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雪降る向こう側で
しおりを挟む3学期の始まりと同時に不登校になった私は、2年生に上がることなくそのまま高校を中退した。
イジメもなく、学業に追いつけなかったわけでもなく。ただ何となく学校の居心地が悪くなっただけ。
そんな理由で退学を選んだ私に両親はときには怒りをぶつけ、ときには涙ながらに説得し、ときには長い時間を掛けて話し合った。
しかし、学校を辞めたいという私の意思だけはとても強くて。
最終的には両親の方が恨み言混じりに折れてくれた、という形だった。
両親にはとてつもない迷惑を掛けた。そのことに関しては今でも申し訳ないと思っている。
だが、高校を中退したこと自体は、今でも一切後悔はしていない。
●
――気が付けば私はいつの間にか、駅のホーム内にいた。
何故かホームのベンチに座っていた私の視線の先には、丁度電車が停車していた。
あの高校生活でいつも乗っていた、見慣れたあの電車。
その窓の中をおもむろに覗き込むと、そこにはあの彼の姿があった。
いつものボックス席で、いつものように座り込んで。
いつものように音楽を聴いているのか、顔は俯いたままだった。
「あ……」
私は咄嗟に電車へと駆け寄ろうとした。
だが、ホイッスルの音がホーム内に鳴り響き、無情にもドアが閉まっていく。
「待って」
ガタン。
と、ゆっくりと動き出す電車。
彼は微動だにせず、此方に気付く様子もない。
「お願い、待って!」
叫んだ声は電車の騒音によってかき消されてしまっていた。
「せめて……言わせてっ……私は、本当はもっと君と話したかった!」
徐々に電車の速度は上がっていき、懸命に走る私を遠ざけていく。
「なのに、人見知りだったから……声掛けられなくて! ちゃんと自己紹介だって出来なかった! ごめんなさい!」
と、ホームの端にたどり着いた私はそこで足を止めるしかなかった。
電車は私を駅に残して、彼を乗せたまま。線路の先へと消えていく。
「こんなにも呆気なくいなくなっちゃうなんて、思わなかったから……ごめんなさい。それと、あのとき私を起こしてくれて……話しかけてくれて、キーホルダーをくれて……ありがとう……」
遠くに消えてしまった電車へそれ以上叫ぶこともなく。
私は懺悔のようにそう呟きながら、頭を下げた。
「遠くから見つめているだけじゃなくて、私がもっと勇気を出して話せていたら……もう少し良い思い出も語れていたかもしれないね――」
●
「――あの…」
私はその声と共に揺すり起こされ、慌てて飛び起きた。
「あっ」
急いで顔を上げた先には彼――とは全く正反対の外見をした男子学生が立っていた。
「えっと、電車来てますけど……大丈夫ですか?」
その彼は飛び起きた私に少し驚きつつも、優しくそう話した。
いつの間にか眠りこけていた私が乗り過ごさないようにと、わざわざ起こして教えてくれたようだった。
「ご、ごめんなさい。別に乗らないから大丈夫よ」
私は慌てて笑顔を作って彼にそう返す。
「けど…わざわざ起こしてくれて、ありがとうね」
「いえ、お礼言われるほどのことじゃないんで」
彼は笑顔でそう言って軽く頭を下げた後、改札口の方へ走っていった。
「あのおばさん、どうだった?」
「やっぱ大丈夫だったってさ」
改札口の向こうで待っていたのだろう学生仲間とそんな会話をしながら、その彼はホームの奥へと消えていった。
(こんなとこで大口開けて寝ちゃうなんて、ほんと歳よね……)
私が高校を中退してから、あれからもう20年以上の時が経った。
私はおばさんと呼ばれても仕方がない、彼らのような子供がいても可笑しくはない齢になった。
中退した当初はもう人生詰んだ、終わったなんて両親や親戚にも言われていたが、別にそんなことはなく。
今はそこそこ充実した生活を送っている。
決して楽しい人生ではないが、それでも身の丈に合った幸せも手に入れているからこそ、私は過去の自分に対してなんら後悔はしていない。
高校生活での後悔があるとするならば、ただ一つ。
あのとき、彼らに何も言えなかった自分の意気地なさに対してだ。
(きっと今の私だったら、もうちょっとはみんなとも……君とも色々話せてたのかな……)
そうしていたら、今とはまた違う未来もあったのかもしれない。なんて、そこまでは思っていないのだが。
私はベンチから立ち上がると、ふと背後の壁の落書きに気が付いた。
そこには別れを惜しむ人たちが最後の記念にと様々なメッセージを書き込んでいた。駅関係者公認らしく、脇のテーブルにはペンまで用意されていた。
壁にはびっしりと、T駅への別れの言葉や感謝の言葉が壁の隅から掲示板に至るまで刻まれている。
しかし、これらの言葉の数々も取り壊し予定の夏頃には駅と共に跡も残さず消え去ってしまうのだという。
私は掲示板から画びょうを1つ失敬すると、そこにとあるものを張り付けた。
随分と古びてしまった手紙と、色褪せたキーホルダーだ。
「……さようなら」
私はそれだけ言って、静かに駅を去った。
駅のホームでは丁度ドアの閉まる音が聞こえ、電車が発車していくところだった。
もの寂しげに鳴く電車の音を背に、私はかじかむ手を擦りながら駐車場に停めてあった車まで急ぐ。
外の世界はいつの間にか白く淡い雪がしんしんと降り始めていた。
私の傍らを走り過ぎた電車は、白い景色の向こう側へあっという間に消えていった。
完
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