シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
33 / 87
街に潜む陰

しおりを挟む
     






 昨晩遅くまで見回りしていたせいか、今日のアスレイはいつもより遅く起床し、遅めの朝食を取っていた。
 しかしピーク時を過ぎた食堂は閑散としており、お陰でゆっくりと食べる事が出来る。
 と、アスレイは思っていたわけだったが。そんな彼の元へ、意外な客が姿を見せた。

「アスレイじゃん。こんな時間に珍しー」

 そう言ってアスレイの前に現れたのはレンナだった。
 彼女はアスレイと同じく遅めの朝食を取るようで、注文したものであろうパンとサラダのセットをトレイに乗せていた。
 そして、わざわざアスレイの前の席へ座り込むと、早速皿のパンを頬張った。
 アスレイはそんな彼女を見つめながら「おはよう」と間の抜けた挨拶をし、大きな欠伸を一つ零す。
 それを見つけたレンナは不機嫌そうに眉を顰めさせながらもう一口パンを頬張る。

「ったく…そんなにまでなって未だに領主様探ししてんの?」

 その言葉からして、どうやら寝不足の原因が領主探しによるものだと思われていると察したアスレイは、かぶりを左右に振って答える。

「それは諦めたよ。今はカズマと夜の町を見回りしているところ」

 と、レンナは直後驚きの表情を見せた。

「え、そうなのっ?」

 いつになく興味を持ったらしく、彼女はその輝く瞳をアスレイへ見せつける。

「いいないいなー、あたしも参加したーい」
「領主じゃなくてカズマなのに?」
「確かに性格はアレだったけど…イケメンには違いないし。それにカズマさんと親しくなれば、領主様ともお近づきになれるかもしれないじゃん!」

 彼女はキラキラとした表情で乙女らしい妄想に耽っている様子であったが、そんなレンナの思惑を裏切るかの如く、アスレイはまたしてもかぶりを振って答える。

「悪いけど、カズマには無理を言って同行させて貰っているし、夜の町は危険だから駄目だ」

 そんな彼の言葉を聞くなり、再びレンナの表情はガラリと変わり不機嫌なものとなる。
 その変貌ぶりに若干の罪悪感を抱いたが、彼女のためにも引くわけにはいかなかった。

「なんでー? アンタがいいのに、あたしは駄目なの?」
「本当ごめん」

 そう言ってアスレイは両手を強く合わせてみせる。
 更なる追求も皮肉も覚悟していたアスレイだったのだが、意外にもレンナはそれ以上の文句は言わなかった。
 すぐさま諦め顔になり、深く背もたれに寄りかかりながら「まあ良いけど」と漏らしていた。
 すんなりと諦めてくれたことにとりあえず安堵したアスレイは、小さく吐息を出してから皿のガスパチョを一口分掬った。

「…でもさアンタ、本来の目的忘れちゃってんじゃないの?」

 無意識にスプーンの手が止まる。
 アサはレンナの方へと視線を向けた。

「アンタの目的って天才魔槍士に会うことでしょ?」
「そう、だけど…」
「なのに今ここでこうして夜の見回りなんてして時間つぶしてていいわけ?」

 言われていることに間違いはないため、アスレイは反論が出来ない。

「これから王都じゃ生誕祭が始まる。そうすればどんなに忙しいって言われる彼だって国王直下の王宮魔道士だし、絶対王都に戻って来るに決まってる」

 だからこそ、今王都へ行くことに価値がある。
 レンナはそう力説する。

「馬車が無いのは残念だけどさ、だとしても歩いてでも王都に向かうべきなんじゃないの?」

 あたしだったらそうするわ。と、付け足すと彼女はアスレイへ向けていたパンを勢いよく頬張った。
 確かに彼女の言っている事は正論だとアスレイも思う。
 天才魔槍士に会いたいという目的があるならば、今はどうあっても王都へ向かうべきなのだろう。
 が、しかし―――。

「ありがとう。でもやっぱり俺はまだ此処に残るよ」
「なんで?」

 アスレイの言葉に、レンナは即座に尋ね直す。
 眉を顰めているその顔は、アスレイの答えに理解出来ないといった様子であった。

「確かに、今王都へ行けば天才魔槍士に会える可能性もあるんだろうけど…やっぱりこの町で今起こっている事態を放っておけない」
「けどそれってアスレイじゃどうにもならないことじゃん。それなのに居座るって…いつまで?  ずっと居座るつもり?」

 冷静な口振りで告げているが、その様子には憤りのような感情が見え隠れしている。
 アスレイはそんな彼女に苦笑いを浮かべた。

「何も出来ないのはわかってる。でも、自己満足だとしても何かやっておきたいんだ」

 譲らないアスレイの態度に呆れたらしく、レンナは深いため息をわざとらしく吐き出す。

「ホント自己満だわ、それ」

 悪態を付くような言いぐさで、それからやけ食いの如くパンにかじりついた。
 しかし、言動こそ悪く見せているものの、彼女が自分のためを思って言ってくれているのだと感じたアスレイは微笑を浮かべながら軽く頭を下げた。

「心配してくれてたみたいでごめん。それとありがとう」

 レンナの表情が一変する。

「別に…アスレイのために言ってるわけじゃないし。ただあたしは目先にばかり囚われてたらチャンスを逃すって忠告してるだけ!」

 そう言うと彼女はサラダを強引に口へかき込んだ。
 怒りとも取れる態度だが、それは照れ隠しのようにも見えた。

「だけどそれって結局…」
「あーもうこの話はこれで終わり。はい、終わり!」

 それから勢い立ち上がり、レンナは逃げるように食堂を去っていく。
 一人取り残されたアスレイはそんな彼女を思い苦笑しつつ、改めてガスパチョを頬張った。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地! 恋に仕事に事件に忙しい! カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m

【完結】かなわぬ夢を見て

ここ
ファンタジー
ルーディは孤児だったが、生まれてすぐに伯爵家の養女になることになった。だから、自分が孤児だと知らなかった。だが、伯爵夫妻に子どもが生まれると、ルーディは捨てられてしまった。そんなルーディが幸せになるために必死に生きる物語。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

攻略. 解析. 分離. 制作. が出来る鑑定って何ですか?

mabu
ファンタジー
平民レベルの鑑定持ちと婚約破棄されたらスキルがチート化しました。 乙ゲー攻略?製産チートの成り上がり?いくらチートでもソレは無理なんじゃないでしょうか? 前世の記憶とかまで分かるって神スキルですか?

処理中です...