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不穏の風が吹く

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 スレーズ領はアウストラ大国南部の山脈部に位置しており、その大部分は未開拓の地となっている。
 酪農と畜産が主に有名であるが、基本的には自給自足の生活を送る者が殆ど。
 地方によっては未だ、物々交換でやり取りをしている場所もあるという。
 それ故に、他の領からは田舎と呼ばれることの多い領地であった。




「俺はエダムの村なんですがカズマさんは?」
「俺はイセの方だ」
「あ、じゃあ近いですね!」

 思わぬ同郷者との出会いに二人はいつの間にか足を止めてしまっており、故郷の話に花を咲かせていた。
 先ほどまで寡黙であったカズマも、懐かしげな顔で思い出を語っていた。
 何でも、彼は故郷に歳の離れた妹がいるらしく、今でも手紙のやり取りをしているのだという。

「まさかこんな所でスレーズ出身者に出会えるとは思わなかったな」
「俺もですよ」

 しばらく話に耽っていた二人であったが、そんなこんなでようやく宿前へとたどり着いた。
 が、久しぶりにした故郷話が名残惜しいのか、カズマは直ぐに立ち去ろうとはしない。
 会ってまだ二回目であるものの、通常のカズマとは違う一面をアスレイは目撃している気分であった。

「おかげでスレーズの風景を思い出した…お前さえ良ければ、また話をしないか?」

 意外な言葉にアスレイは内心驚いたが、二つ返事で快諾する。

「町に滞在している間ならいつでも喜んで」
「そうか、ありがとう」

 カズマはそう言って握手の為、自身の手をアスレイの前へと出そうとしている。
 しかし、ふとあることを思いついたアスレイは、其れを交わす前に尋ねた。

「でも一つだけ条件があります」
「条件?」

 カズマの手が止まる。

「俺も見回りに同行させてください」
「駄目だ」

 先ほど見せていた笑みが嘘のように消え、顰めた表情に変わる。

「魔女に襲われる危険性があるんだぞ」

 だがアスレイは直ぐに引き下がらない。
 彼にはある確信があった。

「でも―――カズマさんはこれが魔女の仕業だとは思っていないんでしょ?」

 その言葉の直後、カズマは目を大きく見開かせる。

「本当に魔女のせいだと思っているならこうして夜一人の見回りなんて考えはしない。それに、魔女退治って言うよりは人間の犯罪者を退治してやろうって感じに見えたんで」




 魔女という不可思議な存在を相手に、一人で巡回しているというカズマ。一見無謀な行為だと思うが、それは裏を返せば『自分ならば相手を退けられる』という自信の表れのようにも見えた。
 しかし彼の性格は自信過剰とも無鉄砲とも思えない。
 となれば、カズマは魔女の存在を否定している。だからこそ、人間相手ならば一人でも犯人を退けられると確信して、こうして巡回をしていると考えられた。



 ―――と、そこまで推測出来ていたわけではないが、アスレイはカズマの言動に何となく矛盾を感じ、そう思っていたのだ。
 カズマはしばらく無言でいたが、暫くの沈黙の後、顰めた顔のまま深いため息を漏らした。

「見かけによらず賢いようだな」
「見かけは余計ですよ」

 不機嫌そうにアスレイは眉間に皺を寄せる。
 そんな彼を見遣り苦笑を見せるカズマは突如、吹っ切れたような表情を見せ、それから静かに語り始めた。

「…手っ取り早く皆に警戒心を与えるため口にはしているが…俺自身、魔女の存在は信じてない」
「やっぱり…」
「魔女と言う偽りの衣で逃げ隠れしている犯人に、これ以上の人攫いは絶対にさせない…だからこそ、俺はこうして見回りをしている」

 無意識にカズマの指先は、携えている剣の柄を握り締める。
 アスレイはそれを見逃さない。

「…こんな話をしたのはお前が初めてだ。これも何かの縁、お前が鍵になるという地母神の助言なんだろう…わかった、同行を許可しよう」
「本当ですか!」
「ただし、無茶なことは決してしないと約束してくれるならばな」

 アスレイは得られた許可に表情を明るくさせ、大きく頷く。
 と、カズマは腕組みしながら「それと」と付け足す。
 その言葉にアスレイは思わず強ばる。が、次の瞬間、カズマは笑みを零して言った。

「敬語はなしだ。タメ口で話せ、良いな?」
「あ……うん、喜んで!」

 意外な付け足しに呆気を取られたが、アスレイは直ぐに破顔一笑する。
 それから二人は同じタイミングで自身の手を差し出し、堅く握手を交わした。






   
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