シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
26 / 87
不穏の風が吹く

しおりを挟む
    






 一夜明け、朝を迎えたキャンスケットの町は相変わらず濃霧に包まれている。
 山の向こうに姿を出しているだろう太陽さえも覆うかのような霧の街並みを、アスレイは歩いていた。 
 向かう先は数日前に行った、職業斡旋所だ。
 斡旋所では長期就労者に対して履歴書を作成し保管していると言っていた。
 アスレイはその履歴書から居なくなったファリナの情報を得ようと考えたのだ。
 それに彼女の履歴書があれば、それがこの町から彼女が居なくなったという証明になるかもしれず、衛兵団や領主もそれによって動いてくれるやもしれない。
 そう確信し、軽い足取りで向かったアスレイであった。
 ―――が、しかし。
 彼の予測は軽々と覆されてしまう。




「え、履歴書はない?」

 斡旋所で受け付けをしている眼鏡の男性から突き付けられた言葉は、『ここにはない』の一言であった。

「はい、言葉の通りです」

 淡白な口振りで男性はそう答える。
 怪訝そうに眉を寄せているその表情は、明らかにアスレイを鬱陶しいと思っているようだ。
 朝一番にやって来た客人の第一声が『履歴書を見せてくれ』であるのだから、彼が気を害するのも無理のないところではあるだろうが。

「此処はあくまでも仕事先の斡旋をする場所なので、作成された履歴書は次の日には別の場所で保管されるシステムになっているんですよ」
「べ、別の場所…って何処?」

 男性は眼鏡を押し上げてから冷淡な口調で答えた。

「領主様の屋敷ですよ」

 話によると斡旋所で作成された履歴書は領主の屋敷に移され、担当の役人によって保管されるとのことだった。
 つまり、履歴書を閲覧したい場合は領主かもしくはその担当者である役人から許可を得なくてはならないということだ。
 その説明を聞いたアスレイは単なる無駄足だったと肩を落とす。

「結局は領主に直談判するしかないのかー…」

 そう呟き、落胆しながら帰ろうとするアスレイへ、男性は更に冷静な言葉で彼を刺していく。

「それに、先日も言いましたがそんなものを見ても時間の無駄ですよ」

 彼の言葉にアスレイは足を止め、彼の方へ視線を向ける。

「そもそも…昨日職に就いたばかりだというのに、仕事が嫌になって明日には逃げ出しているという者は少なくないんですよ。最近ではそれを魔女のせいだと囁く者もいますが、結局は仕事から逃げた者が良いように作った言い訳です」

 男性の台詞には、『黄昏誘う魔女』に対する否定と、『失踪者』の否定が含まれていた。
 彼のその決めつけた言い方に、アスレイは眉を顰める。

「逃亡者なのか、魔女のせいなのか、違う理由なのか…それについては必ず俺が証明して見せます」

 ついムキになり強い口調でそう返すと、アスレイは大きな足音を鳴らしながら斡旋所を出て行った。







 ファリナ捜索に当たって、衛兵団が動いてくれそうにないとなるとやはり頼みの綱は領主への直談判という結論になる。
 しかし、肝心の領主にはそう簡単に会うことが出来そうにない。以前、領主を追っかけているレンナが『中々お話しするチャンスがないんだよね』とぼやいていたくらいだ。

「結構大変な道のり選んじゃったかな…」

 空に向けてそう嘆いたところで何かが変わるわけもなく。
 仕方なくアスレイは、とりあえず領主の屋敷へと足を向けた。



 領主の屋敷は中央通りの突当り、小高い丘の上に建てられている。
 元々この町自体が山の麓にある起伏の多い街並みのため、こういった丘や坂道は至る所にある。
 多少息を切らしながら丘を登り終えると、そこには広々とした公園のような広場が存在していた。
 色とりどりの花が花壇に植えられており、その中央には噴水。来た道を振り返れば町を一望できるという絶景の場所であった。

「これは眺めが良いな」

 ポツリとそう独り言を呟き、それからアスレイは広場の奥に建つ屋敷へと向かう。
 鉄柵が張り巡らされた正面玄関には、傭兵らしき屈強な男が二人、並んでいた。
 部外者は誰一人として入れまいという、もの凄い気迫まで漂わせている。
 メルヘンチックな公園とは不釣り合いのその傭兵には、どんな人間も気圧されてしまうだろうなとアスレイは内心思う。

「あ、あの…」

 先ずは勇気を持って近付き、声を掛けてみる。
 が、男たちはアスレイを睨みこそすれ、それ以上話しかけることも耳を貸そうとする気配さえ見せない。

「領主様に会いたいんですけど!」

 と叫んだところで男たちが動く素振りもなく。
 諦めずにそんなやり取りをしばらく続けてみたアスレイであったのだが、最終的に根負けしたのはアスレイの方であった。




「そんなことしても意味ないっての」

 微動だにしない男たちに嫌気が差してきた頃、突如背後から彼女の声が聞こえてきた。
 振り返れば案の定、そこにはレンナの姿があった。

「そのおっさんたち絶対に動かないし話そうともしないの。石なんじゃないかってくらいにね」

 そう言いながら近付く彼女は目を細めながらただただアスレイを眺めている。
 彼女の瞳は、どうして此処に居るのかと訴えているようであった。
 それを察したアスレイは、かいつまんで自身の事情を説明する。




「―――ふうん、随分と面倒なことに首突っ込んだじゃん」

 レンナは呆れ顔でそう言い、深いため息もついでに漏らす。
 興味がないのか態度は軽薄だが、どうやらこのまま話は聞いてくれるらしい。

「なんとか領主様に会えないかな」

 何かしらの助言を貰うべく彼女に頭まで下げたアスレイだったが、レンナの返答は「無理」という一言であった。

「ティルダ様ってばかなりの多忙みたいでさ。朝から夜まで屋敷にはほぼ居ないみたいだし。移動中も最低一人ずつメイドと用心棒を付けてるし…隙がないんだもん」

 彼女の言葉から脳裏に過ぎるのは、先日ティルダと初めて出会った時のこと。
 確かに彼はその傍らにメイドと傭兵を連れていた。
 名前はユリとカズマだったよな、とアスレイは思い返す。

「おかげで二人きりになれる時間なんて全然ないんだから。あたしが知りたいくらいよ…!」

 ぶつぶつと独り言のように文句を言うレンナ。
 足先でドンドンと地面を叩く様は、少女とは思えない気迫を漂わせている。
 何か一言返すべきかと口を開けたアスレイだったが、それよりも先にレンナが喋り出す。

「でもそれも今だけよ。ティルダ様の行動範囲を毎日調べて…近いうち二人きりになれる時間を絶対手に入れるんだから!」

 まるで彼女の背中から炎でも出ているのではと思うような叫びと闘志。
 門番をしている傭兵たちに聞かれていたらどうするんだと一抹の不安を抱きつつ、アスレイはレンナの肩を叩いた。

「…本当、尊敬するよ」

 そう言ってから、彼は浅いため息を吐き出した。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか@12/10書籍刊行
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...