39 / 87
少女を探して振り回されて
3
しおりを挟む最初こそ先陣を切って歩いていたレンナであったが、領主ティルダの居場所を知らないと気付くなり、今度は大人しくユリの後に続く。
一方で今日の探索はもう無理だろうと自分の予定を諦めつつ、アスレイもまた彼女たちの後を歩いていた。
「ところで…ユリさんはどうしてあの裏路地にいたんですか?」
道中、アスレイはふと抱いた疑問をユリへと投げかけた。
その目の端には、先程まで彼らのいた裏路地の入口が見えている。
あの華やかで煌びやかな領主に仕えるメイドが、こんな薄暗く狭い―――綺麗とは縁遠い路地を利用していたとは、アスレイには不自然でならなかったのだ。
するとユリは恥ずかしげに口元へ手を添えながら、声を小さくさせて答えた。
「その…ご主人様に遣いを頼まれた途中だったのですが…つい興味本位で通ってしまいまして…」
「へえ、見掛けによらず意外と好奇心旺盛なのねー」
と、後頭部に手を当てながら話すレンナの姿は、ユリとはまるで正反対に映る。
しかしレンナの言う通り、アスレイの記憶にある初対面での彼女の印象が至極落ち着いていたものであったため、恥じらいを見せる今の姿がとても意外に見えた。
「って。もしかして、鼻の下伸ばしてんじゃないの?」
物思いに耽るアスレイに気付いたレンナはそう言うと、突然彼の頬を思いっきり引っ張った。
その力強さにアスレイの顔は横に変形し、痛みで我へと返った彼は思わず眉を顰める。
「ひ、ひたいひって!」
苦痛を訴えるも、残念なことに頬が歪められてしまっているため、呂律が上手く回らない。
と、二人がそんなやり取りをしている中で、ユリは静かに足を止めた。
大通りへと移動した、その十字路の先。
一角にあったオープンテラス付きのカフェに、彼の姿はあった。
それも、十数人近い女性に取り囲まれて。
「ティルダ様…私怖いんです。もし魔女に浚われたらって思うと…」
「心配することはないよ。どんなに醜悪な魔女が悍ましく君たちを襲って来ようとも、僕が必ず守ってあげるから」
「本当ですかっ?」
「ああもう素敵です!」
「流石私のナイト様!」
美しい女性たちに囲まれているその姿は、画家が描けばそれなりに価値ある一枚絵となるだろうか。
だが、職務で多忙だと聞いていたアスレイからしてみれば、その予想外の姿は目も当てられないもので、呆れて閉口せざるを得ない。
と、両手に花状態の領主に不満を抱いた人間が、彼の隣にも一人いた。
「ちょっと…何よあれ!」
そう言うなりレンナは顔を顰めさせ、領主たちのいるカフェテラスへと駆け寄っていく。
不意に見えた彼女の横顔から嫌な予感を抱いたアスレイは、慌ててユリと共に彼女の後を追いかける。
「どういうことなの領主様!」
アスレイの呼び止めも間に合わず、レンナはテラスに集う女性たちの間を割って入るなり、そのテーブルを大きく叩いた。
その振動で、置かれていたティーカップがガタリと揺れる。
「君は確か…」
「こんなところで昼間からイチャイチャと…そんなことしてないで『その魔女』ってのの対策とかしなくって良いんですか!?」
てっきり女性と戯れる彼へ嫉妬の苦言でも告げるのかと思っていたが、アスレイの予想に反して彼女が口にしたのは『魔女』という言葉であった。
どうやら彼女はアスレイ同様、職務怠慢といった様子の領主に対して憤りを抱いたようであった。
がしかし、突然現れたレンナに怒りの形相で睨みつけられているというのに、ティルダは顔色一つ変えないでいる。
不思議なくらい穏やかな様子でティーカップを手に取り、それから彼女を見つめる。
「おやおや、そんなに怒った顔をしていると美しい顔が醜くなってしまうよ」
余裕の表れなのか、逆にそんな悠長な言葉をレンナへ投げかけるくらいだ。
「あ、貴方に言われなくっても結構よ! あたしは怒った顔もチャームポイントって言われてんだから!」
「そうかい?」
「アンタらもアンタらよ! ホイホイと見っともなく集まっちゃって何が魔女怖―いよ! 何が私のナイト様よ。そもそも彼はナイト様じゃなくて領主様よ!」
そう叫ぶレンナは、次にティルダの取り巻きである女性たちに牙を向ける。
当然売り言葉に買い言葉の如く。女性たちの怒りは急速に沸点へと達し、揃ってレンナを睨み返していた。
「ちょっと何このガキ」
「ティルダ様に構って貰えないからって私たちに奴当たりするんじゃないわよ!」
喧嘩腰となった両者は、今にも取っ組み合いになり兼ねない険悪な雰囲気となってしまう。
そんな事態の一部始終を目撃していたアスレイは、何故レンナがあそこまで激怒しているのかと思いつつも、急ぎ渦中へと向かって駆けて行く。
が、そんなアスレイを後目に、ユリは突如、驚くほど俊敏な動きを見せた。
音もなくアスレイの前を駆け抜けて行き、彼女はあっという間に領主たちの元へと辿り着く。
「え…早っ…!」
ユリは憤怒するレンナの前へ立ちふさがるように立つと、主人であるティルダに向けて深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。この方は私めを助けてくださった方でして、是非お礼がしたくお連れしたのです。故に彼女が取った非礼は私めが犯したも同然。何卒ご慈悲を…」
静かに深く、丁寧に腰を折り曲げているその様子はまさにメイドの鑑といったところだ。
だが、彼女の登場により、何故かその場の空気が一瞬にして凍り付いた。
それは彼女が刹那に、無意識に放った凛としながらも冷たい、殺気にも似た気配のせいなのだろうか。
思わず足を止めてしまい遠目で目撃していたアスレイから見ても、突然言葉を無くしたかのように黙り込む彼女たちの姿が異様に映った。
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか@12/10書籍刊行
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる