シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
38 / 87
少女を探して振り回されて

しおりを挟む
  






 酔いもすっかりなくなったらしく、ふらつく様子もなく真っ直ぐな足取りで逃げ去っていく男たち。
 そんな後ろ姿を見送っていると、驚いたといった顔を見せているレンナがアスレイの隣に並ぶ。

「意外とやれば出来るんじゃん!」

 その言い回しにアスレイは苦笑を浮かべ、肩を竦める。

「こう見えても一応護身術は学んでいるんで」

 若干の自信を含みながらそう言うと、レンナは「だって」と即答する。

「この前は酒場で派手に負けてたし」
「あ、あれは相手が魔道士だって知らなかったから…それに女の子だったからちょっと油断したんだよ」

 『女の子の魔道士に吹っ飛ばされた』という嫌な記憶を持つのは、逃げ出した彼らに限ってのことではない。
 アスレイもまた彼らと同じ体験をしていたからこそ、彼らには同情も抱いていたしその傷に触れれば激高して攻撃が単調になるだろうと読み、敢えてそう誘った算段もあった。
 とはいえ、そんな傷がまだ癒えていないにも関わらず性懲りもなく同じ愚行を繰り返したのだ。これくらいの仕置きは当然だろうと、アスレイは三人の去っていた方を見つめていた。






「っていうか、わざと地図広げて見せて隙を見せるなんてしないでさ、始めっから叩き伏せちゃった方が手っ取り早く終わったんじゃないの?」

 両手を腰に当てながらレンナは、呆れた様子でアスレイにふと思ったことを尋ねる。
 するとアスレイは先ほど投げ捨ててしまった地図を拾い上げながら答えた。

「あれはホントに教えてあげようと思ったんだよ」

 直後、レンナの素っ頓狂な大声が通りに響く。

「いやあ、嘘付いてるのはわかってたんだけどさ。それでもあの人たちをもう少し信じてあげてみたかったから」
「…呆れた。あんたってマジで変わってるわ。てか人見る目なさすぎ」

 彼女の大きな、わざとらしいため息がアスレイの耳に残る。
 地図についた土埃を叩きつつ、そんなことはないとアスレイは得意げな顔をして見せた。

「こう見えても人を見る目はあるよ」
「ないない、マジでない」

 しかし得意顔の彼に対し、レンナは即座に片手を左右に振って一蹴する。
 と、アスレイは突然じっとレンナを見つめた。
 真っ直ぐに、全く逸らすことなく見つめている彼の双眸に気付いた彼女は、僅かに動揺を見せ、慌てて視線を逸らす。
 するとアスレイはたっぷりの笑顔を見せながら、自信たっぷりに言った。

「うん、間違いない。レンナは良い子だよ」

 その言葉の直後、瞬時にレンナは反応する。
 真っ赤にした顔をアスレイに向け、叫んだ。

「はあっ!? どうしてそうなんの? あたしは、ぜんっぜん良い子なんかじゃないから!」

 その叫び声は最早怒声に近いもので、裏路地の向こう側にまで響いているかと思う程だ。
 が、アスレイはそんな様子の彼女に動じる事もなく。
 口元に笑みを浮かべたまま断言する。

「俺は信じてるよ。レンナは良い子だって」

 そう言ってみせる彼の顔は純心以外の何ものでもなく。
 そんな笑顔を見せつけられたレンナは、最早閉口せざるを得なかった。
 上がっていた体温は急激に冷めていき、呆けたとばかりに高ぶっていた感情は萎んでいく。

「馬鹿らし…勝手に言ってなさいよ、もう」
「ホントに俺の目は言ってるんだけどなあ、レンナは信じられるって」
「はいはい、寝言は寝てから言いなさい」

 アスレイの言葉をこれ以上は受け付けないとばかりに軽くあしらうと、彼女はさっさと彼から離れていく。
 それからその地面へとしゃがみ込み、「そんなことよりも…」と話題を変えてしまった。

「とっとと証拠品探ししちゃおうよ。こんなに薄暗いと夜にはマジで何も見えなくなりそうだし」

 話をすり替えられてしまい吐息を洩らしつつも、彼女の言う通り本来の目的を見失ってはいけないと、アスレイもまたその場に屈み込む。

「そうだな、兎に角証拠っぽいものは片っ端から拾ってこう!」

 と、そう言いながらアスレイは地図をハーフパンツのポケットにしまい込み、本格的な捜索を開始する。
 だが、一日中薄暗い裏路地は苔やゴミが至る所に散乱しており、思わず目を反らしたくなる程。
 捜索の手も無意識に止めてしまいそうになる。
 しかしだからこそ、この場所で何か証拠品を落したとしても賊たちはそう簡単には気付かないだろうと思われた。
 もしかすると本当に此処で何かが見つかるかもしれないとアスレイは意気込み、地面を這いつくばるようにして周囲をくまなく探し始めようとした。
 そのときだ。




