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賑やかな旅路
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しおりを挟む酒場を出たアスレイはレンナの助言通り、王都を目指す事にした。
王都ローディア。
アウストラ大国国王の居城がある、大陸最大の都市。
これといった名産品こそないものの、大陸治安維持の要であるローディア騎士隊や魔道士協会、様々な学問所に研究施設といったものが存在しており、訪れる者は後を絶たない。
そのため、此処クレスタから王都ローディア行きの直行馬車も数多く存在しており、その日にでもアスレイは王都へと行くことが出来た。
―――はずだった。
「えーっ、王都行きがもうないって…」
「ないっていうか、どれももう満車なんだわ」
御者台に座っている屈強な中年男性は、眉尻を下げ申し訳なさそうに告げる。
アスレイは今、町の郊外にある馬車乗り場にいた。そこには移動手段として各地へ向かう馬車が用意され、停車・発車をしていた。
行先、出発時刻等は各々定められており、定期馬車と呼ぶ者もいる。それほどに馬車は庶民の足と言っても過言ではないものだった。
ちなみに、他にも辻馬車や貸出し用馬というのもあるわけだが、それは額が額なため主に商人や貴族だけの乗り物となっている。
「悪いな兄ちゃん。今王都じゃ生誕祭の準備中…しかも600回っつー節目の年でよ。かなり盛大にやるからって皆挙って王都へ行こうとしてるわけなんだわ」
王都生誕祭は、アウストラ大国の建国を祝う一年に一度の一大イベントだ。期間中は王都全体が祭状態となり、様々な物品の並ぶ露店や強さを競う武術大会、魔導士大会も行われ、その賑わいは一週間と続く。
しかも今回は600年目という記念すべき節目の年であるため、今まで以上に盛大な祭となる予定だった。
王都中心の大通りではパレードが毎日行われ、夜には誰でも参加可能な舞踏会が開かれる。
各地の名産物、名品も安価で出回るため、それを狙って遠路からはるばる訪れるコレクターたちもいるらしい。
つまり、そんな大祭を一目見ようと老若男女問わず、各地の人々が今王都へと募っているというわけだ。
「だから一週間先まで席は予約で埋まっちまっててな。乗れるとしたら一週間後なんだわ」
一週間という言葉にアスレイの目が丸くなる。
ちなみに一週間という時間があれば、徒歩で移動しても王都に辿り着く事が出来る。待つ位なら歩いた方が断然早い、ということになる。
だが、徒歩での道のりは決して楽なものではなく、道中夜盗や野獣なども多く存在する。
旅慣れしている者でなければ馬車を待つ方が利口というわけだ。
「そんなぁ…」
落ち込み、その場で蹲るアスレイ。
折角故郷から遥々このクレスタまでやって来たというのに、この町に来てからというもの、遭遇した出来事と言えば散々なことばかり。流石に彼もため息を吐かずにはいられない。
と、出発時刻を目前にして御者の男は「まあ落ち込むな」とアスレイに笑ってみせた。
「どうしても直ぐに王都へ行きたいんなら、とりあえずキャンスケット行に乗ってみたらどうだ。意外と穴場なんだぜ?」
キャンスケットとは、王都ローディアの隣に位置するキャンスケット領の中心街。領主が住まう屋敷もある場所だ。ちなみにこのクレスタも、そのキャンスケット領地である。
しかし、大陸の台所と呼ばれるクレスタよりは流通が少なく、そのため至って静かな町だとアスレイは聞いていた。
「キャンスケットから王都行きの馬車はまだ空きがあるって話を御者仲間から聞いてたからよ、行ってみるといいぜ。残念ながらキャンスケット行の馬車はさっき出発した便で最後だから、明日まで待つしかないがな」
そう言いって笑い飛ばした後、御者の男は颯爽と馬車を走らせていった。
残されたアスレイは『王都行きは遠のいたものの、断たれたわけではない』と前向きに考え直し、その場から立ち上がる。
「…はあ、しょうがないか。今日は宿でも取って、明日朝一の馬車に乗るか」
そんな独り言を漏らしながら、彼は目的地を宿へと変え、向かった。
既に何度も説明しているが、ここは流通の町クレスタ。
遠方から足を運ぶ商人や観光客も多く、そのためこの町には宿屋やホテルがいくつも存在している。
安価で休憩が出来る集合仮眠所と言う施設もある程で、とにかく泊まることに関しては先ず困らない、と言われていた。
―――が、しかし。
「な、ないっ!?」
またしても素っ頓狂な声を上げることとなったアスレイ。
彼はあれから場所を変え、今はとある宿屋のフロントにいた。目の前に立つ受付嬢の残念そうな顔と共に、予想通りの答えが返ってくる。
「申し訳ありませんが現在全ての部屋が満室でして…」
「な、なんで…?」
「その、間もなく行われる王都生誕祭の準備に数多くの商人様が、現在この町で寝泊まりしておりまして…そのためで―――」
受付嬢の言葉に頭を押さえることしか出来ないアスレイ。
彼が項垂れるのも無理はない。既にこの宿で十件目のことであり、その全てとも満室としてお断りされてしまっていた。
どの受付も口を揃えて言うのが『生誕祭のため満室』と、『昼に来てくだされば空いていた』の二つ。
そもそもそんな事情など微塵も知らなかったアスレイは、そこで己の無知さを悔い、嘆いた。
「はぁ……本当、今日は厄日かも」
アスレイの持ち合わせで宿泊できそうな施設は他にもう無く、野宿は確定となってしまった。
「仕方ない。諦めるしかないか…」
深いため息を吐き出し、落胆しながらアスレイは宿を出ようとする。
と、踵を返したところで受付嬢が突然声を出した。
「あ、あの…」
控えめに呼び止める声が耳に入り、アスレイは足を止める。
振り返って彼女の方へ視線を向けると、口元に指先を添えながら、言いにくそうに彼女は言った。
「もし、もしも…野宿するのでしたらお気をつけ下さい」
「えっと、何に…?」
予想外の忠告に思わずアスレイは聞き返してしまう。
確かに町の外ならば、夜盗や獣に気をつけろという忠告も頷ける。が、アスレイは町の中で野宿するつもりでいた。
まさか町中で野宿したら捕まる、という条例でもあるのだろうかと一瞬不安が過る。
しかし、彼女が告げた言葉は彼の予想とは違っていた。
「―――黄昏誘う魔女に、です」
その言葉を聞き、アスレイは目を大きくさせる。その名前には聞き覚えがあった。
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