シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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少年が追想する時

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「ッ!?」

 ケビンが手を掲げている箇所から、傷の痛みがゆっくりと薄れていく。それどころか、打撲傷や擦り傷といったものさえも、静かに癒え、みるみるうちに回復していったのだ。
 包帯の合間から見えたその異様な光景に驚くアスレイ。
 それは傍らで目撃していたレンナも同じだったようで。しかし、彼女の驚愕する理由は彼とはまた少し違っていた。

「それって禁術じゃんッ!?」
「禁術…?」

 聞いた事のない言葉。だが、単語から何となくその意味について想像はつく。

「…魔道士協会が定めた三原則。その禁を破りし術を俗にそう呼ぶ」

 ケビンは淡々とそう答える。
 『魔道士協会』というのは全ての魔道士たちを纏める組織。ということは、アスレイも最近知ったわけなのだが。その組織が定めたと言う規則がどういうものであるかは未だ勉強していないため内心首を傾げる。
 そんな困惑気味の彼を察したケビンは、続けてその原則について説明した。

「一つ、肉体の強化・改変を目的とした術。二つ、自然や生命の破滅に繋がる威力の術。三つ、自然や生命の理に反した術。以上を目的とした術は原則禁止とし、これを犯した術を禁術とする……とまあ、そう言われているんだ。ちなみに今行っている術は一つ目の原則を犯しているため、禁術として扱われる」
「そんな術を使ったらまずいんじゃないのか? …見つかったらケビンが捕まっちゃうんじゃ…」

 そう言ってアスレイは慌てて周囲を見渡そうとする。
 が、しかし未だ絡まったままの包帯と、癒えていない傷の痛みでまともには見れない。
 すると、レンナはため息を一つだけ洩らしてから答えた。

「そこはへーきなの。禁術って言っても魔道士協会は術を取り締まる権限ないし、結局のところ黙認してるわけだし」

 と、意外な事実にアスレイは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「え。そ、そうなの?」

 視線を向けるとケビンもまた頷いて答える。

「武器と一緒だ。魔道具をきちんと取り締まってさえいれば、魔道士自体は何も出来ない。この原則は魔術を扱う事の出来る者―――魔術士に対しての警告なんだ」

 確かに魔道具は使えても術は使えない魔道士に対し、というのはいささか可笑しな話だった。

「…禁術がただ単に危険であると訴えているだけではない。禁術は必ず発動者である当人に『副作用』と呼ばれる後遺症のようなものを与える」

 副作用、と聞きアスレイの脳内で真っ先に浮かんだものは、薬剤を服用する際によく聞くであった。

「頭痛が治まる代わりに眠くなるとか…つまり良薬は口に苦しってことか」
「そう言ったところだ」

 それから、ケビンは自身の片手をアスレイに見せる。
 
「握ってみてくれ」

 アスレイは言われるままに、ケビンの手を握り締めた。
 が、触った瞬間。その異変にアスレイは目を見開く。

「冷たい…」

 ケビンの掌はまるで氷のように冷たく、生きているものの手とは思えない程であった。

「俺が今使っている『自己再生能力向上』の禁術は、その副作用として『体が冷凍化』してしまうんだ」
「大丈夫なのか、それ?」
「体の機能的には問題ない。それに、この程度の術量であれば副作用もそれほど大きくは起こらない」

 そう言って微笑んでくれたケビンだが、術を掛けて貰っているアスレイとしては簡単に安堵は出来ない。
 しかし、そうした信じられないような『副作用』をも含めて、人並み外れた超常現象のような御業を『禁術』と呼ぶのだろうとアスレイは自分の中で納得するしかなかった。
 そんなケビンの話を聞く傍らで、アスレイに絡む包帯を渋々解いていたレンナは、人知れずため息を洩らした。

「って…この話を一般人にするのもかなりの禁則行為タブーなんだけどね…」








 ケビンの禁術により少しずつ傷が癒えていく中、アスレイはレンナの視線に気付く。
 解き終えた包帯を手に呆れ顔を見せていた彼女は、アスレイと視線が重なるなりぼやいた。

「それにしても…どうしてこんなボコボコにされるまで天才魔槍士ってのが知りたいのよ」
「だからそれは、天才魔槍士に会いたいからで―――」
「それは知ってるって。こんなになってまでも会いたい理由って何なの? ってことよ。ただのファンってわけじゃないでしょ?」

 レンナにそう言われ、アスレイは閉口し、思わず視線を逸らす。
 その複雑な表情からして何か言いたくない事情というものがあるのだろうと、レンナもケビンも察する。

「…俺も、少しばかり気にはなっていた。彼女レンナの言う通り一ファンだというならば…大人しく王都で待ち続ければいいだけの話だ。そうすればいつの日かではあるが、確実に奴と会うことは出来るからな」

 天才魔槍士と呼ばれる彼の元来の肩書きは国王直属の部下。
 常に機密とされる国王からの勅命を直に受けるため、彼は何度となく王城―――王都を訪れると聞く。それ故、そのタイミングを狙って待つファンの女性も多いほどだ。

「だがお前の…アスレイの抱く感情は、ファンとしてのそれとは違う気がする。ただ会いたいというのではなく、会って何かをしたい、という感じだ」

 その『何か』とは、ファンがよく求めるものではなく。それとは全く違う『何か』なのだろう。とケビンは推測していた。
 レンナとケビンからの痛いくらいの視線を感じたアスレイは、しばらくの間を置いた後。
 顔を俯かせたまま、おもむろに口を開いた。




「…直接会って、話がしたい―――ってだけじゃないんだ。本当は…」

 僅かに細めてるアスレイの双眸には、何処か哀愁のようなものを感じる。

「言いたくない内容ならば、無理に話す必要はないが…」

 彼の真の目的というのが仮に『仇である天才魔槍士を討つ』ことだとしても、アスレイの身を案じ心配こそすれ、反対はしないし、むしろ応援してやりたいところだ。と、そんなことを頭の端で考えていたケビンに、アスレイは苦笑を浮かべながらかぶりを振って見せた。

「そんな重いような理由じゃないんだ。ただ、これ話すには、ちょっと長くなりそうだから…それでも良いなら話すけど」

 そう言ってアスレイはケビンとレンナを見つめる。
 少しの間を置き、二人は共に頷いた。

「そう切り出すってことはつまりするんでしょ。話してアンタが楽になるってんなら…まあ聞いてあげてもいいけど」

 不機嫌そうで偉そうな口振りでそう告げるレンナだが、その場に腰を据えた様子からして、聞く気は満々といったところであった。
 そんな彼女を見つめ人知れず苦笑を浮かべるケビンもまた、同じく地べたへと座り込んだ。

「どのみち俺の場合、この禁術が終わるまでは『冷凍化』の副作用のせいでまともに動くことも出来んからな。治療がてら話に付き合おう」

 二人を交互に見やり、アスレイは軽く頭を下げてから笑みを見せた。




「…まあ、簡単に言うと要は子供の頃の夢って話で。『憧れのその人に会いたい』っていう話なんだ」

 小さい頃は誰でも自由に夢を見る。
 王女様になってみたい。絵本に出てくる勇者のようになりたいというように。
 アスレイもまた、例によって例の如く、幼い頃に幼き夢を描いていた。

「―――けど、それは俺の夢じゃない。俺の大切な人…大好きな幼馴染みの夢だったんだ」

 そうして彼は語る。
 自身の胸の内に秘めていた、ある想いを。
 彼女と交わした儚い約束を。






   
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