シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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不穏の風が吹く

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 翌日。
 アスレイはこの日も領主邸の前でティルダの帰宅を待っていた。
 昨夜別れ際に聞いたカズマの話によると、今日は自宅に戻って来るはずと聞いたからだ。
 しかし、早朝から待機しているにも関わらず、ティルダの姿は一向に現れない。
 それどころか昨日からずっと正門前をうろついているアスレイに、門番である傭兵が怪訝な顔を見せ始めていた。



 昼が過ぎた頃になると、しびれを切らしたのか傭兵の一人がアスレイの側へと近付いてきた。
 丁度アスレイはベンチに座り、持ってきていた弁当で昼食を取っている最中だった。

「お前は昨日も此処にいたが…一体領主様に何の様なんだ」

 居座り続けていたことがようやく身になったと内心喜びつつ、アスレイは迷わずに答える。

「はい。最近増えた失踪者事件についてを話したいんです!」

 が、アスレイの予想とは裏腹に、その言葉の直後、傭兵は嘆息を漏らす。
 それが事件に対してのものではないと、アスレイは直ぐに悟った。

「それは単に何も言わず町から夜逃げした者たちの話…もしくは魔女の仕業という噂話だろ」

 傭兵の口振りは明らかに『事件と呼ぶには大げさだ』と、アスレイに対して呆れているものであった。
 続けて傭兵は手で払う素振りをして見せる。

「今に始まった話でもない。領主様に申し立てるようなものではないんだよ」

 帰れ帰れと言い放つ男の横暴な態度にアスレイは気分を害し、眉を顰めながらベンチから立ち上がった。

「実際に人がいなくなっているっていうのに…そんな言い方はないじゃないか!」

 思わず声を大きくするアスレイに驚いたのか、傭兵は僅かにたじろぐ。
 が、直ぐに態度を翻し、鋭い顔で睨み返してきた。

「貴様…部外者如きがこれ以上町の規律を乱すことをするな!」

 部外者如き。その言葉を聞き、アスレイは更に眉を顰める。
 確かに自分はこの町に来たばかりの者であり、無関係な存在かも知れない。
 だが、数日間苦楽を共に過ごした仲間の涙を見たならば、それはもう無関係ではないはずだ。
 そう反論しようと傭兵を睨み返した。その時だ。




「そこまでだ」

 二人を制止するその声はカズマのものであった。
 予想外の人物の登場に、二人とも目も口も大きく開いてしまう。

「カズマ!」
「カズマ殿!」
「例え部外者だとしても、今のはお前の態度がなっていないのではないか」

 カズマの一言に傭兵は畏怖し、先ほどまでふんぞり返っていた態度を一変させると、彼は深く頭を下げ出した。
 傭兵である男の方が明らかに年上であるというのに、カズマには全く頭が上がらないという様子だ。
 それだけ、キャンスケットでカズマはかなり地位が高いと伺い知れた。

「…それに、こいつは俺の友人だ。だから、部外者ではない」
「そ、それは失礼を…」

 そう言って傭兵は即座にアスレイにも深く頭を下げてみせる。
 急な態度の変貌に呆気を取られつつも、思わずアスレイも頭を下げて「こちらこそいきなり怒鳴ってごめん」と謝ってしまった。

「ここはもういいから、お前は持ち場に戻れ」

 その言葉を受けた傭兵は、有無も言わずに元居た場所である門前へと戻っていく。
 それからカズマはアスレイへと視線を移して、軽く息を吐いた。

「ティルダに会いたい気持ちもわかるが…ここにはもう来ない方が良い」

 アスレイは直ぐに何故かと問おうとしたのだが、それよりも先にカズマが話を続ける。

「見ての通り、失踪者たちの身を案ずる者は先ずいない。この町は流民が多い故、誰かがいなくなったとしても『何処かに出て行ってしまったのだろう』と思うのが常識なんだ」

 カズマの言葉に対してアスレイが何も言い返せなかったのは、そのことを薄々と感じていたからだ。
 町の異常な静寂さ。斡旋所の男が見せていた態度も、全てはこの何処かよそよそしい町の雰囲気から来るものなのだろうと。
 しかし、だからと言って領主への説得を諦めても良いのだろうか。
 否、そんなことは絶対にない。
 そういった気持ちに駆られ、アスレイは拳を震わせる。

「だが、あいつらが…魔女を信じたいと思ってる理由はちゃんとあるんだ」

 湧き上がる瞬間まで募っていた彼の気持ちが、カズマのその一言で萎んでいく。
 即座にカズマを見つめたアスレイの口からは、無意識に声が漏れ出ていた。

「え…」
「それは…」

 と、話を続けようとしたカズマだったが、しかし。周囲が気になるらしく、カズマの視線はアスレイには向けられず。
 代わりに先ほどよりも小さな、囁くような言葉で返した。

「それについては夜に話してやろう」

 それだけ言い残すとカズマは何も言わず、何処かへと去っていってしまう。
 そのため一人困惑したままのアスレイだけが、ただただポカンと口を開けたまま取り残されたのだった。






   
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