紫苑色の席にいた君へ

緋島礼桜

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とある林間合宿で2

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 驚愕のあまり高鳴ってしまった心臓を落ち着かせつつ、私は自分が声を掛けられたのだと確認してからに返答した。

「あ、うん。持ってくるの…忘れちゃって…お金を……」

 会話が苦手な私は思わず、またしてもしどろもどろな返答をしてしまった。
 の顔もまともに見ることなんて出来ず。ずっと俯いたままで話した。
 そもそも声を掛けてきた理由が全くわからず。
 私はいつの間にか『さっさとどっかに行ってくれ』と、心の中で強く強く願っていた。

「そっか」

 しかし、私の願望とは裏腹には何故か私の1人分の間を開けた隣の席へと座った。
 何故。という疑問しか出てこなかった。
 
「だったらコレやるよ」

 という単語を耳にして、私はおそるおそるの方に視線を向けた。
 が私の前に差し出していたのは、土産物店ではよく見かけるようなマスコットのキーホルダーだった。

「なんか周りに流されて買ったけど……別にいらなかったから」

 どうやって受け取って良いのかわからなかった私は、考えた挙句、両手を自分の前に出した。
 すると、キーホルダーは私の手の中にポトっと置かれた。
 キーホルダーにはの温もりが僅かに残っていて、余計に緊張感が昂ってしまった。
 だがそれと同時に、私はへのも感じてしまった。
 
「……コレって、他の友達とか、家族にはあげないの?」

 私なんかよりも、もっと先に渡すべき相手がいたはずだと思ったのだ。
 そのマスコットは男性向けというよりも女性向けのものだった。

「いや、妹の分はもう買ったし……ホントに何となくで買っただけだから」

 そう答えたの視線は此方を向いていないような気がした。
 会話はそこで途絶えて、私たちはしばらく沈黙した。
 周囲の賑わいとは裏腹に、此処だけがまるで別世界になってしまったかのようで。
 極度の緊張のせいで息苦しくて、まるで猛暑のような暑さを感じた。

(さっさとどっか行ってくれ……)

 と、そう願う半面。
 何か会話をした方が良いのではないかとも考えて、私は必死にとの話題を模索した。
 林間合宿のこと、いつもの電車でのこと。
 色々と話題自体は浮かぶものの、上手く言葉には表せなくて、私は頭を悩ませた。
 だが、不意にある重要な言葉を思い出して。私は急いでそれを口に出した。

「……あ、ありがとう」

 やっと直接伝えられた感謝の言葉。
 緊張感が最高潮に達した私は、逆上せたような感覚に陥っていた。
 呼吸もまともに出来なくて、傍目には挙動不審だったかもしれない。

「別に良いって」

 そんな状態の私に、は苦笑混じりにそう返した。

「あの……い、妹って……どんな子?」

 このままではまた沈黙の状況になってしまう。それは困ると思った私は、間髪入れずに考えていた質問を出した。
 は少し間をおいてから答えてくれた。

「まだ6歳なんだけどさ、しっかり者で賢くて。けどちゃんと甘えてくるときは甘える可愛いやつなんだよな」
「……歳、結構離れてるんだね」
「父親が再婚してから生まれたからな……」
「あ、じゃあお母さんが、違う……?」
「ああ。まあ、そんなの関係なく兄ちゃんって呼んで親ってくれてるけど」

 妹の話をするは想像以上に饒舌だった。
 そのせいか、私も珍しく沢山喋っていた。
 異性の同級生とこんなに会話したのは生まれて始めてだった。
 なのに、まるで始めてではないかのようにと普通に会話が出来ていた。
 終始緊張していたままではあったが、それでも純粋に渡しはとのその時間を楽しいと思った。



「――じゃあ、そろそろ行くから」

 ある程度の軽い雑談が終わったところで、彼はそう言って席を立った。
 沈黙していた間はあんなにも『さっさとどっか行ってくれ』と願っていたのに。
 気付けば時間はあっという間に過ぎていた。
 とは言っても、時間にすればたった5分もしない会話だったようで。それはにしてみればほんの些細な暇つぶしだったかもしれない。
 しかし私にしてみたら、それはとても長く感じた濃厚な時間だった。

「あっ」

 私は去ってしまうを思わず呼び止めた。
 足を止めたに向かって私は言った。

「また来週……電車で」
「ああ、また」

 もっと違う言葉を投げ掛けるべきだったのかもしれない。
 だが、それが私の限界だった。
 の姿が待機するバスの向こうへ消えていくと同時に、私はベンチに力無く凭れ掛かった。
 今までに体験したことのないほどの緊張感だった。
 例えるならばそれは大勢の人前で1人発表会をするかのような感覚で。そこからようやく解放された私は無意識に自分の顔に向けて掌で風を送った。
 火照った身体の熱は、暫く冷めそうになかった。
 
「また、か……」

 そう返してくれたの言葉が、少しだけ嬉しかった。
 のような人に自分が認められたような気がしたからだ。
 再び1人になった私は貰ったキーホルダーを強く握り締めながら、しばらくその場に居続けた。



 ――そこで話が終われば、林間合宿はとして幕を閉じられたことだろう。
 しかし、これがではなかった。



 自由時間が終わりに近づき、友人と合流した私は不意にこんな会話を耳にした。

「そういえば斉藤さんさ、と何か話してなかった?」

 その言葉に私は心臓がざわついた。
 
「ああ、何か友達と流れで買っちゃったキーホルダーいらないかって言われてさ」
「え!? それ貰ったの!!?」
「まさか。なんかあたしの趣味じゃなかったし、いらないって断ったよ」
「もったいなー!」
「てかさ、やっぱって斉藤さんに気があるんじゃないの?」
「違うって。話しかけられる女子があたしくらいしかいなかったってだけでしょ」

 聞こえてくる会話と共に、私はポケットに入れていたキーホルダーを強く、強く握り締めた。

(やっぱり、そうだったんだ)

 そう思った途端、私は全身が重くなっていった。
 顔もまともに上げられなくなるくらい、気持ちが沈んでいった。
 そういう期待はさらさらしてなかったし、落ち込み傷つく理由もなかったはずだった。
 だがしかし。
 にとって結局私は『同じ電車通学している女子生徒の一人』でしかなかったことが、少しだけ悔しかった。
 私は人知れず気落ちしながら、楽しげに会話している彼女たちの後ろを付いて歩き、バスへと戻っていった。
 こうして私の林間合宿は、苦い思い出として心に刻まれた。
   
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