シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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純然とした田舎漢

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「すご…まるで手品だ」
「種も仕掛けもないけど一応の発動させる知識とかは必要なの。だから、こういうのを扱える私やさっきの子は『魔道士』って呼ばれるわけ」

 さっきの子。と言われ、アスレイの脳裏には先程の女性の姿が浮かぶ。
 レンナよりも女性らしい華奢な体つきであるのに何故、あんなにも強かったのかと思っていたアスレイだったが、彼女言葉で納得する。
 投げ飛ばされる瞬間に体が浮くような感覚があったのも、その後酔った様な感覚に襲われたのも、全ては魔道具によるものであったのだということだ。
 と、一つの謎が解明したところで新たな疑問が浮上し、アスレイは挙手する手振りを見せながらレンナへ視線を移した。

「え、ちょっと待って。でもさっきの子、魔道具ってのを持っている様には見えなかったけど…」

 レンナは手にしていたナイフを鞘に戻しながら答える。

「魔道士の中には魔道具を隠して使う人も当然いるのよ。魔道具壊されたら終わりだし……まあもしかするとそもそも魔力を扱える魔術士だから魔道具を必要としなかったっていう可能性もあるけどねぇ」

 そう言ってレンナは近くを通り過ぎるウエイトレスを呼び止め新しい水を注文する。
 ちなみに、正式に魔道士と名乗るためには証明書ライセンスが必要であり、それを獲得するには魔道士協会認可の学問所の門を叩くか、魔道士へ直に弟子入りする必要がある。
 魔道士の証明書ライセンス獲得には高度な技術力と知識力が必要不可欠と言われている。      
 そのため魔術士、魔道士共に貴重な人材なのだ。

「…それでそもそもな話なんだけどさ。あんたが会いたがってるその天才魔槍士ってのは、言わば魔道士たちの頂点的な地位に居る存在ってわけ」

 魔道士協会が認めた特に有能な魔道士には、その者が持つ得意魔道具を用いたが与えられる。
 魔剣士、魔弓士、魔鍵盤士など、その称号を名乗れるということは魔道士たちにとって名誉であり、名声の証明なのだ。

「史上最年少で魔槍士っていう称号を与えられたうえに、国王直下の特別な部隊に任命された若き天才……だから人は彼を『天才魔槍士』って呼ぶの? わかる?」

 如何にそれが凄いことなのかと細かく説明するレンナであったが、アスレイは萎縮する所か、その言葉を聞いた途端目を輝かせた。
 それは、彼が飽きるほどに何度も聞かされたフレーズだったからだ。
 懐かしさに思わず口元が緩み、頭に焼き付いて離れないその台詞を口にする。

「黄金色の髪に深緑色のコートを靡かせ、振り回す槍はまるでタクトのように軽やかに舞う―――」

 突如語り出すアスレイにレンナは目を丸くさせるが、気にすることなく彼は続けて話す。

「王国主催の魔道士大会は優勝し過ぎで殿堂入り、百人近い賊を一人で薙ぎ倒したって話や一瞬にして乾いた湖を元通りにしたとか、封印から目覚めた竜までも倒したとか…様々な伝説や噂が彼にはある」

 ここ最近はそうした噂を聞かなくなってこそいるが、そうした噂話が後を絶たないからこそ天才魔槍士は歴代の魔道士中、最も名の知られている人物と謳われるようになったのだ。

「なるほど、確かにはちゃんと学習してるみたいじゃん」
「まあね」

 ひゅうと軽く口笛を鳴らすレンナ。

「とにかく。あたしが言いたいのは、天才魔槍士に会いたいにせよサイン欲しいにせよ…そんな化け物級の人間だから会おうなんて夢のまた夢。覚悟して探した方が良いって話よ」

 レンナの握るフォークの先端部が、ずいっとアスレイへと向けられる。
 彼は苦笑交じりに肩を竦めながら答えた。

「それは充分覚悟しているよ」

 と、レンナはそのフォークを空になった皿へと投げ置き、その場から立ち上がる。
 茶色の双眸をアスレイに移すと今度はフォークの代わりに自身の指先を彼へ差し向けた。

「だったらまずは王都に行きなよ。相手は国王直下の魔道士なんだし、城で出待ちすればいつかは会えると思うからさ」

 そう言い残し、彼女は早々に酒場を出ようとする。
 何故か逃げるようにそそくさ歩く彼女の背に向けて、アスレイは慌てて礼の言葉を投げかける。

「色々とありがとう」

 レンナは返答も手を振ることさえもなく立ち去っていってしまった。
 それから少しばかり遅れて、アスレイも食事を終えると酒場を出るべく席を立つ。

「あの、これいくら…」

 自分で頼んでいないとしても、店から出された品物を口にしたからにはちゃんと代金を支払わなければならない。というのは先刻の露店で学んだ経験であり、それを参考に彼は財布を取り出しながらウエイターへと尋ねる。
 が、しかし何故かウエイターは戸惑った様子で「えっと」と、言葉を濁す。
 するとカウンターにいたマスターが彼に代わって代弁した。

「お代はさっき君を男たちから助けた女性が代わりに払ってくれたから要らないんだよ」
「え…?」

 脳裏に浮かび上がるあの女性の姿。助けたと言う言葉が妙に引っかかるのは、助けられたというよりも彼女に吹っ飛ばされた記憶の方が強烈なせいだろう。

「どうして俺の分まで…?」

 結局、形として彼女はあの男たちだけではなく、アスレイの分も奢ったことになる。
 何故自分までも奢ってくれたのか。その理由が解らず困惑顔を浮かべるアスレイ。
 そんな彼の表情に気付いたマスターは、苦笑に近い顔を浮かべて答えた。

「まあ、騙して奢らせようとする輩がいる一方で、お詫びとして奢ってくれる人もいるってことなんじゃないかな」

 マスターが言いたいことを何となく理解しつつも、未だアスレイは首を傾げる。
 しかし、彼女の意図について考えようともここで結論に至るわけがない。そのため仕方なく、アスレイは支払いすることなく酒場を後にした。



 扉が閉まり、アスレイが立ち去った姿を窓越しに目撃した後。
 マスターは彼の座っていたテーブルを見つめながら唸るような声を上げた。

「んー? …確かに彼の食事代は奢るって聞いてたけど…隣にいた女の子の分は、言ってなかったよなあ?」

 マスターの視線にあるアスレイのいたテーブル。そこには二人分の食器が置かれており、片方はアスレイのもので、お代がいらないのは既に了承済みだ。
 ただ、もう片方の席―――レンナからは食事代を貰ってもいないし、置かれてもいなかった。勿論、前もって受け取っていた訳でもない。

「これは食い逃げか…それとも彼女も奢ることになっていたのか…」

 そう呟きながら人知れず頭を抱えるマスター。
 お陰で彼はこの日、閉店までそのことで悩まされ続けることになるのだが、それはまた別の話だ。






   
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