した。

「俳優志望のツムギに合わせた演出オプションさ。ここからは撮影っぽくいこう」
「……まさか、どこかで配信するつもりじゃ」
「しないしない。ワタシが楽しむだけだから」

 ――“楽しむだけ”。
 例え本当に神だとしても、この男のこの言動は、ただの愉快犯のソレにしか聞こえない。

「ルールはその少女のスマホに送っておいた。圏外だけどメッセージは届いたろ?」

 震える端末を開くと、そこにはいくつかのルールが記されていた。



【ルール】
・ツムギへのネタばらし全般は絶対NG
・君単独での行動、助言程度はOK。ただし犯人を特定する言動はNG
・ツムギまたは君が続行不可能になった場合はNG
・最終ステージで君が勝手に線を切るのはNG
・NG後の修正等は“監督ワタシ”の許可があれば可



「NGになった瞬間、ワタシがカチンコこれを鳴らす。すると、どんな致命傷も空腹も一瞬でリセット。そしてそのまま――“やり直しリテイク”だ」

 何回でも。何十回でも。何百回でも。
 わたしがリタイアと言わない限り、終わることなくゲームは続く。

「NG前の記憶は君だけが覚えてる。でも、何度も繰り返すうちに、他の参加者にも既視感やトラウマが残るかもね。それってさ、タイムリープよりキツいと思うんだけど……それでもやるかい?」

 不気味な笑みを浮かべるグレイ。
 カチンコを向けられ、わたしは睨み返した。

「わざとそういうルールにしてるんでしょ? 本当、悪魔のやり口ね」
「いやいや、『苦行の先に幸福が待っている』と、諭すのが神の務めだろ?」

 ……それらしい台詞が余計に、本気で腹が立つ。
 だけど、わたしは冷静に息を吐いた。

「だったら神様。早くゲームを始めて。あなたの茶番に付き合う時間も惜しいわ」
「ふふ、いいね。その反骨心。じゃあ肩慣らしに“1テイク目”いってみようか」

 グレイが指を鳴らす。
 次の瞬間、わたしの周りに見知らぬ人たちが現れた。
 全員気を失っていて、揺すっても何の反応もない。
 と、その中で――見覚えのある顔を見つけた。

「――ツムギ……ツムギ!!」

 涙が止まらなかった。
 ようやく会えた。約一か月ぶりの、本物のツムギだ。



「ほらほら、さっさと始めるんだろ? だったら君も倒れた倒れた」

 まだまだ縋っていたかったのに、グレイがわたしとツムギを引き剥がす。

「君は今から“梅影さくら”じゃない――“蛇ノ目エリカ”なんだから。そう演じないと……“匂わせ行為”はNGだよ」

 直後、再びスマホが震える。
 ルール追加の通知ということなのだろう。

「はいはい、それじゃあ――1テイク目、アクション!」

 そう言ってグレイは玩具を持った子供のように、カチンコを鳴らした。



――カッチン!



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