23 / 87
キャンスケットの街
7
しおりを挟む聞くところによるとレンナもまたアスレイ同様、空席がなく困っていたとき、運良くケビンに声をかけて貰ったらしい。
アスレイと知り合いのようだったから、との理由でケビンは声を掛けてくれたらしく、それだけでも彼の人の良さが伺える。
「ほんとケビンのおかげで席が空くの待たずに済んだし、助かっちゃった。もう性格合わせて90点って感じ」
満面の笑みを浮かべながらそう言ってパスタを頬張るレンナ。
彼女の言葉にはアスレイもケビンも苦笑するしかない。
「そういやどうして三人ともここにいるんだ? てっきりもう次の町に行ったかと思ってた」
メニュー表に目を通していたアスレイは、不意にそんな疑問が浮かび、三人へと視線を移す。
彼の質問に合わせるように、ピタリと手が止まる三人。
と、先ず口を開いたのはレンナであった。
「あたしはもう少し領主様見学しようと思ってね。色々調べたいこともあるし」
彼女に続いて、ケビンもグラスの水を呑み込み、答える。
「俺たちも似たようなものだ。調べ物の為、しばらくはこの町に滞在する予定だ」
なるほど、とアスレイは答える。
「じゃあ四人揃ってしばらくは一緒になるってことか」
『旅先の出会いは月と同じくまた廻る』とはアウストラでよく使われる諺であるが、まさにその通りだと思いアスレイは苦笑をせずにはいられない。
そんな彼の内心を後目に、レンナがおもむろに尋ねた。
「ところでアンタは観光、どうだったの?」
彼女からの質問に今度はアスレイの手が止まる。
そう言えば彼女にはそう告げて別れていたんだ、とアスレイは数時間前の事を思い返し、頬を掻く。
ネールとケビンも興味があるらしく求めるような視線を受けてしまい、アスレイは仕方なく自身の事情を話した。
「観光は止めて今は資金調達中だよ。もう何日かは稼ぐつもり」
するとレンナは「ふーん」と素っ気ない返事をする。
そんな反応をするのならば聞かなくても良かったんじゃないかと内心呆れつつ、アスレイはウエイターを呼び止め料理を注文する。
と、今までただ静観していたネールが「なるほど」と、突如静かに吐息を漏らした。
「それで動きがぎこちないのか」
直後、アスレイの肩が大きく揺れる。
実は全身筋肉痛であることがバレないように、気を張って平常を装っていたのだ。
それはただ単にカッコ悪い気がして、という小さな自尊心故の行動であったのだが。
懸命な努力も空しくこうもあっさりとネールに見抜かれてしまい、アスレイは驚きを隠せなかった。
すると、先ほどまで興味なさげでいたレンナが目の色を変えてアスレイを見遣る。
「え、もしかして仕事疲れで筋肉痛とか?」
その表情は明らかにキラキラとしていて楽しげだ。
アスレイはそれでも毅然とした態度で平気な様を見せつける。
だが実際はほんの僅かに動くだけでも体が痛く重い。
そんな心の内を悟られたのか、はたまたからかいたいだけなのか。
レンナは悪戯な笑みを浮かべながら、面白半分といった様子でアスレイの肩をバシンと叩く。
「ちょっともー大丈夫なの?」
「うぐっ!」
不意打ちとも言うべき彼女の行動に反応が遅れてしまい、痛みは全身に伝わっていきアスレイは思わず声を上げてしまう。
明らかに苦痛の表情を見せてしまったアスレイだが、それでも耐えて平気だと笑みを作る。
「だ、大丈夫だって。よく言うだろ? こういうのは寝れば治る! ってさ」
そう強がって見せたものの周囲の反応は薄く、ケビンは不安げな顔さえ見せていた。
と、食事も終え腕を組んでいたネールが、またもやため息交じりにその口を開いた。
「…ならば、明日は仕事の足手まといにならないよう、早めにしっかりと休んだ方が良いだろう」
的確な指摘にアスレイが顔を顰めると、その隣ではレンナがくすりと笑っている。
「なんだったらあたしが特製マッサージしてあげよっか。めちゃくちゃ痛いけど効果バツグンなんだから」
例えその通りであったとしても、楽し気にそう話す彼女には絶対頼みたくはない。と、アスレイは即座にかぶりを振る。アスレイは顰めた顔のまま無言で目の前の水を一気飲みした。
どうせならもう少しいたわりや労いの言葉があっても良いのではと思う半面、ルーテル含めた女性から受けているこの仕打ちに、もしや自分には女難の相でも出ているのだろうかとアスレイは一抹の不安を抱かずにはいられない。
