紫苑色の席にいた君へ

緋島礼桜

文字の大きさ
8 / 8

雪降る向こう側で

しおりを挟む
     
 3学期の始まりと同時に不登校になった私は、2年生に上がることなくそのまま高校を中退した。
 イジメもなく、学業に追いつけなかったわけでもなく。ただ何となく学校の居心地が悪くなっただけ。
 そんな理由で退学を選んだ私に両親はときには怒りをぶつけ、ときには涙ながらに説得し、ときには長い時間を掛けて話し合った。
 しかし、学校を辞めたいという私の意思だけはとても強くて。
 最終的には両親の方が恨み言混じりに折れてくれた、という形だった。
 両親にはとてつもない迷惑を掛けた。そのことに関しては今でも申し訳ないと思っている。
 だが、高校を中退したこと自体は、今でも一切後悔はしていない。



  ● 



 ――気が付けば私はいつの間にか、駅のホーム内にいた。
 何故かホームのベンチに座っていた私の視線の先には、丁度電車が停車していた。
 あの高校生活でいつも乗っていた、見慣れたあの電車。
 その窓の中をおもむろに覗き込むと、そこにはあのの姿があった。
 いつものボックス席で、いつものように座り込んで。
 いつものように音楽を聴いているのか、顔は俯いたままだった。

「あ……」

 私は咄嗟に電車へと駆け寄ろうとした。
 だが、ホイッスルの音がホーム内に鳴り響き、無情にもドアが閉まっていく。

「待って」

 ガタン。
 と、ゆっくりと動き出す電車。
 は微動だにせず、此方に気付く様子もない。

「お願い、待って!」

 叫んだ声は電車の騒音によってかき消されてしまっていた。

「せめて……言わせてっ……私は、本当はもっと君と話したかった!」

 徐々に電車の速度は上がっていき、懸命に走る私を遠ざけていく。

「なのに、人見知りだったから……声掛けられなくて! ちゃんと自己紹介だって出来なかった! ごめんなさい!」

 と、ホームの端にたどり着いた私はそこで足を止めるしかなかった。
 電車は私を駅に残して、を乗せたまま。線路の先へと消えていく。

「こんなにも呆気なくいなくなっちゃうなんて、思わなかったから……ごめんなさい。それと、あのとき私を起こしてくれて……話しかけてくれて、キーホルダーをくれて……ありがとう……」 

 遠くに消えてしまった電車へそれ以上叫ぶこともなく。
 私は懺悔のようにそう呟きながら、頭を下げた。

「遠くから見つめているだけじゃなくて、私がもっと勇気を出して話せていたら……もう少し良い思い出も語れていたかもしれないね――」

 


  ●




「――あの…」

 私はその声と共に揺すり起こされ、慌てて飛び起きた。

「あっ」

 急いで顔を上げた先には――とは全く正反対の外見をした男子学生が立っていた。

「えっと、電車来てますけど……大丈夫ですか?」

 その彼は飛び起きた私に少し驚きつつも、優しくそう話した。
 いつの間にか眠りこけていた私が乗り過ごさないようにと、わざわざ起こして教えてくれたようだった。

「ご、ごめんなさい。別に乗らないから大丈夫よ」

 私は慌てて笑顔を作って彼にそう返す。

「けど…わざわざ起こしてくれて、ありがとうね」
「いえ、お礼言われるほどのことじゃないんで」

 彼は笑顔でそう言って軽く頭を下げた後、改札口の方へ走っていった。

「あのおばさん、どうだった?」
「やっぱ大丈夫だったってさ」

 改札口の向こうで待っていたのだろう学生仲間とそんな会話をしながら、その彼はホームの奥へと消えていった。



(こんなとこで大口開けて寝ちゃうなんて、ほんと歳よね……)

 私が高校を中退してから、あれからもう20年以上の時が経った。
 私はおばさんと呼ばれても仕方がない、彼らのような子供がいても可笑しくはない齢になった。
 中退した当初はもう人生詰んだ、終わったなんて両親や親戚にも言われていたが、別にそんなことはなく。
 今はそこそこ充実した生活を送っている。
 決して楽しい人生ではないが、それでも身の丈に合った幸せも手に入れているからこそ、私は過去の自分に対してなんら後悔はしていない。
 高校生活での後悔があるとするならば、ただ一つ。
 あのとき、らに何も言えなかった自分の意気地なさに対してだ。
 
(きっと今の私だったら、もうちょっとはみんなとも……君とも色々話せてたのかな……)

 そうしていたら、今とはまた違う未来もあったのかもしれない。なんて、そこまでは思っていないのだが。



 私はベンチから立ち上がると、ふと背後の壁の落書きに気が付いた。
 そこには別れを惜しむ人たちが最後の記念にと様々なメッセージを書き込んでいた。駅関係者公認らしく、脇のテーブルにはペンまで用意されていた。
 壁にはびっしりと、T駅への別れの言葉や感謝の言葉が壁の隅から掲示板に至るまで刻まれている。
 しかし、これらの言葉の数々も取り壊し予定の夏頃には駅と共に跡も残さず消え去ってしまうのだという。
 私は掲示板から画びょうを1つ失敬すると、そこにとあるものを張り付けた。
 随分と古びてしまった手紙と、色褪せたキーホルダーだ。

「……さようなら」

 私はそれだけ言って、静かに駅を去った。
 駅のホームでは丁度ドアの閉まる音が聞こえ、電車が発車していくところだった。
 もの寂しげに鳴く電車の音を背に、私はかじかむ手を擦りながら駐車場に停めてあった車まで急ぐ。
 外の世界はいつの間にか白く淡い雪がしんしんと降り始めていた。
 私の傍らを走り過ぎた電車は、白い景色の向こう側へあっという間に消えていった。



  完

     
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...