紫苑色の席にいた君へ

緋島礼桜

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とある日常は終わって

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 つまらない思い出ばかりの林間合宿が終わった後は土日の休日を挟んで。
 それが明けた月曜日から、またいつもの学校生活が続く。
 変わらない電車の通学風景。いつもの友人たちとの相席。そして、斜め向かいのボックス席にはいつものようにが座っている。
 そんな毎日がまた続くと、思っていた。
 しかし、そうではなかった。



 その報せは月曜日の朝、テレビに流れたニュースで知った。

「〇日の午後11時頃、S市の○町○○通りにて、乗用車が電柱に衝突する事故が発生しました。車は電柱にめりこむような状態で止まり、前方部分が激しく壊れています。警察によりますと乗っていた運転していた男性含む家族4人のうち、助手席にいた15歳の息子が死亡、妻と6歳の娘も足やわきの骨を折るなどの大怪我。男性も足の骨を折る大怪我を――」

 ニュースを見た瞬間は、結構近くの場所で起こった事故だな。くらいにしか感じていなかった。
 同じ歳の子が亡くなった事実も、よくある些細なニュースとしか思っていなかった。
 しかし、それが懸念に変わったのはいつもの電車に乗り込んだときだった。

「おはよう」
「おはよう」

 友人たちにそう挨拶を交わしながら、私はボックス席のいつもの座席へと座った。
 と、いつものように向けた視線の先に、いつもいるはずのがいなかった。
 もしかして林間合宿でのことが気まずかったのかと思い込んで、私は思わず他の席を覗いて探した。
 しかし、他の席どころか電車内に何故かの姿がなかった。

「ね、いないでしょ?」

 私の視線から察したのか、斉藤さんがそう言った。
 河田さんも心配そうに囁いた。

「今まで電車乗ってないことなんてなかったのにね。風邪でも引いたのかな?」
「斉藤さんは知らないの?」

 曽川さんの質問に斉藤さんはかぶりを振っていた。

「知るわけないでしょ」
「ケータイの連絡先とかは?」
「教えてないって」

 そこから話は徐々に脱線していき、話題はいつの間にか今日の小テストの内容へと変わっていた。
 だが私はふと、今朝見たニュースを頭に過らせた。
 『此処から近い場所での事故』、『15歳の息子、死亡』、『6歳の娘』。
 よく考えるとと繋がる単語の数々に、私はという不安感を募らせていった。

(……まさか……偶然だよね……)



 その懸念は的中してしまった。
 登校したクラス内では、既にの話が広まっていた。

「1-Aの男子がさ、昨日事故で死んだんだって」
「家族4人の中で1人だけ死んじゃったってさ」
「俺、いつもそこから通ってんだけど事故るような場所じゃねえんだけどな」
「父親が飲酒運転してたとか」
「ちなみにその生徒……ほぼ即死だったらしいよ」

 隣クラスの事情なせいか、1-B内は思ったよりも感情的になっている生徒はいなかった。
 はいつも1人で行動をしていたから、そのせいでの死をそれほど悲しむ人自体が少なかったのかもしれない。
 それとも、みんな驚きのあまり気持ちの整理がまだつかなかっただけなのかもしれない。
 私は後者だった。
 家族や両祖父母とも健全だった私にとって、身近にいた人の死は初めてのことだった。
 何日か前まで顔を見掛けていた相手が、話をした相手が、突然この世からいなくなってしまうというのはとても実感出来なくて。全身の血の気がゆっくりと抜けていくような、胸の穴がぽっかり空いたような感覚だった。



 葬儀は近親者のみで行うらしく。
 そのため、弔問には教員と代表の生徒数人が後日行くとのことだった。
 だから私がの棺に手を合わすことはなかった。
 しかし、どうしても気持ちの整理がつかなかった私は、1人で隣市の事故現場に向かった。
 そこは私がいつも乗降していた駅から2駅分隣。誰かが言っていた通り、見通しの良い一直線の道路だった。
 道路には未だタイヤ痕がくっきりと残っていて、その先の電柱は応急処置の補強なのかシートが巻かれていた。地面に微かに残る車の破片が、事故現場の凄惨さを物語っていた。
 私は事故現場である電柱の前に立った。
 そこにはいくつもの献花やお供えの飲み物などが置かれていた。

(こんなにも沢山、悲しんでくれた人いたんだね……)

 一方で私は献花どころか供えるものも何も持って来てなくて。
 代わりに手紙をしたためて来ていたのだが、その手紙も添えることはせず。
 結局は鞄の中に戻してしまった。
 未だにショックだったし、哀しむ気持ちもあった。
 だが、意地を張ってるのか、はたまた薄情なのか。涙は最後まで出なかった。
 心の中でモヤモヤとしたままのこの気持ちについても、結局答えはわからずじまいのまま。
 私は事故現場を後にした。



 の死から程なくして、私の状況に変化が起こった。
 林間合宿を気にクラス内の女子グループに変動が起こったのだ。
 勿論、私のグループにも新しい女子が加わって一緒に行動するようになり、次第に私は置いてけぼり状態となっていった。
 みんなとの会話の中にも上手く入っていけなくなり、いつもみんなの後ろを1人追いかけて歩くので精いっぱいだった。
 自分からみんなの中に入っていこうと努力もしたが、なかなか上手くいかず。
 気が付けば私は、電車の中でもいつもの席に座らなくなっていた。私の定位置には違う女子が座るようになっていた。
 いつもの斜め向かいのボックス席には、違う生徒が座るようになっていた。
 私がそこにいたことも、がそこにいたことも、まるで無かったかのようだった。



 そんな毎日に私は1人で勝手に疎外感を抱いて、段々と学校生活自体に息苦しさを感じた。
 そうして、私は2学期の終わりと共にT高校への登校をやめた。
     
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