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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
31連
しおりを挟む馬車の中へと入っていくエミレスの姿を見送った後、ゴンズは急ぎラライの傍へ駆け寄る。
そして彼が抵抗するよりも早く、その頭部に強い拳骨を落とした。
「いぃッ!」
「身分を弁えろ、ばか弟子が。あのお方は王女様であり、わしらの主様なんじゃぞ!」
容赦ない鉄槌に口先を尖らせ、ラライは反論する。
「主だってーのはわかってる。だがオレは正論を言ったまでだ。回りくどく和ますなんて面倒くせーぜ」
「その時点でお前は全くわかっとらん!」
そう言うとゴンズはラライの腕を強引に引っ張り、耳打ちする。
「リャン=ノウからの忠告を忘れたか」
馬車の中の人物を気遣っての行動だと察しはするものの、あからさまな擁護の姿にラライはため息をつく。
彼は投げやりとも取れる声―――馬車の中に聞こえるか聞こえないかくらいの声を上げ、言った。
「一つ、王女を傷つけない。一つ、王女にショックを与えてはいけない。一つ、王女を悲しませてはいけない。一つ、王女の嫌がることをしない――だろ?」
直後、もう一つ拳骨が落ちる。
「ばかもんが。わかっとるんならちゃんと肝に銘じておけ。でないと……取り返しのつかない事が起こるぞ」
ゴンズはそう言うと頭部を押さえているラライを横切り、馬車の向こう―――雑木林の向こうへと消える。
現在、馬車は街から随分と外れた森林内に停車しており、森の向こうにはちょうど湧き水のある岩場があった。
消えて行った師の背を睨みながら、ラライは舌打ちを洩らした。
「…それって要は単なる過保護だろ。面倒くせぇ…」
暫くして、馬車はようやく出発した。
御者台に乗ったゴンズは手綱を叩き、馬はゆっくりと歩みを始める。
景色が動き始める様子をエミレスは幌の中から覗く。
と、背後から強い視線を感じた彼女は、静かに車内に戻る。
「おい、落っこちたらどうするんだ…」
エミレスの真後ろでいつの間にか立っていたラライがそうぼやく。
相変わらずのしかめっ面で鋭い眼光に、エミレスは視線を合わせられない。
「ごめんなさい…」
そう呟き、エミレスは静かに膝を抱え座った。
「……」
「あの…何か…?」
未だに感じ取る視線に呼吸が止まりそうになるエミレス。
彼女は視線を荷台の床に向けながら、ラライへ尋ねた。
すると彼もまた視線を何処か別の方に向けながら答える。
「いや―――お姫様もそう言った座り方するんだな、と思ってな」
直後、エミレスは慌てて両膝を地面に下した。
「ごめんなさい…」
「謝ることか、それ」
段々とエミレスの顔面が熱を帯び、紅く染まっていく。
この短時間で、エミレスはラライに対して随分と苦手意識が生まれた。
元々他人との関係づくりが得意ではないエミレス。
なのに、彼は今まで出会った人々とは違う言動でグイグイと迫って来るタイプだった。
頬を叩かれたのも初めてだ驚いたと、彼女は自身の頬に触れる。
(…あれ……本当に、初めてだったっけ……?)
前にも、叩かれたような、衝撃を受けたような気がした。
しかし、遠い記憶の話しらしく、エミレスは上手く思い出すことが出来ない。
きっととても小さい頃に兄からでも受けたのかもしれないと、エミレスは苦笑いをした。
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