シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
52 / 87
追憶の中で微笑む彼女

しおりを挟む
       






 それはある日のことだった。
 この日もアスレイはいつものように、親の手伝いで牛舎の掃除をしていた。
 と、徐々に近づいてくる大声に、彼は持っていた熊手の手を止める。
 入口の方を見るとそこにはミリアの姿があり、相当な距離を走ってきたせいか肩を大きく揺らしていた。

「どうしたんだよ、ミリア」

 慌てているようにも見えるミリアの姿にアスレイも無意識に焦り、急ぎ足で彼女のもとへと駆け寄っていく。

「見て!」

 ミリアは近付いてきたアスレイにくしゃくしゃになった新聞を広げて見せた。
 こんな山間の村にも新聞は届く。
 だが、大抵は本来配達された日よりも随分と遅れて『一村に一部だけ』届く。村人たちにとってはその貴重な情報媒体は丁寧に扱われ、村の集会所に保管されていた。
 それをこんな場所にまで持って来てしまい、ましてやこんなにもくしゃくしゃにしてしまって。後でどれだけのお叱りを受けることか。
 しかし、彼女にとってはそのお叱りも些細なことのようで、気にも留めていない様子だった。

「それ、そんなくしゃくしゃにしたら大人たちに怒られるんじゃ…」
「良いのよ、それよりもここ見てここ!」

 興奮しているミリアは、くしゃくしゃの新聞紙の一面を指差す。
 強引にせがまれ、アスレイは渋々文面に目を通す。が、活字ばかりの文章に自然と眉間に皺が寄る。
 字の読み書きは出来るものの、こういった長文を読むのはあまり得意ではなかった。

「てん、さい、まそうし…が、さんぞくをたいじ…?」
「そう!天才魔槍士様!」

 と、アスレイの遅めな拝読に耐え切れず、彼女は自らこの記事の説明を始める。

「天才魔槍士っていう人がたった一人で100人近い山賊を退治したんだって!」

 ミリアの話によれば、『天才魔槍士』と呼ばれるその男は、若くして数々の功績や偉業を成し遂げており、それ故に『史上最強』といった子供たちが憧れるような通り名を持っているという。
 そんな『天才魔槍士』は国王直属の国王兵諜報部隊という部隊に属しているため、国王の命令ならば大陸各地を飛び回り、あらゆる問題・事件を一人で解決しているとのこと。
 更には、眉目秀麗で性格も問題のない好青年らしく、子供から女性、年寄りにまで。今大陸で一番人気の存在なのだと、ミリアは声高々に説明した。

「黄金色の髪に、深緑色のコートを靡かせ、振り回す槍捌きはまるでタクトのようにしなやかに軽やかに舞う―――それでいてたった一人で何でもできちゃうんだって! しかも顔もカッコイイんだって! 凄いなー、会ってみたいよね…!」

 そう語るミリアの瞳はキラキラと輝いており、零れる吐息は恋する乙女のそれそのもの。
 だが無理もない。彼女もそう言った年頃だった。容姿端麗な男に恋い焦がれ、夢中になっても可笑しくはなかった。
 むしろスレーズ領で言えばもう婚期を迎えても良い年頃であったが、縁談一つ寄せ付けないことが不思議なほどだった。そんな彼女に、ようやくと芽生えた感情と言うべきだった。
 が、しかし。一方でアスレイとしては、面白くはなかった。大好きな幼馴染みが、文面でしか語られていない男に恋をしているのだ。
 自分は男として一度も見られたことさえないというのに。これが面白くないと言わずして、何と言うか。

「…でも此処に書いてあるだけじゃないか。あくまでも噂って書いてあるし、本当はカッコよくないかもしれないよ」

 詰まらなそうに口を尖らせながら告げるアスレイ。不貞腐れているその姿は、完全に嫉妬のそれと言えた。
 だがそんな幼い彼の嫉みに気付かないミリアは、憧れる相手に悪態を付けられ表情が変わっていった。

「そんなことない! だってここに数年前から『天才魔槍士』様はカッコよくて有名って書いてあるし」
「こんな田舎村に届く新聞の情報なんて当てになるもんか。この新聞だって、もう何日も前のものだろ!」

 段々と、二人の声は張り合うように大きくなっていく。
 怒声にも近い二人の叫びに牛舎内にいる牛たちが怯えた様子を見せているが、二人の目には入らない。

「新聞が遅れてることと『天才魔槍士』様は関係ないでしょ!」
「関係なくないよ。この村じゃ新聞が届いてる頃には、もうその情報はってことなんだから! 『天才魔槍士』だって、もう遅れてる人ってことなんだよ! もしかしたらもう年寄りかもしれないよ―――!」

 投げやりな口調でそう言ってしまってから、アスレイは思わず口を噤む。
 ミリアがいつもとは違う、見たことのない形相で彼を睨みつけていたからだ。

「これ以上、彼の悪口言ったら許さない…私怒るから」

 初めて聞いた低い声と、初めて言われた言葉に、アスレイは閉口するしかなかった。
 驚きと後悔で、反論どころか声さえもすっかり出なくなってしまっていた。敵意とも取れる彼女の凄まじい気迫に、幼かったアスレイの目からは、自然と涙が出てしまう。
 彼女に―――大好きな女の子に、嫌われてしまったと思ったからだった。



 無意識に、アスレイはミリアの前から逃げるように走り出した。
 作業途中であった掃除もそのままに。持っていた熊手も投げ捨てて、まだまだ青い少年は全てから逃げ出してしまった。
 呼び止められる声を背中にしながら、アスレイは必死に牛舎から去って行った。






  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

えっ私人間だったんです?

ハートリオ
恋愛
生まれた時から王女アルデアの【魔力】として生き、16年。 魔力持ちとして帝国から呼ばれたアルデアと共に帝国を訪れ、気が進まないまま歓迎パーティーへ付いて行く【魔力】。 頭からスッポリと灰色ベールを被っている【魔力】は皇太子ファルコに疑惑の目を向けられて…

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

攻略. 解析. 分離. 制作. が出来る鑑定って何ですか?

mabu
ファンタジー
平民レベルの鑑定持ちと婚約破棄されたらスキルがチート化しました。 乙ゲー攻略?製産チートの成り上がり?いくらチートでもソレは無理なんじゃないでしょうか? 前世の記憶とかまで分かるって神スキルですか?

処理中です...