シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
28 / 87
不穏の風が吹く

しおりを挟む
   






 スレーズ領はアウストラ大国南部の山脈部に位置しており、その大部分は未開拓の地となっている。
 酪農と畜産が主に有名であるが、基本的には自給自足の生活を送る者が殆ど。
 地方によっては未だ、物々交換でやり取りをしている場所もあるという。
 それ故に、他の領からは田舎と呼ばれることの多い領地であった。




「俺はエダムの村なんですがカズマさんは?」
「俺はイセの方だ」
「あ、じゃあ近いですね!」

 思わぬ同郷者との出会いに二人はいつの間にか足を止めてしまっており、故郷の話に花を咲かせていた。
 先ほどまで寡黙であったカズマも、懐かしげな顔で思い出を語っていた。
 何でも、彼は故郷に歳の離れた妹がいるらしく、今でも手紙のやり取りをしているのだという。

「まさかこんな所でスレーズ出身者に出会えるとは思わなかったな」
「俺もですよ」

 しばらく話に耽っていた二人であったが、そんなこんなでようやく宿前へとたどり着いた。
 が、久しぶりにした故郷話が名残惜しいのか、カズマは直ぐに立ち去ろうとはしない。
 会ってまだ二回目であるものの、通常のカズマとは違う一面をアスレイは目撃している気分であった。

「おかげでスレーズの風景を思い出した…お前さえ良ければ、また話をしないか?」

 意外な言葉にアスレイは内心驚いたが、二つ返事で快諾する。

「町に滞在している間ならいつでも喜んで」
「そうか、ありがとう」

 カズマはそう言って握手の為、自身の手をアスレイの前へと出そうとしている。
 しかし、ふとあることを思いついたアスレイは、其れを交わす前に尋ねた。

「でも一つだけ条件があります」
「条件?」

 カズマの手が止まる。

「俺も見回りに同行させてください」
「駄目だ」

 先ほど見せていた笑みが嘘のように消え、顰めた表情に変わる。

「魔女に襲われる危険性があるんだぞ」

 だがアスレイは直ぐに引き下がらない。
 彼にはある確信があった。

「でも―――カズマさんはこれが魔女の仕業だとは思っていないんでしょ?」

 その言葉の直後、カズマは目を大きく見開かせる。

「本当に魔女のせいだと思っているならこうして夜一人の見回りなんて考えはしない。それに、魔女退治って言うよりは人間の犯罪者を退治してやろうって感じに見えたんで」




 魔女という不可思議な存在を相手に、一人で巡回しているというカズマ。一見無謀な行為だと思うが、それは裏を返せば『自分ならば相手を退けられる』という自信の表れのようにも見えた。
 しかし彼の性格は自信過剰とも無鉄砲とも思えない。
 となれば、カズマは魔女の存在を否定している。だからこそ、人間相手ならば一人でも犯人を退けられると確信して、こうして巡回をしていると考えられた。



 ―――と、そこまで推測出来ていたわけではないが、アスレイはカズマの言動に何となく矛盾を感じ、そう思っていたのだ。
 カズマはしばらく無言でいたが、暫くの沈黙の後、顰めた顔のまま深いため息を漏らした。

「見かけによらず賢いようだな」
「見かけは余計ですよ」

 不機嫌そうにアスレイは眉間に皺を寄せる。
 そんな彼を見遣り苦笑を見せるカズマは突如、吹っ切れたような表情を見せ、それから静かに語り始めた。

「…手っ取り早く皆に警戒心を与えるため口にはしているが…俺自身、魔女の存在は信じてない」
「やっぱり…」
「魔女と言う偽りの衣で逃げ隠れしている犯人に、これ以上の人攫いは絶対にさせない…だからこそ、俺はこうして見回りをしている」

 無意識にカズマの指先は、携えている剣の柄を握り締める。
 アスレイはそれを見逃さない。

「…こんな話をしたのはお前が初めてだ。これも何かの縁、お前が鍵になるという地母神の助言なんだろう…わかった、同行を許可しよう」
「本当ですか!」
「ただし、無茶なことは決してしないと約束してくれるならばな」

 アスレイは得られた許可に表情を明るくさせ、大きく頷く。
 と、カズマは腕組みしながら「それと」と付け足す。
 その言葉にアスレイは思わず強ばる。が、次の瞬間、カズマは笑みを零して言った。

「敬語はなしだ。タメ口で話せ、良いな?」
「あ……うん、喜んで!」

 意外な付け足しに呆気を取られたが、アスレイは直ぐに破顔一笑する。
 それから二人は同じタイミングで自身の手を差し出し、堅く握手を交わした。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか@12/10書籍刊行
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...