シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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真実と対峙する夜へ

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 ネール、ケビンの二人と別れてから暫く。どうするわけでもなく呆然と食堂にいたアスレイ。と言ったネールの言葉がどうにも頭から離れないでいた。

「…もしかして俺って思っている以上に凄くまずい状況にいるのか? …いや、それは確かにと言えば確かにだけど…」

 そう呟きながら彼はそっと自身の首筋に触れる。
 今朝鏡で確認したところ、昨日両手で絞められたそこは大した痕跡もなく。僅かな違和感が残っている程度であった。
 とはいえ、命を狙われた事には変わりない。故にネールが心配するのも当然と言えば当然なのだろう。
 しかし、彼女の見せた言動にはそれとはまた別の何か―――焦燥感のようなものをあの瞬間、アスレイは少しだけ感じていた。
 自分の中にも焦りがあった手前、あれこれ言う立場ではないのだが。ネールもまた何かに焦っているのではないかとアスレイには思えてならない。
 そんな想像を色々考えていた彼は、気が付けば更に食堂で籠りっきりとなっていた。





 食堂から一歩も出ず、ずっと考え事をしていたアスレイ。そんな彼に声が掛かったのは時刻が正午近くに差し掛かった頃だ。

「アスレイじゃん、今日は町に出てないでこんなとこ居たんだ」

 そう言いながら現れたのはレンナだった。
 彼女は登場するなりアスレイの許可も得ないまま、向かいの席へドカリと腰を掛ける。
 それから早速鼻歌混じりにメニュー表を手に取り、目を通していく。注文するつもり満々といった様子だ。

「あー…、俺も何か食べようかな…」

 アスレイは時の流れの早さを内心嘆きつつも、レンナが手にしているメニュー表を覗く。
 だが特に動き回っていたわけでもなかったため、そこまで空腹というわけでもなく。ならば小腹を埋める程度の軽食にしようとか考えながら目線を動かしていた。そのときだ。

「―――ねえ、もしかして何かあった?」

 突然の質問。
 じっと見つめているレンナの視線と重なる。
 図星であったため、アスレイは思わず強張ってしまう。

「ど、どうしてそう思うの?」
「いや、だっていつもと調子が違うっていうか…顔色あんま良くないし」

 メニュー表を元の位置に戻しながら淡々とそう話すレンナ。
 彼女に悟られてしまうほど自分はそんなに動揺していたのか。それとも彼女が抜け目ないのか。アスレイは思わず息を呑み込んでいく。

「話したくないってんなら良いけど…」

 そんな控えめな言葉とは裏腹に、彼女の双眸は『語りなさい』と言わんばかりの光を宿している。
 既に彼女を騒動に巻き込んでしまっている以上、昨夜の出来事について隠すつもりは毛頭ない。だが、彼女に過ぎた話をして余計に心配をかけてしまうことへの躊躇いもあった。
 暫くとアスレイは真剣に悩んでいたものの、最終的にはレンナの気迫に負ける形で、彼は昨日レンナと別れてから何があってどう至ったのか、経緯を説明することにした。






「え、じゃあ……今夜二人が戻ってきたらその黒幕だろう相手と対面しに行くつもりなの!?」

 驚いている様子のレンナへアスレイは静かに頷く。

「この事件を解決へ導くにはこれしかないからね」

 そう言うとアスレイはグラスの水を静かに飲む。
 対面の席のレンナはパスタを頬張ったままの口でアスレイに告げる。

「襲われた翌日に襲った相手に会いに行くって、そりゃネールでも心配するに決まってるし。そもそもそういうのって衛兵とかローディア騎士隊に任せるべきなんじゃないの?」

 自身を指しているフォークを見つめ、アスレイは苦笑を浮かべながらサンドイッチを食べる。

「心配してくれるのは嬉しいけど……だけど犯人として追いつめられる前に、できる事なら自首を進めたいんだ。カズマもきっとそれを望んでいると思うから」

 しかし、今こうしている間にも何処かで失踪者が、もしかするとケビンのような犠牲者が出ているかもしれない。本来ならば一刻も早く衛兵に事の次第や事情を説明し、事件解決を頼むべきなのだろう。
 だが、アスレイはそうしようとはしなかった。

「…だから。これはあくまでも俺個人のわがままなんだ。ネールはそれを理解してくれている。それで待てって言ってくれているんだから、ここで待つしかないんだ」

 真っ直ぐに見つめ、自分にそう思いこませるように告げるアスレイ。
 が、ふとサンドイッチを持つその手は止まり、彼はポツリと洩らす。

「けど……わかっているけど、本当は直ぐにでも行って説得したいよ」

 昨夜襲われているからこそ、何も出来なかったからこそ、迂闊な行動―――単独で突入などしてはいけない。慎重にならなくてはいけない。
 そうは思っている反面。やはり早まる気持ちは止む事なく。アスレイは素直な気持ちを吐露する。

「ふうん……」

 するとレンナは物思いに耽るような顔つきを見せ、食事の手を突然止める。
 一体どうしたのかと困惑に首を傾げるアスレイを後目に、彼女は思案顔を浮かべて暫くと経ってからこう口を開いた。

