そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
164 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

92連

しおりを挟む
   






 ―――時は、少しばかり遡る。
 窓に立つ彼女は白カーテンの隙間から外の景色を覗く。
 未だ、人の気配はなく静寂としている。
 だがそれも時間の問題だ。
 勅命の嘘に気付いた国王―――夫スティンバルは血眼になって自分を探すだろう。
 とんだ裏切り行為に憤慨しているかもしれない。
 この事態の落とし前として、自分は断罪されるのだろう。。
 状況は正に窮地だった。

「そもそも…私はこんなことになるなんて…あんなこと考えてるなんて知らなかったわ! どうしてくれるの!? 私の居場所まで吹っ飛んじゃったじゃない!?」
 
 彼女―――ベイルはそう嘆きながら振り返り、室内の方を見る。
 と、ソファではリョウ=ノウが一人、盤面と向き合っていた。
 盤面に並ぶ駒を一つ取っては弄ぶようにくるくると握るリョウ=ノウ。
 そんな呆然とした様子の彼を見かねて、ベイルは顔を顰める。
 リョウ=ノウの傍らに近付き、テーブルを強く叩いた。
 大きな物音と振動に、駒たちが微かに揺れ動く。

「どう責任取ってくれんのよ!? 私はあの子が…城から出て行ってくれるだけで良かったのに!」

 だがリョウ=ノウは微動だにせず、手にしていた駒をじっと眺め続けている。
 
「…僕はただ、この盤面から全部の駒を無くしたかったんだ……そのチェックメイトのためだけを考えてずっとずっと色んなものを利用して駒を動かしてきたんだよ…」

 質問の返答になっていない言葉に、ベイルは更に顔を顰める。
 が、次の瞬間にその表情は変わる。

「僕はちゃんと駒を動かしてたんだ! 君も、国王も、リャンも、エミレスも! ちゃんとやってたのに!」

 リョウ=ノウはその叫びと同時に次々と盤面の駒を投げ飛ばした。
 黒の女神、黒の王、白の騎士、白の女神と叩き落とされた駒は物音を立て転がり落ちていく。
 そのいくつかはベイルの足下に辿り着いた。

「何それ…私はアンタの馬鹿みたいな遊びのせいで…あんなことさせられたっていうの!?」
「馬鹿みたいじゃない! 僕の計画は遊びじゃない! なのに、なのにッ……白の女神駒エミレスが倒れてくれなかった…たった一つの白の兵駒予定外のせいで…!!」

 そう言いながらリョウ=ノウはベイルの首に掴みかかった。
 彼女の許されなかった一言を否定するかの如く、その口を塞ぐが如く勢いで。
 しかし、ベイルの顔色が赤黒く変わっていくより早くフェイケスが彼を引き離した。
 強引に首根っこを掴まれたリョウ=ノウは地面に転がる。

「僕は、僕は間違ってない…父さんを忘れようとする皆がいけないんだ…僕の、尊敬する…父さんを……」

 自分の首元を押さえながら、無様なリョウ=ノウを見つめるベイル。
 荒くなっていた呼吸を落ち着かせながら、彼女はようやく彼が既に正気ではないことに気付いた。
 そして、同時に自分の犯した過ちが圧し掛かってくる。
 
「私は…ただ、あの人のために―――スティンバルが無事に暮らせるためにって思ってただけなのに…」




 ベイルの脳裏には常にあの日の光景が過っていた。
 義父である前国王の悍ましい死に様。
 あの光景がいつも、愛すべき夫と重なってしまっていた。
 その呪縛から解かれるために―――スティンバルを守るために、彼女は義妹に非情で居続けていた。
 義妹へ薄情を演じ続けていた。
 いつの頃からかそれが演技ではないことに気付いていながらも。




「私は……もう少しで…あの人スティンバルに同じことを…あの日の過ちをまたしてしまうところだった……」

 ベイルは力無くその場に座り込んでしまう。
 自然と流れ出る涙はどんな理由で流れているのか、もはや彼女にもわからなくなっていた。
 




 すっかり生気を失ってしまったベイルとリョウ=ノウ。
 そんな二人を暫く静観していたフェイケスだったが、彼はおもむろに踵を返した。

「どこに行くのフェイケス?」

 と、リョウ=ノウが慌てたように尋ねる。
 フェイケスは何も告げずドアを開けた。
 だが、退室させまいと彼の足にリョウ=ノウの腕が絡みついた。

「僕はちゃんとやってたよ、ねえ…フェイケスの言う通りちゃんと計画して駒を動かした……なのに、僕を置いて何処に行っちゃうのさ?」

 まるで怯えた子供のようにしがみついて放さないリョウ=ノウ。
 
「僕はフェイケスの…イニムの悲願にだって同意してたのに…僕たちは同志じゃなかったの!?」

 フェイケスはリョウ=ノウの顔を見なかった。
 見ずともその表情は容易に想像出来たからだ。
 それだけの月日を共に過ごしては来たのだ。
 だが、それでもフェイケスは振り返ろうとはしなかった。

「…俺もお前も、ただの駒同士だっただけだ。この計画が失敗に終わった以上、俺に出来るのは投了してやることだけだ」

 フェイケスはそう告げると強引にリョウ=ノウの腕を振り払った。
 力いっぱいに蹴られた弾みで、リョウ=ノウは更に転がっていく。

「でも、でも…最後まで傍に居てよ………置いてかないでよ…僕のフェイケス!」

 力無く叫ぶ声。
 だがその呼び声に、もう彼は答えることもない。
 部屋を出たフェイケスは腰に携えていた剣柄を握り、鞘から抜く。

「…駒であるからこそ…つけねばならない決着があるんだ」

 ギラリとランプの灯りに輝く刃。
 その刃の所々は赤黒く染まっていた。
 彼はその汚れに気付くことなく、とある場所へと向かって行く。

「エミレス…お前を待っているからな…」

 独り虚しくそう呟きながら。






   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...