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とある電車の中で3
しおりを挟む学校祭の振替休日が開けた翌日。
私は、先日の恥辱のオンパレードのせいもあって、ギリギリまで登校しようかどうか迷っていた。
しかし、ここまで無欠席であった記録を終わらせたくはないからと、重い足取りでいつもの電車に乗り込んだ。
いつもの時刻通りにやって来た電車内には、いつも通りに座って待っていた友人たちの姿。そして、斜め向かいのボックス席にはいつものように彼の姿があった。
(どうしよ……やっぱお礼言った方が良いのかな。でも、言うのは怖いし……向こうもお礼言われたくてしたわけじゃないかもしれないし……)
そんな悶々とした気持ちでいた私に気付いたらしく、おもむろに斉藤さんが心配そうな顔で尋ねた。
「ねえ、どうしたの?」
話すか話さないか迷ったものの、私は少しでも気が楽になりたくて。思わず友人たちに昨夜の出来事を喋ってしまった。
「ええ、そうなんだ」
「意外かも」
話を聞いた友人たちは驚いた様子で彼の方を覗き込んでいたが、相変わらず俯いて音楽を聴いている彼はこちらに気付いている様子もなかった。
「迷うくらいならさっさとお礼言った方がいいんじゃないの? 言われて嫌になる人もいないでしょ」
「けど…」
友人たちの言葉を聞いても、未だうじうじと勇気が出せないでいる私。
そんな私を見兼ねた斉藤さんは、次の瞬間。
「ちょっと待っててよ」
と言って勝手に動き出してしまった。
「待って…!」
私の制止も聞かず席を立った斉藤さんは彼の方へ近付くと、その肩をちょんちょんと叩いた。
「あのさ。祭の日に乗り過ごしかけたので声掛けてくれたんでしょ? そのお礼言いたいんだって」
そう淡々と説明をする斉藤さんを見つめつつ、私は急速に顔だけが熱を帯びていくのを感じた。その反面指先は冷たくなっていき、呼吸も上手く出来なくなっていった。私は極度に緊張していた。
そんな私の挙動を知ってか知らずか。彼は特に態度を変えることもなく。
「礼、言われるほどのことじゃないから」
と、だけ答えて、再び音楽の世界へ耽っていった。
淡泊な返答に不機嫌な顔を浮かべながら、斉藤さんは元の席に戻った。
彼女の予想外な行動に私と他の友人たちは心臓を押さえながら言った。
「ちょっとびっくりしたんだけど…!」
「いきなり勝手に動き出すのはナシだって!」
「だって、さっさとお礼言った方がすっきりすると思って」
そう言って斉藤さんはケラりと笑っていた。
斉藤さんはスクールカーストの中では3軍という位置にいるものの、その中では比較的活発な性格で。親しい相手には気さくで明るい性格の子だった。
眼鏡にショートへアは知的なイメージもあって、同じ眼鏡女子でも三つ編みがトレードマーク化している私とはまるで違う印象で。それが羨ましいと思うこともあった。
そんな斉藤さんの奇行をきっかけに、私たちの電車通学は少しずつ何かが変わっていった。
夏休みが明けて2学期が始まると、私たちはまたいつもの電車通学を再開した。
いつものボックス席にいつものメンバーで座って。そしてその斜め向かいのボックス席では一人占領して彼が座っていた。その風景自体は変わらなかった。
だが、どういうわけか。斉藤さんが彼へ話しかけるようになったのだ。
話しかける、と言っても初めは一方的に挨拶をする程度だった。
「おはよう」
「……」
彼の方は音楽を聴いているせいか、返事はなかった。
それでも斉藤さんは根気強く、毎日挨拶をし続けたからか。
ある日突然、彼も挨拶を返すようになった。
「おはよう」
「……はよ」
はっきりと聞き取れないくらい小さな声ながらも返してくれた挨拶に、斉藤さんだけでなく一緒にいた私たちも目を丸くした。
そんな挨拶は徐々に会話へと発展していき、徐々に軽い雑談もするようになっていった。
「おはよう」
「はよ」
「もう直ぐ林間合宿だけどさ、準備した?」
「まだ」
2人のそんなやり取りを見て、河田さんがこっそりと私たちに耳打ちをした。
「思ったんだけど…もしかして斉藤さんて彼のこと好きなのかな?」
それは単なる思春期特有の甘酸っぱい会話なだけだったのだが。
その言葉を聞いた私は、胸の奥で何かがズンと重く圧し掛かったような感覚に襲われた。驚きのあまり、眩暈でもしてしまったようだった。
確かに河田さんの言う通り、斉藤さんの行動はそう言われた方がしっくりくるようなことばかりしていて。彼女にその気が無ければ毎日話しかけることなんてしないと、私は思った。
そう思ってから、私はそのときになってようやく気付いた。
いつも誰とも視線を合わせないよう俯いてばかりの彼が、時おり此方を見ていたことに。てっきりそれは偶然だと思っていたのだがそうではなかったのだ。
彼は私たちのボックス席を――正しくはそこに座る斉藤さんを見ていたのだ。
彼を背にして座っている斉藤さんはこの視線に気づいていない。彼の視線に気付いているのはおそらく私だけだろう。
「ねえ、どう思う?」
河田さんの質問に曽川さんはかぶりを振って笑った。
「気のせいじゃない? だって斉藤さんが恋してるのはアニメとかゲームのキャラばかりだし」
私もその話は聞いていた。
斉藤さんは二次元の恋愛は好きだが、自分の恋愛には全く以って興味がないと断言すらしていた。
だから彼が気になっているというよりは、ただ彼を気に掛けてあげているだけなのだろうと。私は勝手にそう解釈していた。
(斉藤さんの気持ちはそうなんだとしても……じゃあ彼の気持ちはどうなるんだろうか……)
ふと、そんなことを思ったがそれを口に出すことはせず。
私はこれまでと変わらずに、いつものように過ごし続けた。
彼の視線に気付いても、気づかないふりをし続けた。
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