「じゃあさ、あたしで良かったら、代わりにアンタの同行してあげよっか?」

 意外な言葉にアスレイは目を丸くして彼女を見つめる。

「は?」

 驚くのも無理はない。先ほどの話の流れからみて、彼女が協力的になるとは思っていなかったからだ。
 てっきりネールと同じく『焦る気持ちはわかるけど冷静になれ』と釘を刺されると思っていた。
 きょとんとするアスレイを見つめ、レンナは不機嫌そうに唇を尖らせる。

「何よ、こう見えてあたしだって魔道士なんだから、あの子並みには戦えるっての」

 そう言って彼女は自信たっぷりと胸を張って見せる。
 確かにレンナはアスレイも持っていない魔道具を扱える魔道士。腕っぷしだけの彼よりもその経験値は上と言えた。
 しかし、そうは言っても彼女がいかほどの戦力になるのか目の当たりにしたことはなく。未知数である故に信じて良いものか、首を傾げざるを得ない。
 そもそも、仮にその力量があるとしても。まだ幼気のある少女を危険な場所へ連れて行くわけにはいかない。

「でも―――」
「それにさ…あたし的には早くした方が良いと思うんだよね」

 言いかけたアスレイの言葉を遮り、そう語るレンナ。その瞳はいつにも増して真剣みを帯びている。
 と、彼女は突如アスレイへと顔を寄せ、耳打ちする。

「ここだけの話―――その黒幕、今夜にも町を出て行くんじゃないかって噂なの」

 耳を欹てていたアスレイは直後顔色を変え、レンナを見つめる。

「それ、本当なのか?」
「このタイミングでそんな嘘つくと思う? 衛兵たちがそう話してたのをちゃんと聞いたんだから」

 ま、あたしには関係ないと思っていたけど。
 そう付け足すとレンナはグラスに入ったオレンジジュースを飲み干す。



 ネールたちが戻って来るのは今夜。
 しかし、その今夜にはこの事件の黒幕が街から出て行ってしまう。間に合えば良いが、もしも間に合わなかったら黒幕を逃がしてしまう。
 逃亡と言う結末だけは絶対に避けたい。ではどうするべきか。どうすることが良いのか。
 アスレイは頭を抱えることしか出来ない。
 が、レンナの方はもう答えが決まっているようだった。

「だったらもうこれは行くしかないでしょ!」

 ジュースを飲み終えるなり彼女は勢いよく席から立ち上がる。
 その意気込みと共に全身からは闘気が迸っているようで。アスレイも流石に閉口するしかない。
 何故か突然にやる気に満ち溢れているレンナの傍らで、あからさまに不安な顔をするアスレイ。
 するとレンナは眉を寄せながら言った。

「大丈夫だって、あたしってば結構強いんだから! 信じてよ」

 懇願というよりは最早命令に近い威圧感を放ち、詰め寄るレンナ。
 無意識にたじろいでしまうアスレイは、じっと彼女の瞳を見つめ、悩んだ挙句。了承にゆっくりと頷いた。

「―――わかったよ。信じる」

 彼女に強引に押されたからというわけではなく、あくまでも自分自身の判断で行く。
 アスレイはそう思い、彼女に次いで席を立つ。

「よし、行こう…!」

 そしてアスレイもまた意気込み、力強く拳を握り締める。
 が、しかし。

「ちょっと待って、今はまだ行かない」

 まさかの台詞に出鼻を挫かれてしまい、アスレイは思わず素っ頓狂な声を上げる。

「へっ? いや、この流れだと早速行くべきなんじゃ…」

 と、重い腰を上げたアスレイを横目に、彼女は再度椅子へと腰を掛ける。
 それから足を組み、その食指を彼に向けた。

「仮に今から行ったって見張りがいて、追い返されるに決まってるでしょ?」

 最もな意見に反論は出ず、仕方なくアスレイもまた力なく着席する。

「確かに…けどそうなるといつのタイミングで黒幕のところへ行けば…」

 そう言って思案顔を浮かべるアスレイへ、レンナは自信たっぷりの顔を見せつけ、その指先を遊ばせながら言う。

「ふふん、そこはあたしに任せてよ。決行は黒幕が街から逃げ出す直前の夕暮れ! アイツの真の顔を暴いてやんのよ!」

 その拳を頭上へと突き上げ、いつになくやる気を見せているレンナ。
 彼女としても、以前の屈辱を晴らしたい気持ちがあるのだろうと思いつつ、アスレイは彼女に続けて拳を掲げた。

「了解!」




 これからすることはネールとの約束を破ってしまう行為だ。
 しかし、決めたからにはもう後戻りはできない。
 きっと―――否、絶対ネールに怒られるんだろう。と、アスレイは内心苦笑しながら窓の外を見つめた。
 時刻は日も傾き始めた頃。レンナと犯人のもとへ乗り込むまで数時間後といったところ。長く感じる時間だが、先ほどまでの退屈を思えばあっという間だろう。
 そして。その時さえ来れば、後は全てが無事に解決する事を祈るだけだ。アスレイはやる気に満ち溢れた双眸で窓向こうの景色を見つめていた。



 しかしこの後。ネールに怒られるどころの事態ではない、あのような展開が待っていようとは―――。
 この時のアスレイには微塵も想像出来ていなかった。






   
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