シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
12 / 87
賑やかな旅路

しおりを挟む
      






 商店街通りから数分ほど歩いた先にあった酒場。そこにアスレイは案内された。
 この酒場は、昼間は食堂として営業しているらしく、店内は簡素で落ち着きのある雰囲気を醸し出している。
 ちなみにこの店の人気メニューは塩レモンと旬野菜のチキンピラフとのことで、昼夜問わず必ず注文されるメニューらしい。
 アスレイもそのピラフを頼み、丁度運ばれてきたところだった。

「いただきます」

 持ったスプーンでピラフを口にかき込み、確かに人気メニューと言われているだけあると納得に口元を緩める。
 と、向かい合わせの席でアスレイと同じメニューを堪能していた男が静かに口を開いた。

「ところで君は…」
「あ、俺はアスレイ・ブロードって言います」

 男は「そうか」と呟いてから自己紹介をする。

「俺はケビン・ウォードだ。それと会話はタメ口で構わない」

 そう言うとケビンは自身の掌を差し出す。
 アスレイはそれを一瞥した後、控えめながら自分の手を差し出し、二人は握手を交わした。
  
「…ちなみに一つだけ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「ケビンって、彼女とどういう関係かなって…?」

 握手が解かれて早々、抱いていた疑問を単刀直入にぶつける。
 外見的に兄妹といった親族関係でないことは明らかで、しかし恋人や夫婦といった雰囲気のようにもアスレイには見えなかった。
 するとケビンは一瞬目を見開いていたが、直ぐに苦笑に変えて答えた。

「いや、アイツ―――ネールとはただの旅仲間と言ったところだ」

 アスレイはそうなんだと、片手を顎下に添えながら吐息を漏らす。
 その流れで「どうして二人は旅をしているのか」と尋ねようとしたが、それよりも先に今度はケビンの方が尋ねてきた。

「アスレイは何故こんな時間まで町中を歩いていたんだ。情報収集という風にも見えなかったが…?」

 彼の質問にアスレイは途端、照れ隠しの笑みを浮かべ、それまでに起こった経緯をケビンへ話す。
 王都に向かう馬車は満車で明日、別の地から王都へ行く事にしたこと。そのためクレスタで一泊する事になったわけだが、何処の宿も満室であったこと。結果泊まる場所がないため、酒場で閉店時間まで過ごそうとしたことをアスレイはかいつまんで説明した。
 本来ならケビンにそこまで説明する必要もないのだが、余りの不運な境遇を誰かに愚痴りたくなったことと、ケビンの気さくさについ話し込んでしまっていた。



 話を終えた頃には二人とも食事も終えており、テーブルには空の皿が二枚重なっていた。
 ケビンはグラスの水を一口飲み込むと、アスレイへ視線を向け、口を開いた。

「宿がないのなら俺たちの泊まっている部屋に来ないか?」

 その意外な提案にアスレイはきょとんとした顔でケビンを見つめる。

「え?」

 思わず声を大にして聞き返してしまったほどに驚愕するアスレイ。
 ケビンは驚き過ぎというくらいに驚く彼を苦笑交じりに見つめながら、丁寧に答える。

「借りた部屋の都合で丁度一人分のベッドが空いているんだ。折角だから誰か寝てくれた方が助かる。無論強制ではないし、嫌ならば断ってくれても構わない」

 威圧感を与えがちなケビンの双眸だが、今は何処かアスレイを試している様にも見えた。 
 アスレイはそんな彼の瞳を少しだけ眺めた後、大きく頷いて言った。

「いや、願ってもない話だよ。ケビンの言葉に甘えて、お世話なります」

 そう言ってしっかりと頭を下げる。

「…もしかすると君を騙すつもりかもしれないんだぞ。ちゃんと見極めたのか?」

 ケビンの表情が何処か意地悪めいた笑みへと変わったことで、内心やっぱりかと確信しつつ。
 アスレイは曇り一つない眼差しで、ケビンを見つめた。

「ケビンは騙すようなことはしない人だよ。それに、俺を本当に騙すつもりならこの時点で疑わせるような事を言うはずがない。だろ?」

 推察された彼の台詞にケビンは瞳を僅かに大きくさせる。
 確かにアスレイのような信じやすい人間を騙すならば、わざわざ動揺させる言葉を投げかける必要はない。

「意外と賢いようだな」
「意外と、は余計だろ」

 苦笑するケビンに対し、両手を腰に当てながら即座に突っ込むアスレイ。

「…成る程な、アイツが気になるのもわかるな…」

 それからケビンは口元を押さえながら、アスレイに聞こえないような小声でポツリと呟いた。
 と、アスレイが不満げな表情を見せたことに気付く。恐らく嫌味か皮肉を言われたと思ったのだろうと解釈し、ケビンは笑みを零した。

「すまない、気を悪くしたなら謝る」

 そう言いながらケビンは席を立ち上がると、そのままカウンターへ向かった。
 懐から食事代である銅貨を取り出し、それをカウンターに置く。
 だが、よく見るとその銅貨は二皿分の金額で支払われていた。

「え、それ…」

 ケビンの後ろで支払いの準備をしていたアスレイは枚数の多さに気づき、彼を見つめる。

「気にするな。これは昼間連れが迷惑を掛けた分だ」
「けど昼間も奢ってもらったみたいだし…」
「昼のはアイツからの奢り、今は俺からの奢りだ。これくらいは勘ぐる必要はない。素直に受けとけ」

 それだけ言うと彼は麻袋を両手に持ち、アスレイを一瞥してから酒場を出て行く。
 一人取り残されたアスレイは暫くぽかんとしていたが、直ぐに慌ててケビンを追いかけ酒場を飛び出した。

「ありがとうケビン!」

 夜中だと言うのにケビンどころか周辺一体にまで聞こえるような、そんな大きな声を出しながら。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地! 恋に仕事に事件に忙しい! カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

攻略. 解析. 分離. 制作. が出来る鑑定って何ですか?

mabu
ファンタジー
平民レベルの鑑定持ちと婚約破棄されたらスキルがチート化しました。 乙ゲー攻略?製産チートの成り上がり?いくらチートでもソレは無理なんじゃないでしょうか? 前世の記憶とかまで分かるって神スキルですか?

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

処理中です...