「あ、あの…」

 二人の手が止まる。
 振り向いた先には、先ほど助けたはずのメイドが未だその場に立ち尽くしていた。
 もう去っても良いはずの彼女が何故か困惑した顔で立ち止まっているため、アスレイはその場から起き上がると微笑みを浮かべた。

「えっと…ユリさん、で良いのかな。ここは安全な場所じゃないから、早く移動した方が良いですよ。追っ払った連中がまた戻って来る可能性もあるし」

 そう言ってアスレイは彼女の移動を促すべく、おもむろにその背を押そうとする。
 が、レンナの白い目線に気付き、慌てて触れる寸でで両手を放した。
 しかしユリはそれでも帰る様子を見せず、それどころか一向に戸惑った様子のまま、アスレイを見つめている。
 どうしたものかとアスレイまでもが困惑してしまう。
 と、彼女はおもむろにその口を開いた。

「あの…お二人は、此処で一体何を…?」

 どうやら彼女は一緒に立ち去ろうとはせず、地面と睨みあっていたアスレイたちが気になったようだった。
 するとレンナがため息交じりによいしょと体を起こし、告げる。

「見てわかんないの? 探し物よ、さ・が・し・も・の。今この町を騒がしてる失踪騒動の証拠を探してるってわけ」

 やけに強めの口調でそう話すレンナ。
 八つ当たりのようにも聞こえるその台詞は、彼女の苦労も知らずにきょとんとしているメイドに向けての当てつけと言ったところだった。
 何もそんなムキになって説明しなくともと内心思いつつ、アスレイももう一度彼女を帰すべく、説得しようとした。のだが。
 それよりも先にユリの方が口を開けた。

「あの…よろしければ、その探し物が急ぎでないのでしたら…是非とも、助けてくださったお礼をしたかったのですが…」

 と、控えめに彼女はそう告げる。

(ああ成る程、だから直ぐには帰らずにいたのか)

 そうアスレイが思ったのと同時に、レンナが大声を張り上げた。

「えーっ! ホントにッ!?」

 今度は先ほどとは真逆の、歓喜に満ちた声が路地裏の奥にまで轟いていく。
 彼女の歓声が何を意味しているのか。アスレイは直ぐに察しがついた。

「だけど、別に領主に会えるってわけじゃないだろ…?」
「あ、いえ。是非ご主人様にお会いして下さい。きっとご主人様も同じことを仰ると思いますので」
「え、いいのいいの?」

 ユリの言葉にレンナが益々浮かれた態度を見せる。
 一方で予想もしなかったまさかの展開に驚き、目を丸くするアスレイ。
 二人の正反対な表情を後目に、ユリは両手を腹部で丁寧に重ね合わせながら「はい」と微笑みを浮かべてみせた。



 しかし正直な話、アスレイは余り気乗りしなかった。
 つい先日までは領主と会う事に執着していたわけではあるが、今となっては証拠探しの方が確実に解決へ導く手段だと確信しており、出来るだけそちらに時間を費やしたいと思っていたからだ。
 別に領主と直接会うのは、その証拠が見つかってからでも良かった。むしろその方が都合も良いというもの。
 そう判断したアスレイは彼女の申し出を断ろうとする。
 が、しかし。




「わかった。よし行こ行こー!」

 完全に有頂天となっている少女は強引にアスレイの腕を引っ張ると、もう片手で拳を作り頭上へ突き上げて見せた。
 今までにないほどのテンションの高さにアスレイは思わず閉口してしまう。
 更に宝石の如く輝く彼女の瞳を見ては、これはもう止められそうにないと早々に悟り、アスレイは諦めのため息を吐き出した。
 そもそも、アスレイは半ば強引に自分の頼み事に彼女を付き合わせている。
 そのため彼女の強行を拒否することも出来ず。アスレイは仕方なくレンナにされるがままに歩き出す。
 そんな二人の背後では苦笑のような笑みを浮かべて歩くユリの姿があった。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。 彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。 剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。 アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。 転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった! 剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。 ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

処理中です...