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キャンスケットの街
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しおりを挟む山道が開通するまでの時間、アスレイには余裕が出来た。
そのため彼は先ず、前回の経験から宿の確保へと走った。
生誕祭が終わるまでは油断できない。またクレスタの二の舞になるわけにはいかなかった。
案の定、キャンスケットにある二件の宿は既に生誕祭の影響で満室ギリギリの状態であった。
何とか間一髪、部屋を取ることが出来たアスレイは、早速その部屋へと向かう。
階段を上がった右手直ぐの扉、201と書かれた部屋が彼の宛がわれた部屋だ。
扉を開け覗いてみると、一人用のこぢんまりとした室内はベッドと明かり用の燭台、机が置かれているだけで如何にもと言った簡素な造り。
しかし彼にしてみればベッドがあるだけで充分にありがたかった。
「…と、これからどうしようかなあ…」
おもむろにベッドへと横たわったアスレイは、天井を仰ぎながらぼやく。
暫くこのまま寝ていようかとも思ったが、室内の埃っぽさに体を起こし、窓へと手を伸ばした。
と、そのときだ。
ふと机の方に視線を向けると、そこには一冊の冊子が置かれていた。
その冊子は刷った用紙を紐で閉じているもので、表紙には『キャンスケットへようこそ』という文字が書かれている。
アスレイは窓を開けた後、次いでその冊子を手に取ってみる。
心地良い風が流れ込んで来る中、彼はベッドに座りながら一枚ページを開いてみた。
「何々…『キャンスケットが取り組んでいる様々な事業を紹介します』…か」
どうやらキャンスケットという町についての案内書のようなものらしく、その内容はキャンスケットが現在行っている事業や活動、観光名所や名産品などが詳細に記載されているといったものであった。
特に力を入れている事業というのが、先ほどティルダも別れ際に言っていた慈善活動のようで。未開拓地であった山林を利用し、果物畑を開拓。そこで働き先を失った者や孤児たちに職を与え、収穫した果物を収穫し売ることによって彼らに収入を与え、養うことが可能となっているのだという。
同様の方法で領主が経営している職場はこの町にいくつも存在しているらしく、冊子の最終ページには働き手募集中の仕事一覧が掲載されていた。
「あ、これ―――日給制で金額も申し分ないし、この町でちょっと働いてみようかなぁ」
と、思わずアスレイが呟くのも無理はない。
故郷を出て早一月近く。ここまでの道のりで彼は所持金の半分近くを既に使ってしまっていた。
大体が馬車移動での運賃。宿代。そして言われもない弁償代などで消えている。
今まで溜めていた小遣いと家族から貰った貯金でここまで来られたわけではあるが、残金が少ない以上これから先はそういうもいかない。
現地で稼ぐ必要性があった。
「製糸工場で服の裁縫、修復…収穫した果物の加工作業…こう言うのはちょっと俺には合わないかな」
丁度良い仕事はないかと文面を指先でなぞり、それを視線で追うアスレイ。
いつの間にか室内の埃っぽさも消えていたのだが、そのことなどすっかり忘れている。
と、アスレイはある文面でその指先を止めた。
そこには『収穫した果物、野菜の配送手伝い……日当銀1枚』と書かれていた。
「銀1枚! 結構な額だし、これに決まりだな」
そう言うや否や彼はベッドから立ち上がり、軽い手荷物だけを持って外へと出かける。
勿論行先は冊子に書かれてあった仕事の斡旋所だった。
キャンスケットの町の中央通り、その一角に仕事の斡旋所があった。
「すみませーん。宿に置いてあった冊子の仕事募集を見てやって来たんですけど」
そこを訪ねたアスレイは早速、受付にいた若い男性へ冊子に載っていた仕事をしたいとの説明をする。
すると受付の男性は一枚のビラを取り出し、カウンターに置いた。
その紙にはこの町の地図。そしてその一か所に〇が記入されている。
「その印が書かれている場所に住むヤーズ・モレと言う方に、此処から斡旋されたことをお話しください。まあ、その紙を見せれば直ぐに理解すると思いますけど」
淡々とそう説明すると、男性はそそくさと自分の持ち場に戻ってしまう。
彼は所内奥の机に向かうなり、何やら書面に色々書いているようだった。
さほど気にするべきではないと思いつつも、黙々と作業をしている様子が何となく気になってしまい、アスレイは興味本位に男性へ尋ねた。
「それってもしかして、何かの仕事ですか?」
と、男性の手が止まりゆっくりとアスレイの方を見つめる。
その眼鏡がギラリと光り、もしや禁句だったのではと、アスレイは自然と冷や汗を滲ませる。
だが男性はさして気に留めていない様子で淡々と答えた。
「これは此処で斡旋され職に就いた者たちの経歴を記入しているんですよ」
何でも彼の話によると、此処の斡旋所を通して職に就く者たちは、年齢・性別・身長体重・解る者は出身地や家族構成などを告げる規則らしいのだ。所謂履歴書の作成というものだ。
ちなみにアスレイのような短期での雇用は必要としないようで、そのため経歴を聞かれなかったというわけだ。
「領主様が緊急事に必要となるだろうからと義務付けているのですが…これが役に立った例がないので、全くもって時間の無駄な作業ですよ」
皮肉めいた口ぶりで男性はそう漏らすと、眼鏡を押し上げて、再びその無駄と言っている作業を始めた。
この町特有の規則に首を傾げるアスレイであったが、だからこそこの町は此処まで発展しているという事実と、男性がこんなにも人知れず苦労するのだろうという実態は、何となくではあるが理解出来た。
「…まあ、あの…頑張って、下さい」
結局のところ、そんな言葉を掛けてあげることでアスレイは精いっぱいであった。
これならば興味本位で聞かなければ良かったかもしれないと、若干の後悔を胸に秘めつつアスレイは斡旋所を静かに立ち去り、地図に描かれてある場所へと向かった。
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