だが、そもそもこの旅の発端を考えれば、既にそのときからアスレイの女難は始まっている。
(今更俺の女難を嘆いていても仕方がないのか…)
アスレイはそう思い、人知れず諦めのため息を吐き出す。
と、そのとき。ウエイターが彼の注文した料理を運んできた。
「お待たせしましたー、旬野菜の卵とじ定食でーす」
―――翌日。
アスレイは節々に若干の痛みを感じつつも、早朝から宿を出ていた。
向かう先は当然、仕事先である倉庫だ。
深い霧に覆われた町並みを通り越した、小高い丘の上にある倉庫。
痛みを堪えながらたどり着くと、其処には既に一つの人影があった。
しかしそれは倉庫の管理者ではなく。華奢な体つきでありながら、威とも容易く重そうな荷物を担ぐ女性の姿。
「おはよう」
不意打ちのようなアスレイの挨拶に驚いたらしく、彼女は大きく肩を揺らす。
瞳を大きく見開かせながら振り返る女性は―――やはりルーテルであった。
昨日とは打って変わって、彼女はすぐさま視線を逸らし、無言のまま俯いてしまう。
あの威嚇のような眼差しや厳しい皮肉を言わないところからして、恐らくカレンやリヤドからお叱りを受けたのだろうとアスレイは推測する。
「あ、あの…」
口ごもりながらも、何か言いたそうにしているルーテル。
その言いかけている言葉が何かは粗方予想が付いている。
ならば、それを彼女が言うまで待ってやることが、アスレイのするべき立場と態度なのだろう。
が、しかし。彼女にだけ謝らせるのは間違いではと、アスレイは考える。
迷った挙句、アスレイは自身の後頭部を掻きながら笑ってみせた。
「いやあ、昨日の重労働のせいで未だに全身凄い筋肉痛でさ。ホント過酷な仕事だよ、これ」
「あ…」
言葉を遮られてしまい、困った様子でいるルーテルを後目に、アスレイは彼女の前で自分の拳を見せながら語る。
「でもカレンさんは優しいし、みんなも家族みたいな雰囲気でさ。そんな姿を見ていたら、疲れも何も吹っ飛んじゃうよね」
そう言って微笑みを浮かべるアスレイ。
彼の意図を読んだルーテルは顔を背け、急ぐようにアスレイから離れると作業を再開した。
とりあえずこれでもう睨まれることはないだろうと一安心しつつ、アスレイも続けて仕事を始める。
「これを運べばいい?」
ルーテルが運んでいた木箱と同じ焼き印の押された木箱をアスレイは持ち上げる。
相変わらずの重さに思わず息が止まり、全身は悲鳴を上げているのだが。それでも荷物だけは落とさないよう、慎重に運んでいく。
と、そんなアスレイの背を見つめるルーテルは、小さな声で呟いた。
「…あ、ありがとう」
勿論その呟きが彼の耳に届くことはなく。
間もなくして遠くからリヤドの高い声が聞こえてきたため、彼女は慌てて口を閉ざし、忙しく荷物を運んでいった。
こうして労働に明け暮れるだろう、アスレイの一日がまた始まった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~
かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。
望んで召喚などしたわけでもない。
ただ、落ちただけ。
異世界から落ちて来た落ち人。
それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。
望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。
だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど……
中に男が混じっている!?
帰りたいと、それだけを望む者も居る。
護衛騎士という名の監視もつけられて……
でも、私はもう大切な人は作らない。
どうせ、無くしてしまうのだから。
異世界に落ちた五人。
五人が五人共、色々な思わくもあり……
だけれど、私はただ流れに流され……
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。
【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる