紫苑色の席にいた君へ

緋島礼桜

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とある林間合宿で1

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 季節が夏から秋へと移り変わったところで、T高校の1年生は林間合宿を迎えた。
 バスで1時間ほど移動した先の合宿所で2泊3日も過ごさなくてはならないという、私にとっては憂うつなイベントでしかなかった。
 なにせ私は運動がからっきしダメで。そのため、メインイベントである登山は以ての外だった。どのタイミングでリタイアしてやろうかと画策してしていたくらいだった。
 だがしかし。
 私の日頃の行いによるものなのか、はたまた違う力が働いていたのか。林間合宿は1日目、2日目共に雨に見舞われてしまい、登山は中止となった。
 結果、他の主力イベントだった夜のキャンプファイヤーも肝試しも中止。
 体育館でレクリエーションをするだけという何ともつまらない林間合宿になってしまった。

「誰か雨女か雨男でもいるんじゃない?」
「確かに。この間のマラソン大会も大雨で中止なったしね」

 そんなことを話すクラスメイトたち。
 別に私が悪いわけではないというのに、私は思わずドキリとしてしまっていた。
 
「けど夜のキャンプファイヤーも中止なったけど、多目的ホールでキャンプファイヤーの代わりをやるんでしょ」
「面倒くさいよね」

 友人たちの会話に、私は力強く頷いて肯定した。
 教師から聞いた事前説明によると、そのキャンプファイヤーではかがり火を囲って生徒たちが歌ったり踊ったり、他にも教師がギターの披露したりと。如何にもよくあるようなプログラムが目白押しであったのだが。
 何よりも私たちが絶句したのが、『イベントの最後には生徒全員と握手を交わしあう』という項目だった。

「最悪だよね、これ……」

 深いため息を吐く曽川さんの気持ちはよく理解出来た。
 ただでさえ多感で繊細な年頃の集団なのだ。同性同士ならまだしも、異性と握手とは考えるだけで狼狽してしまう。
 ましてや私のような3軍グループの生徒からすれば、握手する相手がどんな態度を取ってくるのかという恐怖もやってくるのだ。
 嫌そうな顔を見せるだけならまだ良い方だろう。その後でわざとらしく嗚咽をしてくる男子生徒がいるかもしれない。「うわ」とか「最悪」とか言わなくても良い言葉を吐き捨てる男子生徒がいるかもしれない。そんなことを考えるだけで、私は憂うつで不安で堪らなかった。
 この握手を交わすくらいならば、1人のろのろと登山をしていた方がまだマシだ。そう思っていたくらいだった。



 多目的ホールで行われたキャンプファイヤー代理のイベントは順調に進行した。
 かがり火の代用である椅子の塊を囲いながら、大体の生徒は個々の発表に笑って拍手を送っていた。
 しかし私は終始笑えず、拍手もまともに出来ずにいた。

「大丈夫だって! いざとなったら握手したフリしようってみんな言ってたから」

 私の悩みを知っていた斉藤さんがふと、そう囁いていた。おそらく、そのときの私は相当青白い顔でもしていたのだろう。
 そうして、怯える私を他所にキャンプファイヤーは無事に終了して。
 最後に担任が。

「じゃあ生徒たちで全員輪になりながら握手し合うぞー!」

 と、叫んだ。
 今にも倒れてしまいそうなほど最悪の気分に襲われたが、抵抗など出来るわけもなく。
 私は1人目のクラスメイトと握手を交わした。



「手、めっちゃ冷たっ!」
「そっちが熱いだけじゃん」
「○○さんの手ってもちもちしててキレイだね」

 そんな会話が聞こえてくる中で、意外にも私との握手はすんなりと進んでいった。
 結論から言えば、露骨に嫌な顔をする生徒なんていなかったのだ。
 そもそも、大体の男子生徒たちは女子生徒と握手をしないか、もしくはタッチするだけで終わらせていたからだ。
 中にはしっかり握手を交わす男子生徒もいたし、反対に誰とも全く握手をしない男子生徒もいたのだが。

(考えすぎ…だったのかな……)

 そう思った私は少しばかり気が楽になっていた。
 と、そのときだった。
 目の前にが迫っていた。
 ふと視界に入ってきたは自身の手を出すこともせず。女子生徒どころか男子生徒とも握手をしないで通り過ぎていっていた。
 そんなが、私の前にやって来た。
 当然、は私とも握手をしないで通り過ぎていった。
 私は思わず出しっぱなしであった手をそのままにして。

「あ……」

 と、声を洩らしてしまった。



 がこの手を掴んでくれるとは、微塵も思っていなかった。
 なのに私はあの瞬間だけ、が握手を交わしてくれなかったことに少しガッカリしたのだ。
 私はあの電車で毎日顔を合わせているというだけで、のことを見知ったつもりになっていた。
 だから、『もしかしたら私には握手をしてくれるかもしれない』なんて、おこがましい期待を抱いてしまったのかもしれない。
 未だに会話だってほとんどしたことがないのに。お互いの名前も覚えていないというのに。
 私がそれまで抱いていた不安や恐怖感は、一気に恥ずかしさと後悔へと変わっていった。
 空を掴んで終わった掌からは、いつまでもじわりと汗が滲み出続けていた。



 林間合宿3日目。
 最終日であるその日のスケジュールは、合宿所からほど近い場所にある物産館で食事をして、自由時間。それからバスで帰校というものだった。
 しかし、私はそのときになって大きな失態を犯していたことに気付いた。
 まさか土産物が購入出来るような自由時間があるとは知らなかったのだ。林間合宿のしおりもちゃんと読んで確認していたはずなのに、うっかり見逃していたとしか言いようがなかった。
 友人たちにその事情を相談すれば、彼女たちならきっとお金を貸してくれたことだろう。
 だが、そんな迷惑を掛けてしまうことは気が引けたため、私は友人たちには何も話さず。
 適当な理由を言って1人、物産館内をぶらぶらすることにした。



 なるべく時間を潰せるようゆっくりと物産館内を散策していたのだが、それも直ぐに終わってしまい、暇を持て余してしまった。
 そのため私は仕方なく、物産館外にあったベンチに座って待つことにした。
 バスに戻るという選択肢もあったが、そこには既に3軍グループの生徒たちが虚無の空間を造り出していたため。居心地の悪さから戻ることも出来なかった。

(なんでお金持って来なかったかな……千円でも良いから持ってくれば良かった……)

 私は1人、ただただ俯いて後悔し続けていた。
 すると、そこに。

「1人なんだ…」

 私は思わぬ人物から声を掛けられた。
 それはだった。 
 いつの間にか私の傍らにいたの姿を見て、私は驚いた。肩をビクッと大きく揺らすほどの驚きだった。
 声を掛けられたことも意外過ぎて、私は開いた口が塞がらないでいた。
   
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