シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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キャンスケットの街

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 アスレイとレンナの後方で、先程の会話を立ち聞きしていたネールとケビン。
 二人の姿が見えなくなってから、おもむろにケビンが口を開く。

とはな…」

 吐息混じりに吐き出された言葉はまるで独り言のようで。
 と、そんなケビンを横切りネールは歩き出していく。
 その足先は先の二人と同じく、キャンスケットの町の方だ。

「良いのか? 面倒ごとになる予感しかしないぞ?」

 そう尋ねるケビンに対してネールは僅かに視線を向け、口を開いた。

「構わない。我らの目的を考えるならば、今回はやむを得ないだろう」

 そう言ってまた歩き続けるネールの背を、ケビンは黙って見遣る。
 それから彼は再度吐息を漏らし、彼女を追いかけた。








 先程カズマから長居はするなと忠告を受けたわけだが、元よりアスレイはこの町に長居するつもりはない。
 キャンスケットはあくまでも通過点であり、彼が目指している目的地は王都なのだ。
 だから、アスレイは下車したばかりのその足で、早速王都行きの馬車を探していた。
 が、しかし。




「ば、馬車がない…!?」

 大きな声を上げると同時に、アスレイは力無くその場に座り込む。
 馬車乗り場にいた御者は申し訳なさそうに頭を軽く下げる。

「ま、まさか生誕祭のせい…?」
「まあ、それもそうなんだが…」

 と、そう告げてから御者は説明を始めた。



 彼の話ではここ最近、王都行きの馬車を狙った強盗被害が相次いで起こっているらしい。 
 襲撃してくる山賊は有名な一団で、どうやら彼らは生誕祭を目指して来る観光客の金品を狙っているのだという。
 御者たちも困り果ててしまい、結果、領主は安全のためにと生誕祭が終わるまでの間、王都までの直通の山道を閉鎖したのだということだった。
 王都に向かいたければ、クレスタまで引き返さなくてはならない。
 つまり、アスレイがこの町に来たことは無駄足となってしまったのだった。



 予想も出来なかった事態にアスレイはショックを隠せないでいた。
 座り込んだその体勢のまま顔を俯き、影を落としている。

「アンタってホント不運だよね」

 彼を見送るつもりで同行していたレンナも思わず呆然とし、同情さえしたくなるほどだった。
 言葉を失っている状態のアスレイに代わって、レンナは御者へふと抱いた疑問を尋ねる。

「そういや衛兵団とかには討伐要請ちゃんと出してないの?」

 町やその周辺の治安を守る衛兵団。
 彼らに要請すれば通常は直ぐに動き、山賊を討伐してくれるはずだ。
 すると眉尻を下げて御者の男は「勿論要請したさ」と答える。

「さっきも言った通り有名な山賊団らしく、かなり手を焼いているようでな…」

 相手は凶悪な集団で、近くの村を襲ってはあらゆる物品の略奪を繰り返し。その一方でずる賢さも随一で、彼らは居場所がばれないよう、常に根城を転々と変えているらしい。
 そのせいで衛兵団は山賊団を捕まえられないでいるとのことだった。

「衛兵団も全然駄目じゃん」

 そう言ってため息を吐き出すレンナ。
 呆れ顔を向けられて、御者も頭を下げる事しかできない。
 ちなみに、今後の予定としては生誕祭終了後、閉鎖の解除と同時に傭兵を雇い、山賊たちを牽制するとのことだ。

「で、これからアンタどうすんの?」

 未だに俯いているアスレイへ、レンナは尋ねる。
 ようやく顔を上げたアスレイは青ざめた顔色で彼女を見遣る。
 その口元には自暴自棄になってしまったかのような、切ない笑みが浮かべられている。

「ちょ…大丈夫なの?」

 レンナも思わずそう尋ねてしまうほどであった。
 が、しかし。
 突如、アスレイは勢い良く自身の両頬を強く叩いた。
 と同時にその場から立ち上がる。

「しょうがないっ。王都行きは諦めるか」

 その顔はつい先程とは打って変わって、どこか晴れやかになっている。
『晴れやか』と言うよりは『腫れやか』と言いたいくらいに両頬は真っ赤になってしまっているが。

「え、いいの? 天才魔槍士に会いたいんでしょ?」

 きょとんとした表情を浮かべ、レンナが尋ねる。
 するとアスレイは「そうなんだけどさ」と、頬を掻きながらぼやくように答えた。

「ここまで不運続きだと、なんだか返って何をやっても駄目な気がしてきてさ。焦って行ったところで無駄足になりそうだし」
「無駄足って…今こうしてる間にも天才魔槍士が王都にいるかもしれなくても?」

 アスレイは強く頷き、そして笑う。

「『不運が続くときは幸運の女神がと言っている』…ってね。俺の故郷に伝わる諺だよ」

 と、何故か得意げな顔をして説明するアスレイ。
 しかしそんな言葉を取り上げたとしても、レンナにとっては明らかに開き直った者の言い訳にしか聞こえない。
 内心同情していた彼女は即座にそれを撤回しつつ、呆れ顔で深いため息を吐いた。

「ホントに今、王都行かないくていいの?」
「行かないって言うか…今急いで行くのは止めたってことだよ」
「クレスタに戻って、王都に行くつもりもないの?」
「とりあえず山道が開通するまで待つよ」

 そう言うとアスレイは何処へ向かうわけでもなく、歩き出していく。
 その足取りは軽く、というよりも、まるで遠足を楽しむ子供のようにはしゃいでいるようだった。
 吹っ切れた彼はどうやら町の観光を楽しむつもりのようだ。
 そんな彼の後ろ姿を見つめていたレンナは、額に手を当てながらもう一度ため息を漏らした。

「もう…それで後悔することになっても知らないからね」

 それから後を追いかけて、レンナは走り出した。






   
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